25 ピコリーのおもちゃ
学院に到着。
馬車を降りると、イツメンに迎えられた。
取り巻きレディがたくさんと提灯男子が数名。
増長はダメだと知りつつも、キャーキャー言われるとつい鼻が上向きになってしまうのが人情というものだ。
夏のきゅうりのように立派に伸び上がった鼻がそろそろ自重でポッキリ逝きそうになったそのとき、続いて降りてきたリンネのドス黒い目が取り巻きを一瞥した。
大地をなぎ払う光線のごとき眼力により、取り巻きちゃんたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていくのであった。
「虫は払っておかないといけないでしょう。あなたは私の旦那様候補筆頭だもの」
薄い笑みを浮かべて腕組みしている嫁候補筆頭の恐ろしさときたら。
未来の記憶がなければ、こいつが尻に手形をつけられて身悶える変態だなんてとても信じられなかっただろう。
「馬車を停めてまいります。若様がお座りになっていた座席の匂いを嗅いだらすぐに戻りますので、少々お待ちください」
そう言って、馬にムチを入れるルマリヤを二人分のジト目で見送ったところで、俺の制服の裾を引っ張る者があった。
振り返れど、誰もいない。
こんなときは、見下げてご覧。
いた。
ツートンヘアが目に綾なリトルガール。
ピコリーである。
「浅い人、おはよう……」
はい、おはよう。
これから眠りそうな顔をしているから、おやすみのほうが適切かもしれんがな。
おや、その手に持っているものは何かな?
「これ、ボクが作った……。魔力の流れ、見る眼鏡……」
本当だ。
何かモヤモヤした気体が可視化されている。
こりゃすごい。
やるじゃないか、さすがピコリーだ。
褒美に頭を撫でてしんぜよう。
よしよし。
そして、突然日付が変わって翌朝。
やはり、馬車を降りたところで、服の裾を引っ張る者があった。
「浅い人、おはよう……」
はい、おはよう。
今日も眠そうな顔をしているね、君は。
「これ、昨日作った魔道具……。瞬間沸騰器。いつでも熱々の紅茶飲める……」
そいつぁすごいや。
でも、瞬間的すぎて水蒸気爆発みたいになっていないか。
湯が沸き上がるまでの時間もオツなものだと俺は思うね。
しかし、こんなものよく作れるな。
さすが天才。
えらいぞ。
そして、さらに翌朝のことである。
「浅い人、おはよう……」
おう、今度は何を作ったんだ?
フムフムなになに、悪い虫を寄せ付けない魔道具とな。
ちょうどそういうのが欲しかったところなんだ。
そろそろ、蚊の連中が血祭りを始める時期だしな。
さっそく起動すると、取り巻き娘とリンネたちが何か透明なものに押されるようにして遠ざかっていった。
結界発生装置といったところか。
これじゃ虫は近づけないな。
虫だけでなく、ピコリー以外の女子もシャットアウトする謎仕様のようだが。
そんな日が毎日のように続いた。
「あの子、今日もいるわね」
馬車の車窓からピコリーの姿を見つけると、リンネは眉をひそめた。
「前にも言ったけど、他人に関心を抱く子じゃないのよ」
そうらしい。
俺以外の誰かに興味を向ける素振りはないしな。
ダンスに誘ったから、変に懐かれてしまったのかも。
「モテる男は罪だなぁ、ふふふ」
「調子に乗っているところ悪いのだけれど、あれは意中の人を見る目ではないわ。父親を見る娘の目よ」
馬鹿を言うな。
どう見ても憧れの劇団スターを見上げるコアファンの顔だろう。
と言いたいところだが、今日のピコリーは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
娘の身に何かあったらしい。
俺は取り巻きを蹴散らして急行した。
「どうした、ピコリー」
「パ……、浅い人。大変なんだ」
今、パパと言おうとしなかったかい?
それはそれで悪い気分ではないが、どちらかというとお兄ちゃんと呼ばれたい派だな、俺は。
で、どうした?
「ボクのおもちゃ、盗まれちゃった……」
おもちゃ?
魔道具か。
それは大変だ。
子供にとってのおもちゃは、勇者にとっての聖剣に等しい。
一大事だな。
盗人野郎をとっちめてやらないと。
「一大事じゃない!」
リンネも同じ認識らしい。
血相を変えてこう続けた。
「ピコリーさんの研究対象はそれこそトップシークレットよ。流出なんてしたら大変なことになるわ」
あー、同じ認識ではなかったようだ。
事は国家機密の行方に関わる重大事案らしい。
子供のおもちゃがどうこうというレベルではなかった。
「対応を協議しないと……!」
リンネは生徒会長の腕章に腕を通すと、チーター顔負けのスプリントで本校舎に飛んでいった。
「ちなみに、何が盗まれたんだ?」
聞いていいのか不明だが、一応聞いてみると、
「重力波共鳴干渉を用いた振動破砕装置……」
最終兵器みたいなのが出てきたわけだが。
何にどう使うものなんだ?
「強力な振動を引き起こして、構造物を共振破壊する……。爆破魔法より安全で静かな解体方法がないか相談されてボクが作ったんだ……」
解体現場で使う魔道具ってことか。
「もう少しスケールが大きい……。町ごと解体できるやつ……」
それを人は最終兵器と呼ぶのだよ。
少なくとも、おもちゃとは呼ばん。
本物のパパは君にどんな教育をしたんだ。
「町ごと解体……ですか」
ルマリヤの顔に影が落ちた。
基本無表情なウチのメイドが顔色を変えるのだから、やはり一大事と言えよう。
「助けて、パパ……」
うるうるの大きな瞳が見上げてくる。
お兄ちゃんと呼べ、はともかくとしてだ。
そんな危険なものを起動されてはかなわん。
ルートとか一切合切無視して町ごと俺の人生が潰えかねないからな。
いいだろう。
手を貸してやる。
未来視を使えば何かわかるかもしれない。
「捜査開始だ」
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