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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第二十三話『賢人と暁』

 ━━一つ、残念な話をしなくてはならない。


 この世には治癒魔法や回復魔法といった、名称こそ差があれど同じ類いの魔法は無数に存在する。

 メレブン・ラプソードは、その一切を使えない。

 何かを行使した代償だとかそういう理由はなく、ただただ適していないのだ。

 その理由を彼自身は、こう考察する。


「治癒魔法なんてもん、頭のネジが外れとらんと使えんて。自分はどうしてもその線引きを越えれんのよなぁ」


 実際、魔法においてイメージ力というのは重要な要素である。

 癒すという行為は、穿った見方をすれば残虐性を孕んだものだ。傷がなければ、五体満足ならば、人は活動させられる。

 治癒魔法は慈愛でもあり狂気でもあるのだ。

 故に、治癒魔法を扱えるものは誰よりも他者を慈しむことができ、誰よりも他者を━━あるいは己への残虐性を備えている。

 すなわち、傷つくこと、傷つけることを厭わない。


 メレブンは治癒魔法を扱えないため、その考えが根底に存在しない。

 だからこそ、一拍、致命的な遅れが生じてしまうのだ。



「油断しちゃダメ! まだ、終わってない」


 少女の必死な叫びがなければ、メレブンは致命的な一撃をもらっていただろう。

 うなじに寒気を感じながら、メレブンは空間を数メートル跳んだ。


「感心せん戦い方やなぁ。美人が台無しや」


 軽口を叩きながら、メレブンは一度終わらせかけた戦闘を継続する。


「術式刻んだやつがよく言うぜ」


 そう言った彼女の表情は見えない。何故なら、爆煙で包まれているからだ。

 メレブンは彼女の行動を封じる術式を、彼女の肉体に刻んだ。

 それは効果的だった。誰しも動けない状態に陥れば不利どころの話ではない。

 だから、彼女は術式を剥がすために自分の顔面を爆破したのだ。

 肉体の術式を刻まれている部分を焼き焦がし、不動から脱出した。

 ━━常人なら、普通思い付いても出来ないだろう。

 ましてや、メレブンが術式を刻んだのは額だ。脳に近い部分を破壊するなど正気ではない。


「次はもっと深く刺さんとなぁ。三対一になったし、今度はしくじらんで」


「━━見つけた」


 戦闘継続を構えるメレブンに対して、レーアの発言は甚だしく独り言ちていた。

 そして、


「やられっぱなしは気に食わねーが、ここいらでアンタとやり合うのはやめだ」


 疑問の解消も十分にせず、彼女は髪を払うと不遜に腕を組んだ。

 胸を持ち上げ踵を鳴らすと、彼女の姿が一瞬で消えてなくなる。


「転移……!」


 ルステラが技量に声を上げ、メレブンもその厄介さに目を細める。

 相手の気分一つで戦線の離脱も復帰も容易に選択できる転移。

 急に戦いが茶番めいて見えて、なんだか心底馬鹿らしい。

 フレンには言えないが、あのとき拘束じゃなく、殺しておくべきだった。本当にそう思う。


「ここで喜んだら負けやろね。ただ、少し気ぃほぐしとこか」


 レーアの動向を追わないという選択肢はないが、急がば回れということもある。

 こういう時にこそ立ち止まる力というのは必要なのだ。

 立ち止まって、深呼吸して、メレブンはルステラに一歩近づいて、


「━━そんなところで、ルステラちゃん。アメリたちは一緒やないんか?」


「それが、まだ合流できてなくて……」


「そっか。……そっか」


 その言葉を聞いてメレブンは切り替える。

 何があっても、何が起きても、メレブンは理性的な道を進まなければならない。

 ━━それが、フレンに負けた自分の使命なのだから。


「よくない」


「え?」


「それは、よくないと思う」


 真剣な顔をしたフラムが、メレブンに歩みより包み込むように手をとった。

 まるで、メレブンの心のさざめきを見透かしているみたいに━━、


「なんやねん。そりゃ、状況はよくないやろ」


「そうじゃない。メレブン分かっててやってる」


「フラム? いったい何の話を……」


 ルステラは話に付いてこれていない。当然だ。彼女もまた、フレンと同じ光の道を進む者。

 だから、それでいい。

 ━━それでいいはずだったのに、フラムに引きずり出されてしまった。


「━━アメリが今回の首謀者や」


 このタイミングで行方を眩ますなんて、不自然でしかない。しかも、事が起こる前の行動も不可思議だった。

 アメリの代わりに、フレンがメレブンのところへ茶を運んできたのだ。

 それだけじゃない。

 そもそも何故、こんなに早く拠点が特定されたのか。メレブンとアメリの繋がりは、どれだけ辿っても出てこないはずなのだ。

 強いてあり得るならば、ルステラたちが街に下った時。そう思えば『七躙』との接触すら、予定されていた運命なのではないかと疑わざるを得ない。

 だって、その時もアメリは居て━━一人だけ、遅れて戻ってきたのだ。


「そんな……っ、そんなこと、本気で思ってるの!?」


「本気に決まっとるやろが! 全滅するかもしらんって状況で、ぬるいこと言ってられへんのや」


 死にたくないし、死なせたくない。

 だったらメレブン一人が、覚悟をもってアメリの蛮行を咎めなくてはならないのだ。

 自分が━━、


「だから、それよくない。メレブン、アメりんのこと見てない。見てるふりしてる」


