15 ヒラーデの推し
破滅なんてものは、どこにでも転がっているものだ。
少しの油断で奈落の底に真っ逆さま。
気を引き締め直さないとな。
己を律するためにも神学科に進むというのはどうだろう。
女神様に恥じない生き方を目指すのだ。
と思い、神学科の教室に足を踏み入れた俺だったが、そこで目にしたのは修道服に身を包んだ麗しき女生徒の大群だった。
男子どこ?
見事に女子しかいない。
教室は、きゃーアレン様よ、の黄色い悲鳴で沸き上がっている。
ダメだ、ここは。
堕落と修羅場と破滅の匂いしかしない。
くるりと踵を返した俺の前に、金髪の修道女が立ちはだかった。
「ふぇ……? アレン?」
彼女は俺がここにいるという事実にひとしきり困惑を示した後、パーっと顔を輝かせた。
「もしかして、神学科を専攻してくださるのですか!?」
フララであった。
紺のローブを羽織っているが、もしかして、ここの教職員だったりするのか?
そういえば、「フララ先生」と言っている生徒がいたような。
さっすが1000年に一度の才女だ。
生徒と大差ない年齢だろうに教職員を務めるとはな。
「嬉しいです、アレン! わたくしの授業に興味を持ってくれるだなんて!」
俺の手を取って飛び跳ねるフララには悪いのだが、俺はさっさとこの破滅に満ちた教室から抜け出してだな、……あ、ちょ。
「さあ、アレン。特等席へどうぞ! 一番前のこの席なら、わたくしの声がよく聞こえるでしょう?」
半ば無理やり着席させられる俺であった。
「今日は降霊術と除霊術の授業なのですよ。わたくし、張り切っちゃいますね!」
意気揚々と黒板に何かを書き出そうとしたところで、フララの手がピタリと止まった。
そして、くるりとターンし、金のおさげを遠心力で振り回しながら、お茶目に片目をつむって彼女はこうおっしゃる。
「言っておきますけど、幼馴染だからといって特別扱いはできませんよ? 未来の旦那様でもですっ!」
未来のなんだって?
なぜ照れくさそうに身悶える?
そして、なぜ女子どもはキャーキャー喚いている?
ともかくダメだな、ここは。
確信を持って言える。
未来の俺はフララと女生徒たちを毒牙にかけているだろうとな。
俺はそういう奴なんだ。
◇
夜になるたびに、夢の中で答え合わせだ。
丸々1週間かけて全学科を見て回ったが、どの学科を選んだとしても俺はまあまあの確率で破滅するようだ。
結局、人間性なのさ。
俺という人間はとことん意思が弱い。
おだてられりゃ豚より先に木を駆け上がるし、女の色香を嗅ぎつければ飢えた犬のように飛びついてしまう。
そして、最後は破滅する。
進むべき道がどうあれ、道を歩むのが俺である以上、行き着く先は同じってことだ。
幾多の雨粒が海で一つに合わさるようにな。
低きに流れるしかない俺の人生のなんと情けないことか。
女神様もドン引きだろうよ。
呆れているうちに朝が来た。
「今日が期限よ。進路は決まったのかしら」
揺れる馬車の車内。
週の初めと同じ仏頂面でリンネがそう聞いてきた。
「いいや」
と俺はうなだれがちに首を振る。
返ってくるのは、ため息だった。
当然だ。
「いるのよね。将来のビジョンもなく学院に入ってくる奴。たいていはドロップアウトしていくわ」
俺のことですね、わかります。
仕方ないだろう?
