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45 ステゴロ・リベンジマッチ


 地を離れた右足が砂の尾を引きながら駆け上がってくる。

 とっさに屈んだ俺の頭上を、巨木でも振り回したような風圧が過ぎ去っていった。

 紙一重ならぬ髪一重。

 未来視がなければ躱すことはできなかっただろう。


「いい反応しやがるぜ。オレから一本取っただけのことはあるなァ」


 舌打ちまじりの女の声が横穴に反響した。

 その女の頭から岩石質の天井を突き崩してしまいそうな角が生えているのを確認し、俺の胸の内は砂を詰め込まれたみたいに重くなった。


 俺的もう二度と会いたくない人ランキング、現在堂々の第1位。

 魔族解放戦線の狂犬。

 泣く子も黙るサンドラさんの再登場であった。


 ここで、サンドラに出くわす未来はなかった。

 男衆5人組を手際よく片付けられなかったものだから、来ちゃったってことか。


 ベキッ、と音がして、


「えギぁああああああああ……ッ!!」


 と悲鳴が轟き、俺は、


「ふぇ!?」


 と凍りついた。

 サンドラの長い脚がカナヅチ男の二の腕を踏み潰していた。

 靴の下から鉄腐そうなトマトジュースが噴き出している。


「ここには立ち入るなっつったろうが。お前ら、オレのルマリヤにちょっかい出すつもりだったなァ」


 鬼よりも恐ろしい形相で睨まれ、男たちは蹴られた猫のように逃げていった。

 そして、訪れる静寂……。

 未来を見るのが怖い。


「しかし、お前、マジで大したもんだなァ。追ってこいとは言ったが、本当に来る奴なんざいないぜ普通。なんつうかよォ、オレは嬉しいなァ」


 リベンジ・マッチの舞台が整ったことが、か?


「それもあるがな。ルマリヤのことだ。お前、なんだかんだ言って、ちゃんと愛してんだな。単身、敵のアジトに侵入なんてオレでもやらねえぜ? メイドをお手つきにする糞貴族の糞ボンボンかと思ったが、お前にゃ割と見所がある」


 機嫌がいいのか悪いのか判然としないが、サンドラは犬歯を輝かせて笑っている。


「子供の名前はもう決めてんのか? やっぱ『アレ』が付く感じなんだろ? あのガキ3匹と同じようになァ」


 俺は返答に窮して口をつぐんだ。

 流し目でチラリとルマリヤを見ると、彼女はバツが悪そうにそっぽを向いた。

 お前が「お腹に赤ちゃんがぁ」なんて言うものだから、天下無敵のテロリスト様が天然お馬鹿キャラみたいになっちまっているだろ。

 こっち見ろコラおい。


「まあ、なんだな。ルマリヤがどうしても産みてえってんなら、オレが反対するのもなァ。ガキにゃ罪もねえ。それに、オレ自身、ルマリヤのガキの顔を見てみてえ欲求がある。だから、認めねえこともねえかなって思ってるぜ?」


 お、なんだ?

 出産お祝いムードなのか。

 そういうことなら、お前にも生まれたてホヤホヤの目玉焼きを抱かせてやってもいいぞ。

 アリエと交代でな。

 ちょいとばかし臭いはキツイだろうが、慣れだ慣れ。

 愛があれば苦難なんぞ物の数には入らんよ。


 そういうわけで、おら、さっさと逃がせ。

 俺たちを今すぐにだ。


「……けどよォ」


 素直になれないシュウトメみたいな顔をしていたサンドラだったが、不意に瞳の奥が冷たく光った。


「父親はいらねえよな」


 ……え?


「オレにとって大事なのはルマリヤとルマリヤのガキだけだァ。お前に用はねえ」


 長い腕がぐるんと回る。

 準備運動だと言わんばかりに。

 そして、剣に手が伸びる。

 それで、ぶった斬らんばかりに。


 おおお落ち着け。

 落ち着いてくださいよ姉御ぉ。

 ちょっと考えればわかるでしょうが。

 俺を生かしておけば、2人目の顔も拝めるかもしれませんぜ?

 なんなら3人目もどうっすか?

 双子なら、さらに倍っすよ倍!

 お得すぎでしょー!

 フー!


「それじゃ始めっか!」


 サンドラは剣を放り投げた。

 こんなもん要らん、と。

 始めるのか始めないのか、どっちなんだ……。


「やるならこいつで、だろ?」

「じゃんけん?」

「グーじゃねえ。コブシだ」


 素手で勝負しろと?

 もしかして、丸腰の俺に頭突きされたことをまだ根に持っているのか。

 意外と狭量だな。

 でも、大歓迎だ。

 殴り合いなら、どう転んでもなます斬りにされるよりマシだろう。


 そもそも、正々堂々のステゴロ勝負に付き合ってやる義理は俺にはない。

 隙を突いて剣を拾い上げよう。

 それで、形勢逆転だ。

 グーだろうがチョキだろうがパーだろうが、関係ない。

 腕ごと叩き斬ってやる。


「んんンんーッ! ンンぇッ!」


 ファイティングポーズを取ったところで、ルマリヤが何やら声を上げた。

 猿ぐつわのせいで、布団に埋もれた猫が喚いているようにしか聞こえないが、たぶんこう言った。


 若様、逃げて。


 心配するな。

 こいつは、得物を手放した。

 素手VS素手。

 なら、未来が見える俺のほうが断然有利だ。


 これでも、学院始まって以来の天才すぎる妹に勝ったり、ヒラーデに推されたり、テロリストの鼻をへし折ったり、俺は自分でもびっくりするくらいの武闘派なんだぜ?

 たぶん、なんとかなる。

 だから、お前は緊縛プレイでも楽しんでいろ。

 放置プレイとセットでな。


「行っくぜェ――ッ!!」


 すっげー楽しそうな表情を隠すでもなく、サンドラが弾む足取りで間合いを詰めてきた。

 弓引く動作で拳を振りかぶっている。

 顔か、腹か。

 未来視で拳の軌道を確認っと。


(…………ェ?)


 俺は自分の目を疑った。

 嘘だろ?

 そんなことがありえるのか?

 いや、ありえない。

 常識では。

 でも、俺の目は確かに見ている。

 未来に起こる光景を。


「ラアアアア――――ッ!!」


 サンドラが拳を振り抜いた。

 俺の右頬をかすめた拳が勢いそのままに岩の壁を殴りつけた。

 そして、未来は現実のものとなった。


 ――岩壁が爆散した。


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