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34 資金源


 ピコリーが白衣の下から取り出したるは、謎の魔道具の数々である。

 これを、使えばあら不思議。

 ダンジョンの規模を測量できるらしい。

 なんでも、魔力の波を飛ばし、その反響波をキャッチすることで地下の構造がわかるのだとか。


「魔力波は……空気中では毎秒3400メールトで進む……。地中だと5万メールト。三角法を用いて計測すれば、最深部までの距離と洞窟の分布、迷宮全体の容積を割り出せる……」


 あと3秒で寝落ちしそうな顔でそう言われたわけだが、おそらく寝言の類であろう。

 何を言っているのかさっぱりだったからな。

 俺が馬鹿でなはいことだけは確定的に明らかだ。


「すごいわ、ピコリーさん! あなた天才よ! このロジックなら反響波の散乱率から水脈や鉱脈の位置まで特定できるわね。でも、どうして、乱反射がノイズとして現れないのかしら。もしかして、多層フィルタで反転を繰り返しているの?」

「んー、そう……」


 ピコリーは「誰、この人……」とばかりにリンネをチラ見したが、すぐに興味を失ったらしく魔道具をいじり始めた。


 ふふふ、リンネよ。

 にわか知識で利口ぶろうったって無駄さ。

 お前は俺と一緒に測量が終わるのをおとなしく待っていればいいんだ。

 素人にわかることなんて、何もわからないってことくらいなのさ。


「驚いたわ……」


 リンネの奴、まだ知ったかぶりムーブを続けるつもりらしい。


「最深部は地下9000メールトライン。裾野が王都を完全に呑み込んでいるわ。大陸有数の巨大ダンジョンじゃない!」

「ボクも驚いた……」

「大発見だわ!」

「んー、そう……」

「この波形のプラトーはどう見ればいいのかしら?」

「見たまんま……。地下に巨大で平坦な空間がある……」


 え、なに?

 本当にわかっているような顔をしているが、そんなわけないよな?

 お前もこっち側だよな、リンネ。


 主婦の井戸端会議なみにエンドレスな盛り上がりを見せている天才少女二人の会話を俺は10歩くらい後ろから黙って見つめることしかできなかった。

 完全に蚊帳の外だ。

 きっと二人の脳裏には地下世界の神秘的全容が故郷の情景のごとく瞭然と広がっていることだろう。

 俺には想像さえできない光景がだ。


 旧市街だった場所を吹き抜ける砂塵まじりの風に打たれながら、俺は孤独の中にあった。

 自分の頭が実は悪いかもしれない可能性に気づいてしまうことこそが、この世界で最大の不幸なのではなかろうか。

 辛い……。


「大丈夫ですよ、若様」


 ルマリヤがそっと俺の手を取った。

 そして、そのまま自分の腰に導いていく。


 そういや、お前もいたんだったな。

 リンネの目力に気圧されていつもの下ネタが鳴りを潜めていたから忘れていたよ。

 それで、どう大丈夫なんだ?


「私の穴を埋めて下されば、若様の心の穴もきっと埋まりますから」


 そうか。

 だが、今から穴を振興するところでな。

 埋めるわけにはいかないんだ。

 また、誘ってくれ。

 腰のくびれと臀部の膨らみが織り成す史上類を見ない曲線美から、俺は涙ながらに手を離した。


 測量も無事終わり、帰りの馬車内でリンネはため息をもらした。

 終始ご機嫌だったのにどうかしたか?


「アレン、あなたの話、本当だったわね」


 そうだろう。

 俺は生来の正直者だ。

 ただの一度として嘘をついたことがないんだよ。

 仮に万が一あったとしても、あれだ、記憶喪失だ。

 忘れちまったからノーカンだ。


「たしかに、ダンジョンはあったわ。それも、とんでもなく大きなやつよ。……でもね」


 リンネは震える声を声量で誤魔化すようにして言った。


「私にはお金がないのよ。ご立派な金脈はあっても、それを掘り起こすだけの力がないの。だから、宝の持ち腐れだわ。できることといえば、土地の権利をなるべく高値で売りに出すことくらいね」


 それは、困る。

 ダンジョン産業にはなるべく多くの被災者を巻き込むつもりでいるからな。

 すでに、多くの労働者を抱える大手商会に権利が渡れば、旧市街の住民を雇用する余地がなくなる。

 最悪、権利をかさに立ち退きを迫る事態になりかねない。

 ハブり者にされた挙句、自分たちの町を好き勝手に掘り返された旧市街の住民はどうなる?

 怒り狂うこと間違いなしだ。

 あっという間に、大暴動さ。

 早けりゃ来月の頭あたりには俺の葬式が執り行われているだろう。

 そのくらい、寝んねしなくてもわかるぜ。

 浅い馬鹿でもな。


 だからこそのエトナリー家だ。

 持たざる者にしか持たざる者の痛みはわからないのだから。


「資金のアテはあるんだ」


 俺はここぞとばかりに知的な雰囲気を漂わせた。

 リンネの目が闇の底で光明を見出したかのように俺に向けられる。

 ピコリーはというと向かいの座席で寝ほうけている、魔道具を枕にしてな。

 ルマリヤは御者台だ。

 せっかくの雰囲気だが、リンネと二人で分かち合うとしよう。


「まさか、父親のスネをかじる気?」


 これ以上ない軽蔑の目が俺に注がれた。

 お前さ、俺を見直したんじゃなかったのか?

 それとも、見直した上でそれなのか?

 路地裏の怪しげな露天に並ぶバッタモン程度の信用しかないんだな。

 悲しいぜ……。


 ほら、覚えているか?

 お前自身の言葉じゃないか。

 特待生は様々な優遇を受けられるって。

 そして、お前はこう言ったんだ。


『特待生になれば、各分野のエキスパートからマンツーマンでレッスンを受けられるわ。学費も払わなくていいの。それどころか、研究費の名目でいくらでも資金援助してくれるわ』


 研究費の名目でいくらでも資金援助。

 これだ。

 これだよ、これ。

 研究費として申請すればいいのさ、学院にな。


 ついでに、ダンジョン産業振興計画を研究成果として査定に提出できないだろうか。

 研究テーマはずばり「貧困の解消」だ。

「災害復興と都市計画について」とかでもいいな。

 王国を救った上で査定にもパスできるとなりゃ、俺は万歳三唱してプールに飛び込みたくなるくらいにゃ嬉しいよ?


「その手があったわね。あなたにしては名案だわ」


 リンネが珍しく俺に感心している。

 胸が熱くなった。


「それには、研究費を支出するに値する活動だと学院にわかってもらう必要があるわね」


 具体的に言いますと?


「教授方の前でプレゼンするのよ」


 ……え。

 プレゼン?

 それも、教授方の前で?

 なにそれ怖そう……。


「頼りにしているわ、アレン」


 リンネは俺の膝に手を置くと、上目遣いでそう言った。

 生来初めて聞く、おねだりするような甘え声だった。

 頼りにされたのも初めて。

 嬉しい。

 なんだかやる気が出てくる俺である。


「単純で扱いやすいだろ」

「好きよ、私はそういう人」


 そーかい。

 でも、思わせぶりなセリフはそのへんにしておけ。

 御者台から血眼で覗いている奴がいるからな。

 前方不注意で事故られてはかなわんってなもんさ。


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