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1 夢

 その夜、俺は夢を見た。

 震えるほどの、素晴らしい夢だった。


 俺はすべてを手に入れていた。

 富、権力、名声、そして美しい伴侶。

 あらゆるものがそこにあった。


 俺は誰よりも輝いていた。

 王でさえ俺にかしづいた。

 それが未来の出来事だと直感的にわかった。


 俺の未来は栄光に彩られていた。

 一点の曇りもない、完全なる成功。

 俺こそが世界の中心であり、頂点だった。


 蜂蜜の海で溺れるような甘い甘い時間がいつまでも続いていく。

 そう信じて疑わなかった。

 しかし、その夢の最後。


 ――俺は死ぬのだった。





「うおおあああ!??」


 跳ね起きた勢いそのままに、俺はベッドから転がり落ちて冷たい床にへばりついた。

 東の窓から差し込んでくる朝日が大理石のフロアタイルに照り返してまぶしい。

 が、そんなことはどうでもいい。


 心臓がパニックを起こしたネズミのように胸の中で暴れまわっていた。

 吐き気と格闘しながら俺はぐっしょりと濡れた寝巻きをペタペタと触りまくり、手のひらを見る。

 ひょっとして赤いんじゃないかと思って。

 だが、手のひらはむしろ、いつもより白かった。

 刺されたはずの腹には傷一つ見当たらない。


「やっぱり夢か……」


 俺は床の上に仰向けで転がった。

 そりゃまあ夢だよな。

 最愛の妻に刺されるという、まあ、ひどい悪夢だったが、そもそも、俺は15になったばかりだ。

 年齢の上では、すでに成人。

 だが、伴侶をもらうには少しばかり気が早い。

 未婚の俺が妻に刺されて死ぬなんてことは絶対にありえないことだ。


 ドアが開いた。

 メイドのルマリヤがいつものすまし顔で入ってくる。

 珍しい水色の髪が朝日によく映えていた。


 ガチャ――。


 ドアが開いた。

 メイドのルマリヤがいつものすまし顔で……。


「あれ?」


 俺は目をこすって、まばたきを繰り返した。

 今、景色がダブって見えた気がする。

 気のせいか?


「おはようございます、若様。すでに旦那様は朝食を召し上がっておられます。……そんなところで寝ておられたのですか?」


 床を寝床にしている俺に奇妙なものを見る目が注がれる。

 俺は、いやストレッチしていただけですけど、みたいな空気を醸し出しつつ、体を起こした。


「よくお眠りになれなかったようですね」


 わかるか?

 その通りだ。

 ついさっき幼馴染に刺されて、幸せな結婚生活に幕を下ろしてきたところだ。

 とても夢とは思えないリアリティだったよ。

 面白いほど血が出てね、足に力が入らなくなって崩れ落ちるんだ。

 そこに、トドメの一刺しが降ってくる。

 ひどいものだったよ。


「ルマリヤ、着替えの手伝いはいいよ」

「若様、二人のときはルーとお呼びくださいと何度も」

「思わせぶりなことを言うんじゃない」


 ルマリヤは汗で重くなった俺の寝巻きを赤子のように大切に抱えつつ、新しいシャツを着せてくれた。


「いつもより濃い若様の香り……」

「嗅がないの」


 鼻の穴を広げるメイドから寝巻きをひったくり、重いのをいいことに廊下の外に置かれた洗濯カゴに放り投げる。

 ガゴン、と気持ちよく入ったものだから、最悪の目覚めもいくぶんかマシなものになった。


「下で旦那様がお待ちです。ついに我が息子にあれが来たか、と興奮したご様子でしたよ」


 ルマリヤの綺麗な顔には極々うっすらとニヤけ笑いが浮かんでいる。

 長いこと一緒にいる俺でないと気づかない程度に、だ。


「あれって夢精のことでしょうか。新しい下着をお求めでしたら、私のをお貸ししますが」


 クールビューティーの手本みたいな顔で朝から下ネタを垂れ流すんじゃない。

 よしんば、あれがそれでも、お前のパンツに用はない。


 変態のお吸い物にならないように寝巻きを洗濯カゴの一番下に押し込んでから、俺は階下のダイニングに向かった。

 父上はとうに食事を終えていた。

 長テーブルの下で繰り広げられる貧乏ゆすりが、俺を待っていたことを物語っている。


「おはようございます、父上」

「おう、アレンか。食事は後にしろ。話がある」


 灰色の髪に白髪をまじえた壮年の紳士。

 年の割に童顔なのを気にして生やした似合わないカールひげ。

 同じく、似合わない貴族服。

 これが俺の父。

 ソーシア上爵家の当主、レナード・キゥク・ソーシアだ。


 昔は幾多の戦場を駆け回り、『王国の若獅子』と呼ばれたハンサムボーイだったらしい。

 しかし、今では毛髪前線の後退に悩まされ、後頭部からなけなしの髪を前線に送り込み続けるばかりのポンコツ軍師と相成っている。


「なんでしょう、父上」


 俺は自分の席に腰を下ろし、目玉焼きを切り分けた。


「うむ。昨夜、ふと目が覚めて窓の外を見るとだな、お前の部屋の周りに精霊が集まっていてな。それはもう、すごい数だったぞ」


 父上はぐぐいと身を乗り出してきた。


「ついに来たのだな、あれが」


 あれ、とは別にいかがわしいものではない。

『精霊の祝福』のことだ。

 体が出来上がる15歳前後の年齢になると、たいていの人間は不可思議な力を身に宿す。

 水の中で息ができたり、動物の声が聞こえたりと得られる力は人それぞれで千差万別・多種多様。

 中には何の役にも立たないものや、自らの命を落としかねない危険なものもあったりする。

 それが、『精霊の祝福』である。

 昨今では、俗な言い回しで『能力スキル』などと呼ばれることも多いがな。


「来たようですね」


 と俺は他人事のように答え、夢の内容を反芻した。

 あれは未来の光景だったのだろうか。

 だとすれば、俺のスキルは……。


「では、名実ともにお前も一人前というわけだな」


 満足げに頷き、父上はさらに身を乗り出すと、


「して、どんなスキルであった? ……いや、よい。家族とはいえ、人のスキルを問いただすのは無作法だ。無理に答えずともよい」


 と言いつつも、さらに身を乗り出す父上は、もはやテーブルの上に寝転んでいると言ってよいほどだ。

 俺は話をそらすように世間話を始めた。


 ――未来が見えたかもしれない。


 などと、ついに最後まで言い出せなかった。

 なんせバッドエンドだ。

 それも、とびっきり凄惨なやつ。

 もし俺のスキルが未来を見る類のものなら、俺はそう遠からぬうちに死ぬことになるだろう。

 最愛の妻の手にかかって。


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