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11 王立魔法学院


 入学式は、つつがなく終了した。

 学院長とやらの演説は長い割に実りがなかったが、ピカピカの1年生にまざっていると身が引き締まる想いだった。


 今日から、俺も学院生だ。

 勉学は家庭教師に教わっていたから、キャンパスライフは実は初めてだったりする。

 友達100人できるかな?

 素敵な出会いもあったりして。


「学院を案内してあげるわ」


 講堂を出たところで仏頂面のリンネにそう言われた。

 今朝ぶりのドス黒いオーラでせっかくのピカピカ気分が台無しだ。


「言っておくけど、馴れ合うつもりはないから」


 堅固な要塞のごとき腕組みから猛烈な拒絶の色がうかがえる。

 こっちだって願い下げだ。

 バラ色希望の学院生活を黒塗りにされちゃかなわんからな。


 とはいえ、案内はありがたい。

 王立魔法学院は超がつくほどのマンモス校だ。

 建ち並ぶ校舎群は王城や大聖堂に次ぐ巨大施設で、敷地面積だけなら大聖堂をも凌駕するだろう。

 案内なしでは絶対に迷子になる。

 自信を持ってそう断言できるよ、俺は。


「どうして得意顔をしているのよ……」


 気味悪がられたところで、学院見学ツアースタート。


「ここが本校舎よ。学科にかかわらず、共通科目はみんなここで受けるの。1階は職員室。最上階はお偉方がいるけど、生徒は原則立ち入り禁止よ」


 赤色レンガが鮮やかな7階建ての建物だった。

 ただでさえ高い校舎の上に塔が3本ばかし生えている。

 眺めはよさそうだが、登る気にはならないな。

 毎日7階までひいひい言いながら上がっているお偉方には頭が下がる。


「ここは魔法科の校舎。あそこに見えるのは魔法練習棟。使用には許可が要るわ。あっちの魔法薬学科の建物はたまに爆発するから要注意よ。向こうに屋根だけ見えているのが剣術科の練習棟ね。魔法剣術科とは折り合いが悪いから気をつけなさい。小競り合いに巻き込まれて毎年何人か死んでいるから。あそこは学生寮よ。……だいたい、覚えられたかしら?」


 ざっと20の棟と数十の施設を早足で回ったわけだが、


「覚えられると思うか?」


 無理だっつの。

 ここは我が国が世界に誇る超巨大学校だぞ。

 王国全土どころか近隣諸国、大陸の外からも生徒が殺到し、教職員・生徒を合わせた数は驚異の1万人超え。

 そんな地方都市規模の施設をちょっと見て回っただけで覚えられるか。

 だから、明日以降も水先案内を頼みたいのだが、どうだろうかリンネさん。


「…………」


 すごい目で睨まれた。

 目から舌打ちが聞こえてきそう。


 リンネは俺の靴下が冷や汗で湿っぽくなるまで睨んでから、気だるげにため息を吐き出した。


「仕方ないわね。迷う前に相談しなさい。あなたを探して歩き回るのはごめんよ」

「助かるよ、リンネ。断られると思ったが」

「私だって断りたいわ。でも、立場上そうもいかないのよ」


 リンネは恨めしそうに右腕の腕章に触れている。

 それは何かと問う前に、


「きゃあ……ッ」


 と甲高い声が聞こえてきた。

 悲鳴だ。

 渡り廊下の中ほどで女生徒が一人倒れている。

 周りにいる少女たちはみんな笑顔で、倒れた子だけが涙を流している。


 知っている。

 これは、あれだ。

 いじめってやつだ。

 話には聞いちゃいたが、本当に存在するんだな。

 一文にもならないのにわざわざ手間と時間をかけて他人の足を引っ張ろうとする馬鹿な奴らって。


 リンネの顔が一段と険しくなった。

 ツカツカとローファーの音を響かせて、彼女は突くような声を発した。


「何をしているのかしら、ワルイージュさん」


 主犯格らしき少女がびくん、と肩を縮こまらせる。

 紫の縦ロール。

 彼女がワルイージュだろう。

 声をかけてきたのが先生ではなくリンネだとわかると、ワルイージュの口が耳のあたりまでニタァ、と裂けた。


「あら、ごきげんよう、エトナリーさん。何って見ればわかるでしょう? この新入生さんったら、平民の分際でアタクシたちと同じ廊下を歩いていましたのよ。ですので、少しお灸を据えて差し上げたのですわ。ウオーッホッホッホ!」


 そんな笑い声、俺は生まれて初めて聞いたよ。


「ご、ごめんなさい。わたし、平民なのに……」


 可哀想に。

 いじめられた女の子はチーターに囲まれたインパラの子みたいに震え上がっている。


 王立魔法学院は、学ぶ意欲のあるすべての人に等しく門戸を開いている。

 ここでは、身分も種族も宗教も関係ない。

 誰もが平等なのだ。

 ……というのは、あくまでも建前で。


 実際は見てのとおりだ。

 貴族が威張りちらし、平民は足蹴にされる。

 そんなもんだ。


「この無礼者のしつけは、アタクシたちが引き受けますわ。エトナリーさんはどうぞ、食堂でティーカップでも傾けていてくださいまし」


 ワルイージュはウオホホと笑いながら平民の子の髪を引っ張り始めた。


「……そう。無礼者にはしつけが必要なのね。よくわかったわ」


 リンネは静かにそうつぶやいた。

 この後に起きることは未来視を使わずともなんとなく読めた。

 腐っても幼馴染だ。

 何より俺自身、つい最近身をもって味わったばかりなんでね。


 ――バチン!!


 思わず目を背けたくなるような音がした。

 崩れ落ちたワルイージュは頬を押さえたポーズでリンネを見上げ、カチンコチンに凍りついている。


「な、なな、何をなさるのですかエトナリーさん!?」

「しつけよ。無礼者には必要なのでしょう? あと何人分、必要かしら?」


 例のドス黒い目がいじめっ子たちの顔を順々になぞった。

 ひぃぃ、と悲鳴が上がる。

 かくして、いじめっ子連中は逃げていったのであった。


「どうして助けてくれたのですか? わたし、平民なのに」


 と、いじめられっ子に訊かれ、


「生徒会長だからよ」


 と、リンネは答える。


「困っている生徒を助けるのが私の仕事だもの」


 毅然と言い切るその右腕で腕章がキラリと光った。

 なるほどな。

 それで、困っている俺にも手を差し伸べてくれるわけか。

 なんというか、リンネの人となりがわかる一幕だった。


「かっこよかったよ、リンネ」


 俺の心からの賛辞を贈った。


「当然のことをしたまでよ」


 ツンとした態度は相変わらずだ。


 しかし、頬を張るのはやりすぎじゃないかね。

 痛快ではあったけどな。

 ワルイージュたちが仕返しを考えなければいいのだが……。


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