九話
「リテ! 全員に三重結界を掛けて!」
普段では考えられないような口調から、鋭く、そして強い命令が飛んだ。
そして、それを何事もなくいつもの調子返事をするリテ。
この緊迫した場面にはそぐわない女である……
「へい親分!」
は、はぁ? ……さ、三重結界ぃ? しかも、全員分? 噓だろ……
三重結界って言ったら、最上級の結界だぞ? 俺でも一つ発動させるだけでいっぱいいっぱいなのに、それを、全員分? マジでナニモンなんだよリテの奴……
最強クラスの人間でも出来るかどうか……
しかもそれを平気でオーダーするホリィ、このやばさわかってるのか? 常識の枠を大きく超えてるぞ
「ジーグゥーは万が一に備えて、治癒魔法の準備と退路の確保をお願い! あと、先生が来たら誘導も!」
「ああ……」
ホリィの指示はリテの全員に三重結界という規格外の指示以外は完璧だった。ここまではいい、完璧だ。
――だが、本当にこれでいいのか?
リテの三重結界があるから、もう俺達に危険はないと思う。
だけど、トモエイル君の魔力が暴発したらトモエイル君は無事ではいられない。結界は外からの衝撃を守るものであって、体内で暴発したものは結界では防げない。
だから、暴発したらほぼ間違いなくトモエイル君は死ぬ……
ホリィの目の前で死ぬ
ダメだ……
もし……クラスメイトが目の前で死んでしまったら? ホリィは自分を責めるだろう……ホリィは心に大きな傷を負うことになる……
そんな重荷は背負わせられない。
ここが限界だ。後は俺が……
これ以上はホリィに危ない橋は渡らせられない――
むしろ決断が遅いくらいだ、すまないホリィ……
「ホ……」「ジーグ! 黙ってろ! あとはホリィに任せとけ!」
俺が口を開こうとした瞬間、リテが遮った。いつもより強い口調だ。だけど、だからと言って引きさがるわけにもいかない。
「だけど!」
そんな俺たちのやり取りを見ていたホリィが軽く笑って言った。
「ジーグゥー。ありがとう、でも私大丈夫だよぉ! 任せてぇ」
いつもの、ホリィだった。間延びした声、心から安堵してしまうあの優しい声。
通常運転の少し曲がった首。
いつもブリってるのに、いつも力強い瞳。
そして、振り返って見るとリテのいつも通りの表情
なぜかもう大丈夫なんだと思ってしまった。
「わかった。でも、危なくなったらすぐ変わってくれ」
もうこれ以上は……
と、感じた俺は、そういうのが精一杯だった。
「はぁーい。んじゃトモエイル君、もう一度大きく深呼吸して――」
ホリィは優しく声を掛け、純白の御手でもってトモエイル君の手を握った。
「すぅーはぁー……みんなすまない……」
トモエイル君の顔は青ざめていて、冷や汗がにじんでいる。それでもホリィの言葉で持ち直したようで、大きく深呼吸を始めた。
「いいんだよ。クラスメイトを、お友達を助けるのは当然なんだからぁ!」
「ありがとう……」
いい具合だな。トモエイル君の緊張が少しづつ解けていっているようだ。
「ふぅー」
俺は勝手に安堵してしまって、腹から息を吐きだし、いつの間にかどうでもいいこと――否! 大切な事を考え始めていた。
それは……
トモエイル君がホリィを好きになってしまわないか!
だって、今ホリィとトモエイル君、手繋いでんのよ?
暴発を阻止するためだろうけどさ……
だってホリィは可愛い、はっきり言って別格だ。性格面、ぶりっ子面は置いといて。
色んな人に惚れられてしまうのは仕方ない。
そして、自分の好きな人が他の誰かに好意を持たれるのは、なんか認められたようで嬉しいから構わない。
だけど! だけども、ライバルが増えるのは困る……
それは困るのよぉ! しかもトモエイル君レベルのイケメンにぃ……
「水の妖精さん……ちょっと来て……」
ホリィが世界に対してそう呼びかける。すると、神々しい光と共に妖精ではなく精霊が現れた。
美しい……精霊なんて初めて見た。その美しい姿を見ているだけで心が満たされていく。
……と言うかなぜに、精霊を妖精呼ばわり?
てか、ありえない。どうなってんの?
妖精を召喚しようとするだけでもやばいのに、その上の精霊召喚って……
妖精の力を借り、その力を行使する。それだけでも滅多にお目にかかれないレベルなんだぞ? 妖精は神の眷属とも呼ばれ莫大な力を持っている。その妖精と契約できようものなら、行使できる力は文字通り桁違いだ。
それだけでも凄いのに、その完全上位の精霊召喚? 精霊なんて図鑑でしか見たことねぇよ。精霊は正真正銘神の眷属だ。神が地上の為に遣わした神聖なる者。それが精霊。契約なんて夢のまた夢。ふるえる力なんて想像を絶する。
この二人まじでナニモンなの? 下手したら俺より強くない? いや……強いよね?
ターチスさんもこんなんなの?
