十話
「……」
俺は無言で保健室の天井を見つめている。さっきのは夢だ。そうに決まっている。
なんて現実逃避するつもりはない。だってこの喪失感が夢の訳ない。夢であって欲しいが、そんなことに逃げても無駄だ意味がない。……ただこの辛さから逃れるために少しでもいいから寝てしまいたい。
辛すぎる……俺は十七年生きてきて、初めて人を好きなったんだ。だけどその人は俺ではなく別の人を選んでしまった。
辛すぎる……
失恋ってこんなにもつらいもんなの? こんなん耐えられない……胸の奥をぐちゃぐちゃに搔きまわされ、内臓を押しつぶされるような……
全身を押さえつけられているような……指一本動かす気力すらない
まだ、魔物と血だらけになって戦ってる方がマシだ……
きちぃー……きちぃーよ……
少しでいいから、もう少しでいいから眠りたい……眠ってしまって……この痛みを忘れてしまいたい……けど、だけど……
「うぅるせぇえーんだよ!!」
「お、目覚めたか? よかったよかった、心配してたんだぞ? なぁターチス」
心配する、という意味を知らないであろう、醜悪な笑みを張り付けたリテがそう言う。
「そうそう、お前が倒れたって聞いてよぉ、居ても立っても居られなくて駆けつけて来たんだよ」
ただ楽しむために駆け付けたであろう、ターチスさんが言う。
「良かったなぁこんな後輩思いの先輩と同級生がいてよぉ」
存在しない後輩思いの先輩と同級生に対して、俺は腹の底から声を出して言う……
「んなもんいるかぁ! 本気で心配してる人間が、倒れてる人のベットの横で、倒れた原因について爆笑することなんてありえねぇーんだよ!」
保健室のカーテンが俺の怒声で、少し震えているように感じたが、この二人には全く通じない。
「おーおー、随分ご立腹じゃねーか? どうしたんだ? なんかあったのかぁ?」
「おい! ターチス! ホリィに彼氏ができたんだよ! 察してやれよ!」
大根役者リテが、大げさな演技でターチスさんに聞きたくもない事を伝える。
「なぁ? なんだってぇー! ま、まさかホリィに彼氏がぁ? それなんて、名前のトモエイル君だよぉ? なぁ? 教えくれよぉ? 俺に教えてくれよぉ!」
大根役者ターチスさんは、知ってるくせにまたもやオーバーリアクションで訪ねてくる。
が、俺は完全に無視した。
てかさ、こいつら、マジでこんな時でもこんなんなの?
ありえねーだろ? 俺がどんだけ凹んでると思ってんだよ。どんな神経してんだ?
こいつらこれが通常運転なんの?
ちょっとぶっ飛び過ぎじゃない?
俺が完全に無視したからか、ターチスさんはリテの方を向いて満面の笑みで話し出した。
「おいリテ、そんなことよりもう一回やってくれよ、あれアレをよ」
「好きなだなぁターチスはよぉ。んじゃやるぞ? ふー……ごほんっ――」
リテはわざとらしく咳をして、佇まを直した。
そして、驚いた顔をしてからボソッと呟いた。
「……ばたん」
ドサッ
そう言って、リテは地面に倒れ込んだ。それはもう豪快に倒れ込んだ。ご丁寧に風魔法を発動させてクッションを作り倒れ込むと言ったリアリティも追及していた。
実際俺は気を失ってしまっていて、その現場を見ているわけはないのだが、どう考えても俺の真似をして爆笑しているのだろう。
要するに、ただのクソだ。
「ぎゃっはっは、ひーひー……。まじでたまんねーよ。なんだよそりゃ? ジーグ最高だぞ。ばたんって言って倒れてんじゃねーよ。そういうのは、口に出して言うもんじゃねぇんだよ。次は俺も見てーからよぉ今度から倒れるときは俺も呼べよ」
リテも、起き上がり服をパンパンしながら爆笑して続ける。
「かっかっか。あれは今年のベストヒットアワード最優秀賞受賞だぞ。審査委員特別賞もいけるぞ。いや、流行語大賞も狙えるかもな! 良かったなジーグ」
