十三話
浮き沈みの激しい一週間はあっという間に過ぎ去った。いや、そんな生易しいものじゃなかった。
心が乱高下して結局最後は奈落の底へ突っ込んでいった。地獄の様な日々だ。
その間チーム魔歴の仕事も何度かあったが、なんとかやり遂げた。
可愛かったけど、辛かった。胸が張り裂けそうな気分。
やっぱり可愛いのは変わらないのに辛かった。あの笑顔を見る度、声を聞く度に全身が軋み、心が裂けそうだった。笑顔が見たいのに見たくない……
早く忘れたい……
恋を忘れるでも、最強クラスの忘れる方法、それは――
”時間が経っていつの間にか忘れてしまう”
だ。要するに、偉大なる絶対者である時間先輩にいつの間にか来てもらいあっという間に過ぎ去ってもらう。そのついでに俺を蝕む恋心ちゃんも遥か彼方へ一緒に連れてってもらうって寸法。
時間先輩最強!
だけど、現実とは非情なもの。時間先輩はなぜかいつも通りにしか経過してくれない。時間先輩は基本全くお願いを聞いてくれない。楽しい時間を止めて欲しくても止めてくれないし、ちょっとでいいのに戻ってくれない。嫌な時間は過ぎ去ってくれない。一週間先輩位じゃホリィへの気持ちなんてなんも変わらないのだ。
辛い……
あとどれだけ……?
休み時間の今、廊下はみんなが楽しそうに話していて、とても賑わっていた。
俺は一人壁にもたれかかっている。理由は一つ。偉大なる時間先輩ではない、先輩を待っているから……
「ジーク! 行こうか」
……ぶっちゃけ、こっちの先輩はどうでもいいのだ
「はいはい」
俺は重い腰を上げ立ち上がる。
そこには、今日も今日とて無駄にカッコ良く、いや……むしろいつも以上にカッコつけていて、逆に滑稽に見える髪を掻き上げたターチスが立っていた。
「ジーグ、休み時間にすまないな」
なんでそんなにカッコつけてんの? どうしたの? てか、なんでそんなに距離のある所から声掛けんの? みんなに注目されんだけど
ターチスの周りでは案の定女性陣がキャーキャー言ってる。そこを小さな声で「すまない、通るよ」とか、キザッたらしく言っている。てか、わざとバレるように仕向けてるよな? そうして、いつもよりカッコよく歩きながら俺の前にやってきた。ターチスはなぜかもう一度髪を掻き上げる。俺にはもう意味がわからない。そして、いつもよりワントーン落とした低い声でつぶやく。
「監督が待っている。急ぐぞ」
そして、わざわざまた同じ方向に戻るターチス。
いや、このまま真っ直ぐいけばいいだけじゃん? 女性陣の方に行く必要ないだろ。
「すまない、急いでいるんでね」
なら人混み選んで通るなよ……
「人が多いな、みんなケガしないようにね」
なら、戻るなよ。監督室こっちからでも行けるだろ……
「またねみんな」
なに? うざいんですけど?
ようやく、女性陣の渦を抜け監督室を目指し歩き出す俺とターチス。
少し歩き、周りに誰もいなくなるのを確認すると、ターチスが話し出す。
「イケメンにはイケメンの責務がある。お前も今からしっかりとそのこと考えて俺から学んでおけ」
こいつ脳みそまでやられてんな……なんだよイケメンの責務って……うざい……けど、面倒だしなぁ……なんですかイケメンの責務って? とか、下手に質問したり反論したら絶対にうざいだろうしなぁ……もういいや……
「はい……」
俺は力なく返事した。一応それで満足したターチスは鷹揚に頷き目的地へと歩を進める。
今日は部活の用事で休み時間に呼び出されたのだ、そうしてターチスと二人でその用事を済ませようしているところだった。
さっきのあの場に、ホリィがいたらやっぱりターチスにキャーキャー言ってるのかな? ホリィは本当にターチスの事すきだもんな。
魔歴の仕事の時も、かなりターチスの話でるもん。昔はこうだったとか、あの時はとか、実はターチスはとかね。話を聞く感じ二人は五、六歳位からの付き合いなんだと思う。
俺はホリィの口から男との思い出話を聞くなんて絶対嫌だが、不思議とターチスとの思い出話を聞いても全然嫌じゃない。逆にあんなに楽しそうに昔話をするホリィの笑顔が好きなくらいだ。
その点はナイスターチス。
まぁお蔭で、ターチスの事はけっこう色々知っている。別に嬉しくはないが……
でも、ターチス自身も言っていたように、本当に恋心とは別の物なんだとおもう。尊敬とか兄妹の愛情というか、とにかく別の愛情なんだと感じる。
ある意味では、恋人になるよりも深いものなのかもしれないな……
そう考えながら、ターチスの背中を見つめ歩いていた……その時……
ズッドォォオン!!
