第十八話『戦利品の正体』
バーゼル侯レオーネ・マフィムト。彼女は女性であり軍人だった。
そんな端的な情報を処理していると、彼女に後ろから肩を叩かれる。
レオーネはアレキスの後ろに座り、ラジアンとは通路を挟んで距離をとっている形だ。謎のフォーメーションである。
「聞いたぞ? 私の部下二人を誑して、ここに入ってきたらしいじゃないか」
どうやら汚職のことは筒抜けらしい。
いつの間にか肩が凄まじい力で押さえ込まれていて、動くのに難儀しそうだった。
「レオーネ、そいつァ……」
「呼び捨てはいただけないな、ラジアン。私は今、彼と話しているんだ」
蹴り砕かれた顎の傷が消えたラジアンが、発言をしようと腰を浮かすが、中途で止められる。
「さて、アレキス君。私は上司としてあの二人に、そして卿にもしかるべき処遇を与えなければならないわけだが……分かるな?」
「嘘や冗談では済まされないことぐらいはな」
「そうだ。全ては卿がどこまで雄弁に語ってくれるかにある」
「分かってる。━━全部、話す」
アレキスの都合で彼ら検問官の人生を危ぶめるなど言語道断だ。そもそも、ここまで来て秘匿せねばならないこともそんなに無い。
堪忍したと肩を竦める頃には、すでにプレッシャーは無くなっていた。しかし、女性らしい華奢な手はアレキスの両肩に添えられて━━、
「言質、取ったからな!」
アレキスの頭を追い越し、逆さまの微笑む美貌と視線が交錯する。先の雰囲気からは想像もつかないほどのあどけなさは、残香を置いてすぐに戻った。
「テメェ、それを言わせんがために一芸かましやがったな?」
「無論。ラジアンは信用できても、彼のことはそういかない。もっとも、杞憂だったようだ」
「あァ?」
「彼は信用に足る人物だ。真っ先にあの二人を庇う態度が表れた。もちろん、入市方法は褒められるものではないがな」
さっきのやり取りで、レオーネはそう結論付ける。
それに安堵したのか、ラジアンはだらしなく足を伸ばして、
「ならァ、良かったぜ。レオーネの目は、過たねェからな」
「その割には、私の目を信じていないような雰囲気だったが?」
「ちげーよ、逆だ逆。テメェの目ェ信じてっから動いたんだ。ぶっ殺されちゃかなわねぇからな」
「目的のためにか? それじゃあ結局、信じてないと同義だろう」
レオーネの目利きがアレキスを信用できないと判断したら、即刻敵対していたのだろうか。そう思うと、意外にも綱渡りをしていたのかもしれない。
もしもの世界に思いを馳せていると、ラジアンが面倒そうに「だからァ」と頭を掻いているのが見えた。
「テメェは全部逆だ。アレキスぶっ殺されて困るのは事実だが、さっきオレが言ったのはそうじゃねェよ。ぶっ殺されるのは、レオーネの方だって言ってんだよ」
「━━ほう、私が殺されると嘯くか」
レオーネは目を細めてラジアンを射竦める。
行ってもいない結果を、ましてや他人から言い渡されるなど最上級の侮辱だろう。
二人の関係は依然読みきれていないが、切り捨て御免な展開もあり得る。喧嘩なんかされたら堪ったもんではないが━━、
「まあ、そうだろうな」
予想に反してレオーネは、当然とばかりに呟いた。
「百回やっても百回負けるだろう」
「意外だなァ。そんなに素直に認めんのかよ」
「目に写る真実を疑うなど、狂人のそれとさほど変わらん。私がそこまで愚かに見えるか?」
「見えるぜ。あんなこと吹かしたのは事実だろうがよォ」
彼は問い質しているのだ。自分より強いと判断しておいて、敵対してしまうかもしれないことをしたのかと。
その必死さはまるで━━、
「一つ、勘違いをしているな」
「勘違い~?」
ラジアンの必死さを打ち止めるように、レオーネが指を一本ピンと張った。
そしてそれをアレキスの後頭部に押し付ける。
