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13 未来視の剣


「お兄様っ! 学院でお会いできるなんて、わたし嬉しいです! お兄様ぁーっ!」


 子犬のようにじゃれついてくる妹のなんと愛くるしいことか。

 しかして、彼女は剣においても魔法においても俺を遥かに凌駕する才覚の持ち主で。

 月とすっぽん、ウサギにカメだ。

 まともにやり合って勝てる道理はない。

 逃げ込める甲羅が俺にもあればよかったのだがな。


「どうして、アリエがここに?」


 俺は頬をピクピクさせながらも笑顔で問いかけた。

 もしやヒラーデの奴、俺に恥をかかせるために、わざわざこの出来のよすぎる妹を試験の対戦相手として召喚したわけではあるまいな……。


「せっかくお兄様と同じ学院に通っているのに会える機会が少なくて、わたしは悲しいです」


 学年が違うからな。


「だから、試験の話を聞いて出張ってきたわけなんです! 少しでもお兄様との思い出を作りたくてっ!」


 ぴょんぴょんして銀のポニテを跳ねさせるアリエである。

 ヒラーデ教頭、疑って悪かった。

 そして、妹よ。

 余計なことをするんじゃない。


「あれがアリエ様の兄君か。なんだかパッとしないな」

「妹は学院始まって以来の天才令嬢なんだ。ああ見えて兄のほうも相当デキるに違いないよ」

「それにしても、アリエ様はお美しい」

「スライムさえなければ完璧なのにね」


 ギャラリーの声がやたらと大きく感じられる。

 ジロジロ見やがって。

 おかげで、木剣を握る俺の手は早くも汗で大洪水だ。


「さあさ、ほらほら。ぜひぜひ見せてくださいよ、ソーシア君の実力を、さあ」


 ヒラーデが子供にはとても見せられない邪悪よこしまな形相で煽ってくる。

 いやはや、まずいことになった。

 衆人環視のもとで妹に負ける。

 それも、完膚なきまでに。

 そんなのが俺のキャンパスデビューでいいのか?

 断じて、否だ。

 妹に負けた兄……。

 卒業まで後ろ指を刺され続けるなんて耐える自信がないぞ。


 手を抜こうと思っていたが、やめだ。

 かといって、勝つ見込みは万に一つもない。

 せめて「まあまあだった」の評価が欲しい。

 兄の威厳を守るためにも。

 これは、ちっぽけなプライドをかけた大いなる戦いなのだ。


 俺は腹をくくって木剣を構えた。

 剣を構えるなんて何年ぶりだろう?

 妹に勝てなくなったあたりで稽古をやめたからな。

 いや、認めよう。

 やめたのではない、逃げたんだ俺は。

 まったく情けない兄貴だよ。


 アリエも構えた。

 見ただけでわかる。

 強者の構え。

 さしずめ俺は巨狼の前でキャンキャン吠えるチワワと言ったところか。


「伝統に則り、一本勝負でいきましょう。――それでは、始め!」


 ヒラーデが手掌を振り下ろした時にはすでに、アリエは俺の目の前にいた。

 下から伸び上がってくるような一撃。

 俺は反射的に木剣を立てた。


 ゴン――!!


「重……ッ」


 鉄骨でぶん殴られたのかと思った。

 後ろに飛んだわけでもないのに体が流れる。

そのまま距離を取ろうかと思ったが、アリエの追撃が数段速い。

 わけもわからぬままガツンゴツンと殴られまくり、気づけば壁際。

 引くに引けず、早くも手の感覚はなくなってきた。


 こいつはもう俺の知っているアリエではない。

 数年前とはまるで別物だ。


「大丈夫ですよ、お兄様」


 鍔迫り合いのさなか、顔を寄せてきたアリエが小声で言う。


「見せ場はちゃんと作ってあげますから」


 勝たせてあげるとは言わないのだな。

 不偏不党の精神、大いに評価しよう。

 だが、貴族社会で大成したくば八百長の一つも覚えとくんだな。


「なんだよ、兄貴のほうは全然じゃん」

「比べちゃ可哀想よ。アリエ様が強すぎるの」

「まあ、それはそうだが、『獅子』と呼ばれた大将軍の息子だぜ? もう少しなんとかならないもんかね」


 というのが、現状俺の評価である。

「まあまあ」すら程遠いな。

 ま、才能があって努力もしている奴に勝てる道理なんて初めからないのさ。

 負けは百も承知。

 今の俺にできるのは、痛くないところに一本をもらうくらいのものかな。

 たんこぶは懲り懲りだ。


 俺は時間のピントをずらした。


 ――横薙ぎと見せかけた突き。

 これは痛そう。

 木剣の腹で受けて流す。


 ――上段から叩きつけて、怯んだところに中段蹴り。

 これも痛そう。

 俺は膝を立てて、蹴りをいなした。


 ――木剣を絡め取られて、鼻を殴られる。

 ギュッと握って対処っと。


 ――二連突きからの肘打ち。

 その肘に木剣の柄を合わせると、アリエの顔が少し歪んだ。


 回し蹴りは屈んで避けて、踏み込まれる前にこちらから踏み込み、うおっと!?

