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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第七話『方針』

「俺はもっと、世界の邪悪さを深く考えておくべきだった」


 戦闘の色が抜け落ちた野営地で、悔しさを噛み締めるようにアレキスはぼやいた。

 そんな悲愴を塗布した背中に、ルステラがそっと触れる。


「俺たち、だよ。わたしだって、考えが甘かった。みすみすこんなところまでフレンを連れて来ちゃってね」


「いや、隊員がすでに死亡していた状態じゃ、それはもう発覚するのが遅いか速いかだけの話だ」


 アレキスの大きな失態は、『影跋』の可能性に思い至るのが遅かったこと。そして、『影跋』を軽んじたことだ。

 ポーコが認識阻害を突破していると感じたとき、確かにただの兵士ではないと考えた。

 故にフレンへ警戒を促し、『アレキスの予想していた戦い』にて、接触を憚らせようとした。

 しかし、その予想は大きく裏切られることとなる。

 この予想は、アレキスの存在が相手にバレていないことを前提に成り立つからだ。

 だからこそ、敵に不覚をとった。

 村にてレガートに変装したポーコに交渉をされたとき、疑念がまったく無かったわけじゃない。

 どうして、アレキスに話を持ちかけてきたのかと。

 だが自分がフレンへの足掛かりになることは知られていないと、思い込みながら計画を修正した。

 偶然にせよなんにせよ、隊長が健在なら隊はまだ生きているはずだからと。

 話を持ち帰り、『影跋』のことが議場に上がったとき、自分が重大な見落としをしていたことに気がついた。

 変装術は別に『影跋』のお株じゃない。だが、気配に関することならば奴等は十八番も十八番なのだ。

 変装術を利用して結果的にポーコを罠にはめることはできたが、ポーコを倒せば隊員が復活するわけではない。

 死はどうやっても超克できない。それはアレキスが命に関わる治癒魔法の使い手が故の思想ではなく、普遍的にまかり通った事実だった。

 ━━全滅を悟ったとき、アレキスは一人で戦うことしか考えていなかった。

 本来の計画でも、アレキスは軍を一人で制圧する予定で、破綻しまくった計画でもそこは覆せない。

 それに事実としてフレンは剣が振れないだろうし、ルステラもフレンの傍に居てもらうのがベストだと本当に思ってはいたのだ。

 だからルステラは悪くない。悪いのは勝手に一人で━━、


「━━アレキスはすごいやつだけどさ、別に英雄でもなんでもないよ」


 不意に声が聞こえて、アレキスは顔を上げる。するとそこには、怒りを宿したルステラが腰に手を当てて立っていた。


「どうせ、自分が一人で勝手にフレンを助けたから、最後まで自分一人でとか考えてるんだと思うけど、それなしね」


「━━━━」


「わたしたちは二人で決めて、これまでも、これからもずっとそう。フレンのことも、なにもかも。だから、わたしに教えて。アレキスがどうしたいか」


「俺は……」


 アレキスがフレンを助けたのは、善意でもなんでもなくただの身勝手だった。

 あのとき抱いてしまった身勝手な感情をアレキスはもう一度、思い返す。

 ルステラに申し訳ないという気持ちはずっとある。だが━━、


「━━今度は、過たない」


「そうこなくっちゃね」


 ルステラは満足げに笑みを浮かべた。

 それはそれとして、ルステラに訊いておきたい事がある。


「今もそうだが、ルステラは何故、折れてくれたんだ? 本気で警戒していただろ」


 ルステラとフレンが初めて邂逅したとき、アレキスが追い付くのがあと少し遅かったら、戦いが始まっていただろう。

 アレキスの登場による武力的優位によってルステラは威圧を解いたが、それは警戒を止めることとイコールではない。

 にも関わらず、あっさりと警戒心を無くしたのは、どうしてか。

 そんな質問にルステラは「んー」と小さく唸ってから、


「昔のアレキスと、おんなじ目をしてたからかな」


 と、抜群に納得できる回答をした。





 ポーコの呆気ない死により、何もかもが不足している現状、頼れるところは限られる。

 最後に大声で吠えた『シュネル・ハークラマー』を聞いた瞬間、フレンは血相を変えて決別したので、その人物━━これも推定にしか過ぎないが、その情報が唯一といっていいほどの線だった。

