28 崩壊
高くそびえ立っていた時計塔は、地の底に沈むようにして消えていった。
もうもうと膨れ上がった砂塵が旧市街を呑み込んでいく。
「アレック! アレス、アレキサンダー……!」
ルマリヤが悲鳴に近い声を上げた。
もつれる足で時計塔のほうへ駆けていく。
危ないぞルマリヤ!
と、止めようとする俺を別の奴が引き止めた。
ピコリーだった。
なんだか知らないが、大皿のようなものを持って難しい顔をしている。
「重力波ゆらぎを観測……。あの崩落、間違いなくボクのおもちゃのせい……」
そうなのか。
ゆらぎとやらは、その大皿でキャッチしたのか?
「そう。これ、アンテナ……」
コンテナなら知っている。
アンテナは知らん。
とにかく、だ。
「ピコリーはここで待っていろ。旧市街はならず者の巣窟だからな」
お前みたいな高値の付きそうなガキが立ち入れば、二度と出ては来られないだろう。
商品として出荷される場合を除けば、だが。
ということで、ルマリヤの後を追う。
立ち込めた砂埃で旧市街はさながら濃霧にまかれたようだった。
ドミノ倒しで崩壊が連鎖しているらしい。
あちこちで巨岩が転がるような音が聞こえ、ひっきりなしに悲鳴が上がっている。
乱雑に石を積み上げただけのもろい町だ。
放棄されたのは半世紀も前。
ただでさえ、経年劣化が深刻なところに違法な増改築を繰り返して今がある。
一度崩れ始めたら歯止めが効かないだろう。
「ルマリヤ! どこだ!」
時計塔のあった辺りに到着。
視界はほぼゼロ。
瓦礫が雨あられと降ってくる中、逃げ場を求めて駆け回る人々。
阿鼻叫喚の巷だ。
この状況下でルマリヤを探し出すのは不可能だろう。
普通ならな。
こんなときこそ、未来視がものを言うのだ。
俺は時間のピントをズラした。
向かって右手はどうだ?
――誰もいない、瓦礫の山があるだけだ。
左手はどうだ?
――男たちが逃げ遅れた老婆を背負って走っているのが見える。
だが、ルマリヤは見当たらない。
なら、後ろはどうだ?
――いた。
発見。
走って1分ほどのところ。
飲み屋らしき建物の脇で少女が背中を丸めてうずくまっている。
砂埃ですっかり白くなってしまっているが、あの水色の髪はルマリヤに相違ない。
そこに石壁が倒れてきて……。
もういい。
俺は回れ右して駆け出した。
降り注ぐ石の雨も未来視を使えばなんのそのだ。
(いた!)
発見。
「ルマリヤ、逃げるぞ!」
肩を掴んで立たせようとするが、ルマリヤは頑として動こうとしない。
「若様だけ逃げてください! 私はこの子たちを……!」
どの子たちだって?
ルマリヤの体の下に幼げな顔が3人ばかし並んでいた。
誰何している時間はない。
壁はもう真上にあった。
……ぐえ。
とっさに覆いかぶさったが、背中やら後頭部やらを石材が転がって圧死しそうなくらい重い、そして、痛い。
でも、大丈夫。
未来は見えている。
俺はここでは死なない。
血まみれにはなるがな。
どのくらいそうしていたか、ようやく連鎖崩壊も打ち止めらしい。
土砂をかき分けて地上に顔を出すと、青空が広がっていた。
俺は今、セミの気分さ。
暗い地の底で雌伏の時を過ごし、いざ大空へ羽ばたかんとするセミのな。
清々しい気分だ。
出血過多でハイになっているらしい。
「大丈夫か、ルマリヤ」
と尋ねると、若様のほうこそ大丈夫ですか、とあたふたされた。
だいじょぶ、だいじょぶ。
子供たちも無事なようだ。
「ウオーッホッホッホッホッホオッ!!」
さて、聞きたくもない笑い声が盛大に聞こえてくるわけだが。
時計塔だった場所。
瓦礫の山の頂に、紫の縦ロールを弾ませた少女が立っている。
まるで、この地を制した将軍みたいな顔でだ。
その肩には大砲じみた筒が担がれている。
あれが、重力波だかを用いた振動破砕装置で間違いなかろう。
「ワルイージュ、なんてことをしてくれたんだ」
中指を立てたい気持ちを押し殺し、俺はうなるようにして怒鳴りつけた。
「まぁまっ! あれに見えるはアタクシの愛しき王子様ではありませんの! ご機嫌麗しゅう! アレン様ぁン!」
恋する乙女はかくあらんとばかりに体をクネらさせるワルイージュである。
麗しそうに見えるってよ。
こちとらお前のせいで血みどろだ。
なんのつもりでこんな凶行に及んだ?
答えやがれ。
「貧民街の大掃除ですわ! アタクシ、綺麗好きですの!」
どう見ても散らかしているようにしか見えないのである。
旧市街は今や主戦場跡地といった有様だ。
「盗んだそいつを返してもらおうか」
「盗むだなんて人聞きが悪いですわ。こちらのお品はアタクシのパパ上様が依頼して作らせたものですのよ」
なんだって?
「それに、この廃墟も町ごとパパ上様が買い上げる予定ですの。大型商業施設を立ち上げるのですわ。アタクシが巨万の富を得ましたら、きっとアレン様もアタクシにゾッコンになりましてよ。ですから、張り切ってお掃除しておりますの!」
ウオーッホッホッホ、と高笑いする悪女のその額に、大粒の石が直撃した。
「オぎゃあ!?」
瓦礫の山を転がり落ちたワルイージュめがけ次々に石が飛来する。
「この魔女め! 死んじまえ!」
「私たちの町をよくも!」
「ぶっ殺せ! 火炙りだ! 殺せ殺せ!」
旧市街の住民である。
不法占拠と言えばそれまでだが、彼らにとっては大切な住処だ。
ほかに行くあてもなく、流れ着いた最後の居場所さえも奪われてしまった連中の怒りは計り知れない。
悪いな、ワルイージュ。
一通り、未来を検証してみたが、俺にお前を救うすべはないらしい。
せいぜい逃げ回るといいさ。
絶叫しながら迷走するワルイージュを俺は半開きの目で見送るのだった。
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