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17 特待生は暇か否か


「んふ。んふっ、んふー!」


 特別科の初めての授業がさきほど終わった。

 教室を飛び出した俺はスキップにターンをまじえながら螺旋階段を下りているところ。

 自分でも驚いたことに、授業の内容を8割がた理解できた。

 天才ばかりを集めた特別科の授業を、だ。

 てっきり古代魔法の詠唱にしか聞こえない高度な読経を白目剥いて聞く展開になると思っていたのだが。

 俺も捨てたものじゃないな。


 というわけで、鼻歌とスキップが止まらないわけである。


「必修科目なんて出席単位を出すための口実でしかないわ。そんなに舞い上がることかしら」


 リンネは心までドス黒いらしい。

 人の幸せに冷や水をかけてくるのだからな。


「初等部で習う範囲を自信満々に答えるお兄様は新鮮で可愛かったですっ!」


 おい、妹よ。

 あの難問が初等部の範囲とはまことか?


「ルマリヤ、なぜあなたが学院にいるのですか!」

「性的な理由です。お子様のフララ様にはおわかりにならないかと」

「わかりますよ! ……せぇてき? 政敵? と、とにかくわかりますから! バカにしないでください!」

「やはりお子様ですね、オホホ」


 フララとルマリヤはというと、火花を散らしている。

 授業中もうるさかった。

 教師は俺を睨むし、いい迷惑だ。


「そういえば、これからどうするんだ?」


 俺は今後の予定についてリンネに漠然と尋ねた。

 授業には、必修科目と選択科目の2種類ある。

 それぞれ取るべき単位数が決められているわけだが、特待生に限っては必修科目の単位さえ取ればいい。


 その必修科目の授業が週頭と週末の、合わせて3時間ほどしかないものだから、火・水・木曜日は登校の必要すらないわけで、週休5日制というほぼ夏休み状態に俺は置かれていた。


「実は特待生って暇なのか」

「そんなのあなただけよ」


 俺を冷めた目で流し見たリンネは手に負えないとばかりに肩をすくめている。


「時間に余裕があるのは、自由で生産的な活動を促すためよ」


 そりゃそうか。

 ちなみに、リンネは何をしているんだ?


「私は学業の総合成績を評価されて特待生に選ばれたの。自慢だけれど、この学院で私より成績のいい生徒は存在しないわ。なんせ入学以来、全教科満点だもの」


 俺の脳裏に巨大な花丸が描かれたテストの束が浮かんできた。

 尊敬の念とともに。


「だから、勉強するわ。時間の許す限りね。この学院を無遅刻・無欠席・オール満点で卒業して、不滅の偉業を刻み込むのよ。……結婚相手くらい自由に選びたいもの」


 最後の一言は唇を読まなければ聞こえないくらい小さな声だった。

 寝ても覚めても勉強、勉強、勉強。

 さらに、生徒会業務もこなしているときた。

 血の滲む努力があってこそできることだろう。

 家柄だけで人生楽々コース確定な俺を嫌うわけだ。


「アリエは何をしているん――」

「スライムの研究ですっ!」


 かぶせ気味の即答であった。


「今は無毒化スライムを医療転用できないか試行錯誤しているところなんです! 他にも安価で大量に培養可能なスライムの特性を活かして、飢餓問題を解決しようと模索していて! スライム、スライム、スライムっ!! スライムは今、最も注目されているんですよ、わたしに!」


 お前にかよ。


「お兄様もどうですか!?」


 まばゆい妹のご尊顔が初日の出に勝るとも劣らないピュアさで俺を照らしてくる。

 だが、


「謹んで遠慮する」


 ゴキブリ以下の生命体に血道を上げるキテレツ兄妹がいるなどと噂になっては困るのでな。


「そんなぁ……」


 アリエはがっくりと落ち込んで、スラにゅんに頭を撫でてもらっていた。


「わたくしは聖魔法について学んでいるのですよ。他にも教会のお仕事や神学科の講師などいろいろ」


 フララは忙しさを微塵も感じさせない柔らかな声でそう言った。


「アレン、わたくしと教壇に立ってみませんか?」

「俺がか?」

「はい。どういうわけか、神学科の生徒たちはアレンのことを気にしているみたいで」


 それは、物件として、ということだろうよ。


「でも、二人で授業だなんて緊張しますね。しどろもどろになって夫婦めおと漫才だと言われたらどうしましょう? プロポーズもまだなのに」


 何を言っているんだ、お前は。

 赤い顔で身悶える奇妙な修道女から俺はそっと目をそらした。


「私は若様のお側仕えとして入学を許された身ですから、若様のお側にいます」


 すまし顔のルマリヤが指を絡めてきたので、即座に振り払う。

 従者同伴は、貴族の通う学び舎ではよくあることだ。

 主の世話を焼くためってのもあるが、貴人に仕える者にも最低限の教養は必要だからな。

 だから、その大きく開いた胸元を閉じろルマリヤ。

 教養の欠片も感じないぞ。

 魅惑的ではあるがな。


 長い長い螺旋階段を何周もして、ようやく大地の匂いを感じ始めたところで、リンネが険悪な顔を向けてきた。


「みんな自分の得意分野を磨いているわ。勉学なり研究なり、あなたもやるべきことを見つけなさい。どうせ、まだ何も決めていないのでしょう?」


 カチンとくる言い方だ。

 だが、まさにその通り。

 非業の死を回避することこそが俺の至上命題だから、学業のことは二の次三の次なんだ。


 あえて言うなら、俺の研究テーマは「どうすれば長生きできるか」だな。

 現在わかっているのは、「浮気」が有意に死亡リスクを上昇させるってことだ。

 ハーレムなんて、もってのほかさ。

 わかったら、とっとと散開しろ女子ども。


 しかし、研究テーマは考えておかないとな。

 実績を作ると家督を継ぐルートに繋がってしまうが、あまり手を抜きすぎるのも考えものだ。

 推薦してくれたヒラーデ教頭の顔に泥を塗ることにもなりかねない。

 そもそも、俺レベルの凡人が足掻いたところで、特待生にふさわしい実績を作れるとは思えないけどな。


「そういえば、新入生歓迎会があるわ」


 別校舎に足を向けていたリンネが振り返りざまにそう言った。

 いわゆる新歓ってやつだな。

 聞いたことくらいはある。

 学院の新歓は代々ダンスパーティーらしい。

 あまり興味はないが、参加したほうがいいのか?


 おうかがいを立てようとリンネを見ると、黒塗りの目と視線がかち合った。


「お願いだから参加しないで」


 熱のない声だった。

 凍てつくような。

 冬の夜空に投げ出された気がして、俺の背筋はゾッと粟立った。


 最近、リンネとはいい関係を築けていると思っていた。

 仲良しとまで言わないが、気兼ねなく世間話ができる程度には良好な関係だと。

 しかし、今の一言からは久しぶりに寒気を覚えた。

 無意識に腹をかばってしまうほどに。


「わかった。参加しないよ」


 吐く息が白くないのが意外だった。

 俺の声はこんなにも震えているのに。


「そう」


 リンネは静かに頷くと、隣の校舎に消えていった。


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