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4 記憶、喪失……!?


 重いまぶたを持ち上げる。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、ルマリヤの顔だった。

 俺の手をぎゅっと握り締め、いと不安げな表情で見つめている。


 目が赤い。

 寝不足や眼精疲労ではなく、俺のために泣いてくれたのだと思いたい。


「若様、大丈夫ですか」


 うん、まあ。

 頭が割れそうなほど痛いこと以外は健康体だ、たぶん。


 どうやら気絶している間に自宅に担ぎ込まれたらしい。

 俺は自室のベッドに寝かされていた。

 頭が二つに割れているのではないかと恐る恐る後頭部に手を伸ばしてみたが、なんのことはない、たんこぶが一つできているだけだ。

 フララが治癒魔法で癒やしてくれたのかもしれない。


「若様。さ、お水を。どこか痛むところはありませんか? 私になんでもお申し付けください。ルマリヤは絶対服従です。どんなえっちな要求にも応えて差し上げますから」


 ルマリヤは俺を抱き起こし、枕で背もたれを作ると紅茶を淹れ、茶菓子を出し、頭をなでなでしてくれた。

 実に、甲斐甲斐しい。

 メイドの鑑だ。

 夢の中でいろいろな殺され方をした後だけに、優しさが身にしみる。

 普通に礼を言うべきところだが、その前に少しばかり定番のイタズラをさせてくれ。


「君は誰だい?」


 俺はとぼけ顔で首をかしげた。

 頭を打ったときのお決まりのネタさ。

 ここはどこ?

 私は誰?

 なんてな。

 ただの冗談だ。


「若様……」


 ぺたん、とルマリヤが尻餅をついた。

 呆然とした顔で俺を見つめ、その両目から頬へ、頬からあごへと透明な線が引かれていった。

 それは、涙だった。


「まさか、私のこともお忘れになってしまわれたのですか?」


 ここで、やめとけばよかったのだが、俺は引き際を誤り、つい「君は誰だい?」と繰り返してしまった。

 ルマリヤから返事はなく、代わりに、首の骨を失ってしまったかのようにカックリとこうべを垂れた。


「……」

「……」


 気まずい沈黙が立ち込める。

 しくじった。

 まさか泣かれるとは思わなかった。

 常日頃から鼻歌感覚で下ネタを口ずさみ、基本無表情で何を考えているのかわからない奴だが、なんだかんだ言って俺のことを心配してくれていたらしい。

 悪いことをしてしまったな。


「……いえ、むしろこれはチャンスなのでは」


 どう謝ったものかと考えあぐねていると、ルマリヤのそんなつぶやきが聞こえてきた。

 顔を上げた彼女は、なぜか晴れやかな表情をしていた。


「若様!」

「あ、はい」

「本当に私のことを忘れてしまわれたのですね!」

「ええっと、あー」

「忘れてしまったのですよね! ね! ね!?」

「あー、そうです……」


 謎の剣幕に押し切られる形で俺は頷いた。

 すると、ルマリヤはド派手に泣き崩れた。

 それはもう嘘泣き度MAXな感じで。


「うう、どうか思い出してくださいませ若様ぁ!」

「……」

「私です、ルマリヤです! あなた様の婚約者フィアンセのルマリヤです!」

「……っ? …………は?」

「あなた様のフィアンセのルマリヤですぅ……!」


 あまりにも自信たっぷりに言い切るものだから、本当に記憶をなくしてしまったのではないかと一瞬不安になる。

 だが、そんなわけあるか。

 現時点で婚約者がいないからこそ、俺は将来いろいろな女性と結婚するのだ。

 何言ってやがる、こいつめ。


「うう、若様……。あんなにも深く求め合い、燃え尽きるまで愛を交わし合ったのに。あの夜の約束を忘れてしまうなんて、うう……」


 どの夜だよ。

 両手で顔を覆い嗚咽するルマリヤだが、さっきからチラチラと指の間からこちらの様子をうかがっているのはバレバレだ。

 何か企んでいるらしい。


 そういえば、こいつは事あるごとに俺を誘惑してきたな。

 未来での話だ。

 メイドの地位に満足せず、あわよくば、俺の妻の座を勝ち取ろうと虎視眈々だった。

 思わせぶりな態度に始まり、色仕掛け、風呂場突撃、果ては夜這い……いや、寝込みを襲われたりといろいろだ。

 そんな彼女に未来の俺は鼻の下を伸ばしてしまい……。


 こっからは全面的に俺が悪いのだが、本妻を差し置いて第一子を授かるなどという修羅場が作り出されることになる。

 それが破滅の始まりだ。

 夫婦間のいざこざはやがて家同士の政争に発展し、王国全土を巻き込んだ動乱となり、俺は国家転覆の咎により打ち首となる。

 傾国の美女などと言うが、まさにルマリヤがそれだ。


 ……いや、違うな。

 すべては下心に負けた俺が悪い。

 未来の俺が馬鹿だったんだ。


「でも、よかったです。若様がご無事で」


 ルマリヤは俺の手を胸に挟むようにして抱きしめた。

 またぞろ色仕掛けかと呆れかけた俺だったが、ルマリヤの表情は心底ホッとしているようにも見える。


「旦那様も奥様も、皆様心配しておられました。お呼びしてまいります」


 俺の手に頬をすりすりすると、ルマリヤは部屋を後にした。


 もういっそ、本当に記憶喪失ということにしてしまおうか。

 シン、とした部屋でふとそんなアイデアが浮かんだ。


 社会的成功、結婚、家督の継承。

 3つのターニング・ポイントの中で、俺の独断で決められないことが二つある。

 結婚と家督の継承だ。

 こればっかりはどうしようもない。

 親や家の都合、国王の意向で決められるものだからだ。

 嫌と言っても聞いちゃもらえない。

 貴族の家に生まれた以上、仕方のないことだ。


 ……しかし、だ。

 記憶喪失になったとしたらどうだ?

 すべてを忘れてしまった俺は間違いなく貴族社会の競争から脱落する。

 縁談が持ち上がることもないし、家督継承の話もパーだ。

 俺の破滅も必然的に遠のくというもの。


 そもそも、こんなことを言うのは情けない話なのだが、俺よりも妹のほうが断然優秀だ。

 剣に魔法に勉学に、俺は妹に何一つ勝てた試しがない。

 生まれた順番という益体もない特権のおかげで継承順位1位に居座っちゃいるが、この際、すっぱり譲ってしまったほうがいいのではなかろうか。


 俺にとっても妹にとっても、それがベストな気がする。

 家を継げなかった貴族家の男子には、ロクな未来などない。

 でも、それこそ、乗り越えていけばいい。

 俺には未来が見えるのだから。


 今、俺は人生の重大な分岐点に立っているのかもしれない。

 ここで振った賽が未来の明暗を分ける。

 そんな気がする。


「よし、やるか。記憶喪失」


 うまくいかなければ、記憶が戻ったとか言えばいいしな。


 扉が開き、両親とルマリヤが足早に俺の元へとやってきた。

 俺はニッコリ笑顔で言った。


「こんにちは。いいお天気ですね。



 ――ところでここは、どこですか?」



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