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33 論より証拠


「旧市街が迷宮都市に? 本当なんでしょうね、その話」


 疑念を体現した黒一色の目が俺の顔を舐め回している。

 儲け話を持ちかけると、1秒としないうちにリンネは猜疑心の塊と化した。

 俺が詐欺師なら、こりゃ無理だと早々に辞去したことだろう。

 ここが、俺の家の俺の部屋にある俺のバルコニーだとしても、だ。


「で?」


 胡乱な顔で腕を組んだリンネが取調官じみた空気を前面に押し出してくる。


「地の底にあるダンジョンの存在をどうしてあなたが知っているのかしら?」

「それはだな……あー、父上から聞いたんだ。生き埋めになった人々を掘り返しているときに、偶然たまたまダンジョンの入口をマグレで発見したってな」

「仮にそうだとして、どうして断言できるのよ? 都市基盤にできるほどの大規模ダンジョンだって」

「あー、ええっとそれはだな……」

「それに、あなたにメリットがないわ。儲け話を見返りもなく持ちかけてくる奴を世間ではなんと呼ぶか知っているかしら」

「あー」

「詐欺師っていうのよ」

「もぉーん……」


 言い込められた俺は謎の鳴き声を上げるほかなかった。


 仕方ないだろ。

 将来必ず儲かりますよ、なんて切り口で話せばどうしても胡散臭くなってしまう。

 かと言って、私には未来が見えるのです、王国はやがて滅ぶでしょう、でもダンジョンがあれば大丈夫、私を信じなさい、などとかせば、そりゃ新興宗教の勧誘だ。

 振り切れた怪しさメーターの針が町の外まで飛んでいってしまうくらいに怪しさ全開である。

 もちろん、賢いリンネが耳を貸すことはない。


 ……困った。

 土地の所有者であるエトナリー家の許可がなければ、ダンジョン産業の振興どころか串焼き肉の屋台を構えることすらできやしない。

 聞こえてくる、王国崩壊の足音……。


「旧市街にダンジョンねえ」


 リンネはシャープな顎に手をやって思案げに視線をさまよわせている。

 きっぱりダウトを突きつけられると思ったが、なんだ?

 交渉の余地があるのか、あのリンネに。


「私からすれば、庭先で金脈を掘り当てるようなものだわ。それも、ちょうど資金繰りに困っているところに。そんなうまい話があるものかしら」


 あるの、あるの。

 もっとも、本来訪れるはずだった未来では、その金脈を掘り当てるのはワルイージュ中爵家だ。

 それも、エトナリー家が旧市街を手放した直後にダンジョンが発見されることになる。

 皮肉なことにな。

 巨万の富をはした金で売り払ってしまったリマ夫人の憔悴っぷりたるや目をそらしたくなるものがあったね。


「その儲け話とやら、もう少し聴かせなさい」


 ずいぶん長いこと鬼の形相で沈思黙考していたリンネが、ついにそんなことを言った。

 いいのか?


「いいも悪いもないわ。今の我が家に商談を選り好みしている余裕はないのよ。投資じゃダメなの、賭けに勝たなきゃ。それこそ、大穴でも当てなきゃ未来がないのよ」


 あのリンネが賭けだとよ。

 旧市街売却の話が頓挫したせいで荒れ模様らしい。

 今のリンネなら絶好のカモになるカモ。

 なんてな。


 まあ、安心しろ。

 俺みたいな富める者がお前みたいな没落寸前の崖っぷち娘を詐欺ると思うか?

 ないない。


「あなた、今とっても失礼な顔をしているわね。手元にナイフがないのが残念だわ」


 リンネは逆手に握ったティースプーンを振りかざしている。

 俺を刺し殺したときのように。

 金輪際、失礼なことを考えないとここに誓おう。


「とにもかくにも、現物を見ないことには始まらないわ」


 それもそうだ。

 行ってみるか、旧市街に。


 という流れで、屋敷を出たわけだが、ちょっと寄り道。

 学院で馬車を降りた俺はピコリーの研究棟に足を運んだ。


「よう、眠そうな人。ダンジョンを見つける便利な道具とかないか?」


 リンネには「入口を発見した」などと伝えたが、あれはその場しのぎの方便だ。

 よって、探すところから始めなければならない。


 トリュフを探すなら、メス豚だ。

 では、地中深くのダンジョンを掘り当てるには誰の力を借りるべきだろう?

 真っ先に思い浮かんだのが、このツートン幼女ピコリーだったというわけだ。


「ダンジョンは地殻魔力エネルギーの間欠泉……。魔力の噴出口を探せばいい……」


 いつもの眠そうな顔でそう言われた。

 話が早い。

 ついてこい。


 小さな体をひょいと持ち上げて馬車に積み込み、いざ旧市街へ。

 発災から数日経ったが、相も変わらず瓦礫の大地が広がっていた。

 即応部隊はとっくに引き上げてしまったらしい。

 麦一粒の支援もない中、多くの人が途方に暮れてさまよっている。


 見ろよピコリー、この光景を。

 これはな、お前の魔道具が生み出した地獄だ。

 いつの時代もそうさ。

 道具ってのは使い方を誤れば悲劇をもたらしてしまうんだ。

 そこのところ、よく肝に銘じておかなければダメだ。

 わかるな?


「わかった……」


 神妙な面持ちでこくりと頷くピコリーだが、まぶたが重そうでイマイチ信用にもとる。

 パパがしっかりしないとな。


「じゃあ、さっそく入口を探しますか」


 俺は眼鏡型の魔道具をスチャリと装着する。

 いつだったかピコリーが見せてくれた魔力の流れを見る眼鏡だ。


「入口は発見済みって話じゃなかったかしら」


 おっ、リンネの疑念もドス黒いオーラとなって可視化されているな。

 まあ、裸眼でも見えるがね。


「あー、魔物が湧き出さないように埋め戻したんじゃないか?」


 テキトーぶっこきつつ、周囲を一渡り見渡してみた。

 幸か不幸か、ワルイージュが更地にしたおかげで遮る建物もなく、視界良好。

 それらしきものは、すぐに見つかった。


 旧市街のちょうどド真ん中。

 赤とも黄色とも言えないモヤモヤが立ち昇っている。

 まるで、活火山の噴火口だ。


 さあ、場所はわかった。

 だが、どう掘り返そう?

 入口は土砂の下だ。

 と考えあぐねていると、


「ん……」


 ピコリーが白衣の下から便利アイテムを出してくれた。

 シャベルである。

 物理法則を軽く無視しながら土砂をかき分けることができる優れモノだった。

 おかげで、そいつはすぐに姿を現した。

 奈落の玄関口。

 ダンジョンの入口が。


「ものすごい魔力だわ。息をするだけで病気になりそう」


 噴き出してくる魔力の風で髪をバタつかせながら、リンネは目を丸くしている。


「これは、たしかに大穴だわ……」


 畏怖と驚愕で歪んだリンネの顔が、勝ち筋を見出した勝負師のように紅潮していった。

 どうやら、疑念の雲は晴れたらしい。

 この様子なら、俺がそそのかすまでもなくリンネはダンジョン開発を推し進めることだろう。

 そのためにも、資金源が必要だ。

 さて、どうしたものか。


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