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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第二十一話『成るは厭なり』

 いい加減、そろそろルステラたちと連絡を取る必要がある。

 計画もアレキスが勝手に推進しているだけで、最終的にルステラに確認をとらなくてはならない。

 独断的であっても、独裁的にはなってはいけないのだ。

 考えや手札を擦り合わせ、起草した計画を具体化するのは迅速に、そして協調して済ませたい。レーアとネイアへの対抗策、ダイスへの警戒。成功後のこともまだ具体的とは言えないのだから。

 一度乱れたものは、同じ状態には戻らないが、可能な限り戻す努力が必要だ。

 始めてしまったからには、そのために続く最善を、アレキスは全力で手にしなくてはならないのだ。


「早かったな」


 近づいてくる足音の主に、アレキスは声をかける。その三白眼の男は、頭を掻きながら歩いてくる。


「やっぱり、無理だったか?」


「まあなァ。ただ言いたいことは言ってきたつもりだぜ。後は、親父の気持ち次第だろうよ」


 レーヴェの説得にこだわっていたラジアンは、それを敢行し上手くいかなかったことを報告した。

 アレキスも少し仄めかしたりしてみたが見事に回避されたので、直接的ならあるいはと考えなくはなかったが。


「なんにせよだ。特訓するんだろォ。オレァまだそれの意味すら聞かされて無いんだがなァ」


「特訓は、お前が確実に転移を封じれるためにやる。━━奇襲のやり方を習得してもらうぞ」


「奇襲ねェ」


 アレキスの発言をラジアンは揶揄するように口角を上げる。それを訝しむように眉をひそめると、「いや、よォ」と返ってきて、


「それは悪くねェが、相手の位置はどうやって把握する? いつも『魔法連盟』本部にいるわけじゃあねェぞ」


「把握する必要はない。指定の日に指定の場所に来てもらえばいい」


「方法は」


「ダイス・アルジェブラの名を使う」


 ダイス・アルジェブラは計画に関わらせないが、彼の利用はさせてもらう。

 彼の名は非常に良い手札になる。なにせ━━、


「どうやら、レーアとネイアは、ダイスの殺害に拘泥しているようだからな」


「追われてる身を逆にってことかァ。思ったよりまともな考えだ。……ならァ、報告はレオーネに……いやァ、それも望み薄だな」


 レオーネが情報を流布してくれれば説得力が増して有効だろうが、彼女はそれも断るだろう。そもそもアレキスも、彼女にやらせようとは思っていなかった。

 こればかりは、ルステラ案件かもしれない。故に、保留だ。


「それに関してはまだ決めてしまう必要はない。それより、特訓が先だ」


 レーアたちののを引きずり出す方法については先伸ばしにしつつ、アレキスは話を戻す。


「奇襲の方法って話だよなァ。気配の消し方でも教えてくれんのかァ?」


「勘が良いな。俺が今から教えるのは、気配の消し方……もとい、『奠国』の『影跋』が用いる、気配繰りだ」


「『影跋』、気配繰り……!?」


 ラジアンは驚愕で鋭い三白眼を見開いた。

 それもそのはず、本来は気配繰りを習得しているものは『影跋』でしかあり得ない。そもそも気配繰りという技能自体、知るものは限りなく少ないのだ。


「『影跋』って言ァ、とんでもねェ外法集団だって聞くぜェ。テメェまさかオレたちを謀ってんじゃあねェだろうな」


「謀ってはいない。むしろ、その逆だからこそ、俺はお前に伝えたんだ。そもそも『影跋』ならば、気配繰りを口外するなど無謀は起こさない」


「随分と詳しいなァ。テメェの出自が気になりまくるんだがァ……」


「余計な詮索はするな。いらん相手に睨まれたくはないだろう。あんな国、関わるだけ無駄だ。故に、気配繰りも使うのは今回限りにしてくれ」


 アレキスのように事情を理解して習熟していれば、多用しても問題はないのだが、付け焼き刃で使われれば最悪自分一人の問題で済まなくなってくる可能性があるのだ。


「曰く付きで、闇が深ェってわけだ。ハッ、やっぱやべェもん釣り上げちまったな」


「引きの強さはお互い様だ」


「方向性が違う気がするがァ……まあいい。こうなったらどこまでも付いてきてもらうぜ」


 どこまでもは重いが、関わった以上は軽々しく放棄もしない。

 上手く状況が進行しなくとも、彼の手助けをする義理はあるだろう。


「さァて特訓だ。教えてくれよ、気配繰りとやらを」


「そうだな、早急に始めよう。できれば一晩で習得してほしい」


「余裕だァ……とは言えねェな。なにせ未知だ」


 肩をすくめるが、その懸念はおそらく無駄に終わる。相当センスが死んでなければできるようになるだろう。


「まあ、とにかくやってみるぞ」


「おっし、バッチコイやァ」


 頼もしく胸を叩いたラジアンの肩に手を添える。少し高低差を感じつつ、アレキスは集中し、ふとあることが頭を過った。


「そういや、お前は何ができるんだ?」


 レオーネからやけに好評価だったが、なんならアレキスに勝てると豪語されて少し複雑だったが、その実態は不明だった。

 正直、アレキスが巡りあってきた強者たちからは、率直に言うと劣っている。

 しかし何故か、レオーネの言うとおり、勝てるビジョンも鮮明にならなくて━━。


「何ができるっていやァ、呪いを刻むことぐれェしかできねェが、どうにかできるとは思わねェ方がいいぜ」


 陰惨に三白眼をつり上げながら、ラジアンは人差し指を立てる。

 ━━そして、それを噛みちぎった。


「意外と驚かねェんだな? ちょいつまんねェぜ」


 ここで急に猟奇的な自傷癖を発動するような狂人ではないはずなので、驚きは大してない。無論、行動を鑑みれば正気と言えるかは怪しいところではあるが、アレキスも似たり寄ったりなので何とも言えない。

