29 赤・白・黄色の子供たち
崩落から数時間後――。
旧市街は寒風吹きすさぶ荒野のような有様となっていたが、幸いにして死者は出なかった模様。
父上が派遣した即応部隊によって、生き埋めになっていた人々も続々と救出されている。
目下、一番重傷なのは俺であろう。
おニューの制服も赤黒いマーブルカラーにリメイクされている。
住む家を失った旧市街の住民にすら同情の目を投げかけられるくらいだ。
「若様、私の軽率な行動のせいで……。申し訳ありません」
ルマリヤは珍しくシュンとしていた。
お前はそのくらいのほうがいい。
うつむき加減で見上げてくる申し訳なさでいっぱいの面持ちが絶妙に庇護欲を駆り立ててくるのだ。
ずっとそうしていろ。
下ネタさえなければ、お前は当代随一の正統派美少女なんだからな。
「それで、そっちの子供たちは?」
俺は、ルマリヤのスカートにしがみつくようにして尻の後ろから俺を観察しているキッズ3人組に目を向けた。
歳の頃は5、6歳といったところか。
ピコリーといい友達になれそうだ。
兄弟ではないらしく、3人とも髪色が違っている。
顔つきもだ。
だが、共通点もあってだな。
具体的に言うと、角が生えている。
1本角、巻き角、それから、ねじれ角。
魔族の子らしい。
「この子たちは孤児なのです」
ルマリヤは3種の髪を代わる代わる撫でながら、慈母の眼差しを注いでいる。
孤児か。
親が病気で死んだか殺されたか、はたまた、望まぬ妊娠で捨てられたか。
旧市街じゃ珍しくもない話だ。
似たような奴は掃いて捨てるほどいる。
そういう子たちの末路は決まっていて、大人のおもちゃになるか、冬を越えられず凍死するかだ。
可哀想だがな。
「私が世話をしていたんです。時計塔の機械室を寝床にして。崩れたのを見たときには肝が冷えました」
それで血相変えて走っていったのか。
『町ごと解体……ですか』
盗まれた魔道具の用途についてピコリーが話したとき、ルマリヤはそう言って顔に影を落とした。
その時点で、解体されるのが旧市街ではないかと見当をつけていたのだろう。
ルマリヤはこれで結構頭が回るからな。
勉強だって俺よりできる。
断じて俺が馬鹿なわけではないぞ。
ルマリヤが聡いのだ。
「そうか。災難だったな。君たち、名前は?」
中腰になった俺は努めて大人っぽく語りかけたが、3歩ほど引いて客観的に見つめてみれば、血まみれの男が辛そうにしゃがんでいるようにしか見えないかもしれない。
ガキんちょどもは互いに目配せして、ひとしきりマゴついてからようやく口を利く決心をしてくれたらしい。
「アレック」
「アレスだけど」
「アレキサ……ダ……」
名前に妙な統一感があるが、それはひとまず右後ろあたりに置いておくとしよう。
朱色の髪に1本角を生やした生意気そうなガキがアレック。
白髪に巻き角の、聡明そうなのがアレス。
で、3人目。
未だにルマリヤの尻の後ろに陣取って片目だけ覗かせている黄色い髪のねじれ角。
声が小さすぎて聞こえなかったが、消去法でアレキサンダーだろう。
強そうな名前なんだから、強そうにしていなさい。
さて、右後ろに置いたものを引っ張り出してっと。
「俺はアレンだ。名前が似ている気がするが偶然か?」
と問い終わらないうちに、ルマリヤの頬に朱が差した。
「名付け親は私です。もし、若様との間に子供を授かったら名前はどうしましょう、そんなふうに考えて付けた名です」
「お、おう……」
マタニティ・ハイで子供にまばゆい名前をつける親がいると聞く。
お前はその亜種か何かなのか?
年がら年中ハイだしな。
発情期的な意味で。
黄色のアレキサンダーがルマリヤのスカートをぐいぐいしている。
ママ、この人だぁれ?
多分そう言った。
いかんせん声が小さすぎて聞こえないのだが。
「このお方はママの大好きな人ですよ。あなたたちのパパでもあります」
ん、なんて?
「パパ? おまえが?」
朱い髪の生ガキ、アレックが5歳児とはとても思えない険のある形相で睨み上げてくる。
一刻刻むごとにその顔は赤みを増していき、プチッ、という音とともに爆発した。
「おまえなんかパパじゃないっ! ママとオレたちをほったらかしにした卑怯ものっ! 無責にん! 馬鹿やろーっ!」
ひと口サイズのクロワッサンみたいな手がポカポカと殴ってくる。
俺の子、早くも反抗期の真っ只中にあるらしい。
成長が早くて将来に期待が持てるな。
いや、そこじゃないだろ。
お前なんかパパじゃない?
そうさ、その通りだ。
俺はお前のパパじゃない。
よって、育児放棄のそしりを受ける筋合いもないのだが?
「こら、アレック! パパになんてことを言うのですか!」
ルマリヤの拳がぽかり、と1本角の根元に制裁を下した。
大きな両目いっぱいにためた涙をこぼすまいと俺を睨むアレック。
初めて会った父を色のない目で見つめ、幻滅をあらわにするアレス。
子ねずみのように震え上がるアレキサンダー。
……なんだろうね。
俺は自分がダメな父親なんじゃないかと思い始めている。
絶対に気のせいだがな。
「若様……いえ、あなた」
ルマリヤが唐突にかしこまった。
どなただって?
「どうしましょう。この子たちの住む家がなくなってしまいました」
だな。
それも町ごとだ。
ワルイージュという史上空前の天災が残した爪痕は大きい。
大きな災害の後には治安が乱れるものだ。
梅雨の長雨やその後にくるカンカン照りの猛暑。
やがては、深雪がこの地を覆うだろう。
路頭に迷うハメになった連中がヤケを起こさないといいのだが。
人間ってのは、すべてを失ったときが一番怖いんだ。
下手人が貴族というのもタチが悪い。
持たざる者の不満が向かう先は、決まって上流階級だからな。
この旧市街はやがて、王国全土を揺るがす火薬庫になるかもしれない。
とまあ、ただでさえ危険な町が熱した鉄みたいにヒートアップしているわけだ。
子供たちの命なんてロウソクの火よりも容易く消えてしまうだろう。
「父上に話してみるよ。ウチで面倒見ようってな」
窮すれば通ず。
血まみれで頼めば、だいたいのことは通るだろう。
「ありがとうございます、若様!」
精巧なお面のように動きのないルマリヤの顔がホッと和らいだ。
下ネタ100連発ショーより、その表情をひとつ見せてくれるほうが俺のハートには響くものがあるね。
さて、教会で傷を癒やしてもらうか。
変わり果てた俺の姿にフララがどんなリアクションを見せてくれるのか、今から楽しみでならないぜ。