「あー、ちげーねー。授賞式のタキシードは俺が用意してやるからよぉ。もちろん裏地に刺繍してやるからなぁ? ばたん。ってよぉ」
「「ぎゃっはっはっ」」
「うるせぇ! とっととでてけ!」
爆笑する声と、俺の怒声は保健室に大きく響いた。
散々俺を馬鹿にして楽しんだ二人は、目尻に涙を浮かべながら俺を置いて教室に戻って行った。
清々したが、同時にあの事と向き合わなければいけなくなった……
――
ボケ二人がいなくなって、一人思考に耽りホリィとトモエイル君が付き合っているという事実を頭から追い出そうとする。失恋したという事実を忘れようとする。……だけど、どうやっても無理だった。どれだけ難しい魔法理論を考えてもホリィの笑顔が……どんなに新しい技を考えたってホリィの事に戻ってしまう。
きちぃ……みんなどうやって失恋乗り越えてんだ。教えてくれよぉ……
誰か……
ガラガラガラガラ
その時、保健室のドアが開けられた。
どうせ、リテかターチスさんだろう。そう思ってベットの周りに掛けられているカーテンを乱暴に開ける。
――そこには今一番会いたくて……一番会いたくない人間が立っていた。
「うわぁビックリしたぁ! 大丈夫? 元気になった? リテがとりあえずターチスと二人で看てるから私は後で来いっていうからさぁ。本当はすぐに来たかったんだけどトモエイル君と校長先生に話に行って来てさ……」
ズキッ……
「もしかしたら大事になっちゃうんじゃないかって、トモエイル君とビクビクしながら行ってきたんだぁ」
……もう言うな……もう聞きたくない……もう君の口から別の男の名前なんてききたくないんだよ……
「でもなんともなかったよ。ジーグゥー巻き込んじゃってごめんね。緊張の糸が切れて倒れちゃったんだよね? 本当にごめんね。トモエイル君も後で来るってさぁ」
(もう、やめてくれぇ! そんな事聞きたくないんだよ! なんでホリィはあいつの告白受け入れたんだよ! ふざけんな! 俺がどれだけ君の事を好きか……わかってんのか……)
俺の気持ちなんて、ホリィに伝えてないんだから、知ってるわけないだろ……チキンな俺は、なんで付き合ったの? どうして急な告白にオッケーしたの? なんて聞けるはずもなくただただホリィの話を聞いていた。トモエイル君と一緒に行動した事をたくさん聞いていると距離が離れていくような錯覚に落ちていた。今までのホリィではなくってしまったような。
トモエイル君の魔力暴走を俺が止めていたら変わっていたのか?
あと一秒早く動いていたら変わっていた? ……今日の朝からやり直したい
はぁー。俺は何言ってんだよ……過去に戻れる魔法なんて存在しねーんだよ……
存在しねーんだ。
その後、本当にトモエイル君が俺を心配して来てくれたが、具合の悪いフリをして下を見ていた。というか二人を直視できなっただけ
トモエイル君は、キザっぽい所はあるが性格は男らしくとても紳士的だ。
男にも人気がある。もちろん女性にも。
トモエイル君は俺から見てもいい奴だし、人間的にも素敵な人だと思う。
本気で俺の事を心配してくれているし、さっきの件を本気で反省しそれを糧にしようとする姿勢すら伺える。
すげーよ……
すげぇ……
――いや、やめよう。なしなし。トモエイル君が凄いから、良い奴だから、素敵な人だから、
そんな理由を付けて自分を慰めたって意味ねーんだ。負けたって仕方ねーって納得させようとしても意味ねーんだよ……
ホリィとトモエイル君は付き合うことになったんだ。
俺の初恋は終わったんだ
それが全てだ
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