この伸びやすい鼻と鼻の下がいけないんだ。
でも、不思議とリンネといるときは気が引き締まるんだよな。
殺されるかもしれないという危機感が俺を律しているのだろう。
女神以上にな。
俺に一番合っているのは、リンネと同じ学科かもしれない。
防刃製の腹巻は必須だがね。
「そういえば、あなたを特待生に推薦するって話があるわ。信じられないことにね」
「特待生?」
「特別待遇生徒の略称よ」
なんだその特別そうなポジションは。
首をかしげると、リンネは何も知らないのね的な目で一瞥くれてから説明してくれた。
「ずば抜けて成績優秀な生徒がいれば、学院もほうっておけないでしょ? だから、特待生にして優遇するの」
「具体的には?」
「特待生になれば、各分野のエキスパートからマンツーマンでレッスンを受けられるわ。学費も払わなくていいの。それどころか、研究費の名目でいくらでも資金援助してくれるわ」
「なんでまた、そんなものに俺が推薦されているんだ?」
俺のとぼけた面が気に障ったらしく、リンネは軽く舌打ちした。
怖……。
「大将軍様々ね。……と言いたいところだけど、特待生だけはどれだけ金を積んでもなれるものじゃないわ。完全実力主義が唯一守られている聖域だもの」
うん、ますます俺が居ていい場所じゃないね。
「特待生になるには、教員3名以上か学科長1名の推薦がいるの。推薦獲得には、頑張っても1年はかかるかしら。あなたの妹さんでも半年はかかったわ」
そうか、アリエも特待生なのか。
さすが天才。
おかげで、俺の劣等感に磨きがかかったよ。
どうしてくれる?
「あなたは学院創設以来最速じゃないかしら」
「何がだ?」
「だから、推薦獲得よ」
俺が推薦された?
誰から?
一体なぜ?
「まったく信じられないわ。あなたみたいに親の七光りだけのボンクラが特待生だなんて。それも、ヒラーデ先生に推薦されるだなんて」
ああ、なるへそ。
ようやく腑に落ちた。
例の試験とやらでお褒めの言葉を頂いたが、その流れで俺に推薦の話が来たのか。
「ヒラーデ先生は厳しい評価をされる方よ。これまで誰ひとりとして推薦したことがないの。おまけに、大の貴族嫌いだし。一体どんな手を使ったの? 生徒会も先生方もあなたの話題で持ちきりよ」
貧乏ゆすりしながら鬼のような目で睨むのをやめてくれたら答えてやってもいい。
首を斬られそうになったから死に物狂いで避けただけだがね。
「頭を打って賢くなったのかしら」
「そうかもな」
「ムカつくわね」
「睨まないでくれ。顔に穴があきそう……」
「でも、記憶と一緒に邪念も消えたようでよかったわ。少し前のあなたなら、『特待生』と聞いただけで豚を置き去りにして木に駆け上がったでしょうから」
そうさ。
殺されて学んだんだ。
増長と傲慢は惨劇を生むってな。
そういう意味では俺も成長しているのかもしれない。
「特待生だけはやめておきなさい」
リンネの真剣な眼差しが俺を鋭く突いた。
「特待生だけを集めた特別科は本当に別次元よ。ひと握りの天才しかいないの。あなたには無理よ」
だろうな。
ちなみに、リンネはどこの科なんだ?
「……よ」
え?
「……科よ」
なんだって?
「だから、……特別科よ」
頬をピクつかせながら白状するリンネであった。
やめておきなさいの理由がわかったよ。
「要するに、お前。俺とクラスメイトになりたくないんだな」
「当たり前じゃないの」
ふん、と鼻を鳴らしてそれっきりウンともスンとも言わなくなるリンネさんである。
俺も反対側の車窓に視線を投げることにした。
そして、考える。
リンネには悪いが、俺に一番合っているのは特別科かもしれない。
優秀な奴らばかりなんだろ?
それなら、俺が増長することもないはずだ。
むしろ、劣等感に打ちひしがれることになるだろう。
それでいい。
俺にはそのくらいがちょうどいいのだ。
何よりリンネと一緒というのがいい。
刺される恐怖が俺の正気を保ってくれる。
特別科だ。
ここしかない。
この先にこそ俺の平穏な人生が広がっているのだ。
◇
というわけで、俺は特別科の生徒になったのであった。
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