 頭突きかよ、マジか。

 なんでもやるんだな、うちの妹は。


「ハア――ッ!!」


 気合の一閃。

 ――待って受けると木剣が折れる。

 ならば、あえて間合いを詰めて、勢いに乗る前の剣を受ける。


「……って、あれ」


 俺、意外に戦えてね?

 アリエが額の汗を拭ったのが見えた。


「嬉しいです、お兄様」


 一体何がだ。


「剣の稽古を続けていらしたんですね。以前よりずっと強い……」


 何のことやら。

 お前にこっぴどく負けて以来、剣を見るのすら嫌だよ俺は。

 全部、未来視のおかげだ。

 アリエの動きがどんなに速くとも、出してくる手があらかじめわかっているのだから、いくらでも対処できる。

 じゃんけんの後出しみたいなものだ。


「……ん? じゃあ、勝てるかも」

「それは、ありえません!」


 一段と猛烈に打ち込んでくるが、なんということはない。

 後出しじゃんけんの勝率は、常に100パーセントで安定だ。

 こちらが出す手を間違えない限り、絶対に負けはない。


 ――アリエが足を滑らせる。

 自分の汗を踏むようだ。


「ここ!」


 俺は初めて攻めに転じた。


 アリエが足を滑らせる。

 木剣を持つ腕が上がり、脇が開く。

 わずかな、しかし、致命的な隙だった。


 勝てる!!


 俺は剣を振り上げた。

 ――スラにゅんが真剣白羽取り。

 ――それも、酸液で木剣を溶かす。


 そんなのアリかよ!?

 俺はとっさに剣を返して、アリエの手首を下から打った。

 手応え十分。

 手を離れた木剣がカン、カランと床を転がった。


「勝った……」


 アリエが愕然とした顔で見上げてくるが、なんのなんの、俺が一番驚いているよ。

 勝っちゃった。

 生まれて初めて、妹に。

 歳の数以外で勝っちゃった。


 ウオオオオオオオ、とトキの声を上げてゴリラのごとくドラミングをしたい気分。

 だが、やめておこう。

 逆に兄の威厳が傷つきそうだ。


「先生、試験は合格でいいですよね」


 俺は渾身のドヤ顔で振り向いた。

 ――ヒラーデのローブがぶわりと広がる。

 手は、剣に添えられていた。

 その先は見えなかったが、俺は反射的に屈んでいた。

 上空を何かが通過する。

 バーンと破裂音。

 顔を上げると、ヒラーデが剣を振り終えた姿で静止しているのが見えた。


 今の爆音はなんだ?

 もしかして、ソニックブーム?


「躱しますか、我が『破音の一閃』を。常人の反応速度ではない」


 剣を納める頃には、ヒラーデはにこやかな表情に戻っていた。

 俺はガクブルで答える。


「ま、まぐれですよ。二度とやらないでください。首が取れちゃうから」

「あなたであれば、私の二の太刀をもしのぎそうですがね」


 いや、本当にやめて。

 アカデミック・ハラスメントで訴えますよ?

 と思っていると、ヒラーデが深々と頭を下げた。


「失礼な態度を取ってしまいました。ソーシア君、あなたの実力は本物です。私からあなたへ、最大限の賛辞を贈ります」


 ざわざわっと生徒たちの間に波紋が広がった。


「ほ、褒めたぞ、ヒラーデ先生が」

「皮肉以外では絶対褒めない人なのに」

「わたし、アリエ様が負けるとこ初めて見たわ」

「誰だよ、パッとしないって言った奴。兄のほうが断然強いじゃないか」


 寄せられる羨望の眼差しが鬱陶しい。

 剣術科の生徒って、強ければ偉いって思ってそう。

 みんなそんな目をしているもの。


「すごいです、お兄様っ! ヒラーデ先生は辛口で有名な先生なのに!」


 あ、でも、こっちの目はいいかも。

 俺を見上げるアリエの瞳は陽光を受けたダイヤモンドよりも煌めいている。

 頬なんて紅が差しているし。

 こんな顔を向けられるのは、5歳の頃以来だな。

 あれはそう、アリエに噛みつこうとした野良犬を俺が追っ払ったのだ。

 つまり、それからずっと妹に尊敬されないダメ兄貴を貫いてきた、とも言えるわけだが。


「いやはや、素晴らしい生徒を授かったものです。ソーシア君、我が剣術科はあなたを歓迎しますよ」


 ヒラーデ以下剣術科の生徒たちから万雷の拍手が注がれた。

 嬉しい。

 光栄だ。

 だが、俺が欲しかったのは賛辞ではない。

 失望だ。

 実績を作ってどうする?

 破滅に一歩近づいてしまった。


 次からだ。

 次こそは恥ずべき失態で幻滅させてやる。

 上げて落とす作戦だ。

 すべては俺が天寿を全うするために。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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よろしくお願いします!

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