38 報告
「若様、どうしましょう……」
ずぶ濡れになったルマリヤを馬車に収容。
ぐっしょりと重いローブを雑巾絞りしながら、俺はうーんと唸った。
明日の正午、どうやら学院が襲撃されるらしい。
それも、魔族解放戦線とかいうガチガチのテロ組織に。
首謀者とおぼしき女、サンドラは「オレたち」という一人称を使っていた。
複数犯というわけだ。
10人か、100人か。
構成員数は定かではないが、大きな被害が出ることは火を見るよりも明らかだ。
学院は血の海になるかもしれない。
「まあ、頭を抱えても仕方ない。とりあえず、ヒラーデ教頭に報告だな」
俺はローブの湿っていないところで、ルマリヤの濡れそぼった髪を拭いてやった。
こうして、頭を触っていても角の存在を認識できない。
『認識操作』だっけか?
こう見ると、ルマリヤの祝福は結構レアなのかも。
「あのサンドラとかいう女とは、どういう関係なんだ?」
大将軍の居館に勤めるメイドがテロリストの関係者というのは、いかにも問題だが。
「サンドラは旧市街で暮らす魔族たちの顔役なのです。裏の、ではありますが」
裏番長か。
魔族が迫害を受けないように目を光らせていたってことね。
あれだけ強そうな人物がケツ持ちなら、危害を加えようとする人間はそうそういなかっただろう。
押ッ忍。
「私自身は解放戦線の仲間ではありません。協力したこともありません。若様に誓って本当です」
拭かれるドサクサに紛れてルマリヤは俺のローブに鼻をこすりつけている。
濡れた前髪に隠れて、その目は見えなかった。
「信じるよ。お前は変態だが、人様を傷つけるような奴ではないからな」
「もう、若様ったら。そこは、信じてほしければ脱げと脅してグヘヘヘと笑っていただかないと。そのへんはサンドラのほうが心得ていましたよ」
無表情チックな顔で頬だけが小さく膨らんでいる。
そして、わずかに眉尻が下がった。
「根はいい人なのです、サンドラは。あの子たちが旧市街で生きてこられたのも彼女の庇護があったからなのです」
アレアレ三姉妹のことか。
「でも、過去にいさかいがあって。サンドラは王国や人族を恨んでいるのです。殺したいほどに」
そういう魔族は多いだろう。
だから、テロ組織に成り下がった今でも魔族解放戦線を支持する者は多い。
そして、過激であればあるほど支持は増していく。
歯止めが効かなくなる。
「それはそうと、若様」
俺のローブに顔をうずめていたルマリヤが目だけ出して視線を投げかけてくる。
何か非難めいたメッセージを感じるのだが、気のせいか?
「ぐすんぐすん、どうして助けてくださらなかったのですか?」
あー、隠れて成り行きを見守っていたのがバレていたか。
そこを突かれると痛い。
ありのままを言えば、勝てそうになかったから隠れていた、ってのが答えだ。
もっと率直に言うと、ビビった、になる。
もちろん、ルマリヤに危害が及ばないように未来視で監視していたがな。
「罰として今夜抱いてください」
それは、むしろご褒美ではないだろうか。
◇
魔族解放戦線が襲撃を企てていること。
サンドラという女。
決行は明日の正午。
ルマリヤの素性は伏せた上で、ヒラーデに報告を上げておいた。
終始、異国の菩薩像を思わせる穏やかな相好に微笑みを添えていたヒラーデだったが、「サンドラ」と聞いたときだけは修羅の片鱗を垣間見せた。
その筋じゃ有名なんですかね。
「明日は休校になるでしょうね。寮生は可能な限り、実家に返しましょう。衛兵団とも連携を取らないと。忙しくなりそうです」
ヒラーデはローブの襟を正すと、立ち去る前に俺に屈託のない笑顔を向けて言った。
「ソーシア君、よく報告してくれました。あなたのおかげで、被害は軽微で済みそうですよ」
軽微って。
まだ相手の規模も襲撃方法もわからないのに?
「私も陣頭に立ちますからね」
ほう。
それは、軽微で済みそうだ。
よく考えてみれば、魔法学院の先生方はその道のスペシャリストばかりだ。
魔法科の先生なんて、3人いれば城を落とせると言われている。
本気を出させたらテロ以上の惨禍が学院を襲う事態となりかねない。
ほどほどで頼みますよ、ヒラーデせんせ!
俺は自宅のベッドあたりで優雅に朗報を待ってますんで!
というわけで、その日は帰路についた。
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