「いやぁ、ターチスはここまではねーよ。独力じゃあなぁ」
独力? どういう……って毎度どうも、読心術。
……いつも、多分、というか、ほぼ絶対トイレに行く時水の妖精さんに会ってくるって言ってから行くけど、どこまで本気なんだろう、精霊召喚できるなら妖精さんにも本当に会えそうだよな……
「いきなり呼んでごめんね。ちょっと大変な事が起こっててさ、暴発寸前の魔力を拡散させたいんだよね」
ホリィは、精霊に対して親し気な口調でそう頼む。
「$’%)##%&H、L Ц!!」
言葉を理解できないが、とても美しい声で返事をする精霊。
「ありがとう」
精霊と縁のない俺にはまったく理解ができないが、うまくいったのだろう。
トモエイル君の暴発寸前の魔力は、ホリィの手を通じてゆっくりとホリィの中に吸い込まれていった。そしてその魔力は水面に落ちた石が波紋を作るように美しく大気中へと散っていった。水の精霊が歌を歌うようにして魔力を世界へ還していったのだ。
本当に美しかった。一つの絵画。超一流の芸術的ななにかを観たような気分だった。
精霊はホリィと、一言二言交わして消えていった。消えていく姿すら美しかった。
そして、安堵したトモエイル君はその場にへたり込んだ。
同時にホリィも、ふぅーっと息を吐き座り込む。
「手汗かいちゃった。ごめんねぇトモエイル君」
可愛らしく手をパタパタするホリィ。
その神の雫を貶すようなら、俺の紅蓮剣が火を噴くぞ
「いや、俺の方こそずっと手を握ってしまってすまなかった。君の様な素敵な女性の手をこんなにも長い間独占できるなんて、俺は幸せ者だ」
「もうぉトモエイル君ったらぁ」
「本心だ……もう少し握っていたかったよ」
……
……
はぁー? なに言ってくれっちゃってんのぉおお? 貶すなとは言ったけど、そんなクソ甘い言葉吐けとは言ってませんけどぉおお?
しかも、ホリィもホリィだ! なに、ちょっとまんざらでもない顔してんの?
俺も頑張りましたよ? そこそこいろいろ考えてがんまりましたよ?
「お前も暴発させてみればいいじゃねぇか」
うるせぇよ……
――
ようやっと現れた先生に事情を説明し、俺達はその場を後にした。
ちなみに先生は事情を聞いて、めちゃくちゃビビってた。
そらそうよな、暴発寸前の魔力を精霊召喚して収めたんだから。
何度も何度も先生に感謝の言葉を送られるホリィ。
俺まで誇らしげに気分になったよ。
好きな人が認められるのは嬉しい……
先生への説明を終え、俺とリテ、そしてホリィはトモエイル君に何度も何度もお礼を言われた。
「ホリィ君、改めてありがとう」
「トモエイル君、気にしないでいいんだよぉ。クラスメイトなんだからぁ」
いや、気にしろ。ホリィの手をあんなに長く握りやがって。
「君は本当に素敵な女性だ」
それは同感
「そして、そんな素敵な女性を自分の恋人にしたいと思うの当然のこと」
んん? は? ちょっと雲行きが怪しくなってきましたよ
「ホリィ。俺の恋人になってくれないだろうか?」
……
……はぁああぁあ? こいつ告りやがった! マジかよ!
いや、流石に無理だろう? だって今までほどんど話したこともないだろう?
そんな奴がいきなり告ってもさぁ……それは無理だよ……
それは無理だよなぁ……
それは無理だよぉおお……
無理ですよね? リテさん?
「ニヤリ」
ニヤリじゃねーよ。そういうのは口にだすもんじゃねーんだよ
なんだよその笑顔! めちゃくちゃ嬉しそうな顔するんじゃねぇよ!
「え? そんな急に言われても……」
ですよね! そりゃあですよね! ……焦らせんなよ!
そんなの物理学的にありえないでしょ? 宇宙の法則に反してるよ?
俺の中のキューピットもそう言ってるよ
「だけど、俺はホリィが好きだ! 付き合ってくれ!」
だぁーかぁーらぁー
それは無理だって――
それにしてもトモエイル君なかなか情熱的だね。その気概は素晴らしいけど。無理なもんは無――
「そろそろ始めないといけないもんね……」
え? いまなんて言った? 小さくて聞き取れなかった。……そしてなんだろう、ホリィの瞳がいつもより力強く感じるけど……
いや、それよりも、早くお断りの言葉を言いましょう。なんだったら俺から言いますけど?
「……わかった。よろしくね」
そうそう。ごめんねって言って終わり?
ん? 今なんて?
「ありがとう。よろしくな」
「うん、よろしくね」
ホリィの少し照れた顔が可愛くて、目に焼き付いた。
と、同時に魂が抜けていく感覚に陥った……
「ばたんっ」
俺はその場で意識を失った。完全に意識が途切れる寸前、リテの爆笑する声だけが脳内に響き渡った……
「かっかっか。ばたんじゃねーよ、そういうのは口にだすもんじゃねーんだよ! こういう時こそ、グスタフを連発しろよ。……って本当に気絶してやがる。まじで楽しませてくれるじゃねーの。くっくっく……かーかっかっか」
こうして俺は失恋してしまい、失神もしてしまった……
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