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32 地の底の活路


 5月になった。

 冬の寒さもすっかり去りし日の思い出となり、初夏の面影を感じ始めた今日この頃。

 俺は黄金の連休の中で優雅に羽を伸ばしていた。


 ゴールデン・ウィーク。

 一体誰だろうな。

 古代ドワーフ族が金を見つけた日を祝日にしようと言い出したのは。

 それも、1週間まるまる休日の大盤振る舞いときた。

 きっと言いだしっぺは天才に違いない。

 破壊的なおもちゃを作り出してしまう奴よりずっとな。


「我ら、魔族かいほー戦線っ!!」


 バルコニーのひだまりで香り高い南国の紅茶に舌鼓を打っていると、何やら騒がしいチビどもが俺の私室に乗り込んできた。

 ルマリヤの連れ子、アレアレ三兄弟だ。

 いや、三姉妹か。


「おい、悪とう!」


 そいつは俺のことか?

 3人組の先頭でおとぎ話の勇者みたいな出で立ちをしたチビガキが聖剣(木の枝だが……)を構えてキャンキャン、ワンワン。

 朱色の髪に1本角。

 たしか、アレックだったか?


「おまえなんかパパじゃない! ママと離こんさせてやる! でも、養育ひは払えよ、一生!」


 一生かよ。

 ふん、生ガキめ。

 俺は魔王だ。

 喰らうがいい、魔王チョップ。


 グサッ。


 おんぎゃあ!?

 俺の口からかつて聞いたこともない悲鳴が転がり出た。

 チョップが角に当たったのだ。

 なんという鋭さか。

 ちょっと血が出ちゃったよ。

 こりゃ本気で頭突きされると腹に穴があくな……。


「魔おー、うち取ったりィ――ッ!!」


 アレック他2名はキャッキャ言いながら俺を足蹴にすると用は済んだとばかりに出て行った。


「さすがです、若様。もう打ち解けてしまわれたのですね。やはり血を分けた家族ということでしょうか」


 絵画の美女もかくやという変化に乏しい顔で、ルマリヤは今日も嫁ヅラしている。

 このまま、正妻の座に居座ってやろうなどと考えているのやもしれぬ。

 キープ中のリンネに知られると厄介なことになりそうだ。


「聞いたわ。あなた、子供がいたそうね」


 どこからか黒い声が飛んできた。

 黒い声ってなんだ?

 というのはさておき、俺はバルコニーの欄干から目だけ出して声のするほう――表の庭を見下ろした。

 そこには、ドス黒いオーラを噴火させている少女が立っていた。

 下にいるのに、見下ろされている気がする。

 そんな圧倒的威圧感がそいつにはあった。

 噂をすれば影、闇、深淵、奈落の底。

 リンネ様のご登場である。


「もう! 災難ったらないわ」


 とりあえず、上がってもらうと、リンネは家主よりもデカイ態度で俺の真向かいに腰掛け、早くも不機嫌さをぶちまけている。

 彼女の貧乏ゆすりのせいで、備え付けのテーブルはゼラチンが足りなかったゼリーみたいにプルプルしていて今にも壊れてしまいそうだ。

 念のため言っておくが、俺は子なし・妻なし・人でなしだぞ?

 さっきのも俺の子じゃない。


「知っているわよ。角が見えたわ。あの子たち、旧市街の孤児でしょう? 保護したってところかしら。お人好しね、あなた」


 誤解なきようでなによりだ。


「そう、まさに旧市街のことなのよ!」


 リンネがご機嫌斜めだと、刺された腹がキリキリ痛む。


「実はね、旧市街は私の家の土地なのよ」


 そういえば、そうだったな。

 エトナリー家は王国のあちらこちらに広大な土地を有している。

 膨らんだ土地税で家計がひっくり返ってしまうほどに。

 旧市街もそのひとつだ。


「先月、母がワルイージュ家に売り込みをかけたの。土地を売って少しでも税負担を軽くしようとしたのね。ダメ元だったんだけど、まぐれかしらね。売れてしまったのよ、それも絶対に売れないと思っていた旧市街がまるごと」


