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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第二十七話『霧中』

 フレンがルステラの頭上を駆け上がったのと同じくして、レーアが迫ってくる。

 踵で爆発を起こし、その衝撃と自身の脚力を合わせれば、一般の動体視力では対応できない。

 ルステラは人より優れているが、それでも抜きん出て優秀というわけではなかった。

 しかし、

 

「あの人ほどじゃない」

 

 かつての強敵——ゴーマと名乗った男との戦いを思い出す。

 強さというのは定義が難しい指標ではあるけれど、彼は単純な肉弾戦ならルステラが出会った中で一番か二番目の強さだった。もちろんフレンとアレキスは除くが。

 それに比べれば、レーアはまだ『魔法使い』の枠組みから逸脱していない。

 それに、

 

「一回、見てるんだからねっ」

 

 膝を折り、レーアの右の大振りを空振らせる。

 続く左腕には、さっきの空振りで生まれた時間を用いて、身体との間に土の壁を作り防いだ。

 同時に爆発が起きるが、風を使いながら逃し、レーアには蹴りをお見舞いする。

 しかし、

 

「届かない……!」

 

 どこかに吸い込まれた脚を引き抜き、ルステラはすぐさま距離を取った。

 

「常に全開って感じ?」

 

「あんたが肉弾戦いける口だってのは判明してんだ。やらない理由がねーな」

 

 暴力性に満たされた腕で胸を持ち上げ、尊大にレーアは鼻を鳴らす。


「いいけど、そんなんで持つの?」

 

「敵の心配かよ。魔力に余裕がある奴は、心にも余裕があるってやつかよ?」

 

「さてね。少なくとも、わたしの周りにいたそういう人たちは、結構狭量だったけど、っ!」

 

 炎塊を飛ばしながら、ルステラは大回りする。

 全開といっても、全身の周りの位相を変換しているわけでは無いはずだ。

 能力的に可能か不可能かは定かではないが、可能としてもそれをやらない理由はある。

 単純なことだ。——レーアもルステラに攻撃を通せなくなる。

 

 ルステラも自身をズラすことで、攻撃を回避する魔法を使う。

 しかし全てズラしてしまうと、相手から干渉されない代わりに、自分からも干渉できないのだ。

 もっとも全てズラすと戻れなくなる可能性があるので、基本的にはやらないが。

 話を戻そう。

 そういった理由から、レーアは捻る位相を限定している。

 

 ところで、レーアとの戦いでルステラは前述のズラす魔法を用いてない。

 何故なら、相手に模倣される可能性があるからだ。

 発想の起点が違えど、性質的にはレーアの位相転換に似通っており、再現はおそらく容易い。

 ——だからこそ、そんな効率的な運用をさせてはならない。

 

 ルステラは炎塊に紛れて、レーアの足を刈った。

 それも別空間に吸い込まれていき、逆に爪先による反撃を腕で防いで身体が跳ねる。

 

「その輪の中にいたんなら、あんたもそれなりに同類だと思うけどな。傲慢さとか特に」

 

「それ、感じ悪いから流行らせるのやめてよ」

 

 痺れる腕を軽く治癒しながら、心外な評価に不満を漏らす。

 その裏腹では、冷静な分析があった。

 先ほど爪先をもらったが、力こそ強かったけれど、爆発が起きていなかった。

 彼女の特徴の一つでもあるそれが起きなかったのは、おそらく反応の遅れからくるものだ。

 咄嗟に足先で魔力を練れなかった。それは明確な隙である。

 攻撃は当たらずとも、撹乱が有効なのであれば——、

 

「……霧?」

 

 薄く景色を埋めた霧が、瞬く間に濃霧に変わる。

 いくらレーアと言えども、空気中の水分を均すことはできない。

 無理やり増加させれば、そこに水蒸気は溜まっていく。

 そこに、

 

「雪……いや、ネイアの氷か!」

 

 空で砕かれた氷が、気温減少の手助けをしていた。

 それにより、対策されるより早く霧の生成に成功したのだ。

 ——運がよかった。と、ルステラは霧中で息を潜める。


「いつの間にくすねてたんだ。手癖の悪さが売りかよ」

 

 やはり、ルステラは運がいい。だから、離しちゃいけないのだ。

 慎重に詰めていかなければならないのだ。

 

「————」

 

