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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第三十七話『兵は詭道なり』

 情報戦の理想は、全てを独占することと、全てを得させないこと。

 相手の知らない弱点さえも含めて独占してしまえば、戦争すら児戯に成り下がる。

 しかしその領域に到達したら、それは人ではなく神だ。予言などの紛い物ではなく、全知の神である。

 だが残念なことに、私——シュネル・ハークラマーは神ではなかった。

 

「少なくとも二人……ですかね」

 

 文字を伝達するシンク板に写し出された共有情報を眺めて、シュネルはぼやく。

 一度目の共有でファミルド王国で起きたことや『魔法国家』についてからの出来事が共有され、二度目の追記でそれからのこと——ダイスが封印されたことなどが記された。

 細かい過程は想定外だが、長期的なアングルで見ればおおむね予想通りではある。

 しかし、シュネルは神ではない。人の階層で予想をしている限り、盤面はいまだ不安定だ。

 

「どうぞ、粗茶ですが」

 

 思案していると、横から茶が差し出される。香りの際立った茶は、淹れた者の腕前を感じさせる。

 それに感心しながら、茶を口元に運ぶと、

 

「——って! 何でわたくしがこんなことしてるのよっ!」

 

 怒りの雰囲気を破裂させるが、盆は丁寧に机に置かれ、叩く音も控えめだ。

 淑女らしさは欠けることがない。フレンにも見習ってほしいところだ。

 

「はて? 雑用係を買って出たのはアルトの方では?」

 

「雑用係じゃない! フレンのためにシュネルさんの側にいるだけ。勘違いしないでほしいわ」

 

 ウェーブのかかった茶髪を払い、つんと抗議する。

 彼女はアルト・コンサティーナ。フレンの友人の一人だ。

 

「——それで、さっきの二人って何の二人?」

 

「聞こえてましたか」

 

「聞こえるように言ったのでしょう?」

 

 無意味な一言を挟んで、シュネルはシンク板を机の上に置く。

 そして、

 

「死人ですよ。最低でも、二人死ぬ」

 

 手を持ち上げてシュネルが説明すると、アルトははぁと大きくため息をついた。

 

「そうやって無意味に思わせぶるのはやめた方がいいわ。いつか本当に間に受けてもらえなくなるわよ?」

 

「その時は私も潔く口をつぐみます。だけどまだ……今はまだ、少なくともあなたは聞いてくれるので」

 

「———? それで、誰が死ぬの?」

 

 アルトもなかなか芯が強く育った。それはフレンという確かな絆を手に入れたからだ。もう、心配はいらない。

 

「レーア・ジオメトリとネイア・アナリシスの二人です」

 

「それって、ええと……」

 

「今代の三賢人ですよ。そのうちの二人。そして此度の一件の首謀者といったところでしょうか」

 

 フレンたちからの報告では、ダイスは早々に手を引いて、彼女たちが独断で暴走しているということらしい。彼はそれの阻止をしようとして失敗。裏切り者として追放——。

 それに対してどう思っているかは、語るまでもないことだろう。

 

「死ぬって、単純にフレンと戦って殺される……みたいなことじゃないわよね?」

 

「ええ。そもそもフレンは国家間の契約の都合上、人を殺せませんし……それがなかったとしても、いくらフレンとて容易く殺せる相手ではありませんよ」

 

「それなのに殺される。——ダイス・アルジェブラによって?」


「その通りです」

 

 アルトは話の通りが早くて非常に助かる。


「一度目の情報共有の時点で予感はしていましたが、二度目で確信に変わりました」

 

「……それ、わたくし見てない」

 

「さっきからチラチラ見てるじゃないですか」

 

 眉を顰めて情報を共有されていないことに抗議する。しかし、さっきから机上のシンク板を覗き込んでいる。

 

「あなたの動体視力なら、もうそれで大体読めたでしょう?」

 

「……シュネルさんはシームレスの意味を履き違えていると思うわ」

 

「素早い情報共有の練習ですよ」

 

 理想は道具や言語すらも介在しないことだ。ほとんどゼロ秒で全ての情報を得られること。メレブンを筆頭とする魔法班と魔法研究においてよく上がる議題だ。

 シンク板はその可能性の途上物である。とはいえ『魔法国家』の魔放鏡という技術の方が理想には近づいているのだが。

 

「それで何が決め手なの? 封印?」

 

「いえ、アメリさんが失踪したからです」

 