 しかしながら、ルステラもわからないと首を振ったので、残すは━━、


「どこだ……」


 森で探し物をしながら、アレキスは恨み言めいた口調で呟く。

 ポーコは戦闘でリゾルートに変装したが、そのとき本人はどこへやったのか。

 おそらく殺している暇はなかったので、雑に森へ放り投げたと推察できる。

 死角になっていた方向へ投げたはずなので、こっち方面に倒れていると思うが━━、


「━━アレキス! いた!」


 そう遠く離れていない位置からルステラの報告が届き、すぐさま駆けつける。

 見れば確かに角刈りの男が倒れていて、目立った外傷はないが一応治癒しておく。

 そして、


「━━起きろ」


 労るような声音で呼びかけてやると、緑髪の男はゆっくりと目を覚まし、二度三度と瞬きをする。

 次にルステラとアレキスの顔を交互に見やって、もう一回瞬きをすると、真面目な面持ちになった。

 そこを頃合いだと見定めて、アレキスは呼びかける。


「お前は、リゾルートで合ってるな?」


「……いかにも、小職はリゾルートであるが」


 爆発を直接は食らってないが、衝撃はモロに突き抜けたので少し心配だったが、しっかり受け答えができそうで安心だ。

 アレキスは逸る心を鎮めながら、端的に状況説明をする。


「途中まで意識があったからわかると思うが、俺たちはお前の命の恩人だ。━━至急、手を貸してほしい」


「……手を貸す?」


「ちょっと色々と訊ねたいことがあるの。目を覚ましたばっかで悪いけどね」


「あなた方は……」


 ルステラをまざまざと眺めながら、リゾルートが息を漏らす。

 ちなみに今のルステラは、亜人の特徴である耳を認識阻害によって消しているため、リゾルートからは普通の人間に見えている。


「わたしはルステラ。こっちの男はアレキス。━━わたしたちの話を聞いてくれる?」


 その蒼い瞳に写し取られ、リゾルートは頷き、負傷の余燼が見受けられる足取りで立ち上がった。

 そして、


「話は聞くが、その前に野営地へ戻っても構わんか?」


「戻ってもいい、けど……」


「━━全員、死んでおることぐらい知っている。……小職の目の前で、殺されたのだからな」


 酷く冷たい声音に、ルステラもアレキスを思わず息を詰めた。

 アレキスの見立てでは死体は死後一日ほどだったので、リゾルートの目の前で隊員が無惨にも殺害されたことは自明の理だ。


「あの村娘が見えなくなった瞬間、ポーコは小職以外の三兵の首を掻っ切った。それから━━」


 リゾルートの話は、聞いている耳を塞ぎたくなるくらい惨たらしいものだった。

 三兵が殺害された後、ポーコは呆然としていたリゾルートの首根っこを掴み、野営地へとんぼ返り。一番の実力者であるレガート隊長すら三十秒と持たずに殺されたらしい。

 そしてリゾルート以外の隊員を皆殺しにしたあと、ポーコはリゾルートを囮に使うため、拘束し天幕に幽閉した。


「逃げようとは考えなかったの?」


「逃げて殺されれば、それはただの犬死にだ。それならば、何かを託せる可能性が大きい方を選ぶのが道理であろう」


「……あんなに周囲を見回してたのは、機を見て俺に警告を送るためか」


「そういうことになるな。結果はこの有り様であるが」


 野営地の地面にできた窪みを足でなぞりながら、リゾルートは自嘲した。

 確かにポーコはその企みを堂々と越えて、砲弾を撃ち込みはしたが、アレキスはそれを無駄なことだったとは思わない。

 託すという覚悟があったからこそ、アレキスは彼を救うことができた。それはむしろ称賛に値する行動だ。


「そう卑下するな。命があるということは、それだけで誇らしいことだ」


「……そうだな」


 なんの慰めにもならないかもしれないが、アレキスはそれだけはちゃんと伝えておきたかった。


「仲間がいる天幕は、あの奥のやつか」


「ああ」


 入り口の地面が赤黒く滲んでいる天幕を発見し、すたすたと真っ直ぐ歩いていく。

 距離もなくすぐに着き、天幕の枠組み━━この惨劇を引き起こしたポーコの前で足を止める。


「死んでおるのか?」


「ああ、自害した。━━こいつはおそらく『影跋』だから」


「合点がいった……と、素直に頷ければよかったのだがな」


「……ポーコとはなにか因縁がありそうだね」


「そんなに遠大な代物でもないがな。……ただ、ポーコは小職に恩がある。生かされた理由は、たぶんそれであろう」


 二人には同じ隊員以上の繋がりがあるようだが、アレキスもルステラもこれ以上の詮索はしなかった。


「それにしても、この天幕の内側に仲間がいるなどとは、到底信じがたいな。━━ここまで臭いを消せるものか」


 鼻を鳴らすリゾルートにアレキスも同意する。特別な処置をしているのだろうが、検討もつかない。

 そんな傍ら、ルステラが鼻をスンスンと鳴らしていた。


「これは炭……かな。『奠国』はほら、炭が特産だし」


 『奠国』にある特別な加工を施された炭ならば、これぐらいの死臭は消せるだろう。


「鼻が、いいのだな」


「ん? まあね。羨ましいでしょ」


「危機察知的な嗅覚であれば、欲しいと言わざるを得ないな」


 自慢をするルステラの背後、アレキスは眉間を揉んでいた。

 亜人だということを隠す気は無いのだろうか。


「さて、小職は今から王都に戻って、仲間の埋葬や親族への報告を済ませなければならないな。━━これが平時であるならば」


「━━━━」


「小職もあなた方に訊ねたいことができた。しかし、先にあなた方の聞きたいことが優先であろうな。━━果たして、小職に何を語ってくれと望むか?」


 神妙な面持ちで問いかけるリゾルートを前に、アレキスとルステラは目を合わせて頷いた。

 訊きたいことは一つしかない。ただそれを直截簡明に伝える。


「「━━シュネル・ハークラマーについて知っていることを教えてほしい」」

 

