9.ユリナVS魔界の金持ちと召使い
3/16までにアップした分の再編集版です。
最新話は3/23(日)朝6時アップ予定
「逃げて!」
召使い二人を仕留めたセイランが叫びつつ、短剣を抜き、カインの首目掛けて飛びかかった。
しかし、その直前でセイランの足が止まる。
「な、なにこれ、体が……」
さらにはその場に膝をつくと、うめき声を上げながらガタガタと震えだした。
「とんだ茶番を見せられたものだ。」
カインが静かに言った。
先ほどまでの朗らかな様子とはまるで異なる低い声。
「地獄の穴を塞いだなどと言うが、どうせ土で埋めたか岩で隠したか、そんな風にして愚民共を欺き、バレそうになれば殺して証拠隠滅を図る。いかにも魔界のチンピラが考えつきそうなことだ。」
跪くセイランを見下ろすカイン。
セイランの頭の中に。誰とも知れぬ声が聞こえてくる。
お前は汚い魔界の殺し屋だ。
殺すことしかできない。
諦めろ。
彼とは不釣り合いだ。
セイランは心の中をえぐられる様な恐怖を感じ、それが体の自由をも奪っていた。
ユリナは辺りを見回す。セイランが殺した2人の遺体を見て、改めて背筋が凍った。
「ご、ごめんなさい!」
「ん?」
頭を下げるユリナに目を向けるカイン。
「本当は塞げるんです。でも本当に今日は調子が悪くて……
あの、セイランさんがお二人をその、手にかけてしまったことは良くないことなんですが、私が、奴隷にでもなんでもなりますから、セイランさんとユーシャ君は許してあげてください……」
カインは目を丸くして笑みを浮かべた。そしてこらえきれないといった様子でブフっと吹き出すと、口を抑えて大笑いし始めた。
「二人も殺しておいて、小娘一人寄越して償うから許してくれって!?アハハハ!魔界にもまだお前みたいなおめでたい考えの奴がいたとはね!魔界の連中が皆お前みたいな脳天気なら明日にでも平和が訪れるだろうな。逆に感動するわ。
恐怖に苛まれて思わず口走っただけだろうが、そんなことは良い。おいジンセ、このお嬢さんがお前に許してほしいんだとさ。」
カインがジンセの死体に向けて声をかけた。ジンセの首がガタガタと揺れ始めた。揺れは次第に大きくなり、ついには胴体から首だけが千切れて転がりだした。
すると今度はその首の下に光が集まってくる。光はまるでジンセの体を形作るかのように、胴や手足の形に並んでいき、やがてちょうど胴体の中心、人間で言う臍の下あたりから、徐々に広がるように物質へと変化していく。
やがて胴体と四肢が完成し、元の首とつながると、新しい体が出来上がっていた。
ジンセがムクリと起き上がる。
その姿は先ほどまでの紳士の姿とはまるで違った。筋肉質のゴツゴツした体は悪魔の様に黒紫色に輝いている。肩や肘などいたるところに小さな角が生え、手足は大きく、爪も人間のものとは異なりとても長くて鋭い。
そして改めて見れば、口元からは牙が見え、瞳は真っ赤に輝いていた。
あまりの光景にユリナは声が出ない。
「クソッ、油断した。」
ジンセは、さっきまで死んでいたとは思えぬ様子で悪態をついた。
「悪趣味な格好だな。それでどうやって人前に出るつもりだ?さっきの服装に戻せよ。」
「うるさい!あんな格好だから、こんな奴の攻撃も避けられなかったんだ!」
「あっちは?せめてあっちは作り直してくれ。」
カインが女召使の方を顎で指す。
「いらん。もう貴様の指図は受けん。」
ジンセが女召使の遺体に掌を向けると、手から光の玉が発射された。
女召使の体は爆風をあげて爆散した。
「さっきはよくもやってくれたな。」
ジンセが蹲るセイランの顔面を蹴り飛ばす。セイランは勢いよく吹っ飛び建物の壁に衝突した。瓦礫が作る砂煙の中で、セイランが苦痛のあまりうめき声を上げた。
「こいつらはどうする?」
「変態にでも売りつければ金にはなるだろうが、僕の趣味じゃない。いいよ、三人共殺してしまえ。」
「わかった。」
ジンセが地獄の穴の上でしゃがみ込んだままのユーシャに近づいていく。
ユーシャ君が殺されちゃう!
刺し違えてでもジンセに斬りかかり、ユーシャを救うべきだ。しかし恐怖が体を苛んで動く事が出来ない。剣を持つことも、足を一歩前に出すこともままならない。体が自分のものでは無いような窮屈さを感じていた。
どうにかしなきゃ。
でも駄目、怖くて動けない。このままじゃユーシャ君が死んじゃう。
なんでも良い、私に出来ることは……
ジンセが手を振り上げた、その時だ。
地獄の穴の光が急に強まった。
「ん、なんだ!?」
地獄の穴から光が溢れ出てくる。光はジンセの体を包みこんでいく。すると、ジンセの体からメキメキと音が鳴り始めた。急に背が伸び始め、体格も一回り大きくなる。
手足の爪はさらに伸び体のいたるところにあった角も増え、長くなっていった。
もはや一見しても人間とは思えない姿と大きさに変貌していた。
「馬鹿な…ここの霊子は取り尽くしたはず、何故今になって…」
カインが驚いた様子で呟く。
「まさか、開いたのか!今ここで!」
カインがユリナを睨みつけた。
ユリナもまた負けじと、毅然とした態度でカインを睨み返した。その目の中に堪えた高貴なる強い輝きは、魔界を放浪する一介のしがない少女が出せるものではない。
「貴様はやはり…!」
言うカインの肩に氷の欠片が突き刺さった。
「うぐぁ!」
カインが肩を抑えて蹲る。
「あぁぁ、小さいか!ユリナ、ユーシャ君、逃げるわよ!」
ユリナは立ち上がった。相変わらずの恐怖はあったものの、体が動かなくなるほどの感覚はなくなっていた。
「ユーシャ君、行こう!」
「うん」
ユーシャが立ち上がるために手をついた。その時だった。
地獄の穴はスルリとユーシャの手を中心に水が引くように消えていった。
「〜〜〜〜〜!!!」
カインは口を開けるも声が出ない。
その隙に三人は中庭から逃げていく。
「ま、待て!」
カインが手を上げて静止するも三人は止まることなく走り去っていく。
「ジンセ、追え!何してる!」
カインの怒声が飛ぶ。しかし体の大きくなったジンセは、虚空を見つめたまま動かない。
「クソッ、急に体が進化したから霊子量が足りなくなったか……」
何度かの声がけの末にジンセは徐ろに頭を振り始めた。
「あいつらはどこだ!?」
「逃げられたよ。」
「なんだと!?」
忌々しそうに地面を砕くジンセ。
「地獄の穴を塞ぐやつめ!絶対に逃がさんぞ!」
「まあ、そう怒るなよ。そんなものより、もっと面白いものが見つかった。」
「なんだと?」
ジンセに構わず。カインは一人で喋り続ける。
「女は氷、男の子は塞いだ、それに、そうかエクゼスナイツ……フフフ、そういうことか……」