27 未来視はこう使え
「ピコリー、犯人の行方を探る都合のいい魔道具とかないか?」
「3日待ってくれれば作れる……」
作れるんかい。
すごいな、君は。
よしよし、とばかりに2色の頭を撫でてやると、水色の頭が割り込んできて3色となった。
それはともかく、危険兵器を所持したワルイージュを3日も放置はできない。
町が3つは滅びかねないからな。
「犯人がどっちに逃げていったかわかるか?」
「あっち……」
ピコリーの小さな指は東の方角を向いている。
星は割れているんだ。
地道に聞き込みでもするか。
というわけで、研究棟を出て、東に転進。
「ワルイージュを見なかったか?」
すれ違う学院生に片っ端からそう尋ねると、目撃情報はいくらでも集まった。
あいつは、目立つからな。
悪目立ちだ。
視界に入るだけで鬱陶しい奴だが、こんなときには助かるってなもんだ。
「どうやら学院の外に出たようですね。出すなら中がおすすめですのに」
ルマリヤが自分の下腹部を撫でながら言う。
ちなみに、俺の下腹部も撫でられている。
こいつの思考回路は出力部分の手前で森羅万象をエロスに変換してしまうらしい。
ある意味、才能と言えよう。
「外か……」
蚊柱のように目まぐるしく通りを行き交う人々をフェンス越しに眺めて、俺はため息をつきたい衝動に駆られた。
学内ならともかく、だ。
町に出られると聞き込みの難易度が格段に跳ね上がってしまう。
誰も他人の顔なんぞいちいち覚えていないだろうからな。
しらみ潰しに聞き込むのは効率が最悪。
さて、どうしたものか。
考えること、2秒ほど。
俺は自分が便利なスキルを持っていることを思い出した。
「ルマリヤ、ピコリー」
「はい、若様」
「なに……」
「町の人に片っ端から聞き込みをかけてくれ」
「「…………」」
無表情な顔と眠そうな顔が同時に色を失った。
「浅い人、考えまで浅そう……」
言ってくれるじゃないか、ピコリー。
たしかに、俺の思考は足湯にすらならないほど浅い。
天才児たるお前から見れば「効率」という字の書き方すら知らないアホに見えることだろう。
だが、任せろ。
未来視ってのは、いろいろな使い方があるんだよ。
「ほら、動いた動いた。有力な情報を見つけたら俺に向かって手を振ってくれ」
「んー、わかった……」
「承知しました、若様」
「――よし、見えた」
「パンツが、ですか?」
未来がだよ。
短すぎる制服スカートをサッと押さえるルマリヤに危うくツッコミを入れそうになった。
「聞き込みはもういい。ワルイージュの行方はあの人が知っているみたいだ」
俺は路傍の屋台で汗みずくになりながら肉を焼く男に目を向けた。
串焼き肉の店みたいだな。
「どうして、おわかりになるのですか?」
ルマリヤが目を丸くして首をかしげる。
ついでに、肩をすぼめて胸の谷間を強調しているが、スルーだスルー。
見えたって言ったろ。
2分ほど先の未来で、だ。
屋台の前でルマリヤが尻を振っているのが見えた。
手を触れと言ったのにな。
要するに、聞き込みの結果を未来視したってわけさ。
さて、答え合わせといこう。
「ああ、見たぜ。紫の縦ロールだろ? えらくご機嫌にスキップしながら東のほうに行ったな。何か知らんが、大きなものを担いでいたぜ?」
輝く汗を拭いながら、店主はそう教えてくれた。
ビンゴだ。
店主に礼を言って、立ち去ろうとしたところでルマリヤが俺の手を引いて止めた。
「お恥ずかしい話ですが、私はお腹がすいてしまいました。肉棒を買っても構いませんか?」
腹がすいてはなんとやらか。
じゃあ、人数分買って行――
「いえ、やっぱり結構です。若様はもうお持ちでしたね。私はそれで我慢いたします」
言うと思ったよ。
串焼き肉を肉棒と呼んだ時点でな。
しかし、我慢ってのはなんだ?
串焼き肉のほうが立派だとでも言いたいのか?
あン?
捜査再開――。
未来視で聞き込み対象を絞り込めば、百発百中で目撃情報が手に入る。
おそらく、今俺は世界で最も優秀な捜査官であろう。
「浅い人、どんなカラクリ……?」
見上げてくる尊敬と驚愕の眼差しが嗚呼、気持ちいい。
「若様、私も気になります。よければ、あちらの人が少なそうな場所で、体に教えていただけませんか」
もうさ、お前いい加減にしろよ、とね。
俺は怒鳴りたくなったよ。
ルマリヤ、お前はどうしてそうなんだ。
下ネタのオンパレードでこっちは胸焼けを起こす寸前だ。
せめて、30分に1回までにしろ。
それでも多いが、30秒に1回よかマシだ。
そんなルマリヤだったが、町の外れが近づくにつれて目に見えて顔色が悪くなってきた。
ご自慢の下ネタも、丸い雲を金玉呼ばわりしたのを最後に15分ほど途絶えてしまっている。
この先は、旧市街と呼ばれるエリアだ。
廃墟同然の場所で、王国ヒエラルキーの最下層に位置する人々が身を寄せ合って暮らしている。
かつてはランドマークだった時計塔も今では縦長の幽霊屋敷と化し、不気味な雰囲気を周辺一帯にまき散らすばかりだ。
ここに何かあるってのか?
「あの、ピコリー様」
ルマリヤは、寝落ち直前みたいな足取りのピコリーを揺り起こすようにして尋ねた。
「破砕装置というのは大掛かりな解体事業に使われるのですよね?」
「うん。そう……」
「その、それはどこで使う予定だったのですか?」
「あそこ……」
ピコリーの半開きの目は旧市街に向けられている。
おい、ピコリー。
アソコなんて言うと、変態の種に水を注ぐことになるぞ。
変態の花が咲いたらどうする?
きっと雄しべや雌しべが卑猥な形をしているに違いないんだ。
そんなものを白昼堂々咲かせて、いたいけない子供たちの目にとまったらどうする?
そういえば、ピコリー。
君もいたいけなかったな。
目をつむっていなさい。
「……」
しかし、ルマリヤは静かなままだった。
口元を両手で多い、見開かれた目が瞬きもなしに旧市街を見つめている。
ドドドドドォォォォ――。
唐突に、それは聞こえてきた。
地鳴りとも遠雷ともつかない音。
旧市街のほうからだった。
釣られて見た俺の目に映ったのは、崩れ落ちる時計塔の姿だった。
白煙が天を突いた。