「アメリって、メレブンさんの従妹よね。失踪とは書かれてるけど、正直……」

 

 アルトが濁した先は、おそらく「内通してた」ぐらいだろうが、そう思うのも無理はない。

 アルトはアメリと会ったことがないし、シュネルも面識はそんなに多くない。相手が覚えているかどうかも未知数だ。

 そんな相手の評価を感情面からすることはできない。フレンたちは、心根に触れて助けることを決意したりするのだろうが。

 

「——アメリさんやメレブンの家庭事情は複雑でしてね」

 

「急に何の話?」

 

 突然に語り始めたシュネルにアルトは怪訝な表情を見せる。

 

「大事な話ですよ。ですが、これから話す内容を他言しないと約束できますか? でないと話せない」

 

「約束するわ」

 

「即答ですね」

 

「そもそもそういう問いかけをしている時点で、相手に対する信用の境界線は定まっているはずだもの。いちいち、いかにも今覚悟を決めたみたいな様子は作らないわよ」

 

 呆れたようにアルトは肩をすくめる。

 

「では、ご内密に。——アメリの父親は、『祭国』ローテンスの現国王ルストン・チェリオです」

 

「は?」

 

 『祭国』はアルトにも馴染みがある国なので、すぐに思い至ったようだ。まあシュネルが勝手に馴染ませたというのが適当ではあるが今語るようなことでもない。

 

「ちょっと……待って。ということは、メレブンさんも王族の血を引いているということ……?」

 

「一応は」

 

 あっけらかんと告げるシュネルにアルトは何か言いたげにして、しかし、飲み込んだ。

 

「それ以上の家庭事情は私も把握していません。何故アメリさんが『魔法国家』にいるのかなどは、両国の歴史から推察することもできますが……今回の本題はそこではない」

 

「……そうよね。正直、まだ大きな部分が見えてないわ」

 

「それはそこまで複雑な話ではないですよ」


 アメリと『祭国』の関係を話せばほとんど決着はついている。

 

「『祭国』のルストン王は、私的に『魔法連盟』を援助している」

 

 しかし、そこがシュネルが読み切れなかった大きな原因でもあった。

 

「何でよ?」

 

「さあ? まあ私情だとは思いますが、調査している時間はありませんしね」

 

「違うわよ! わたくしが聞いたのは、何でそうなるのよってこと」

 

 論を通そうとするシュネルに、アルトは制止をかける。

 

「話の発端はメレブンさんの従妹のアルトが失踪したってところからよね? それでアルトはルストン王と親子。だから……援助?」

 

「援助云々の話は、一度目の情報共有で立てた推測です。話してませんでしたか」

 

「ええ、しっかり聞いてないわね」

 

「それは失礼」

 

「わざとでしょ」

 

「まさか」

 

 わざとというのは半分正解で半分不正解だ。

 一度目の情報共有で渡された情報は、ファミルド王国のこと、ダイスと接触し得た情報、『影跋』に絡まれた事などだった。

 この時点でシュネルは先の展開がほとんど読めていたと断言できる。

 その上で、シュネルは確信した。この先に起こる戦いで、アルトが一番の要になる可能性が高い。

 だったら考えるのは、シュネル抜きでアルトが理想的な動きをするのはどのパターンかだろう。それのために、少し話すのを躊躇していた。

 情報は武器になるが、推測は時として毒になるのだから。

 

「アルトは疑問に思わなかったのですか? 届いた情報を見て」

 

「無いわ。答え」

 

「フレンでももう少しは考えますよ……」

 

「本当に無いのよ。気になると言っても、情報の真偽って根本的な問題ぐらいだし……」

 

 アルトは顎に指を当てて思案するが、やはりピンとはこないみたいだ。

 ちなみに情報の真偽は、ダイスのところだけ議論の余地ありだ。というより嘘をついているのは火を見るより明らかだが、このフェーズになれば大した影響力はない。ちなみに嘘だと思うのは、転移不可と出国不可だ。何故なら、この二つだけ他の出来事による裏付けが存在しない。

 ともかく、目を向けるのは情報の真偽ではない。しかし奇しくも、ダイスとの会話に目を向けるというのが正解だ。アルトにはまた頑張ってもらいたい。

 

「『転移』と『再現者』と魔力剤が、あまりにも完成しすぎていると思いませんか?」

 

「完成?」

 

「洗練と言い換えてもいいですよ」

 