「彼が私の失墜やらを付け狙う悪人だった場合、領民を護るため剣を握り、立ち向かわなくてはならない。勝てる勝てないはさしたる問題ではないんだ」
「━━━━」
「もっとも私が殺されたあとは、ラジアンが勇敢に立ち向かってくれると期待しているぞ。━━お前なら彼に勝てるんだから」
レオーネが適度に言い負かすと、ラジアンは観念したように引き下がった。
そんな同情を訴求される姿を見ていると、トントンと肩が叩かれ振り返る。至近距離にレオーネの顔があり、彼女はそのまま囁き声で、
「すまないな。昔から小言が多くて、よく突っかかってくるんだ。……やはり、嫌悪なのだろうか」
「……本気で言ってるのか?」
「━━━? 私はいつも本気だ」
絶句した。あり得ない鈍感さに絶句した。
ラジアンのアレは明らかに嫌悪の反対の感情から生起しているものだろう。正直、ラジアンが可哀想で仕方がない。
とはいえ何か言葉も見つからず━━、
「嫌っては無いと思うぞ。普通に」
何をもってして普通なのか自分でも判然としないが、とりあえず普通を添えておく。レオーネは安心したのか胸を撫で下ろした。
もう勝手にやっとけと言うのを堪えて、アレキス本題に戻す。
「━━そんなことより、話すことが山積みだろ」
「そうだな。そろそろ私もそれを消化しようと思っていたところだ」
さっきの鈍感は嘘のように消えて、レオーネの瞳に理知的な光が宿る。
ようやく建設的な話が始まりそうだと思ったのはラジアンも同じようで、彼が最初に手を上げた。
「まず、ハッキリさせときてェことがある。━━テメェはいったい何者だ?」
先延ばしにされ続けた正体に、今こそ切り込まれる。
全て話すと言った手前、いよいよ隠し続けることもできないので、素直に開示した。
「俺は、ノンダルカス王国の人間だ」
「なるほど、王国の人間か。意外性はそこまで無いな」
「あんたにとっては予想通りってわけか?」
殊に驚きを示すでもなく、レオーネは淡々と事実を吸収していく。
まるで答え合わせをしているかのような素振りだが━━、
「情勢を鑑みるに、王国の人間が私に接触してくる可能性は低くないとは思っていた。実際、それは的中したが……しかし、目的の部分で相違があったな」
「……相違とは何だ?」
「━━質問を重ねて申し訳ないが、卿は『魔法国家』ティマスクスを滅ぼそうと思っているか?」
質問に質問を返されたが、むしろ意図はより明瞭になった。
アレキスは、というよりフレンやその他の誰も『魔法国家』の滅亡など願っていない。
それを承知でレオーネが聞いてきたということは、すなわち彼女の予想が『魔法国家』の滅亡を願うものであったというわけだ。
アレキスは端的に「思っていない」と否定して、
「だが、あんた自身が国家の綻びになり得るとは思えないな。まさか撒き餌か?」
「概ね正しいな。端から見れば私と『魔法連盟』は対立しているように見える」
「しかし実際はってことか」
「良好と問われれば難しいラインではあるがな。とはいえ、少なくとも『魔法国家』が他国と戦争をするとなったとき、私は『魔法連盟』ともに戦う」
固めた意思を離さないように、レオーネは拳を握る。
握って━━すぐさま解いた。
「━━というのが、『魔法連盟』向けの私の意思だな」
「なんだと?」
裏の裏のような論理展開に、アレキスは戸惑う。
だが、レオーネは端的に心情を告白してくれる。
「戦うのは嘘ではないが、私自身、『魔法連盟』を良くは思っていない。そこの馬鹿ほどではないがな」
レオーネが顎でしゃくった先を追うと、目付きの悪い人相と目があった。
「ラジアンは、昔から『魔法連盟』をぶっ壊すのが夢でな。なんとか早まらないようにしてはいるが、いつ飛び出すかも分からん」
「今はそこまで短絡的じゃあねェよ。それに『魔法連盟』をぶっ壊したいとは一言も言ったことねェな。ただ、今の三賢人がいけ好かねェってだけだ」