 ユニゾンした質問に、リゾルートはしばし思案してから、口を開けた。


「本来ならば、規定により軍のことを民草へと話すのは許されざることだが、今回は黙っておいてくれるのであろう?」


「もちろん」


 ノータイムで首肯したルステラを確認し、リゾルートは咳払いをした。

 そして━━、


「━━ハークラマー氏は人が好く、とても周囲の人間から慕われている方だ」


 人となりを語るリゾルートも、どこか尊敬の念を抱いているようだった。


「ハークラマー氏は王国軍第一部隊の隊長で、実力はさることながら、部下の育成にも尽力しておられる」


「え、第一部隊の隊長はフレンじゃないの?」


「━━━。第一部隊におけるフレン女史は、肩書きを有していない。……『暁の戦乙女』と、そう呼ばれてはいるがな。しかしこれは役職ではなく呼称だ」


「なるほどね……。それじゃあもう少し掘り下げた質問をしていい?」


 許可をとる姿勢のルステラに、リゾルートは片目を伏せて先を促す。


「具体的に、フレンとシュネルって人はどういう関係なの?」


 聞けばフレンとシュネルは同じ部隊という共通点があるらしいが、それだけではまだ遠い。

 もっと核心的な内容が聞ければよいのだが━━、


「師弟……ともまた違うとは思うが……。すまない、小職には図りかねる」


「そっか……。まあ、ただならぬ関係って感じは伝わったから、いいかな」


 真実を集めても、回答が導き出されるとは限らない。むしろ、遠ざかっていくこともある。

 だがしかし、シュネルが王国においてそれなりの立ち位置にいることは把握できた。

 地位が上がれば王に近づく。此度の件を引き起こせる目があるということだ。


「それじゃあ、次はそっちのお訊ねタイムかな」


「━━まだもう一つ、話したいことがある」


 厳かに言い放ったリゾルートは、決然とした表情で握り拳をつくった。

 直前の質問について、まだ何かあるようだ。


「……今から約七年前、ノンダルカス王国の一つの村が滅んだのを知っているか?」


「七年前ならもうアトリエにいたけど……聞き覚えないなぁ……。アレキスはどう?」


「七年前……」


 アレキスは傭兵をしているおかげか様々な情報が耳に入ってくる。

 とはいえ大抵が四方山話で、村が滅んだなどという話はそうそうない。

 よってそんな大事が起きれば、鮮烈に記憶に残る。七年前と村が結び付き、アレキスは一つの事件を思い出した。


「ブラギ村か」


「ブラギ村……。ああ、禁域のところだっけ」


 村の名前を聞いて、ルステラもようやく思い至る。

 禁域とは、魔力濃度が高い上に魔獣が跳梁しており、立ち入ることを禁じられている森のことだ。

 確かに以前、その近くには村があった。もっとも、滅んでいたなどとは微塵も知らなかったが。


「そうだ。ブラギ村の滅亡……軍ではこれを『魔獣強襲』と呼んでいるが、その名が表す通り、魔獣が村を襲ったのだ」


 リゾルートは滅亡の理由を述べる。が、ルステラはその説明に首を傾げた。

 それはたぶん、七年前の当時にアレキスが抱いたのと同じ疑問だ。


「禁域の近くなんだから、当然魔獣対策はしてあったわけだよね?」


「当たり前だ。結界に魔獣用の武器。隊も対魔獣の訓練を行っている」


「だったら……」


「━━だが、あのときの魔獣は異常だった」


 魔獣の生態として、一個体の力が強ければ強いほど群れを成さず、弱ければ弱いほど群れを成す。

 なので、魔獣に本気で対策していれば、まず脅威となることはない。

 しかし、


「弱い個体だけでなく、強い個体も群れを成しており、その全てが結界を忌避しなかった」


「━━━━」


「それを見て、みな口々に言っておった。━━まるで操作されているようだったとな」


 開示される情報に、ルステラとアレキスは閉口する。