 完成でも洗練でも言いたいことは同じだ。

 ——国家間を飛び交う『転移』。

 ——過去に死した友人を呼び起こす『再現者』。

 ——只人に英雄の如き力を授ける魔力剤。

 すべての技術を実用化まで持っていっているのだ。そこがいくら『魔法国家』だからと言っても、魔法の発展には限度がある。

 

「魔法というの非常に性質が悪いんですよ」

 

 魔法研究はどこの国でも行われている。しかし『魔法国家』ほど熱心にしている国は他にない。

 何故なら、

 

「だから、魔法研究はやたら金がかかる」

 

 魔法研究は出費に対するリターンが著しく低い。故に、単純に軍隊やらに金を費やす方が国力は上がる。

 その所以は、やはり魔法の性質の悪さだろう。

 魔力は遍く世界に満ちているが、自由に干渉し操れるわけではない。もちろんそういう運用ができる魔法も確立されているが、基本的には自己の魔力を使わなければならない。

 しかも、人の魔力量は生まれた時にほとんど決定される。

 しかし実験には多大な魔力を消費し、どんどんと術式を洗練させていく必要があるのだ。『澱』が発見されたのも、ある種必然めいたことだ。

 だが、天才一人で技術は完成しない。『魔法国家』と銘打ってはいるが、レーヴェのような革新的な天才はそうそう生まれ落ちないのだ。

 

 加えて魔法の性質の悪さは属性にもある。有名な四つの属性があるが、あれは魔力の波長の一番大きいところを定めたにすぎない。

 魔力にはグラデーションがある。それを捉え、術式に起こし、実用できるほどの魔力量で運用できるようにするには、途方もない年月と金がかかるのは想像に難くない。

 

「金がなければ魔法技術は進まない。しかし『魔法国家』と名を冠して大国に連なってはいますが、元々は領邦国家ですからね。中央政府——『魔法連盟』の権威は、小国にも劣りかねない。その中で安定的に国家を運営するなら、福祉やらで国民を黙らせるしかないですから、魔法研究に費やせる金はやはり減っていく」

 

「————」

 

「もっと早く気づくべきでした」

 

 シュネルは『再現者』の技術の土台は知っていたのだ。しかし『転移』や魔力剤については、当然預かり知らぬ技術だった。

 さらに後者に至っては、自身が画策した時間稼ぎ案がハリボテだったと判明したのだ。なんたる愚かか。

 今、平和が保たれているのはただの幸運にすぎない。その平和も、あと持って三日とかだろうが。

 

「いや、普通気付けないわよ。……それで、歳入と歳出が噛み合わなかったの?」

 

「試算してみた限りでは」

 

「ほんと何でもできるわね……」

 

「流石に専門性を取っている人たちには敵いませんよ」

 

 どこの分野にも、それに特化した人間というのはいる。何でもできるは裏を返すと、取り柄のなさを強調しているのだ。

 

「……だから、アメリの話が必要だったのね。何となく見えてきたわ」

 

「それは良かったです」

 

「つまりは、あそこでアメリを失踪させる理由がないってことよね」

 

 アルトが今までの説明を統合して、シュネルの考えに追いついてくる。

 

「確かにアメリがいなくなったことで、矛先が彼女に向けられるようにしたと考えれば納得はいくわね。あえて弾劾できないようにした。なら、フレンの性格からして、無視はできないでしょうし。——相手の作為が透けて見えるわ」

 

「ルストン王が保護を望んだという見方もできますね。……とかく、ルステラさんもメレブンも、根の部分で似てますから。行動予測に誤差は生まれにくい。もっとも、一人だけ動きが読めない子が居ますが……」

 

「フラムちゃんのこと?」

 

「そうです。彼女の在り方は私の盤面を狂わせる。万が一に望まぬ方向に進む可能性がありますから……まあ、どちらに転ぶかは運次第ですね。私とダイス・アルジェブラの」

 

「……っ、また悪巧み? 言っとくけど——」

 

「まあまあ、落ち着いてください」

 

 腰にかけられた『武器』に手を当てて、アルトが詰め寄る。いつでも戦える体勢のアルトに、シュネルは手を挙げてすぐに降参した。

 

「私があちらに与することはありません。ただ、あちらの思い通りに運んだ方が都合がいい部分が多いんですよ」

 

「都合がいいって……そんなことあるの?」

 

 相手に思い通りにされている状況が、こちらの好転になるケースは少ない。

 しかし、

 