微妙な間違いを修正しつつ、ラジアンは頭を掻く。
今の三賢人というのは、つまり、ダイス、レーア、ネイアの三人のことだ。
そう言えばドモルの口から、十数年前に三賢人が一変しているという話も聞き入れた。ラジアンの素性について、何らかの関連性を疑いたくもなるが━━、
「ともあれ、私たちは『魔法連盟』に懐疑の目を送る側だが、ラジアンはともかくとして、私は個人の感情でおいそれと動くことはできない」
「糾弾する理由が無いってことか」
「無いというより、決め手にならないと言うのが適当だ。その一つは、その馬鹿自身で潰したのだがな」
「全くもってその通りだ。反論もねェな」
ひらひらと手を振るが、内実は悔悛しているようだった。
ともあれ今の口振りから察するに━━、
「理由があれば、戦うということでいいんだな?」
「いや、あくまでも戦闘は最終手段だ。父上とレーヴェ殿のご意志を踏みにじることになるからな」
「宥和協約か」
数十年前まで小競り合いが多発していたが、悉くそれは調停された。その際に結ばれたのが宥和協約である。
深い内容までは知らないが、争いをやめようという普遍的なことを誓い合ったものだ。
「ほう、意外と教養があるのだな」
「勉強しなければならない環境があったってだけだ。……それで、あんたとしては穏当にいきたいわけだ。━━だからこそ、この手札は切り方を間違えられない」
アレキスは一度しまった筒型の注射針を、今度はレオーネの前でも見せる。
アレキスにとっても、この『戦利品』は重要な手札だ。さっきの言葉は、自分に言い聞かせるものでもあった。
「確認しておく。予想はいらない。あんたはこれが何なのか知らないな?」
「ああ」
「ちなみにオレも知らねェぜ」
二人から肯定を送られる。当然だ。
おそらくこれは『魔法連盟』にとっても秘中の秘。何故ならダイスすら、これの存在を明かさなかった。
これは━━、
「━━魔力だ」
「は?」「はァ?」
息ぴったりに返事が返ってくる。
予想を口にさせないようにしたので何を思い描いていたかは分からないが、少しの肩透かしと呆気なさが感じ取れた。だが、それは疑問に思わない理由にはならない。
「魔力の物質化ってことかよォ」
「ラジアン、そこはあまり重要ではないだろう。物質化は魔法と言い換えられる。問題は、魔力が何故、あの凡庸な男に英雄もかくやという力を与えたのか。そうだろう?」
「話が早くて助かる」
魔力の物質化と言うのなら、それこそ火や水に変質させた時点で物質化だ。もっとも、魔力を物質の定義に含めるか含めないか論争があるが、主旨からは外れるので割愛する。
とかく魔力が何故、ルートを強くしたのか。答えは単純だ。
「魔力には、元来、身体能力を向上させる性質が備わっている」
「なんだァ、それは。聞いたことねェぞ」
「知っていたら、彼の話など聞いていない。アホみたいな相槌を打つな。……いや、お前はアホだったな。すまん」
レオーネの煽りに物言いたげなラジアンだったが、それを流すように「確か」と彼女は思案を溢す。
「亜人が生来的に肉体が強靭というのを本で読んだことがある。例示としてこれは正解か?」
「ああ、俺もそれを言うつもりだった。それに『号国』の精強民族も該当するだろう。そして━━」
「━━『暁の戦乙女』」
アレキスの言葉の先をレオーネが代わりに口に出す。
その異名を聞くのも久しぶりだと思いながら、アレキスは話を続ける。
「実際に研究したわけではないが、魔力のことを教えてくれた奴はそう言っていた」
言うまでもないが、ルステラのことである。もっとも今回の件があってから聞くのは無理なので、以前に教えてもらっていたことを話している。
故に厳密に言えば、フレンのことは嘘である。━━というより謎である。
しかし強いのは事実なので信憑性を上げるためには言っておいて損はない。
