39 手渡されたもの
一夜明けて、今日は何の日?
学院襲撃の日だ。
窓の外はいつもと変わらない朝の生気で満ちあふれている。
バルコニーに出て伸びでもしたら、さぞや爽快だろう。
こうしている今も魔族解放戦線どもは蠢動しているはずだ。
地下水路を這い回るドブネズミのようにな。
まあ、襲撃の結果は夢で見てすでに知っている。
ヒラーデ率いる屈強極まりない先生方と生徒に扮した衛兵1000名からなる布陣。
襲撃の日時が割れているおかげで、迎撃シフトはバッチリだ。
水際で防衛に成功し、テロリストの大半を確保。
サンドラ以下、主犯格数名は敗走。
被害は軽微。
学院側の完封勝利。
それが、結果だ。
しかしまあ、勝ち試合だとわかっていても不安になるのが人情というもの。
顔なじみの先生方が体を張っているというのに、俺だけ安全な屋敷で温々しているのもバツが悪い。
敵の総数や襲撃方法も判明したことだし、ヒラーデに上申しておくか。
と、そのまえに。
俺は自分の額に乗せられた足みたいなものを押しのけた。
足みたいというか、足そのものだ。
誰のかというと、アレックのものだな。
今日も今日とてアレアレ三姉妹が俺のベッドに散らかっている。
縦横無尽な寝相でな。
こいつら、俺を毛嫌いしているくせにキッチリ毎晩ベッドに潜り込んでくるのは、なんなんだ?
ルマリヤでも週1なのに。
「少し外の空気を吸ってくるよ」
着替えを済ませて、家を出る。
ルマリヤには散歩だと言っておいたが、向かう先はもちろん学院である。
対テロ用の厳重警備も未来視にかかれば有って無いようなものだった。
ヒラーデを見つけて報告を上げる。
「解放戦線の連中は正門からの正面突破を企図しているようです。数は30。武装は主に剣で、魔術師が数名。父の情報網から仕入れた情報なので確かです」
大一番を前に、ヒラーデは普段と変わらない装いをしていた。
常在戦場というやつだろう。
普段から勝負服だから着替えるまでもないのだ。
ちなみに、父のルートなどと言ったが、情報源は俺の明晰夢だ。
どの筋よりも確かだから、鵜呑み丸呑みで盲信してくれて結構ですよ先生。
「そうですか。持つべきものは大将軍閣下の御子息、いえ、危険を賭して駆けつけてくれたソーシア君、あなたのような勇敢な生徒ですね」
皮肉が込められていない賛辞は貴重だ。
胸に刻んでおこう。
それでは、失敬。
俺は安全な屋敷に戻ってルマリヤの超絶技巧が光るちょっとえっちな肩揉みでも堪能しますかねっと。
健闘を祈ります。
と踵を返したところで、熊みたいな力が俺の肩をガッチリと押さえつけた。
「何を言っているのですか? あなたも戦うのですよ」
「へ?」
「役目でしょ、力ある者の。はいこれ」
いつぞやのように木剣を押し付けられた俺は、特別頭の悪いハトのように呆然と立ち尽くすしかない。
こんな未来は知らない。
俺は今日、本来なら屋敷でガキどもと勇者VS魔王第2回戦を繰り広げる予定だった。
学院に来たことで未来が変わったのか。
トチった。
勝利確信で身の振り方がおざなりになってしまったようだ。
こうなる可能性も十分あったろうに。
つか、なぜに木剣?
せめて真剣をよこせ、真剣を。
「お兄様がご出陣なさるなら、もちろんわたしも一緒ですっ!」
振り返れば、そこには銀髪の乙女。
我が不肖の妹、アリエである。
長い銀髪を小さくまとめ、各種剣士用防具を身にまとって意気軒昂、やる気十分。
スラにゅんまでもがプロテクターを身につけていた。
いつでも行けますって顔しやがって。
屋敷にいないと思ったら、こんなところにいやがったか。
「お兄様がおわすところが、わたしの居場所です」
そうか、じゃあ帰るぞ一緒に。
俺は小脇にしがみついてきたアリエにガッツリとヘッドロックをかけ、ヘラヘラしながらヒラーデを見た。
妹がすんません。
そいじゃ、俺たちゃこのへんで失礼しますんで、へへ。
ほら、先生もお嫌でしょう?
教え子に万が一があってはいけませんからねえ。
「私はね、大切な教え子だからこそ千尋の谷に突き落とすべきだと思うのですよ。愛ですよ、これは、ええ」
ヒラーデは悪霊が取り憑いた仏像みたいな微笑みを浮かべている。
で、畳み掛けてくる。
「あれ、ソーシア君、逃げませんよね? まさかね。大将軍閣下の御子息なのにね。妹さんも戦うのにね。逃げませんよね? ね? ね?」
「は、い……」
わざわざ周りの衛兵に聞こえるように言いやがってからに。
ハイ以外にどんな返事がある?
イエスか?
同じことだ、ちくしょう。
俺は苦笑いで頬をピクつかせながら、戦列に加わった。
これ以上ないくらい嫌々な。
「お兄様と一緒っ! お兄様と共闘っ!」
アリエよ。
どうして、お前はお花見気分でルンルンできるんだ。
これから死ぬかもしれないってのに。
もし、それが強者の余裕ってやつなら俺にも分けとくれよ、4分の1くらいでいいからさ。
初めてお前が羨ましいと思ったよ。
世も末だぜ。