「あります。——予測が立てやすい」

 

 狙った結果に向かう規則的な動きの予測は比較的容易だ。

 人の感情が介入する以上、普遍的な事象ほどではないが、目的さえはっきりしていれば、過程は逆算的に導ける。

 

「まさかっ、またフレンに何も伝えないつもり!?」

 

「フレンたちには相手の思惑に乗ってもらいます。メレブンには少し気づいて欲しさもありましたが、あそこからのアングルではやはり難しかったようですね。私自身も同様だったでしょうし」

 

 シュネルは考え方が場に影響されないように努めてはいるが、人間である以上は完璧に無くすというのはできない。その点で全ての情報は抽象的とも言えるだろう。

 

「そんなの、フレンを見捨ててるの同じじゃない!」

 

 アルトの訴えにシュネルは目を細める。見捨てるというのは、あまり適切な表現ではない。

 だって——、

 

「——いつから私がフレンの味方になったのですか?」

 

 おそらくフレンの方が正しくシュネルを理解している。

 彼女はシュネルからの連絡がないことに疑問を抱くことこそすれ、無いなら無いで自ら歩み続けるのだ。

 彼女は信念を他所に預けない。

 それを汚さないためにも、シュネルは外せる頸木をフレンから解き放ったのだ。

 

「とはいえ、フレンを無意味に死なせることもありませんが」

 

「……っ、言ったわよ。言ったからね!」

 

 アルトが嬉しそうに顔を上げる。別に彼女を喜ばせるために言ったわけではないが。とはいえ、アルトをフレンと同行させないように情報に制限をかけたのは事実なので、フレンに死なれればアルトの反感は必至だ。

 戦力的にもアルトを失うことはできないのだから、必然的にフレンにも死なれては困るのだ。

 

「それ以外は……」

 

 裏を返せば、シュネルはフレン以外のメンバーの生死は大して興味がない。というより保証する理由がほとんど失われたと言える。

 故に——、

 

「フレンの腕の見せ所ですね」

 

 彼女が何を信じ、何を守り、何を託すか。世界はまだ、彼女の存在を切り離せない。

 

「アルト。フレンのことをよろしく頼みます」

 

「———? なんか……」

 

「——戦いは、一日か一年で終わります」

 

 アルトが怪訝そうに言葉を言いかけるが、シュネルはそれを強引に遮った。

 

「また随分と差があるわね?」

 

「月日はちょっとした綾ですよ。要は、フレンが帰ってくるか帰ってこないかの差です」

 

「……そう言えば、相手の動き方をまだちゃんと聞いてなかったわね」

 

 説明不足のまま進行する前にアルトが一度話を止める。

 しかし相手の動向は、ほぼ一つに集約される。むしろ、それを引き出そうとしているのだから、そうなってもらわないと困るというものだ。

 

「基本的にはシンプルですよ。——『転移』による奇襲」

 

「そんなの絶対、後手に回るじゃない。宣戦だって、ただでさえ曖昧なのに……」

 

「対策が無いでもないです」

 

 本当に苦肉の策だが、相手に好き勝手される度合いを減らす方法は一つあった。

 

「ただそれはレガートが帰ってきてからですかね」

 

「やたら遅いけど、本当に帰ってくるの? どっかで野垂れ死んでんじゃないの」

 

「そうやって悪態をつくものではないですよ。返って心配が浮き彫りになるので」

 

「——っ、うるさいわね!」

 

 髪がピンと張って、アルトが恥ずかしそうに憤慨する。

 レガートのことはフレンにもアルトにも意図的にシークレットにしていた。その甲斐あってアルトには大目玉だ。爆発こそしていないが時間の問題だろう。そのときは甘んじて受ける覚悟だが——。

 

「心配せずとも、レガートはすぐに帰ってきますよ」

 

「それ前も聞いた気がするわ」

 

「今度はさらに確度の高いすぐですよ」

 

「なによそれ……」

 

 シュネルの発言に呆れたように肩をすくめる。——部屋の扉が叩かられたのは同時だった。

 

「開けてきてください」

 

「だから、わたくしは雑用係じゃ……」

 

「——開けて、ください」

 

 すぐ抗議しようとするアルトをシュネルは厳格に制す。とはいえアルトは気圧される様子はなく、開けに行ったのも仕方なさからだ。

 髪を弄りながら、片手で軽く扉を開けると——、

 