「……今さら卿が謀るとは思わないが、しかし、些か論拠が不十分に思えるな。知っていることと無理に関連付けているだけという指摘は、おかしいものではない」
これは信頼や信用の話ではない。ある種の忠言だ。
この程度の質問に詰まっているようでは、大目標どころかスタートラインにすら立てないのだと。
「精強民族や『暁の戦乙女』に関して言えば研究不足だ。しかし、これ━━魔力剤の実験は行った」
魔力だけだと分かりにくくなりそうだったので、便宜上ルートが持っていたものを魔力剤と呼ぶことにした。
ともあれ名称を適当に設定したら本題に戻る。しかし口を開こうとすると、先読みしたラジアンが質問した。
「━━あの闘いのことか。なにかあるたァ思ってたが、実験していやがったのかよ」
「闘いというのは『闘賭場』でやっていたやつだろう? 私は直接見れていないが……実験というからには精確さが求められるのだぞ?」
「ああ、だから調整した。━━同じ角度、同じ速度、同じ立ち位置、同じ大剣の場所で当たれるようにな」
「━━━!?」「っ、時たま避けてたのもそれかァ……」
「幸いルートはそれなりの研鑽を積んでいたようだから、一振りに限れば調整は容易かった」
もっとも百戦を、力任せの横薙ぎで終わらせてきたが故の癖もあったのだろうが。
なんにせよやろうと思えば出来なくはない程度のものだ。
「━━バカげたァいるが、闘いぶりから見てもマジだと思うぜ」
「そうか。お前が言うのなら懐疑の理由もないな」
ラジアンがレオーネの目を信じるように、レオーネもまたラジアンの目を信じている。
今はその信頼関係が大助かりだった。
「それで、力が弱まってたってわけかァ?」
「ああ。身体強化が魔法によるものなら、上昇幅は一定だからおかしい。もっとも、こればかりは俺の自己申告になるがな。だが、初撃と最後の一発では、見てとれるぐらいの差はあったと思うが?」
「って言われても、めちゃくちゃ注視してたってわけじゃあないからなァ……」
「おい、それは聞き流せないな。私はルートのことはしっかりと観察しておけと伝えたはずだが?」
「ひゃっぺんも一撃で終わる試合見せられたら、飽きて当然だろうがよォ!」
キレてるがそれが逆ギレなのは明白だった。
まあ彼の怠慢はともかくとして、呆れ顔をしているレオーネに話を振る。
「元より、ルートには警戒していたのか?」
「少し。ルートの台頭のタイミングが、気にかかってな。杞憂だと言い聞かせていたが……」
「しかし、あんたは警戒を続けていた。━━タイミングとは?」
「━━徴兵だ」
怜悧な声音が徴兵というワードを引き立てる。だが彼女の口から出ていなくとも、それは軽い印象から遠いものだ。
「私は『魔法国家』が他国と戦争をするとなったとき、『魔法連盟』の力だけでは不十分だと考えている」
「━━━━」
「卿は戦争で大事なものが何か分かるか?」
「一に指導者。そして、兵力」
「特に前線を張れる、な。私はこれが不足していると思う」
不足と言っても、大国の指標から考えての不足だろう。
しかし弱点と呼べるほどのものでもないはずだ。でなければ今ごろ侵略されている。
「『魔法連盟』も馬鹿ではない。魔法も無力ではない。しかし、後援向きというのは拭い去れないだろう」
「それを最大限に引き出すためには、前線を維持できる兵力が必要。道理だな」
「だから、私は強き者を集めようとしたわけだ。他国の事情と『魔法連盟』の戦力を考慮して、一騎当千タイプに焦点を絞ったがな」
「それで集まったのは?」
「私とラジアンの二人だ」
「何年で?」
「二年」
「二年で一名か……」
大国との戦争をシミュレーションしたとき、一番厄介なのはノンダルカス王国だろう。
特にフレン・ヴィヴァーチェ。他にも、化け物みたいな強さを持っているものは多い。
