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37 雨の旧市街で


 さて、資金源も確保したことだし、


「いよいよ動くか!」


 膝をパンと打ち、決然と立ち上がる俺に合わせて、ルマリヤもケツをパンと打って言った。


「若様はじっとしていてください。いつものように、私が動きますから」


 いつもって、そりゃ一体いつのことだ?


「ソーシア君、ほどほどにね。学業と育児の両立は大変ですからねえ」


 ヒラーデがニヤニヤしながら応接室を出て行った。

 変な誤解をされてしまったではないか。

 隣じゃリンネの恐ろしい黒目が俺の横顔に穴をあけようとしている。

 怒るぞ、ルマリヤ。


「今後の予定を聞かせてもらえるかしら?」


 オーケー、リンネ。

 俺はとりあえず、自宅の風呂で鼻歌をふかすつもりだ。

 でも、その前に、


「旧市街のダンジョンを冒険者ギルドに届け出る必要があるな。これは、土地主のリマ夫人の許可が要る。リンネ、頼めるか?」

「お安い御用よ」

「それから、人手を集めないとな。人材確保ってやつだ。なるべく、旧市街の住民がいい」

「それでしたら、私にお任せください。旧市街にはツテがありますので」


 ルマリヤはドンと胸を叩いて柔らかな膨らみをわざとらしく揺らした。

 まあ、頼らせてもらうとするか。


 というわけで、二人とは学院で別れ、俺は自宅行きの馬車に乗り込んだ。

 今日のところは出番終了だ。

 さしてやるべきことも思いつかないので、とっとと風呂場に向かうとしよう。

 魔王討伐を祝して、とっておきの入浴剤を投入するのもいいだろう。

 幸いにして、ルマリヤは不在だ。

 風呂場突撃を気にしなくてすむから、久しぶりに長風呂を満喫できそうだ。


「ん、ルマリヤ?」


 あ……。

 俺はとんでもない失態に今更ながら気づいてしまった。


 ルマリヤはツテとやらを求めてどこへ向かった?

 旧市街だ。

 犯罪者の巣窟。

 年頃の乙女たるルマリヤを一人で向かわせるべきではなかった。

 アレアレ三姉妹の世話で通い慣れているとはいえ、今は情勢が悪い。

 それも、彼女は制服を身につけている。

 旧市街の住民にとっては怨敵とも言える、学院の制服を。


「まずい……」


 このままでは、我が家の変態メイドがあられもない姿に剥かれて壮絶なエロ展開を迎えかねない。


「御者さん、方向転換。東に進路をとってくれ」


 慌てて後を追う俺である。

 降りしきる雨を裂いて、馬車は旧市街に颯爽と滑り込んだ。

 客室から投げ出されるくらいの勢いで飛び出した俺は、雨ガッパ代わりのローブで制服を隠しつつ瓦礫の町に踏み入った。


 人探しなら俺の右に出る者はいまい。

 未来視で結果を先取りすれば、大幅に無駄を省ける。

 ものの10分ほどで、お目当ての人物は見つかった。

 案の定というか、ルマリヤは厄介事に巻き込まれているらしかった。


 現場に到着。

 俺は半壊した民家の壁に背をあずけ、路地裏だった場所を覗き込んだ。

 そこには、未来視で見たままの光景があった。


 ルマリヤと、それから、もう一人。

 目深にかぶったフードで誰であるかはわからないが、そいつは、ルマリヤの両手首を掴み、壁に押し付けていた。

 半ば宙吊りにする形で。


「ルマリヤ、なぜお前がその服を着ている?」


 フードの奴がそう唸った。

 ドスの利いた低音だが、女の声だった。


「あなたには関係ありません」


 相手が大将軍であろうとも物怖じしないルマリヤの声がわずかに震えている。

 なんだかヤバめな雰囲気だな。


「それは、この町をガレ場に変えやがった敵の服だろ。胸糞悪ィ。脱げ! 今すぐだ!」

「きゃああああ、らめええええ! 犯されるうううう!」


 俺も何度か聞いたことがあるルマリヤの悲鳴セリフが路地裏に響き渡った。

 これには、さしもの暴漢女も仰天したらしく、驚いた拍子にフードがずり落ちて、


(おお……!)


