36 ヒラーデの真意
「いやぁ、素晴らしい発表だったぞ!」
「さすがは大将軍閣下の御子息だ」
「我が校の自慢ですよ、あなたは! ええ!」
「学院の未来は安泰ですなあ! うんうん!」
魔王ヒラーデの忠実なる配下、お偉方四天王は俺の肩を叩き熱いエールを残すと応接室を後にした。
入れ替わるようにリンネとルマリヤが転がり込んでくる。
「驚いたわ! 今出て行かれたのは学院でも指折りの厳しい先生方なのよ。褒めちぎられるなんて私でも無理だわ。アレン、あなたすごいじゃない!」
あのリンネが黒くないキラキラの眼差しを向けてくる。
普段の俺なら強風に吹かれた0点のテスト用紙よりも高々と舞い上がったに違いない。
だが、素直に喜べない事情があってだな。
四天王はともかく、あのヒラーデが諸手を挙げて大絶賛だ。
なんというか、魔王が笑顔で握手を求めてきたような不気味さというか、何か裏があるのではないかと嫌でも勘ぐってしまう。
というか、ヒラーデ教頭。
あんた、俺のプレゼンを迎え撃つために、あえて辛口派を集めていたのか。
しかし、その上で大絶賛したわけだから、うーん。
狙いが読めない。
「順を追って説明してあげますよ。エトナリー君もどうぞ、かけて」
ヒラーデに促され、俺とリンネは四天王が温めていた席に腰を下ろした。
ルマリヤは言われるでもなく紅茶の準備を始める。
ホント、下ネタさえなければ完璧なんだけどな。
うちのメイドは。
ヒラーデは自分に茶を給仕するルマリヤを物珍しそうに眺めながら、薄い微笑みを浮かべて言う。
「お察しのとおりですよ。洞察力に優れたソーシア君のことです。あえて説明するまでもないのでしょうね」
「ええまあ」
さも知ったげに頷いてみせる俺である。
それを睥睨したリンネは苦笑している。
そうさ、その通りさ。
説明がなけりゃ、なんのことやらさっぱりさ。
「旧市街での一件以来、不穏な噂が広がっておりましてね」
ばらばらと窓を叩く雨粒のせいで、声が遠くに感じられる。
身を乗り出した俺にヒラーデは言った。
「あの魔族解放戦線が近々テロを起こすのではないか、とね」
ガラガラドッカーン。
まばゆい雷光はヒラーデの顔に濃い影を刻み込んだ。
「マゾ……」
リンネが何かつぶやいたようだが、聞き流しても差し支えあるまい。
魔族解放戦線――。
そういえば、最近どこかで聞いた名前だ。
『我ら、魔族かいほー戦線っ!!』
そうだ。
朱髪のアレックが勇者ごっこの折にそう叫んでいた。
昔、魔族狩りという名の虐殺が大陸全土で行われていた頃。
魔族を救うために立ち上がった者たちがあった。
それが、魔族解放戦線である。
とまあ、俺が知っているのはこのくらいだ。
「彼らは昔からテロまがいの過激な活動を繰り返していましたがね、それでも、大義はあったのですよ。魔族解放というね」
ヒラーデはローブの下で剣を撫でながら懐かしそうな顔をしている。
一戦交えたことがあると言わんばかりに。
「しかし、それも今や過去の話です。今の彼らに正義などありません。貧困や根強い差別意識に不満を募らせ、怒りと憎しみをぶちまけるだけの無法者集団に成り下がってしまったのです」
解放も何も、魔族にはすでにほかの種族と同等の権利が与えられているからな。
戦時の英雄も平和の世では立つ瀬なしだ。
かつて同胞のために立ち上がった魔族解放戦線も、今では戦う意義を失い、名ばかりが亡霊のようにさまよっているというわけだ。
それと俺の研究と、どう関係するというのですか?
「旧市街の災禍によって行き場を失った住民たちの怒りは今、どこに向かっていると思います?」
俺の頭の中では紫色の縦ロが縦横無尽に跳ね回っている。
ウオーッホッホッホ、と奇声を上げながら。
しかし、ヒラーデの答えは違った。
「この学院ですよ」
旧市街の住民が学院に怒りの矛先を向けている?
この王立魔法学院に?
意外に思ったが、あらためて考えてみれば何もおかしな点はない。
下手人たるワルイージュは学院の生徒だ。
破砕装置を作ったピコリーもしかり。
学院生が作ったマシンで学院生が町をぶっ壊す。
旧市街の住民はどう思うだろう?
考えるまでもない。
学院に責任を求めるのは当然の流れだ。
「すでに、被害が出始めているのですよ。校舎の窓ガラスが割られたり、通学中の生徒が因縁をつけられたりね」
それは、大変だ。
俺も制服を着て出歩くのは控えるようにしよう。
角材で殴られて本当に記憶がすっ飛んではかなわん。
「今やテロが現実のものとなりつつある。警戒を強化することはできても、完全に防ぎきることなどできません。学院としても頭を悩ませていたのですよ。そんなときに、あなたが現れた」
ヒラーデは両手のひらで俺を指し、鼻の穴を広げている。
「旧市街の再生。大変結構ではありませんか。特に『学院の生徒が旧市街の住民を救うために立ち上がった』という構図が素晴らしい」
そういうわけですか。
ようやく、合点がいった。
学院としては、「被災者を支援している」という体裁を取り繕いたいわけだ。
テロの標的を免れるために。
それで、俺のしどろもどろなプレゼンにこぞって賛辞の雨を浴びせた、と。
俺の研究は、慈善活動の広告塔ってわけね。
まあ、問題ない。
広告費用が手に入るなら、それで。
「そういうわけですから、学院はソーシア君の研究を全力で支援しますよ。必要な費用は請求するだけ通ると思ってください。成果は問いません。大事なのは、やってる感を出すことですから」
ヒラーデは悪びれもせずそう言う。
だが、俺にとって大事なのは成果のほうだ。
王国を滅びの運命から救わねばならないからな。
仮に学院の校舎が吹き飛ぶことになろうとも、だ。
思ったよりおどろおどろしい話になったせいか、リンネは借りてきた猫のようにおとなしくしている。
ルマリヤはというと、憂いをたたえた瞳で窓の外を見つめていた。
旧市街の方角を。
「やはり、あなたを推薦して正解でした。剣術だけではない、あなたにはずば抜けた才覚がある。なんというか、いい目を持っているというか……」
ヒラーデはこの場にピッタリな褒め言葉を探していたようだが、ついに思いつかなかったらしい。
慣れないことはするものじゃありませんね、とハゲ頭をポンと叩いて、俺の手を取った。
「期待していますよ、ソーシア君」
期待か。
リンネにも言われたな。
頑張るとしよう。
俺にしかできないことがあるのだから。
「善処します」
俺は剣ダコまみれの手を強く握り返した。
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