全員倒すなんて無謀は、アレキスなら絶対にやりたくない。━━現在のフレンはそこまで脅威ではないけれど。
「いや、ゼロ名だ。ラジアンは強制参加だからな」
「ハッ、オレはいつどこで人権を失ったんだろうなァ」
不満を垂れているように見えるが、彼はきっと最後の最後まで前線に残っているタイプだろう。残れるかどうかは置いといて。
「噂の流布は私が行った。もちろん気づかれないようにだがな。しかし『闘賭場』の活性化には十分だった」
「そして、都合よくルートが表れた……?」
「ああ、それが不審の大きな理由だ。雰囲気が凡庸だとか複合的にも判断してな」
つまりルートの裏に居る人間は、おおよそ二年前から狙っていたというわけだ。
━━二年という数字には何か意味があるのだろうか。
簡単に年数を手繰るが、早々に止めて会話を優先する。
「とはいえ、魔力剤なる発明があったのなら、徴兵はあまり必要のないことだったのかもしれないが……」
「そうでもないぞ」
魔力剤を投与すれば、インスタントに強兵を量産できるだろう。
もし魔力剤が、安価で大量生産可能で副作用がないのであれば。
「少し注入してみたが、相当な劇物だ。消費してはいけないものが、ゴリゴリと削られている感覚だった」
「それァ寿命とか魂とかって話か?」
「おそらくな。正直ルートが何故まだ生きているのか━━」
魔力剤は、確実に人体に使用してはならないものだった。例外はあるが、ヒトはそれに耐えれる身体を持って生まれてこない。
力が強いとか足が早いとか、そういうレベルの話じゃない。もっと根本から違えているのだ。
どれだけ願ってもヒトに翼が生えてこないのと同じような、生物のルールがヒトに魔力剤を適合させない。
ルートだって同じだ。彼は枠組みから逸脱した者ではないのだ。なのに何故━━。
「おい! ルートの氏素性は調べたな?」
「急にどうした。大きな声を出して……」
「調べたな?」
圧をかける詰問に戸惑ったレオーネも、すぐに切り替えた。
「ティマスクス東部の農村出身だ。系譜も特に変なところはなかった」
「亜人は混ざってたか?」
「少なくとも五世代はいなかった。それ以前は分からん」
先祖返り隔世遺伝などイレギュラーは存在するが、突き詰めれば果てがないので除外する。
彼はヒトだ。正真正銘、純血のヒトだ。
ヒトであり魔力剤に適合している。━━否、適合などしていないのだ。
彼は魔力剤を使用して、闘って、使用して、闘って、使用して、闘って、使用して、そして━━、
「━━ルートはもう、死んでいる」
何度も落命しているのだ。
○
思い出すのは、まだ記憶に新しい『カフ・シェダル』という少女だった。
彼女はダイスの言葉を借りると『再現者』と呼ばれるらしい。
用語はさして重要ではない。本質は死者蘇生にある。
否、それはもしかしたら不正解なのかもしれない。意識の部分で紛い物なのかもしれない。だから、言い換える。
本質は、見目が人間と変わらないことだ。
だから、初対面のルートが死人だったとしても、アレキスには判断がつかない。
「死んでるだァ? さっき負けちまったから、殺されたってのか?」
「そうじゃない。俺と闘ったときには、すでに死んでいたということだ」
「は、はァ?」
意味不明とラジアンは眉を曲げる。咀嚼どころか、まだ食す物すら見つかっていないようだった。
「少々、私も理解が追い付かない」
頭の回転が速いレオーネも、今回ばかりは不理解を示していた。
その反応で分かる。━━彼らは『再現者』を知っていない。
「『再現者』という魔法がある。他でもない『魔法連盟』が生み出したものだ」
「『再現者』……?」
「もっと分かりやすい言葉を使うのであれば、死者蘇生だ」
根っこの部分で厳密化すれば、死者蘇生とも違うのかもしれないけれども、無意味な補足や検討はノイズにしかならないので省いていく。
