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9 大将軍の粋な計らい


「若様の制服姿、とても凛々しいです」


 王立魔法学院の制服に袖を通すと、後ろからお褒めの言葉を賜った。

 姿見の中には、いつもの無表情を浮かべたルマリヤが俺と一緒に映りこんでいる。


 4月になった。

 今日は学院で入学式があり、記念すべき初登校の日でもある。

 もっとも、俺はピカピカの1年生ではなく、3年次への編入になるのだが。


「私もお側仕えとして学院に侵入するつもりです。若様とキャンパスライフを分かち合えるなんて身に余る幸福です」


 侵入だとさ。

 水色の髪のふしだらな女に警戒するよう教員各位には伝えておかないとな。


「若様、放課後の空き教室でチョメチョメ、なんてロマンチックだと思いませんか? 学院という聖域を汚す背徳感が最高のスパイスになると思うのです」


 ルマリヤが俺の手に指を絡めてくる。

 その放課後の空き教室とやらで一体お前は何をするつもりなんだ?


「普段クールなメイドを乱すのは格別だと思います。イケナイ場所なら、なおさら」


 お前は普段からだいぶ乱れているよ。

 ベッドの下にホコリ一つなかったのも、ルマリヤが時折潜り込んでいるからじゃないかと俺は真剣に疑り始めているくらいだ。


 さて、出発。

 ルマリヤのスピリチュアル・ウェーブを背中で受けながら、俺は玄関を一歩踏み出した。

 そして、早くも足を止めることになった。

 父上がいたからだ。

 なぜだか知らないが、親指を立ててニキッと笑っている。


「馬車は表に停めてある。頑張ってこい」


 それだけ言うと、屋敷の中に引き上げていった。

 父上は、たまにああいう顔をする。

 ロクでもないお節介を焼いたときなんかは特にだ。


(嫌な予感がする……)


 未来視スキル発動。


「うわぁ……」


 案の定というか、予感は見事に的中していた。

 俺は重い足を引きずって庭を牛歩し、鉄の門扉を押し開ける。

 そこには、1台の馬車が停められていた。

 馬車の傍らには二人の女がいて、その一方を見たとき俺の腹がズキリと痛んだ。


 きらびやかな春の貴族街を陰鬱に塗り潰す漆黒の髪。

 それに加えて、見るものすべてを呪殺せんとする邪眼のごとき目とくれば、彼女しかいない。

 リンネ・イー・エトナリー。

 俺のトラウマの再登場であった。


「どうしてよ!? なぜ、あんな奴と結婚しないといけないの? 記憶喪失なのよ? 他の貴族家はみんな縁談を取り下げたと聞いたわ!」

「だからこそです。あなたにもチャンスがあるわ」

「そんなチャンス、願い下げよ! あんな奴と結婚するなんて絶対に嫌ッ!」


 おうおう、すでに荒れ狂っていらっしゃる。

 殺気の暴風で俺の輝かしい春が八つ裂きだ。


 リンネを諌めていた女性が俺に気づいて目礼した。

 お母君のリマ夫人だ。


 当主だった夫亡き後、中爵位を継いでお家の切り盛りをされていると聞き及んでいる。

 しかし、あまり上手くいっていないようだ。

 中級貴族家の当主とは思えないほど質素なドレスを身につけているし、通りの向こうに見えるエトナリー邸もジャングル目前レベルの荒れようだ。

 庭師を雇う余裕もないのだろう。

 ウチの父でよければ貸し出しますよ、ええタダで。


「も、もう少し綺麗なドレスはなかったの!? 身だしなみは最低限のマナーでしょう! 私、前にも同じことを指摘したはずよ……!」


 俺の視線に気づいたリンネはカーッと顔を赤らめ、リマ夫人を怒鳴りつけた。

 夫人は歯牙にかけるでもなく、俺に笑いかけ、


「アレン様、学院へのご入学おめでとうございます。お困りのことがあれば、なんでもリンネにお申し付けくださいね。この子は昔からアレン様に夢中でしたのよ」

「ちょっと、お母様……!」

「リンネ、今日から毎日アレン様と登校なさい。大将軍閣下のお心遣いを無下にしてはなりませんよ」


 下唇を噛んだリンネが、なんなら俺の喉笛を噛みちぎりそうな目で睨んでくる。

 大将軍ちちうえの余計な計らいのせいで、俺の学院生活に早くも暗雲が立ち込めているのだが。

 もし、俺が生きて帰宅できたとして、その時まだあのニキッと笑顔が健在ならば、思いっきり助走をつけて飛び蹴りをお見舞いしてやろう。

 そう思った俺であった。


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