44 王道の作戦
服が汚れるのもお構いなしに洞窟の中をひた走る。
ただし、足音をなるべく殺して、だ。
天然洞窟系のダンジョンで助かった。
トラップだらけの遺跡系ダンジョンなら俺の背中は矢の雨でハリネズミになっていただろうし、魔物まみれの巣穴系ダンジョンなら食われた下半身を泣きながら探していたかもしれない。
天然洞窟にも魔物はいそうなものだが、一向に出くわさないのを見るに、埋め立てるかどうかしているのだろう。
そういえば、ピコリーが言っていた。
ダンジョンは地殻魔力の間欠泉なのだと。
そんなものを部分的にとはいえ塞いでしまってもいいのだろうか。
血管を詰まらせるようなものだが。
まあ、今はどうだっていい。
魔物がいないに越したことはないからな。
ほどなくして、扉に行き当たった。
横穴の入口に板を立てかけただけの簡素極まりないもので、ドアノブすらついていない。
これを、扉と呼んでは王都中の扉が遺憾の意を表明しそうだ。
だが、破城槌で殴るまでもなくヒップアタックで容易に破れそうな点は好印象。
俺にとっちゃ都合がいい。
うちで採用する気にはならないがな。
板の隙間から光が漏れている。
中を覗いてみると、いかめしい顔の男が5人。
天体ショーでもあるまいに、みんな視線を同じ方向に向けている。
俺もそちらに視線を投じてみると、――発見。
ついに、見つけた。
ルマリヤだ。
手脚を縛られ、猿ぐつわを噛まされた上で、椅子に座らされている。
見た感じ、怪我とか無さそうでホッとする。
だが、安堵してばかりもいられない。
男たちときたら、どいつもこいつもエロティックな顔で舌なめずりしているからな。
エロいもんな、うちのメイドは。
「さて、どうするか……」
吐息程度の声で自問しながら、軽く握った拳でコツンコツンと頭頂部を小突いてみたものの、名案は落ちてこない。
ロウソクを照明にしているのならフッ、と吹き消し、夜陰に乗じて人質を救出することもできるかもしれないが、残念。
室内を照らすのは、壁から生えた大粒の魔結晶だ。
ダンジョンの魔力を吸って際限なく光り続けるから待てど暮らせど消灯時刻はやってこないし、ゴリラの魔物でも連れてこなければ砕くのも難しいだろう。
そもそも、視界を奪う戦法は俺のスキルと致命的に相性が悪すぎる。
ここは、やはり王道で行くか。
ずばり、突入だ。
正面からカチ込んで、全員殴り倒す。
脳筋の王道戦術だ。
ピコリーがいれば浅すぎる俺の頭を哀れんで優しく撫でてくれたかもしれない。
だが、意外や意外、これがうまくいくのだ。
未来視には男たちを足蹴にしながら拳を突き上げ、勝利に酔いしれる俺の姿が見えている。
よし、行くか。
一応、用心のために未来を可能な限り確認しておく。
3分先まで見通してみたが、サンドラの姿はない。
今はアジトにいないのか、奥で治療でも受けているのか。
なんでもいい。
鬼の居ぬ間にお宝奪ってとっととトンズラをかましてやる。
でやーっ!!
俺は扉を蹴破った。
ヒップアタックにしておくべきだったとわずかに残念がりつつ、一番近くにいた男の顎を拳で打ち抜いた。
1人目、KO!!
――2人目がとっさに腕を出し、顔を庇う。
その腕の間を抜いて、顎にズドン。
――3人目が地べたに転がった剣に手を伸ばす。
そこに、膝を合わせるっと。
パニックを起こして尻餅をつく小男は後回しにするとして、問題は一番奥で腕組みしていたこの男。
奇襲に動じることなく、感嘆に値する鋭い踏み込みから居合抜きを繰り出してくる。
だが、ヒラーデと比べると、死にかけのナメクジみたいなものだ。
遅い遅い。
俺は自分から踏み込んで剣の間合いを潰し、男の剣腕を肘で迎え撃った。
ゴキッ、と寒気のする音がして、男の腕が関節以外のところで折れ曲がる。
怯んだところで、顔面に膝蹴りを、
「っお!?」
膝を飛ばしたタイミングで軸足の裏側にぬるっとした感触があった。
一番始めに殴り倒した奴の上着を踏んでいた。
滑った分だけ打ち込みが浅くなる。
「トヤアアアア――――ッ!!」
その一瞬の隙を突かれ、俺の腰に男のタックルが華麗に決まってしまった。
背中に硬い感触。
息が詰まる。
俺のへそのあたりでフガフガしていた男がこう叫んだ。
「今のうちに殺っちまえェ!!」
ヤバイヤバイ……!!
この未来は予定外だ。
パニっていた小男が震える手でカナヅチを握ったのが見える。
そろりそろりと擦り寄ってきたかと思うと、頭のそばに立ちやがった。
カナヅチが高々と振り上げられて、ルマリヤのくぐもった悲鳴が事態のヤバさを物語っている。
未来視でなんとか……。
できるのか!?
無理じゃね!?
動けねえし!
「おあ!?」
おでこがスイカみたいに割れる未来が見えて、俺は慌てて首を横に振った。
耳の横で砂が弾ける。
小男が次こそはと鼻息荒く両腕を振り上げた。
もうヤケクソだ。
俺は水揚げされたばかりの魚みたいに暴れた。
そのとき、たまたま右足が地面の出っ張りを掴んだ。
カナヅチが目の前に見える。
俺は全身全霊をもって、出っ張りを蹴飛ばした。
体が地べたを滑り、直後、腹のあたりでガツン。
万力のように締めつけていた男が急に身動き一つしなくなった。
生乾きの洗濯物みたいに俺の上で伸びている。
その頭にはカナヅチがめり込んでいた。
これが、腹上死ってやつか?
違うか。
「ふん!!」
すでに、戦意喪失状態だった小男に鉄拳で制裁をくわえ、なんとか5人抜き達成。
多少予定とは違ったが、多勢に無勢でこれなら及第点だろう。
未来視様々だ。
……さてっと。
俺は泥まみれの衣服をパパッと叩いた。
これで、綺麗になるなら洗濯という概念はこの世界から永久に消えてしまいそうだな。
もちろん、泥んこのままである。
でも、せっかくヒーローっぽく助けに来たのだから、多少なりとも身だしなみは気にしないとな。
俺は襟を正してルマリヤに向き直った。
王子様っぽくはなかったが、お前もお姫様じゃないんだ。
もう一回突入シーンからやり直せとか言うなよ?
次は死ぬかもしれないしな。
「んーッ!! んーッんんーッ!!」
なんだ?
ルマリヤが何か叫んでいる。
必死の形相で俺になんぞ訴えかけてくる。
その目は俺だけに向けられているわけではなかった。
俺と交互に何かを見ている。
……後ろ、か?
後ろを見ているのか?
なんで?
敵は全員倒したはずだが。
後ろに何がいるってんだ?
俺はゆっくり振り返った。
そして、目が合った。
合ってしまった。
視線だけで人が殺せてしまいそうな、あの目と。
――弧を描いた長い脚が、俺の側頭部を捉えた。