唐突にその衝撃は来た。物理的な衝撃ではない。もちろん魔法攻撃なんてちゃちなものじゃ断じてない。全身の細胞がビリビリと痺れ。脳髄が沸騰している。俺が見つめるその一点を覗いて、空間が遅れているような感覚になる。
これは……この衝撃は……そうだ……俺がホリィに一目ぼれをしたと気付いた時に似た衝撃……
廊下の向こうから、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる黒髪の女性――
紛れもなく俺のドストライク。いや、そんな言葉では足りない程の理想の権化。逆に得意過ぎて一瞬あれ? こんなド得意なボール投げてくるわけないよな? なんて、見送ってしまう程の究極のドストライク……
艶やかでつやのある黒髪。それは漆黒の夜空と一等星のみ散りばめたように美しい。
女性の優しさを全て込めたように美しいボディライン。すらっとしているのに、たわわなお胸。一切の淀みが見当たらず不浄とは縁のないであろう凛々しいご尊顔。そして一本の真剣のようにまっすぐに立ち、一歩一歩を踏み出す足は氷細工のように透き通っている。太陽が専属のスポットライトとして付いて回っているように思えるほど光輝いている。
自分でも何をを言っているのかわかりません。
とにかく滅茶苦茶キレイ、半端ないキレイ! 尋常ならざるものぉおお!
なんだあの女神は!
ホリィとはまた別次元の存在!
ホリィの可愛いいと対をなす美の極致!
すれ違ってしまったらもう会える事がないのではないか――そんな強烈な予感に駆られ、一瞬たりとも目を離せず、そのご尊顔を記憶の膜に焼き付けようとしている。すると目の前を歩いていたターチス大先輩がその女神に声を掛けてくれた。
「おおエグゼド、こんな所でなにしてんだ?」
この女神はエグゼドと言うのか。
ターチス大先輩に声を掛けられたエグゼドさんは立ち止まり返答する。
「ターチスこそどげんしたと? 私は、ケンドウ部の先生に用事があって呼ばれとったとぉ。顧問の先生は話がながくて好きじゃないっちゃんねぇ。予想通り話が長くてげーらい疲れとるぅ……」
……おぉぉお!?
これって勇者様が伝えたとされる方言! 生で聞いたのは初めてだけど……なにこれ……すんげぇーいい……
なんだろ? この微妙なイントネーションがたまらん。
そして思った通り、声までも隔絶したものを持っている。美しい……透き通ってるよまじで……
方言ということは、エグゼドさんは東の国の出身かな?
昔はエドデン王国って名前だったらしいけど、勇者様の故郷のニホンとエドデン王国の文化がそっくりで
「こんな名前駄目やろ! ファンタジーならここは東の国とか東のなんちゃらとか、東方にどうちゃいとか、東が付かないと駄目でしょうよぉお!」
とか、なんとか言っていつの間にか東の国って改名してんだよな……勇者様すげぇ……
んで、方言も伝えられて東の国では色々な方言を使う人がいるらしい。
エグゼドさんの方言は確か……ハカタベンとか言う方言だった気がする。
けっこう人気なやつだ。本で読んだことある。
にしてもハカタベンやばい……
(ジーグ君の事なんて好きじゃないっちゃけど……やっぱりうそ! 本当はメッチャ好きっちゃんねぇ……私の事どう思いよるとぉ? 年上の女とか興味ないとかな?)
こ、これは中々の破壊力……
五グスタフは軽く超えてしまう……
こいつはやばいやつだ……
「おいジーク、顔がなんか気持ち悪いことになってんぞ?」
「ターチス先輩。そんな事ありませんよ?」
「お、おぉ。なんか急に礼儀正しくて気持ちわりぃな……あ! エグゼドが美人だからカッコつけてんだろ! そうだろ! このドスケベジークがぁ! 銀貨何枚払う気だぁああ?」
こぉんのボケナスがぁ! 銀貨のくだりとか使うんじゃねぇよ! それになんだよドスケベジーグってよぉ! 初対面なんだからもう少し気を使え気をぉおお! しかもなんでこんな女神の前で平常運転なんだよ! いくら同級生って言っても限度があるだろ限度がぁ! 少しでいいから空気よめよ!
「ターチス先・輩。初対面ですのでいきなり飛ばし過ぎないでください」
「おぉ、おっかねぇ。エグゼド、こいつは俺の後輩のドスケーベ・グスタフ・ジーグだ」
こ、こいつマジか……? まだ言う? 俺が若干キレてるのわかってないの?
いや……わかってやってんのか……
「中々愉快な名前しよるね。逆に覚えやすいとかな? 私はエグゼド。よろしくね」
うわぁああ、クソみたいなターチスの紹介を優しく微笑んで受け止めてくれてる。その微笑みやばいぃ
「ターチス先輩は少々頭が温かい方なので、後輩の名前は覚えられないみたいでして……本当の名前はジーグ・タナトスです。よろしくお願いします」
「かっかっか。ジーグはそんな名前だったのか? かっかっか」
「ジーグ君か。改めてよろしくね。あまり方言を出さないようにしてるんだが、たまに出てわかりにくいかもしれないから、その時は言って? 優しく教えてあげるけんね?」
グスタフ!
たまに出ちゃうかもっていったそばから、語尾にでてるよ。「教えてあげるけんね?」だってさ。どうしよう……破壊力やばすぎ……
あの表情、佇まい、空気感……全てが俺を突きさしてくる……
たまらーん……
……そいえば、あの本にかいてあったな……
偉大なる時間先輩と対をなす強大な先輩
――恋を忘れる方法――
”新たな恋を見つける”
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