「死を拒むってのはもう十分だぜェ……」
ラジアンが不愉快げに首を鳴らす。
その発言も気にかかるが、ラジアンの二の句の方が早かった。
「死んでるって言われたときはさっぱりだったが、死者蘇生ってんならありえねェ話じゃない。━━どうも『魔法連盟』ってのは、身体いじくんのが趣味みてェからよォ」
ラジアンの声には、まるで見てきたかのような説得力が籠っていた。
片やレオーネは、瞳に思案を廻らせ纏まった考えを呟く。
「『呪隷』、『再現者』、魔力剤。そもそも数は力だが、集められた個が強大な力を得られるとしたら、悪夢にも程があるな」
「上等じゃあねェか! 何人いようとぶっ殺してやるよ」
「だから、すぐに戦おうとするな。そもそも話の大元は、三賢人が関与しているかしていないかだ。それを明らかに出来なければ、私は動けんぞ」
「じゃあルートの野郎を取っ捕まえて……」
「━━それをするには、もう遅すぎるな」
レオーネは呆れ混じりに嘆息した。それは短絡的なラジアンの思考にではなく、自分の立ち位置を嘆いたもののように思えた。
「初手で間違えれば全て後手。悪いな、ラジアン。また、振り出しだ」
「上に立つ者は考えることが多くて大変だな。……別に責める気はないが」
ルートに対して強気に出れないのは、背後にいる誰かの動きが不測であるからだ。
彼の人望がどれだけあるか分からないが、最悪のケースとして傭兵が丸々敵対するようなことにもなりかねない。
レオーネ一人ならそれでも良いのだろうが、彼女はバーゼル侯レオーネ・マフィムトなのだ。若くても立派な侯爵なのだ。
確信がなければ動き出せない。アレキスだって、私情を貫き通せというような選択はさせたくない。
しかし、それでは勝てない手合いがいる。理路整然とこちらを上回ってくるような奴らだ。
論理的思考力で負けている相手を追い越すのは難しい。
それでも、フレン・ヴィヴァーチェはシュネル・ハークラマーに届いた。アレキスが助け、ポーコが動かし、エールが生かし、ルステラが掬い上げたからだ。
また、同じことだ。一歩目はアレキスにしか踏み出せないのだ。
「そうだな。私は色々と見直して、反省して、次にいかすさ。卿にも長いこと話させて悪かったな。検問官のことは約束通り不問にしておく。これで、卿の憂慮は必要なくなったな」
ドモルとガンズの処遇はこれで保証された。
正直、配置換えぐらいなら目を瞑る所存だったが、おそらく無さそうだ。実際、彼らはお人好しすぎるきらいはあるが優秀なので、後任というのも難しいのだろうけれど。
そうして検問官やルートのことを消化し、レオーネは締めに入ろうと━━、
「━━故に、ここからは卿の時間だ」
レオーネがアレキスの頭を飛び越えて、眼前に着地し腕を組む。彼女は嫣然と微笑んでいる。
まるで、アレキスの全てを見透かすかのような態度だった。━━否、とっくに看破されていた。
「俺の目的を掘り下げなかった時点で気づくべきだった、か……」
「話がとっ散らかるのはお互い快くないだろう? 会話は、やはり分かりやすさが重要だ」
「分かりやすさァ? オレァさっぱりなんだが。さっぱり過ぎてムカついてきたぜェ~」
感情に直結するまでがあまりにも瞬発的すぎる。話すより殴る方が楽だ、的な態度は改めた方が良いと思うが━━それはともかく。
足りない部分をレオーネが補ってくれる。
「落ち着けラジアン。もう、分かる。━━卿に問う」
「━━━━」
「卿の目的は、レーヴェ・フォーミュラだな?」
アレキスは看破された目的を肯定する。
レーヴェ・フォーミュラ。彼の情報を得ることも、第二都市カブルに来た理由でもあったのだ。
しかし━━、
「オレの親父じゃあねェか!」
アレキスはとっくの前に、思いがけず大当たりくじを引いていたのだった。
この回で一周年。流石に三章終わってないは誤算。