 改めてラジアンの人指し指を注視すると、そこには噛みちぎられた後はなく、綺麗な指が生えていたのだった。


「━━死すらも拒む、呪いの奴隷。すなわち『呪隷』。それがオレだ」


 ラジアン・フォーミュラは不死身だった。

 一節にしたら単純なのだけれども、不死身単一の言葉のパワーが尋常ではない。


「だが、ノーリスクとはいかないはずだ」


「呪い……『澱』の本質は代替だかんなァ。再生力を得るために、何かを代価にする必要がある」


「━━━━」


「━━痛みだ」


「お前、正気か?」


 つまり、ラジアンは再生力を得る代わりに、常に痛みが身体を蝕んでいるということだ。

 しかもあの再生力なら━━呪いの相場は分からないが、相当なものだろう。

 痛みに蝕まれるというのは、アレキスの嫌な記憶を想起させる。今すぐラジアンを解放してあげたくなるほどに━━、


「『呪隷』になったのはオレの意思だ。オレが決めた。勝手にテメェの気持ちを投影させんな」


「……平気なのか?」


「平気なわけあるかァ。たぶん正気でもねェよ。でも、本気ではあるぜェ。オレはこれがなきゃ誰も守れねェ。だから、いらねェこと考えんじゃねェぞ」


 アレキスの憂慮を、憐憫を、エゴを、ラジアンは投げ捨てる。

 だがどちらにしろ、『今』のアレキスに彼を解放してやることはできなかった。

 だから本当に無意味だし、烏滸がましい。


「オレの身体んことはそんな感じだ。気配繰りに支障はねェと思うが?」


「確かに『呪隷』だからといって、気配繰りを習得できないわけではない。無理ならばお前のセンスの問題だな」


「るっせェ! 早くやれや!」


 ラジアンのセンスに期待しつつ、アレキスは彼の背に掌を当てる。

 ラジアンの姿形を思い描き、気配は捉えていく。そして、捉えた気配を押し出した。


「━━━━」


 気配を飛ばす、気配繰りの基本行程だ。

 本来、気配は自分で知覚し徐々に理解を深めていくものだ。しかし、アレキスはそれを強引にカットする。

 これができるのは、『影跋』であっても一握りだろう。それこそ、『七躙』ぐらいの技量が求められる。


「感じるか? 己の気配を」


「ここにいるのに、ここにいねェみたいだ。━━もう、分かったぜェ」


「なら、自分で戻してみろ」


 コツを掴んだと息巻くラジアンの背から手を離す。補助輪を外し、ラジアンの勝手に振る舞わせてみる。


「━━筋が良いな」


 本体と分離していたラジアンの気配が引き戻り、次にアレキスの背後に現出した。一発でここまで操れるようになったら、合格点だ。


「一晩の予定だったが、一時間で終わったな。━━そろそろ報告するとしよう」


 そう言って、アレキスは自分の頭の上の気配を掴む。そして、消していた気配を元通りにした。


「オイオイ、どっから出した、テメェ」


「どこって、ずっと居たが?」


「マジかよ……」


 アレキスが頭にずっと乗せていたのは、一匹の鳥だった。それもただの鳥じゃなく、鳥文用にカスタマイズされた鳥だ。

 ルステラたちと別れるにあたって、一番のネックとなってくるのは連絡手段だった。

 そのためにアレキスたちは、鳥文を選択した。

 だが気配は消せても、そこに存在しているという事実を消すのは難しい。故に『闘賭場』で闘っているときは、危険なのでいなかった。

 鳥を回収したのはそのあと、レオーネと別れたときだ。

 鳥を『闘賭場』に飛んでくるよう設定していたので、後は登って回収するのみである。


「この鳥は主の所へと帰っていく。連絡の障害は取り除かれる」


「鳥だけに……いや、なんでもね」


 意図しないだじゃれを狩られて、アレキスは睨み付ける。

 ラジアンはおっかないと言うように肩をすくめて、先を促した。


「書く際にお前のことは明記するが、レオーネのことは記さない方がいいか?」


「別に……いや、万が一って場合もあるかァ。すまねェが無関係にしといてやってくれやァ」


 レオーネの存在を書いておくと、もし第三者にこの手紙が見られてしまうと、彼女の意思が無に帰してしまう。

 アレキスもラジアンも、彼女の意思は尊重したく、望まない戦火に脅かされる可能性は限りなく消しておきたい。


「内容は決まったな。おそらく細かい部分の修正はあるだろうが、大きな部分が変わることはないと思う」


「いよいよってことだろォ。いいぜ、いい感じだぜェ。オレたちでぶっちめてやろうぜェ」


 アレキスたちの明日が運命づけられる。その、確かな一手。



 ━━その二日後、ルステラたちから返事が返ってくる。


 拠点の崩壊に、行方不明者ニ名及びレーアとネイアによるダイス・アルジェブラの確保。そして、正式な宣戦布告。

 全ての終着点が縺れ合う。


 最後に、『魔法連盟』本部に奇襲も奇策もなく赴かなければならないことが、定められたと添えられていたのだった。

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