 両者同様の反応に、リゾルートは若干脱線したと咳払いを入れ、「だが」と続けた。


「あなた方が真に聞きたいのはフレン女史とハークラマー氏のことだったな。━━二人は、そこで初めて出会うた」


 話を引き戻しつつ、リゾルートは話の核心に近づいていく。


「ここまで話せばわかると思うが、フレン女史はブラギ村の村娘だった。もっとも、小職のことは覚えていないだろうが」


「……あなたはフレンと面識があったの?」


「面識というほどでもない。あの日、小職は村の防衛に参加しっておったのでな、見かけておるやも知れんという程度のことだ」


 語り口調的に参加者だとは薄々気づいていたが、言及されたときの衝撃は少なくなかった。

 助けた人が、フレンの幼少期を知っているとはなんたる幸運か。


「━━それで、どうやって魔獣を撃退したんだ」


 アレキスの確信めいた口調に、リゾルートは的中だと言わんばかりに頭を縦に振って、


「当時、十歳ほどだったフレン女史が、一匹残らず殲滅なさった」


「なるほど。……軍にスカウトされたのも、同じタイミングだね?」


「そうだ。そのとき救援に駆けつけたハークラマー氏が引き込んだ。そこから何があって、今の地位に落ち着いたのかは知るところではないが」


 肩をすくめるリゾルートを横目に、ルステラは情報を整理する。

 フレンは『魔獣強襲』によって滅んだブラギ村の出身で、村を襲った魔獣を一匹残らず殲滅したら、駆けつけたシュネルによってスカウトされた。

 これは━━、


「結構な国家機密なんじゃ……」


「他言無用ではあるが機密ではない。当時参加していた兵士、それとブラギ村の民ならばみな知っていることだ」


「だとしても、だけどね……。まあ、おかげでフレンとシュネルって人の繋がりはだいぶ見えてきたかな」


 また全然別の謎が生まれたけどね、とは言わなかった。

 今はフレンとシュネルの関係についてであり、フレンの強さについて考察する時間じゃない。

 ともあれ、


「次は、あなたの番だね。━━さて、何が訊きたい?」


「しからば、小職が出会ったあの少女について教えてもらいたい」


 ルステラはあの少女とフレン・ヴィヴァーチェが一瞬で結び付かず、即答できなかった。

 なので、その間を埋めるように、アレキスが代わりに答える。


「フレン・ヴィヴァーチェ。現在、王国に追われている」


 そう言い切ったアレキスの目の前で、リゾルートは瞑目する。

 こちらとしても隠す気はなく、勘が良ければ気づくいてもおかしくない受け答えをしていたので、驚愕が少なかったのは、たぶんそういうことだ。


「にわかには信じられんな」


「でも、反駁もできない。でしょ?」


「━━━━」


「それに自分でも気づいてると思うけど、あなたはもう平坦な道を歩けない」


 最初の歪みは、ポーコがリゾルートを殺さなかったところから始まる。

 そこから、小さな歪みはうねりにうねって過酷な道となった。

 一寸先は闇であり、すなわち死となる。

 しかも、彼はすでに崖っぷちから半身飛び出ているのだ。

 断定してしまってもいい。━━彼は直に殺される。

 だが━━、


「わたしたちと来るなら、命は保証してあげる」


 これは一種の脅迫だった。死にたくなければ付いてこいと。

 そんな言葉に、リゾルートは人差し指を立てた。


「一つ考えを正すが、小職はあなた方に恩はあるが、完全に信頼しているわけではない」


「━━━━」


「そも言が本当だとして、それが王国の選択なのであれば、小職は命を懸けられる」


 ルステラたちを信じられないのではなく、王国を信じている。

 それはとてつもなく単純で、しかし、易々と覆せるものではなかった。

 実際、リゾルートの意見も理解はできる。

 王国の判断かフレンの存在か、彼は前者に信を置いたというだけの話なのだから。

