第十九話『隣の大切』
真偽を明らかにするという行為の重要さは言うまでもない。
戦時下における情報は、金塊よりも価値があるとは金言だ。むしろ比較対象に金塊を挙げるのすら烏滸がましいほどに、情報は価値がある。
それを踏まえてアレキスは断言しよう。
━━ダイス・アルジェブラが真実を語っているかどうかなど、どうでもよかった。
それを求めて送り出してくれたルステラやフレンには申し訳ないけれど、アレキスは半ば独断で動いている。
もちろん情報収集という役目は果たすつもりだ。
ただ、アレキスの欲す情報は彼女らが想像しているより一つだけ多い。
━━レーヴェ・フォーミュラ。
かつての三賢人の一人であり、宥和協約の成立に多大な貢献をし、魔法の『澱』属性を確立し━━他の三賢人二人を殺し研究を奪った大罪人。
彼は逃亡し、行方を眩ませた。
「全部あってらァ」
ラジアンは、レーヴェの息子は、否定も偽りもなく肯定した。
それに対して、レオーネが反発する。
「真に受けるなよ。レーヴェ殿は冤罪だ」
「感情で擁護するのはやめろって言っただろうがァ。親父の罪は消えねェよ」
「━━━━」
「誤解を解くことを諦めた罪はなァ」
ラジアンは苛立ちを覚えながら、歯を鳴らした。
しかしその父親に対する気持ちを、アレキスが解決することは出来ないし、非情に思えるかもしれないが本題に入る。
「レーヴェ・フォーミュラが冤罪かどうかなど大した問題じゃない。俺が訊きたいのは、そいつの居所を知っているかということだ。『魔法連盟』に対抗するに当たって、彼が必要だ」
ある種の茶番めいた問いかけだった。
レオーネはレーヴェの所在を知っているだろう。故に、重要なのはアレキスにそれを開示できるかどうか━━。
「卿のことは信用してはいるが━━」
「この都市にいるぜェ。一緒に住んでっぜ、一応」
「━━ラジアン!」
レオーネが反響するぐらい大声を上げて、ラジアンに近づいていく。今にも腰にある剣を引き抜きそうだった。
アレキスの合理はいざというときラジアンの味方をする。そのためにも動ける準備をして、状況を見ていた。
「お前は、その発言の意味が分かってるのか!」
「テメェこそ自覚しろよ。もう、来てんだよ。━━オレたちはもう引けねェんだよ」
「━━━っ」
ラジアンの胸ぐらを掴む手が、震えながら緩んでいく。その手首をラジアンが捕らえた。
「戦力の懸念はなくなる。オレには、止まる理由がねェよ。テメェはそれを承知で、こいつに話を振ったんだと思ってたぜェ」
「私は……」
「無理をするのはやめろよ、レオーネ。テメェは裏手で眺めてろ。親父は舞台に引っ張り出す。クソみてェな諦観なんて、させてやらねェよ」
投げ捨てるようにレオーネの手を離し、ラジアンは背中を向ける。
「行こうぜ、アレキス。親父が必要なんだろ」
背中越しにアレキスへ語りかける。
振り向くことをしない態度は、絶対的な決別を表していた。
「『ダンドリオン』が泣いてるぜェ」
最後にアレキスには分からない一言だけを残して、ラジアンは立ち去ろうとする。
レーヴェと対面させてくれるのだろう。
だが━━、
「行かないが?」
「はァ?」
背中を向けたラジアンが驚きのあまり振り向く。無論、その行為を狙って言ったのではない。
レーヴェには会わせてもらう。しかし、少しだけ留まる理由が出来た。
「語弊があったな。すぐには付いていけないという意味だ」
「変わってねェよ! ……レオーネにまだ何かあんのかよォ?」
「そうだ」
アレキスの肯定にレオーネは何か言おうと口を動かすが、目線でそれを止めさせる。意図が伝わったかは微妙だが、とりあえず止まってくれた。
「オレ抜きじゃねェとダメか」
「そうだ。だから『闘賭場』の入り口……いや、さっきの酒場で待ってろ」
「テメェの指図なんて受けねェつったら」
「残念だが、その選択肢は与えられない。━━必要なんだ」
本気で語っていることが分からないほど、ラジアンは愚かじゃない。
だが葛藤は生まれてしまう。論理と感情にもみくちゃにされて、ラジアンは髪を掻いて、掻きむしって━━、
「言っておくがァ、レオーネに何かあったらタダじゃ置かねェからな」
「心得た」
「ハッ、そォかよ」
納得はしていないだろうが、協力関係をふいにすることも出来ないのでラジアンは身を引いた。
話し合いをアレキス優位で進めたのが功を奏した。とはいえ、それを逆手に取るような真似はこれっきりだ。
出ていくラジアンの背中を見届けて、アレキスはレオーネと隣同士で座る。
「今更、私に話すことが何かあるのか?」
少し前まであった気丈さは希薄になって、精神的な翳りを見せていた。
そのわけが、アレキスが残った理由である。それは、
「そんなに、ラジアンを戦わせたくないか?」
「━━━!」
アレキスの問いかけに彼女は肩を跳ね上げる。
「心を読む魔法でも使ってるのか……?」
「俺は治癒魔法しか使えない」
「言ってみただけだ」
