18 角ドン
さる水曜日のことである。
空き教室でみだらな行為をしましょう、とドストレートに誘惑ってくるメイドから辛くも逃げおおせた俺は、校舎の角を曲がったところで某少女との運命的な再会を果たした。
出会い頭にドン、って感じで。
パンをくわえて遅刻寸前ならマジ物の運命だと錯覚したかもしれない。
「痛いではありませんの……!」
尻餅の衝撃で紫の縦ロールがバネのように振幅している。
そいつは、いつぞや会ったいじめっ子令嬢だった。
名はワルイージュとかいったか。
「ま、まあ! アレン様でしたのね」
いじめっ子特有の醜悪な目つきで睨んでいたワルイージュだったが、ぶつかった相手が俺だとわかると乙女のように瞳をキラめかせ始めた。
「こんなところで……。運命ですわ」
こんなところ?
ただの校舎の角である。
思い出の花畑とかではないんだ。
運命なもんか。
とはいえ、ぶつかった負い目もある。
手を差し伸べるくらいの気遣いはしてやらんでもない。
「すまない。立てそうか」
「む、無理ですわ。足をくじいてしまったみたいで」
その割には、手を貸すとすんなりと立ち上がりやがった。
そして、わざとらしくよろめき抱きすがってくる。
とっさに体を支えてやると、間近に重なり合う視線。
漂うムーディな雰囲気。
突き飛ばしていいか、こいつ。
「あぁン、アレン様ぁン!」
うるせえな。
擦り寄ってくるな。
「アレン様のこと、パパ上様ともよく話しますのよ。たくさんの資産と権力をお持ちのステキな殿方だと。近くで見ると、やっぱり魅力的ですわね」
だな。
資産と権力ってステキで魅力的だよな。
できれば、俺自身のステキなところも見てほしいものだが。
「それじゃ、俺は行くから」
「ああん、痛いわ。足があぁん……」
「……」
立ち去りかけた俺にワルイージュがうねうねと絡み付いてくる。
スラにゅんか、お前は。
「アレン様も参加されるのでしょう、週末のダンスパーティー」
「新歓のことか?」
「はいですわ。在校生が新入生をおもてなしいたしますのよ。アタクシはぜひ、アレン様をおもてなししたいですわ。心から愛を込めて」
「いや、俺は――」
「アタクシ、ご覧のとおりダンスには自信がありますの!」
俺の声に耳を傾けるでもなく、くるくるとターンするワルイージュ。
足をくじいた設定は秒で記憶の彼方に忘却したらしい。
ともかく、こいつには関わりたくない。
いじめっ子は人類の敵だ。
「俺はダンスパーティーには――」
「シッ、ですわ」
人差し指が俺の唇を縦に塞いだ。
ワルイージュは俺の首元にさっと手を伸ばすと、手品師のごとき手際で制服からタイを抜き取った。
「返してく――」
「ダンスパーティーに来てくださるならお返しいたしますわ。ぜひ礼装でお越しくださいませよ」
ウィンク、ぱちり。
知らないおっさんから投げキッスをもらったような薄ら寒さで首筋がぞわっとした。
「ウオーッホッホッホ! アレン様とアタクシで求愛ダンスでございましてよウホホッ!」
こいつ、面倒くさいな。
蹴っていいかな。
ルマリヤがいてくれたら、何も言わずとも蹴っ飛ばしてくれるのだが。
「あァん! 週末が待ち遠しいですわ! ……それに、余興がもう一つありますの。アレン様にもきっと楽しんでいただけると思いますわ」
なんだ?
パンツでも見せてくれるのか?
と、ルマリヤ風に冷やかそうと思ったが、やめた。
ワルイージュの目に暗い輝きを見たからだ。
なんぞ悪巧みでもしているのではなかろうな。
「それでは、アタクシ、これで失礼いたしますわ。追って来ていただいても構いませんのよ、ウオホホホホ!」
タイをはためかせてピューと去っていくワルイージュは途中、何度か振り返って俺に手を振ったり遠距離ウィンクを飛ばしたりと本当に最後まで鬱陶しかった。
強引な手口で上位の貴族に取り入る輩は少なくない。
あいつは、その典型みたいな奴だな。
相手していると肩が重くなってくるタイプのだるさがある。
ダルイージュだ。
「ダンスパーティーか」
お願いだから参加しないで。
リンネの凍てつく声が耳朶に蘇った。
どうして参加してほしくないのだろうか。
新歓は生徒会の主催と聞いている。
ということは、だ。
生徒会長たるリンネが主催者と言えるわけだが。
単に、俺と一緒に踊りたくないだけか?
通学路を共にする仲だってのに水臭いことだ。
(そんなことより……)
俺は研究テーマについて考えないとな。
特待生は年に2回、査定を受ける必要があるらしい。
試験みたいなものだな。
そこで、特待生にふさわしい人材かどうか厳しく審査されることになる。
もちろん、ふさわしくないと断じられれば待ったなしで一般生徒に降格だ。
推薦してくれたヒラーデ教頭に恥をかかせるわけにはいかない。
せめて、1回くらいはパスできるようにしないとな。
未来視を活かす形でこう、何かできないものかね。