 一方、ルステラたちは━━アレキスは後者を選び取り、ルステラもそれを尊重した。

 一重に意見の対立という問題ではない。ルステラたちが正しくても、リゾルートが正しくても、結局のところ折れないのだから。

 しかしそれでは困るので、なにか打開案なりを画策しなければならないのだが━━。

 そうして、考えを巡らせていると、リゾルートは「だが」と一言発して、


「懸ける命は、本来ならばあの日、ブラギ村で潰えていただろう」


「━━━━」


「それをフレン女史には救ってもらった。━━恩を返すのなら、ここであろうな」


 リゾルートの協力宣言に、ルステラは安堵だったり喜びだったりをない交ぜにした息を吐いた。

 その傍らリゾルートは「しかし……」と振り返って、


「仲間たちを放置するというのは……」


 痛ましい傷跡の対処をリゾルートは嘆く。

 ルステラたちも見てみぬふりができるほど豪胆でも薄情でもなかった。

 だがしかし、事は一刻を争う。なので妥協点を提案する。


「わたしが、天幕をこの状態で保存する。これでどう?」


「保存……それはそのままの意味で受け取ってもよいのだな?」


「もちろんっ!」


 堂々とした返事にリゾルートは熟考し、ややあって、


「━━頼む」


 と、ルステラの案に賛成した。

 合意が得られたのでルステラは天幕に近づき、そっと手で触れた。


「ごめんね。すぐに弔ってあげられなくて」


 天幕に手を触れたまま、黙祷した。すると、アレキスとリゾルートがそれぞれ隣に並び立ち、続くように黙祷する。

 欺瞞でもいい。偽善でもいい。━━傲慢でもいい。

 喪われた生命を嘆き、悔やみ、尊びながら、三人は祷りを捧げた。


「━━それでは行くとしようか、王都へ」


「シュネルって人は王都にいるの?」


「基本的にはであるがな。しかし……」


「いなくても、フレンは必ず王都に寄るはずだ」


 シュネルが滞在している場所の共通認識が王都である以上、少なからずフレンは立ち寄る。

 彼女の全部終わらせるという言葉の真意を、ここにいる誰もわからない。

 だから、


「よしっ、王都へ行こう!」


 そして、一行は進路を王都に定めた。





 辛さが、悔やみが、弱さが、一歩踏み出すごとに増していく。

 自嘲が、自責が、自罰が、どんどん加速していく。

 このまま地を駆けて、駆けて駆けて駆けて、燃え尽きて消失する。

 それが私の嘆願。

 だけど、ここで死ねば示せない。

 私の死の確認が取れない。

 私の死は、私だけの死じゃないから。

 だから、もうちょっとだけ辛抱。


「━━━━」


 王都の防壁が目に入り、このまま直進すれば激突してしまう。

 ━━だから、飛んだ。

 飛んで、上まで届かなかったから、剣を鞘ごと壁に刺して、もう一度ジャンプする。

 簡単に、王都へ侵入できた。

 だから、あともうちょっと。もうちょっとで、全部終わるから━━。


「━━ぅあ」


 途端、足に力が入らなくなって、受け身もとれずにうつ伏せで倒れ込む。

 赤茶けた砂が口腔を犯すが、吐き出す気力ももはやなかった。

 あと一歩のところなのに、どうして身体が動いてくれない。

 動けよ、身体。頼むから。

 脳内では一生懸命、前進を描いているのに、足は、腕は、心は、前に進んでくれない。

 だらしない格好で、意識の残り火にしがみつく。

 だけど、それももう終わりそうだ。

 視界がぼやけていくのを感じる。瞼を閉じる気力もないけれど。

 口端から、砂と唾液がこぼれる。それを拭う体力もないけれど。

 無様な姿から、意識をポロポロと落としていって、拾い集めなきゃって━━それが最後だった。

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