「——ただいま、アルト」

 

 アルトが静かに息を詰めたのが、遠巻きに伝わった。

 彼女との身長の差分、明るい金髪と琥珀色の瞳が視認できる。

 それが優しく縁取られてアルトに微笑みかけると、シュネルの方に向けられた。柔らかさは失われて。

 

「シュネルさんも、お久しぶりですね。僕のこと覚えてますか?」

 

「片時も忘れたことなんてありませんよ」

 

「それはよかった」

 

 直後、シュネルの後方の壁が破砕音と共に陥没する。

 レガートの威嚇攻撃——否、彼は当てるつもりだった。シュネルに届かなかったのは——、

 

「待ちなさい」

 

 アルトがレガートの攻撃を逸らしたからだ。それを信頼して、シュネルは微動だにしなかったわけではない。

 そもそもレガートの本気の攻撃を見切れるのは、軍の中ではもうアルトしかいないのだ。

 アルトは肩を掴んで頭を振ると、

 

「それじゃ足りないわ」

 

 楽しそうに微笑んで、アルトは扉の向こうに行く。そこで「え、あたし?」という戸惑い声が聞こえると、部屋にもう二人追加された。

 一人は、銀色のメッシュが入った黒髪に、恒星のような黄色い瞳の女性。

 一人はその女性に肩を掴まれた、クリーム色の髪に、力を秘めた赤瞳の少年。

 

「あなた、鎖が出せるって聞いたわ。それで、レガートの腕をぐるぐる巻きにできる?」

 

「できる、けど……」

 

「じゃあ、して」

 

 初対面かつ年上という相手にも、アルトはずけずけと指示を出す。

 その女性は一度シュネルの方を見て、当惑しつつも言われたままに鎖を巻いた。

 

「ありがとう」

 

 それがアルトのものだったかレガートのものだったかは、壁にめり込むシュネルには判別がつかない。衝撃とともに意識が散らされて——、

 

「なんか、あたしちょっと怖くなってきたかも」

 

「ぼくも……」

 

 そんな第三者の感想を最後に、シュネルの意識は深いところまで落ちていった。

 

 

 

 

「——どれぐらい寝てました?」

 

 身体を起こして、シュネルは一番最初にそれを確かめた。

 

「三十分ぐらいよ」

 

 答えたのはシュネルの向かいの長椅子に座って、紅茶を飲んでいたアルトだ。

 まるで何もなかったかのような振る舞いをしているが、シュネルは気絶する前のことをばっちりと覚えている。

 シュネルは視線を隣にずらすと、黒髪の女性と、その膝上に座る少年の姿が目に入った。

 

「セーラさんとレクトさんですね? お話は聞いています」

 

「あんたすごいな……」

 

 何事もなかったかのように話し始めるシュネルに、セーラが驚嘆を漏らす。

 

「あたしが言うのも野暮かもしれないけど……もう少し、周りとちゃんとした方がいいんじゃない?」

 

 セーラがアルトとレガートを交互に見て、そんな提案をしてくる。

 だが、

 

「別に責めたわけじゃないからね。あれは僕の意思表明みたいなものだから」


「意思表明?」

 

 セーラはノンダルカス王国で起きたことにあまり詳しくはないだろうし、そもそも完全に部外者なので、レガートの言葉にピンときていないようだ。

 とはいえ、シュネルにはそういうことだろうというのがちゃんと伝わっていた。

 さっきのは——、

 

「フレンを絶対に悲しませない」

 

 レガートも巻き込まれた側の人間であり、シュネルの企てに加担したわけではない。

 ただ、

 

「前のときは、思惑がどうとか理由があるとかごちゃごちゃ考えて、すぐに動かなかった」

 

「あのときは、あたしも卑怯な止め方してたし、何もそればっかりじゃ……」

 

「あははっ、そんなこともあったね。でも、セーラを尊重する方にしたのは僕だ。だから今度は、フレンを一番に助けに行く。セーラには悪いけどね」

 

「いや、それが良いよ。守りたいものはちゃんと守らなきゃだ。それにあたしを守ってくれるのは、ちゃんとここにいるから」

 

 セーラは瞳に触れて、膝上のレクトを抱きしめる。レクトは恥ずかしそうな顔をしたが満更でもなさそうだ。

 

「まあ、そんなわけだから。シュネルさんのこと、あまり軽蔑しないでやってあげてね」

 