 あそこは厄介な土地なのにね、とリンネは眉根を寄せている。

 厄介な土地。

 まさしく、その通りだ。

 旧市街を買うということは、そこに暮らす住民をも抱え込むことを意味する。

 まっさらな土地ならいざ知らず、スラム化した犯罪者の巣窟を大枚はたいて手に入れたい奴なんていない。

 そんなものをわざわざ買い上げたのは、まるごと更地にする秘密兵器のアテがあったからだろう。

 重力共鳴ナントカって名前のな。


 リンネは3浪が決まった受験戦士のごとく髪をワシャワシャしつつ、


「今回の一件で買い取りの話は全部白紙よ。少しは家計の足しになるはずだったのに。ルマリヤ、酒よ。酒をもちなさい。アレン、あなたには朝まで付き合ってもらうわよ」


 水でいいぞ。

 頭を冷やす用のな。

 氷多めで頼む。


「でも、売らなくて正解だったかもな」


 俺は、未来の自分がつづった日記の記述を思い起こしつつ、そんなことを言った。


 今は廃墟もとい瓦礫置き場同然の旧市街だが、来年の夏あたり大きな転機を迎えることになる。

 町の地下に大規模なダンジョンが見つかるのだ。

 その日を境に、旧市街は一変する。

 地価は右肩上がりのうなぎ登りで、国内外から冒険者が殺到し、空前のダンジョンブームが到来するのだ。

 地の底から湯水のごとく湧き出す地下資源によって町は見る間に潤い、あれよあれよという間に、いわゆる迷宮都市へと変貌を遂げていくのである。


「売らなかったんじゃないわ。売れなかったのよ」


 酔っているわけでもないのにリンネはくだを巻いている。

 そんなお前に朗報だ。

 うまくやれば、家を再興できるかもしれないぞ。

 よかったな、リンネ。

 どうせ2年後には何もかもが灰の海に沈むことになるがな。


「……うまくやれば、か」


 ここにきて、俺は天啓を得た僧侶の気分で空を見上げた。

 うまくやれば、暴動を阻止できるかも。

 俺の念頭にそんな淡い希望が湧いていた。


 今、旧市街の被災者たちが求めているものはなんだ?

 住む家だ。

 もっと言うと、安定した労働環境と食うに困らない給料も。

 それを、すべてまるっと解決できる都合のよい代物があるじゃないか。


 そう、――ダンジョンである。


 ダンジョンってのは要するに、炭坑みたいなものだ。

 採掘に始まり、運搬、選炭ときて、あー。

 詳しくは知らないが、運営には冒険者以外にも大量の人員が必要になるってことはわかる。

 炭鉱夫たちの食事はどうする?

 娯楽は?

 酒場と賭け事も必要だ。

 周辺産業にも人手がいる。

 ダンジョンが見つかれば、猫の手も借りたいくらいにゃ忙しくなるだろうよ。


 つまりだ。

 何が言いたいのかというとだな。

 ダンジョン産業の振興に力を入れれば、旧市街の住民にまっとうな労働環境はたらきぐちを提供できるんじゃないか、ってことだ。

 住む家も、うまい飯もセットで、だ。


 衣食住。

 そのすべてが十全に行き渡っていれば、暴動なんて起きない。

 起こす理由がない。


 これだ。

 活路が見えてきた。

 王国の生きる道が。

 俺の未来が。


(ダンジョン産業の振興、か……)


 ちょっとした国家的プロジェクトだ。

 俺にできるか?

 いや、これに関しちゃ疑う余地がないな。


 ――できる。


 なんせ、俺には未来が見えるのだから。

 君側の奸として王国を牛耳ったこともあれば、無一文から成り上がって隣国の王女と結婚したことだってある。

 俺がその気になれば、できないことなんてないのさ。


 タイムリミットは2年。

 黄金の連休はどうやら返上する必要がありそうだ。


「リンネ」


 俺はニヤッと、たぶん怪しげなスマイルを浮かべて言った。


「儲け話に興味はないか?」



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