 黙してタイミングを測る。

 音を鳴らしながら、彼我の立ち位置を設定する。

 狙いがあった。そのために、動いて——、

 

「————」

 

 霧の中から全てを吹き飛ばすほど力を込めて、拳をレーアの鳩尾に叩き込む。

 当たらない。当たるはずがない。

 ——だから、彼女は動かない。

 

 霧の中ではっきりと視線が合った。

 それは反撃の命中を確信したものだ。

 伸びてくる手を避ける術はない。全力で、全身で、全霊で殴ったのだ。体勢の立て直しなど無理だ。

 抗いようのない暴力が迫って——それが、切り落とされたのは同時だった。

 

「ああぁぁあッ!」

 

「乱れたね」

 

 レーアは叫びながら右の肩口の傷を押さえる。しかし、それは愚かな行動だ。

 自身の警戒を露にするだけだ。

 すなわち、腕を飛ばした原因がある上側。

 上側が警戒されてるなら、下側を攻めればいい。

 今度こそ足を刈って、浮いた身体を捻り上げながら地面に組み伏せる。

 

「あなたは攻撃を避けないから、魔法の落下地点にあなたを置くのは簡単だった」

 

 レーアの背中に手のひらを付けながら、ルステラは彼女を痛みから引き戻すために説明を始める。

 

「さしものわたしでも、はるか上空にノールックで魔法は描けない。——だから、あなたが変換させた位相空間の先が空で助かった」

 

 空に繋がっていると気づいたのは、最初の蹴りの時だった。

 位相空間の先で、たまたま何かと接触した。それをルステラは、接触した足先から魔法で干渉し留め置いた。

 それが氷なのだと気づいたのは、二回目の攻撃の時だった。

 どこから飛来したのかは分からない。しかし、存分に利用できると思った。

 すぐさま認識阻害を纏わせ、砕き落とした。

 そして地表に届くまでに、霧の発生条件を構築した。

 全ての氷塊に認識阻害を纏わせるのは流石に無理があったので、一部はレーアにも気づかれてしまったが。

 

 同時に行ったことがもう一つある。

 氷塊の変形だ。

 刃の形に研いだ氷を、空中に留め置いていた。

 一度干渉したならば、手ずから離れようとも操るのは容易い。

 だから、その刃の下にレーアが来るように、置いておけるように、調整したのだった。

 

「——動いたら焼く」

 

 足元のレーアの右腕を炎上させながら、ルステラは脅しをかける。

 すると、観念したようにレーアは息を吐いた。

 

「焼くとかいう割には、アタシの腕を治すんだな。——自分でできるからいい」

 

「ダメ。魔法は使わせない。それに、わたしとあなたの治癒魔法の能力は一緒ぐらいだろうし。だから生やしたりはできないよ」

 

 欠損を治せる治癒術師の存在は貴重というには足りないほど稀である。

 彼——アレキスが異質なのだ。


「そーかよ。——それは、よかった」


 レーアが吐き捨てるように呟いた。

 その時だった、トン、と軽い音が耳に届いたのは。


「……ぇ」

 

 視界に写るのは、研ぎ澄まされた銀色の刃だった。

 それが一本胸から生えていた。


「心臓を狙ったんだが、少しズレたな」

 

「しっかりしろっての、『アタシ』」

 

 肺を貫かれ逆流した血液が、ルステラの口腔を満たし、貯めきれず吐き出させる。

 血の塊を吐き出し倒れる直前、ルステラはありえない光景を目に入れた。

 ——ルステラを刺したのが、五体満足のレーア・ジオメトリだったのだ。


「……っ、ぁ」

 

 血のせいで、肺に穴が空いたせいで、呼吸がままならず喘ぎ苦しむ。


「ずっと、考えてたんだ。『アタシ』があんたに勝つ方法」

 

 耳元で囁かれているのに、ひどく遠く感じる。

 ルステラが倒れると同時に立ち上がったレーアは、それでも言葉を続けた。

 

「アタシの魔法もいずれ突破される。あんたなら突破してくれると思ってた。それが、『アタシ』の勝つ方法だった」

 

 霧が晴れる。だけど、頭の中は霞がかかったみたいに混濁していって——、

 

「あんたはアタシを上回った。——だから、『アタシ』の勝ちだ」

 

 二つの声が重なって、一つになって、そして、無くなった。

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