 そうレガート最後に締め括ると、セーラはシュネルの方を見た。

 

「そうですね。味方からの心象は良いに越したことはありませんから。信用してくれると助かります」

 

「どの口で……」

 

 アルトは呆れ気味にぼやいて、ティーカップを机に置いた。それからシュネルを再度見て、


「というか、この人たちは味方ってことでいいの? 戦ってくれるっぽいけど」

 

「戦力は多い方がいいですから」

 

「でも……」

 

 アルトがちらっとセーラたちの方を見る。その横顔には憂慮が混ざっていた。

 それは彼女らがファミルド王国の人間で、おおよそノンダルカス王国に対する義理が存在しないためだ。国に使えているわけではないので、モチベーションの起因が個人単位でしかないのではないかと言うことである。

 

「——あたしたちは戦うよ」

 

 セーラの決意表明に同じくレクトも頷いた。

 

「正直、さっきあんたが寝てる間に聞いた程度で、完全に分かってるとは言えないけど……」

 

「ぼくは、ぼくが関わった人に不幸になってほしくないんです」

 

「そゆこと」

 

 私情ではあるが、その情を持たせたのはフレン一行のおかげだ。

 フレンに届き得る存在を、よくぞ得てくれたとシュネルは心で称賛する。

 

「それに、あたしのこれは人を救うためのものだからさ。届く範囲は拾い集める。そうやって歩み続けるって決めたの」

 

 そう微笑んで、セーラの指から光の帯が伸びてアルトの手元に届く。それを掴んで、

 

「言っとくけど、連携とかできないわよ?」

 

「——そこは大丈夫です」

 

 アルトの忠告にシュネルは横から否定する。

 

「私の想定では、アルトとセーラさんの持ち場は違います」

 

「対策の話?」

 

 先ほど止められた話の続きを予感して、アルトが眉を上げる。それに首肯すると、

 

「——ちょっと、その前に一ついいかな?」

 

 レガートが手を挙げて、割り込んでくる。

 

「何? 紅茶のおかわりなら自分で入れなさいよ」

 

「そんな邪険にしなくても、ちゃんと大事な話だよ!」

 

 冷たい反応をするアルトにレガートは猛抗議。言い方こそ軽口めいているが、その内容は彼にとって深刻なものだろう。

 シュネルの予想が正しければ——、

 

「それで、大事な話とは何ですか?」

 

「僕たちの到着が遅れた理由」

 

 レガートの到着日を正確には定めていないが、フレンたちの情報から逆算するに二週間前後ズレている。

 理由は大体わかるが——。

 

「端的に報告する。『七躙』の陸の襲撃があった。二人の協力もあり拘束できたけど、陸は自爆して死亡」

 

「凄惨ですね。周りの被害は?」

 

「僻地だったから特にないよ。でも移動手段を早々に取られて、その戦いで食糧も尽きたから——補給に手間取った」

 

「なるほど、把握しました」

 

 『七躙』の襲撃は候補として最も高いものだった。

 ルステラが倒したゴーマ、レガートが倒した陸。二人の目的は共通している。

 しかし、それでも——、

 

「何故、使い潰す……?」

 

 ポーコ、ゴーマ、陸。既に七分の三が死んでいる。人員改革だったら拍子抜けだが、そう代替のきく者達でもないだろう。

 ——もしくは使い潰させられているのでは。

 思えば『奠国』はある時を境にどこか不安定で——、

 

「——シュネルさん、何か思いついたのかしら?」

 

 思考の海に沈むシュネルをアルトが引き上げる。——引き上げてくれて助かった。

 今は『奠国』に拘っている場合ではない。あそこは小国で大した影響力はないのだ。

 纏まってない考えを吐き出して場を混乱させる方が、よっぽど悪影響である。

 

「いえ、特には。『七躙』については、私もすでに勘定に入れているので、大丈夫ですよ。戦力は見誤って無いと思います」

 

「それならよかった。じゃあ、僕からは以上だよ」

 

 しかるべき報告を済ませて、現在得られる限りの手札は獲得した。

 謀略の質が戦いの勝負を決定づけ、戦は所詮その確かめ合いにすぎない。

 勝つか負けるかは、戦う前に決まってしまう。

 しかし後手が必ずしも敗北を意味するわけではない。不利は負けじゃない。有利は勝ちじゃない。

 謀れ。求むる道を得るために。

 

「アルト、レガート、セーラさん、レクトさん。作戦を説明します」

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