「見てるふりなんかないわ。見たまんま、それが全部や」


「それはフラムも分かる。だから、メレブンの気持ちも分かる。だけど、メレブンのは見てるふり」


「何が違うねん。目線は違くても、見えてる景色は同じとちゃうんかいな。何が、自分とお前で何が……」


「━━アメりんは、暖かいの」


 少ない思い出を、しかし、余すことなく抱き止めるようにしてフラムは想いを告げた。

 抽象的で、感覚的で、間違っても論理的とは言えなかった。

 だけど、


「メレブンもそれ知ってる。なのに無視してる。だから、見てるふり」


 アメリの疑いが晴れたわけではないし、フラムの中でもゼロになっているわけではない。

 そのことに対する彼女の解答は、断定しないということだった。

 もし、メレブンに疑惑で留める事が許されるならば━━、


「自分は……」


 かつて彼女にしてしまったことも、まだ向き合っていないのだ。

 もし、機会を得ることが許されるならば━━、


「アメリのこと、このまま終わらせるなんてできんがな」


「フラムも一緒!」


 フラムはメレブンの手を掴んで、力一杯上下させ共感を表現する。

 それを「痛い痛い」と苦笑しながら宥めつつ、そこにいたもう一人と目を合わせた。


「今さらわたしに振られてもって感じだけど、言いたいこと……それ以上をフラムが言ってくれたしね。方針的な部分で口を出すことはないよ。どうせ、フレンも黙ってないだろうしね」


「フレンちゃんは確かに突っ走っていくからなぁ」


「というわけで、一刻も早くフレンのところに駆けつけたいんだけど……!?」


 言葉の最後でルステラの声が裏返る。

 ━━メレブンとルステラを分かつように、邸が断裂しずれたからだ。


「家が……!」


「こんなことできんのはフレンちゃんしかおらんやろね。そんで、これはそのまま戦いの規模や。つまり……」


「フレたん切羽詰まってる!」


「だいぶ難儀してそうや」


 先ほどから頭上が騒がしい。おそらく斬撃はそこから飛来してきたのだろう。

 屋根を踏む音の数は二つと三つを往き来しているが、メレブンの予想が正しければ、上にいるのは、


「四やな」


「え?」


「フレンちゃん含めて四人おる。つまり、クソダルいってことや」


 何もかもが都合よくいっていないということは、相手側では都合がいいということ他ならない。

 そんなことは許せない。

 故に、


「どうにかこうにか干渉していこか」





 状況がいいとは言えないが、まだ最悪には到達していなかった。

 ルステラとフラムを逃がし、メレブンと合流させることができた。アメリだけが気がかりではあるが、そこは無事であると祈る。

 動かなければ変化は訪れない。故に、微かに風向きは変わったはずだ。


「よく避けますね~」


 滞空しながら杖を突きつけるネイア。相手の魔法のタネは依然として判明していない。

 フレンが攻めあぐねている一番の問題はそこにあった。

 タネが分からないから、迂闊に近づくことができない。


「たぁっ!」


 下半分が削られた扉を回転させながらネイアに投げる。

 しかし直撃することはなく、当たる前に不自然に消滅した。


「さっきから同じことしてますけど~、果たしていつか当たりますかね?」


「当てる」


「あはは~、気迫がすごい」


 実験と勘を統合するに、ネイアが引き起こしている現象は『掘削』だ。

 杖を照準にして、穴を空けている。だから、


「射線に入らなければ……」


 いくら反射神経が鋭くても、見えないものは避けられない。

 故に、使いどころは攻撃発生前だ。それも勘になってしまうが。


「━━━━」


 フレンは一層集中を高めて、ネイアと向かい合う。

 そして、杖がフレンの胸元を捉えて━━、


「見えないものに集中していると~、道端の小石なんかに躓いちゃったりするんですよね~」


 己の過ちは、すぐさま理解できた。━━逃げようとしても、逃げられなかったから。

 フレンの足が、無骨な氷によって固められていた。

 不可視のものに気をとられ、実体あるものに足を掬われる。

 ああ、そう言えばシュネルも同じようなことを言っていたなと思いながら━━、


「ばーん」


 もう壁も失われた邸の廊下。広がる蒼を背にしながら、ネイアが杖を向けている。

 一直線に、不可視の破壊が襲ってきているのだろう。


「━━そこまでなのだよ」


 突如、フレンとネイアの間に人影が割り込んでくる。

 知的な声音を携えた、その影の正体は━━、


「ダイス……!」

「ダイスですか~」


 一方は驚きを、一方は憎らしげに彼の名前を呼んだ。

 何らかの魔法でネイアの攻撃を相殺した彼は、彼女と対峙する。


「出てきたってことは~、つまりそういうことですよね」


「つまりもなにも、ワタシの態度は既に示しているのだよ」


「そしたら~、自分の答えも……いえ、自分たちの答えも同じです。━━レーア、出番ですよ~」


 天井が爆砕し、瓦礫とともに彼女はやって来る。


「てめー、このクソ野郎があぁぁぁっ!」


 ダイス・アルジェブラ。

 レーア・ジオメトリ。

 ネイア・アナリシス。

 三賢人が一同に会したこの場所で、フレンは運命の選択を強いられるのだった。



もしかしたら、今までにダイスのキャラデザを描写していなかったかもしれない。もしそうなら次回までに決めておきます。

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