心を読む魔法なんてのが実在するのか、そもそも実現できるのかどうか知らないが、少なくともレオーネはとても心の機微が分かりやすい。
「……ラジアンは頼りがいのある男だ。私もそれはよく知ってる」
「だが、心配という気持ちが生まれるのはおかしいことじゃない。ましてや相手は『魔法連盟』。死のリスクも……」
「違うんだ。あいつが死ぬなんて私は微塵も思わない。私が心配しているのは、あいつの気質なんだ」
回顧するように、レオーネは目を伏せる。
次の言葉が出てくるまでの数秒、アレキスは待つ。そして、
「━━ラジアンは、自分を犠牲にすることを躊躇わない」
開かれたレオーネの瞳に宿ったのは怯えだった。
喪うことや、手が届かない場所に行ってしまうことへの虞だ。
「自分が傷つくことで、周りを守ろうとする。そんなことを、させ続けてはならない。だからこそ、レーヴェ殿を引き合いに出せば……」
「躊躇してくれると?」
「だが、結果は想像の真逆だった。……私は卿にも恨み言を言いたいんだぞ」
「八つ当たりだな。しかし、俺にそれを咎める権利もない」
目的を暴いたのはレオーネだが、結局のところアレキスという実行者がいて、ラジアンのスタンスが抗戦なので、未来が変わっていたかと言われるとそうでもない。
「どうした? 言わなくていいのか」
「……本当に八つ当たりでしかないからいいんだ。忘れてくれ」
「八つ当たりでも、吐き出すだけでも変わると思うがな」
八つ当たりを自覚していても、吐き出したい気持ちが失われるわけではない。
理性で感情を押し殺すのが、必ずしも最良とは限らないのだ。
「卿が……」
理性の裏側の純白な感情が、レオーネの瞳に露出する。
八つ当たりであり、アレキスがどこかで向き合わなくてはならなかったかもしれない感情━━。
「卿がいなければ、何も変わらなかったのに!」
「……すまない」
アレキスがフレン・ヴィヴァーチェを助けたというねじ曲げた運命の弊害に対して、ただ一言、謝罪するしかなかった。
○
「少し心が軽くなった気がするよ」
たとえ現状が変わらないと知っていても、口にして吐き出すだけで心情的には楽になる。
かといってこれ以上何か、出来ることもなく━━、
「━━本当は、どこかで理解はしていたんだ」
訥々と、吐き出した感情の表側━━彼女の理性的な部分が語られる。
「最近の世界の動きは、私も把握してる。『暁の戦乙女』のことも、ダイス・アルジェブラのことも。卿ほどではないかもしれないがな」
「いや、俺もわりと行き当たりばったりだ。そもそも、見てる方向も違うだろ」
「そうだな。卿は王国の人間で、私は『魔法国家』の人間だ。立場から夢まで何もかも違っている」
相容れないわけではなく、相反しているわけではなく、ただひたすらに重なり合わないのだ。
アレキスとレオーネに共通部分は、残念ながら存在しない。
「だが、ラジアンは違う。卿が居れば、あいつは動き出せる。しがらみの多い私と違ってな」
「━━━━」
「間違っても、放棄しろなんて言ってくれるなよ? 出来ないから━━それが、正しいんだ」
愚直だとか頑固だとか、そんなことは誰にも言わせない。彼女は正しい。
正しさは、優先すべきもので捨ててはならないものだ。
それでも━━、
「正義を貫くのは誇るべきことで、恥じるべきことでも辱しめられることでもない。━━だが、正義じゃ後悔を覆い隠すことはできない」
「━━━━」
「胸を張りながら過去を呪い続けるなんてことは、してほしくないと俺は思ってる」
矛盾を抱えるのは人間らしさだが、抱え続けてしまうのもまた人間らしさだ。それなのに、人間は矛盾を抱えながら生きていけるほど強くはない。
継ぎ接ぎだらけの心なんて、本当に笑えない。
「いずれにせよ、お前の選択だ。これから風向きも変わっていく。どうするにしても、まだ時間はある」
もはや何が最善で何が最悪かも判然としないような状況だ。最終的には自分に信を置くしかない。
「……お前はいい男だな」
「やめてくれ」
「冗談だ。━━それに、どうやらお前の心の一番は埋まっているらしい」
図星を衝かれた表情をしてしまい、レオーネが勝ち誇るように微笑む。
「私ばかり内心を見透かされて不公平なのでな。とはいえ、さらに踏み込むことはしないさ。お前がそうしてくれたようにな」
「別に、お前を慮ってのことじゃない」
「それでもいいんだ。━━もう、行くんだろ?」
残った理由も無くなったので、アレキスは待たせてるラジアンのところへ行く。
一応、人生の先輩として視界を少し広げてあげられたのなら重畳だ。
「あいつを待たせたら、ちょっと怖そうだからな」
「ははっ、違いない」
アレキスが立ち上がると、レオーネも一緒に席を立つ。そして彼女はドッとアレキスの胸に拳を当てて、
「ラジアンを頼む」
「心得た」
しっかりと受け取って、アレキスは『闘賭場』から退出する。
途中、野暮用を済ませてから、酒場に戻った。




