50 いい夢を
ひと月、経った。
サンドラの行方はようとして知れない。
だが、とりあえず、俺は平穏無事に今日を生きているわけだから、その件はハッピーエンドってことでいいだろう。
あれ以来、学院が謎の武装勢力に占拠される的なイベントは起こっていないし、旧市街の情勢も安定している。
ただ、2年後の王都炎上事変は未だに夢に現れる。
まだどこかに不満をくすぶらせている連中がいるのだろう。
そんなわけなので、旧市街の迷宮都市化計画には今後とも力を注いでいくつもりだ。
「順調よ。現場の士気も高いわ。旧市街の住民って、もっと自堕落で刹那的な人たちだと思っていたのだけれど。やっぱり自分たちの町という自負があるからかしらね」
現場指揮を執るリンネの報告によると、すでに500人ほどの雇用が生まれているそうだ。
それが多いのか少ないのか、小難しいことをすべて彼女に丸投げしている俺にはイマイチわからない。
順調って言葉は好きだけどな。
「彼らだけじゃないわ、商人や貴族たちもみんなダンジョンに夢中なの。出資希望者がうちの前に長蛇の列を作っているのが見えるでしょう? おかげで我が家は左うちわになりつつあるわね。私、新しいワンピース買っちゃった。母とお揃いのやつ。今度あなたにも見せてあげるわね、アレン」
春先、あんなにもドス黒かったリンネが最近、黒真珠みたいに輝いて見える。
この1ヶ月、彼女に刺し殺される夢は見ていない。
黒真珠と言わず、ブラック・ダイヤモンドを目指してくれ。
お前が輝けば輝くほど、俺の死亡率は下がる仕組みみたいだからな。
いずれは黒い太陽にでも昇格して旧市街をドス黒く照らすといい。
査定のこともある。
リンネには頑張って結果を出してもらいたいところだ。
「遊びにきましたよ、アレン」
そういえば、近頃フララが屋敷を訪ねてくるようになった。
だいたいルマリヤと口喧嘩になり、涙目で帰途につくという流れがお約束になりつつある。
今日はどうだろう?
ルマリヤはさっそく玄関先に陣取っている。
一歩も通さぬという決意がみなぎらせて。
「フララ様、実は私、若様とデートをしました。行きたいところがあると言ったら、連れて行ってくれたのです」
「ふぇ……ッ!?」
ルマリヤは先月の話を引き出しの奥から引っ張り出してきた。
ちなみに、デートではなかったし、行き先もサーカスやお花畑ではない。
罪人の掃き溜め、王都中央大監獄だ。
しかし、疑うことを知らない純真無垢なフララは馬鹿な魚のように丸呑みにしてしまったらしい。
そして、俺に恨みがましい目を向けてこう言うのだ。
「アレン! わたくしという婚約者がありながら、ルマリヤとでで、でで、デートぉですか! ふしだらです! 女神様が泣いておられます!」
婚約者、か。
未だにそのネタを引っ張っているのはフララ、お前くらいのものだぞ。
「埋め合わせとして、わたくしともでででデートをするべきではないですか! ルマリヤと行ったところに、わたくしも興味がありますので! では!」
結局フララは春の陽気を残して逃げるように去っていった。
監獄に興味があるなら衛兵のスネでも蹴ってみればいい。
喜んでエスコートしてくれるだろうよ。
「パパ、新しいのできた……」
入れ替わるように眠そうなツートン幼女がやってきた。
ピコリーだ。
お前、最近パパ呼びを訂正しなくなったな。
注意したほうがいいような、これはこれでいいような。
なんだ?
その魔道具をくれるってのか?
お断りだ。
屋敷が全壊してはかなわんからな。
「ウオーッホッホッホ! あれに見えるは、アレン様ではありま――」
バタン。
珍客もろとも締め出しておいた。
今日はもう玄関を開けるなよ、ルマリヤ。
鍵をかけた上で釘でも打っておけ。
「若様、私の下の扉も閉めてくださいませんか。若様の鍵で」
無視だ、無視。
「お兄様――――っ!!」
自室に上がりかけたところで、風呂場のほうから俺を呼ばわる声が聞こえてきた。
愚妹ことアリエである。
「浴槽に弱酸性スライム湯を張っておきました。ひとっ風呂、いかがですかーっ!」
こっちも無視だ。
今日は風呂抜きだな。
アリエを晩飯抜きの刑に処して帳尻を合わせねば。
アレアレ三姉妹の奇襲をやり過ごしているうちに夕食の時間がやってきた。
父レナードが自分の分のステーキを俺の皿に載っけてくる。
ひどくご機嫌な面持ちで、だ。
「聞いているぞ、アレン」
何がです、父上。
「お前、学院じゃ大暴れだそうだな。先生方からの評判も抜群にいいぞ。私としても鼻が高い。ほぉら、私のウィンナーも食べてくれ。遠慮するなよ、フッハッハッハ!」
このセリフにメイドが若干一名、敏感な反応を見せたが、もちろん俺は全力で無視した次第である。
「一度は閑古鳥だったお前の縁談も、このとおりだ!」
父上は手紙の束を扇のように広げてニンマリ顔をホクホクさせている。
目の前に並ぶ美味しそうな料理の数々にも関心がないご様子だ。
「記憶がないからなんだ? お前はソーシア家の立派な跡取り息子だ。私の自慢の、な」
デザートのプリンまでくれた。
まあ、悪い気はしない。
ですがね、父上。
俺は家督を継ぐ気はないのですよ。
未だにそのルートだけは死屍累々でしてね。
それに、俺という人間はびっくりするくらいの小物なんですよ。
ソーシア上爵家の強大な権力なんぞ持たせたら、驕り高ぶって災禍をばらまくに違いないのです。
というわけで、跡取りはアリエをご指名ください。
あれは、スライム狂いなのを除けば非の打ち所のない天才少女ですからね。
とまあ、そんな具合に俺の一日は今日も今日とて過ぎていく。
いつ途切れるとも知れない日々だが、せいぜい長生きさせてもらいたいものだ。
そのためにも、だ。
精霊でも女神でもなんでもいい。
今日もいい夢、見せとくれ。
なるたけ明るくてハッピーな未来で頼むぜ。
な?
いいだろ?
これにて完結です!
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