12 入学試験のようなもの
「ソーシア君、少しよろしいですか」
リンネとゆく恐怖の学院見学ツアーが終わり、そろそろ自宅に帰ろうかという段になって俺を呼び止める者があった。
振り返ると、人の良さそうな老爺が立っていた。
羽織った紺のローブは教職員の証だ。
見た感じ、リンネの言うところの「お偉方」のようだが、小さいお爺さんというのが俺の第一印象である。
「教頭のヒラーデです。入学おめでとう」
「ありがとうございます、先生」
にこやかな顔に釣られて、俺も笑顔でそう返す。
ここまでは外の天気と同じくらいには朗らかな雰囲気だったのだが、ヒラーデの目の奥にふと冷たいものがよぎったのを俺は見逃さない。
「さっそくなのですがね、あなたの実力のほどを見てみたいと思いましてね」
「実力ですか?」
「ええ。ちょっとまあ、入学試験のようなものですよ」
ついてきてください、と言うので後に続く。
「一応、我が校は完全実力主義を標榜しておりましてね。入学基準はそれはもう厳しくて、一浪や二浪は当たり前でしてね」
その点は承知している。
大将軍の口利きだけで入学った俺が特例なのだ。
というか、もはや裏口入学の域であろう。
「かくいう私も平民身分から血の滲むような努力を経て教頭位まで昇りましてね。なんというかそう、あなたのように家柄だけで成り上がる連中には虫酸が走ってしまうわけですよ」
「……そう、ですか」
この爺さん、人の良さそうな顔してなかなかの毒を吐いてきたよ。
俺の薄っぺらいポーカーフェイスが一撃でシワクチャだ。
「もっとも、大将軍閣下の御子息たるあなたがヘボ生徒なわけがありませんからね。ソーシア君には期待していますよ。ほら、妹さんも大変優秀でいらっしゃるでしょう? 我々教師も自慢に思っているのですよ。きっとお兄様たるあなたも優秀なのでしょうねぇ。あまり話題は聞きませんがねぇ」
「ぐふ……」
ズキンと胸が痛んだ。
俺のコンプレックスを的確に突き刺した上でギコギコしやがったな、このたぬきジジイめ。
「まあ、ご安心を。試験の結果が悪かろうと退学にはしませんから。少しガッカリはするでしょうけどね」
ああ、そうですか……。
だがまあ、俺としてはむしろガッカリしてくれたほうがいい。
実績を作り、悪い噂を払拭しろと父上は言った。
家督を継がせたいがために。
しかし、俺は継ぎたくないわけで。
そうすると、実績なんて無いほうがいい。
もちろん、俺は力を抜く。
勉強できない運動できない、おまけに先生方やほかの生徒と揉め事を起こして失望を買う。
爆買いだ。
そして、着実に貴族社会からフェードアウト。
殺す価値もないような凡人として平穏な日々を送る。
俺的には、このルートがベストだ。
つまり、これから行われる試験とやらで最低の成績を叩き出し、みっともなく言い訳した挙句、逆上して教頭のハゲ頭をひっぱたくくらいがちょうどいいというわけである。
「さあ、ここです」
連れてこられたのは、剣術科の練習棟だった。
木剣を重ね合う音と荒々しい息遣いが外にまで漏れ聞こえてくる。
実に活気のある場所だ。
中では、騎士や剣豪を夢見る若人が青春の汗をほとばしらせていることだろう。
扉を開けるやいなや、ヒラーデは声を張り上げた。
「みなさん、こちらは大将軍閣下の御子息アレン・キゥク・ソーシア君です。今日は皆さんに類まれなる剣の腕前を披露してくださるそうですよ」
一瞬シーンとして、俺に目という目が集まり、
「「おおおおおおおおおお――――ッ!!」」
と歓呼の声が爆発した。
俺のもとに青春の汗をまき散らした若者がざっと50人は駆け寄ってくる。
ちょ、ちょ、ちょ、マジですか教頭先生。
まさか、俺はこの公衆の面前で試験とやらを受けなければならないのか!?
類まれなる剣の腕?
俺に披露できるのは醜態くらいのものなのだが。
ヒラーデは人の良い顔で……いや、もはや悪意に満ちあふれた顔で微笑むと、
「試験内容は剣術です。私は剣術科の学科長も兼ねていましてね。はいこれ」
と俺に木剣を押し付けてきた。
「対戦相手はあちらにいらっしゃるお嬢さんですよ。紹介する必要はありませんよね」
「ありま、せんね……」
そのお嬢さんとやらを見て、俺はもう苦笑いするしかなかった。
屈強な男子生徒たちが丸太のように転がっているわけだが、その中央で木剣を手に立っている少女は俺もよく知っている人物だった。
濡れた銀色の髪をポニテにまとめ、滴る汗をスライムで拭う少女。
「アリエぇ……」
そう、文武両道にして眉目秀麗、ちょっぴりおかしなところもある我が妹。
アリエであった。