 めちゃくちゃカッコイイお姉さんが現れた。

 天を突くイカヅチのごとき双角。

 六つに割れた腹筋。

 長い手脚とギラリと光る犬歯。

 どこをとってもカッコイイとしか言いようがない堂々たる威容。

 残念ながら、片方の角は折れてしまっているが、それが逆にワイルドだったりする。

 片目に傷を持つ戦士ってカッコイイだろ。

 同じ理屈だ。


 しかし、角があるということは魔族か……。

 ルマリヤも魔族だ。

 二人は顔見知りみたいだが、どういう関係だ?


「らめええええ! らめらめ、らめええ!!」

「わ、わかった! もう脱げとは言わねえから。だから、少し黙れ……! 黙れったらオイ!」


 騒がしい口を大きな手で塞いでから、女は、


「まァ、着ていたほうが好都合だからな」


 と、辛うじて聞こえるくらいの声で言った。


「ルマリヤ、お前の力が必要だ。明日、オレたちは学院を襲撃する。旧市街を破壊しやがった報復だァ。正義の鉄槌を下すんだ。お前には学院の中から手引きしてもらいたい。この聖戦の支援をな」


 学院を襲撃。

 魔族。

 報復。

 正義の鉄槌。

 聖戦。

 浅慮浅識で知られる俺の頭脳でも答えを導き出すには十分すぎるヒントだった。


 魔族解放戦線――。

 そういうことだろ?


「何が聖戦ですか。サンドラ、あなたのやろうとしていることは、ただのテロです。汚い暴力です。正義なんてありません」


 ルマリヤの突き放すような言葉で、サンドラと呼ばれた女はひどくショックを受けたようだった。

 パクパクするばかりの口が動揺っぷりを物語っている。

 だが、動揺は何倍にも増幅されつつ怒りへと置き換わっていったらしい。

 その怒り様たるや、雨粒が逃げていくほどだった。


「ルマリヤ、いくらお前でも許さねえぞ……!」


 腰だめに構えられた拳が空気を震わせている。

 あの拳で突かれたなら、巨岩すらも千の断片に砕け散りそうだ。


 ルマリヤの大ピンチ。

 さてさて、ヒーローとは遅れてやってくるものなのだよフフフフフ、と不敵な笑みとともに登場したいところだが、ダメだ。

 動けない。

 今出ていけば、俺は回し蹴りの一発で卒倒することになる。

 見かけ通り強いんだよ、あのサンドラって女は。

 たぶん、ヒラーデクラスの実力者だ。

 テロリスト相手に丸腰というのも分が悪い。


「やめて! お腹には若様の赤ちゃんが……!」


 ん?

 ……うん?

 ルマリヤが何かほざいている。

 俺の赤ちゃん?

 そんなものは世界のどこにもいやしない。

 今はまだ、な。

 あいつめ、殴られたくないばかりに大ホラぶっこいてやがるな。


「お、おのれ人族めェ……!!」


 サンドラが爆発した。

 周辺一帯の雨粒が消滅しそうなほど昂っている。


「オレのルマリヤを汚しやがって……! 若様ってのはどいつだァ? お前が仕えているあの屋敷の若造かァ!」


 オゥ……。

 なぜか無実にして潔白なる俺に猛烈な殺意の矢印が向いてしまっている。

 どうしてくれるんだ、ルマリヤ。

 テロリストに認知されるとか嫌すぎるのだが。


 そのルマリヤは悪びれるでもなく腹をかばおうと身をよじっている。

 空っぽの腹をな。


「そんなにあの若造が大事か。だったら力を貸せ。襲撃は明日の正午だ。いいなァ?」


 サンドラは吐き捨てるようにそう言うと、長い脚で石壁を乗り越えて瓦礫の向こうに消えていった。


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