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43/50

43 階段の先


 サンドラが去ると、正門広場には安堵の空気が立ち込めた。

 学院側の死傷者はゼロ。

 施設の破損も軽微だ。

 迎撃作戦としては完勝と言えよう。

 それでも、トキの声が上がらないのは、サンドラがお魚くわえた野良猫みたいにルマリヤを連れ去ってしまったからだ。

 追ってこい、と言い残して。


「失態ですね、我が校の生徒が拉致されてしまいました」


 ヒラーデは頭皮に浮かぶ玉の汗をハンカチで拭っている。


 まったくもって大失態だ。

 俺が未来を変えてしまったがゆえに起きた誘拐だ。

 こんなことになるなら、屋敷のベッドの上でおとなしくエロいことをされておくのだった。

 勝ち確定の未来が見えていたのに、蛇を竜にしてやろうと余計な足を付け足したのが間違いだった。

 完全に裏目に出てしまった。


 まあ、ほかの生徒ならまだしも拐われたのはルマリヤだ。

 同じ魔族である彼女に手荒な真似はしないと思いたいが。


 ドン、と。

 俺の胸に誰かが何かを押し付けた。

 それは、拳だった。

 剣が握られている。

 顔を上げると、ヒラーデのまっすぐな目と視線がカチ合った。


「ソーシア君、あなたはサンドラを追いなさい。私たちも追撃部隊を編成し次第、すぐに向かいますので」


 は?

 誰を追えって?

 サンドラを?

 あのバケモノを追う?

 俺が?

 一人で?


「私の剣を託します。お腹の子を守りなさい。お父さんになるのでしょう?」


 厚い気遣いに涙ぐみながら謝意を述べたいところだが、ちょっと待ってくれ。

 あいつの腹の中には何もありゃしない。

 せいぜい、今朝食べた目玉焼きくらいのものだ。


 とはいえ、まあ、俺も責任を痛感しているところだ。

 言われずとも、助けにいく。

 ルマリヤはあんなだが、俺にとっては家族も同じだ。

 もう10年も連れ添っているからな。


 剣を握り締めた硬い拳を、俺はそっと押し返した。

 得物は不要だ。

 刃傷沙汰はまっぴら御免なのでね。

 戦わない方法を模索させてもらおう。

 それに、俺にはもっと頼りになる武器がある。


「そうですか。あなたは底の浅そうな顔こそしていますが、一本芯の通った好人物だと私は思っていますよ。健闘を祈ります」


 いつもの柔和な面持ちでそう言うと、ヒラーデは衛兵団の元へと向かっていった。


「お兄様、わたしもご一緒しますっ!!」


 下町のデパートへ買い物に行くくらいの気軽さで、アリエが名乗りを上げた。

 戦力的には俺より上だろうし、重装歩兵部隊なみに心強い。

 スラにゅん、お前も結構やる奴だしな。


 アリエの襟元で蛇のように鎌首をもたげている粘体生物を撫でると、――バチッ!

 青白い閃光が俺の指を叩いた。

 こいつ、電撃魔法まで使えるのか。

 恐れ入った。


 しかし、な。

 妹を危険に巻き込む兄というのも考えものだ。

 断ってもついてきそうな顔をしているから、ここはこう言わせてもらおう。


「助かるよ。じゃあ、屋敷のほうを探してくれ。ついでに、父上に状況を伝えてくれ。任せたぞ」


 ま、貴族街を探したところで、ルマリヤのルの字も見つからないだろう。

 サンドラが向かった先はおそらく旧市街だ。

 だから、お前は安全な貴族街で上品な野良猫でも探していてくれ。


「任されましたっ!」


 ぴょん、と飛び跳ねて敬礼すると、アリエは小悪魔スマイルで上目遣いにウィンクをかましてきた。


「お兄様の赤ちゃんが生まれたら、一番に抱かせてくださいね! わたし、オバサンになっちゃいますね! えへへ!」


 あはは……。

 ルマリヤが身ごもっている目玉焼きは、おそらく明日の朝には便器の上に生まれ落ちるだろうから、そのときは抱いてやるといい。

 ゴキブリ以下の下等生物を衣服の下で飼えるんだ。

 お前なら愛情をもって接することができるかもな。

 なんなら、名前もつけていいぞ。

 ウンにゅんってのはどうだ?


 というわけで、正門を出てすぐアリエとは別れた。

 俺は東に進路をとって全力疾走、旧市街へと急ぐ。

 ワルイージュを追跡したのと同じ手口を使うつもりでいたが、その必要もなく、聞けば聞くだけ目撃情報が舞い込んできた。

 珍しい水色の髪のメイドを抱えたカッコイイ魔族の女なんて、酔って暴れる裸のオッサンよりも目立つからな。


 ほぼノンストップで走り続け、やはりと言うべきか旧市街に到着した。

 瓦礫がうずたかく積み上げられた世紀末の町を駆けずり回った挙句、俺が足を止めたのは、古びた廃屋の前だった。


 傾いた門扉の脇では、剣を携えた男が厳しい視線を右へ左へと走らせている。

 いかにも、門番といった佇まいだ。

 こんな廃屋に番が必要か?

 目撃情報はここで途絶えている。

 おおかた、魔族解放戦線のアジトといったところだろう。


 右へ左へ規則的に振れる監視の目の死角を突いて、抜き足差し足忍び足。

 ほとんど隣を通り抜ける形で、俺は廃屋に忍び込んだ。


 未来視には居間で賭けトランプに興じるテロリストどものバカ笑いが映っている。

 しかし、1階にも2階にも屋根裏にもルマリヤの姿はない。

 なら、地下があるのだろう。

 床下収納の蓋を持ち上げると、ビンゴ。

 地下へと続く階段が現れた。


 降りてみてすぐに気づいたが、どうもダンジョンの一部を間借りしているらしい。

 申し訳程度に整地された洞窟が四方へ伸びていた。

 俺の目には、迷子になって頭を抱える未来の自分が鮮明に映し出されている。

 おかげで、どれが本命か迷わずにすむ。


こっちだな」


 光の魔石とおぼしき鉱石がうっすらと照らす岩石質の迷宮。

 ひんやりした空間だが、緊張のためか汗が止まらない。

 四肢が指先から冷えてくるのをひしひしと感じる。

 ついさっきまで1000人で1人を包囲していたのに、今や俺は敵の本陣で孤立無援だ。

 それも、丸腰でな。


 父上が昔言っていた。

 戦況ってのは、女心よりも秋の空よりも山の天候よりも目まぐるしく変わるものなのだ、と。

 まったくもって、その通りだ。

 未来ってのは些細なことで大きく変わる。

 蝶の羽ばたきひとつで思いもよらない展開が唐突に幕を上げるのだ。


(ドラゴンとか出てこないよな……)


 火を噴く竜にまたがったサンドラが意気揚々と襲いかかってくる未来が見えそうで、目を閉じてしまいたくなる。


「……っ」


 足元に落ちていた白いものを見たとき、俺の息は止まりそうになった。

 レースの飾り。

 ルマリヤのメイド服にあしらわれていたものだ。


 ……いる。

 やはり、ここに。


 一気に体温が上がってきた。

 待ってろ、ルマリヤ。

 今、王子様っぽく助けにいってやるからな。


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