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42 決断と結末


 石畳の上に点々と血が落ちる。

 俺の必殺ヘッドバットをくらったサンドラだったが、怯んだのはほんの一瞬だけ。

 その手には、まだ剣が握られている。


「得物使って丸腰の野郎に一発もらったのは生まれて初めてだぜ……」


 曲がった鼻から栓のゆるい水筒みたいに赤い液体を滴らせながら、それでもサンドラのカッコよさは健在だった。

 カッコイイ奴は何をやってもカッコイイのだからズルい。


「まさか頭突きたァな、恐れ入ったぜ。ルマリヤが惹かれるわけだ。そこいらの貴族の若造とは肝の据わり方が違いやがる」


 そりゃそうさ。

 未来で数え切れないほどの死に方を、身をもって味わっているからな。

 それも、毎夜毎晩だ。

 根が腰抜けでも数をこなせば慣れるのさ。

 死なんてものは、別に特別なものじゃない。

 石ころみたいにそこらへんに転がっているんだぜ?

 いちいちビビっていたらベッドから出るのにも全身鎧の護衛部隊が入り用になっちまうだろうがよ。


 などと戦場慣れした中堅弓兵ヅラで余裕綽々のスマイルを浮かべている俺だが、なんということはない。

 単に、死線を乗り越えたことでハイになっているだけだ。

 死ぬのは普通に怖いし、怖くない奴がいるとしたら、そいつはきっと生きるのが怖いだけだろう。

 死ぬことよりもな。


 ヒラーデがふたたび俺とサンドラの間に陣取った。

 ゴンザはバラバラ。

 リマトーニャは気絶。

 手下は全員制圧されて、残るは手負いのサンドラ、ただ一人。


「そういえば、サンドラ。あなた、何しに来たんです? すみませんねえ、用件を聴く前に片付けてしまって。天下に悪名高きあの解放戦線がこうも呆気ないとは思わなかったんですよ。今からでも聴きましょうか、犯行声明。考えてきたんでしょう? 格好いいやつを、一生懸命」


 位置的にヒラーデの顔は見えない。

 だが、おそらく、地獄の餓鬼すらドン引きするレベルのえげつない性悪笑顔を惜しげもなく披露しているに違いない。

 サンドラの顔を見ればわかる。

 表情筋が皮膚を突き破って殴りかかりそうなほどピクついているからな。


「武器を捨てなさい、サンドラ。あなただけなら、私一人でも容易に制圧できますよ」


 ヒラーデが進むに合わせて、サンドラは後退する。

 学生服を着た衛兵の輪が一定の距離を保ったまま、それに追随した。

 かたつむりよりマシだが、食後の牛のほうがまだ速いだろうマスゲームは結局、正門の前で停止した。


 ヒラーデはそれ以上、1歩も前に進もうとしない。

 表情こそ見えないが、その背中に迷いを感じるのは俺の気のせいだろうか。

 そして、追い込まれているはずのサンドラのほうは、なぜか知らんが安堵しているようにも見えなくない。


「どうしたよ、ヒラーデ? ご自慢の剣技を見せてくれるんじゃねえのかァ? あァ?」

「どうしましょうかね。どうしてもとおっしゃるなら、見せてあげてもいいのですがね」

「ハッ。強がりはよせ。お前がオレを斬る前に、オレは衛兵どもを50人は殺れるぜ。それがわからねェお前じゃねえだろ」


 そういうことか。

 ようやく俺にも二人と同じ景色が見えてきた。

 衛兵がアリだとすれば、ヒラーデとサンドラは巨大なゾウだ。

 ここで決着をつけると、二人に踏み荒らされて無数のアリがその生涯に終止符を打つことになる。

 何人死のうが毛ほども痛くないサンドラと違い、ヒラーデには血も心も通っているし、部下の命を預かる現場指揮官としての責任もある。

 包囲しているように見えて、実は人質を取られているってことだな。


 選択肢は、二つだけ。

 犠牲覚悟で敵を討つか。

 はたまた、サンドラを野に放つか。

 当然、逃せば第二第三のテロを企図するわけだから、難しい決断を迫られる。

 父上ならどうするだろうか。

 人間離れした輩を対価なく打ち取る戦術など、少なくとも俺には思いつかない。


 ヒラーデも同じだったようだ。

 切っ先がわずかに下がった。

 ついさきほどまで大きく見えた背中が、空気が抜けるようにして萎んでいく。

 情けない。

 などとは思わない。

 むしろ、尊敬しよう。

 その背中には学ぶべきものがある。

 そう思う。


 サンドラは一つ高笑いすると、曲がった鼻を無理やり元の位置に戻した。


「また来るぜ。――それと、お前。次は殺す」


 お前ってのは、俺のことだ。

 残念ながらな。

 サンドラは剣のひと薙ぎで衛兵をすくみ上がらせると、その隙を突いて正門をくぐり抜けた。

 と思ったのも束の間、その足がピタリと止まった。


 んだよ?

 さっさと行けよ。

 そして、二度と戻ってくるな。


「若様……!」


 俺を呼ばわる声がした。

 聞き慣れた声が。

 そして、水色の髪が見えた。

 サンドラの肩の向こうに。

 ルマリヤだった。

 走ってきたのか肩で息をしている。


 どうして、お前がここに?

 お前は今日一日、屋敷の中で過ごす未来よていだっただろう?

 俺にエロいマッサージを仕掛けながら。


 その俺は今ここにいる。

 散歩にいくと言って家を出て、それから、かれこれ2時間ほどになるか。

 散歩にしては長すぎたな。

 当然ルマリヤは帰らぬ俺を案じるわけで。

 そうすると、探しに出るのも当然の流れで。

 間の悪いことに学院を訪れ、サンドラと鉢合わせするということもあるわけだ。


「よォ、ルマリヤ。お前は今日も可愛いな!」


 サンドラはルマリヤの肩をポポン、と叩いた。

 そして、稲束よりも軽々とその体を担ぎ上げ、振り返って俺に言った。


「ルマリヤを返してほしいか? なら、追ってきやがれ!」


 燦然と輝く笑顔で中指をピンと立てると、サンドラは颯爽と駆け去っていくのだった。

 マジか……。


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