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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
71/124

第十五話『闘賭場』

 ━━『闘賭場』。

 それは読んで字の如く、闘技場と賭場を掛け合わせて作られた言葉だ。

 システムは至ってシンプル。対戦者と観覧者が居て、観覧者はどちらが勝つかを予想する。

 オッズは強さによって変動する。出場制限はないので、勝ち星を上げれば上げるほどオッズは低くなる。

 だがそれでも一を下回ることはないので、とりあえず低いやつに賭ければ基本的に増える。

 とはいえ日によって出場者は変わるし、全員が初出場というケースも珍しくはない。

 初出場の場合は、一度簡易な試験を受ける必要がある。オッズの指標にするためだ。

 しかし、そこでどれだけ強さを見せようとも━━二を下回ることはない。そのルールのおかげで、『闘賭場』には新規が参入していると言っても過言ではない。


 『闘賭場』では人が集まり、人が廻る。そう言った場では、必然的に情報が集まるのだ。

 加えて、魔法連盟の影響が薄いときた。絶好の情報収集エリアである。

 それに当たって対戦者を選択したのは、そちらの方が人と接する機会が増えると思ったからだ。もちろん成り行きもあるが。

 そのためには、必勝。それが求められる。

 やはり日によって変わるが、二、三人ちょちょいと倒せば優勝だ。特段、難しくもない。



「━━フーガ様。登録いたしました。それでは、こちらの方へ」


 受付嬢に名を呼ばれたフーガ━━改めてアレキスは、準備のために控え室に連行される。

 しかし冷静になって考えれば、フーガという名前はミスだったかもしれない。

 無意味だと分かっていても、形容しがたい感情が起こってしまう。かといって、またもや言うことになるが、別の偽名も思い付かない。咄嗟に偽名を考えるのは、意外にも難しいのである。


「━━━━」


 控え室に居たのは九人ほどで、しかし、特に殺伐としている空気はない。

 『闘賭場』はあくまでもエンターテイメント施設だ。当然のことだが殺人は、禁じられている。裏には癒者も完備していて不足はない。

 武器も刃がなかったり、軽めのものを使わされる。無手を装って毒を持ち込むような奴もいそうだが。

 ざっと観察をするに、そういう輩も居なさそうだ。安心して闘うことができる。

 値踏みはほどほどにして適当に腰かけようと踏み出すと、今しがた入ってきた戸が再び開く。


「━━━!」


 直後、こちらを一瞥した九人の表情が驚愕に変わる。寸分違わず同じ顔で面白い。

 その光景を尻目に、アレキスは後ろに振り返る。

 そこに居たのは、アレキスより頭半分ぐらいの身長があるガッチリとした体躯の男だった。


「やあやあ、どうしたんだい? そんなに変な顔をして」


 男は気さくな感じで九人に語りかける。だが返答はない。

 九人はどよめきながら、ぶつぶつと「マジかよ……」みたいなことを呟いていた。


「つれない反応だ。……君は少し違うようだが」


「驚く理由が分からなかったからな。━━お前は何者だ?」


 入ってくるだけで、あんな反応をされるのは普通ではない。

 ━━大方の予想はつくが。


「私はしがない傭兵、ルートだ。ただ、ここでは百戦無敗というだけだよ」


 やっぱりだとアレキスは思う。こういう時、その人物は大層強く裏打ちされる称号を背負っているものだ。


「時に君は……フーガというのか。初めてかい?」


「ああ」


「そのわりには手強そうだ。━━お互い健闘しよう」


「そうだな」


 握手を交わすと、ルートは気さくな笑みを湛えながら挨拶回りに行った。

 その背中を見送りながら、アレキスは近くに腰を下ろす。


「百戦無敗か……」


 インチキは疑わない。彼は実際に百回出場して百回勝利を納めている。

 生半な強さでは達成できない偉業だ。彼はこの『闘賭場』において、とても強い存在だろう。

 だからこそ、僅かな罪悪感を覚えてしまう。

 アレキスはきっと、この『闘賭場』において━━強すぎるから。





 多数の人々に囲まれるという状況が、アレキスは苦手である。

 目立つのは元より好きではなかったが、それ以上に決定的に嫌になってしまう経験があった。

 本当に、思い出したくもない。

 それでもアレキスがやらなければならなかったことだ。ルステラのため、フレンのため━━嚆矢を放ってしまった者として、最後まで力になる義務がある。


 『闘賭場』の熱気を受けながら、アレキスは登場する。


「俺様は『曲芸師』パラボラ。切り刻んでやるぜ!」


「そうか」


 内心、刃の無い曲刀でそれは無理だろと思いつつ、パラボラとやらに返事をする。

 ━━もしかして、ここは名乗るところだったのだろうか。形式みたいなのを聞けばよかった。もう遅いが。

 パラボラの投げた曲刀が放物線を描き、四方から飛来する。曲芸師というのそういうことかと得心がいく。

 だが所詮は曲芸だ。アレキスは両手で全部打ち落とし━━、


「一本は残した方がいいんじゃないのか?」


 パラボラの顔面を殴って、決着だ。



 ━━続く二回戦。


「私は『槍使い』リニア。うかうかしていたら穿ちますよ」


「そうか」


 ダジャレなのだろうか。それとも素でやっているのだろうか。謎である。

 なんて益体の無いことを考えていたら、またもや質素な返事になってしまった。

 一回戦が終わったあと聞いてみれば、名乗った方が良いらしいとのことだった。

 次は忘れないよう留意しつつ、目の前のリニアに視線を合わせる。


 こと『闘賭場』において、槍というのは非常に合理的な武器だ。

 槍の穂先は、刃がなくとも鋭利であれば人体など容易く貫通する。もっとも、防具も着けずに着の身着のまま出場している相手に対してはだが。

 防具があれば、当人の力量への依存度は高くなる。ただでさえ槍術は難しいのに、大変だ。

 アレキスも好んで使うことはまず無い。

 人には個人個人に合った武器が存在する。この『闘賭場』にアレキスに合った武器はなかったのだけれど。もっとも、あったとしても使わなかったと思うが。


「━━はっ」


 リニアの突きをアレキスは掌を刺して強引に止める。そしてさらに押し込むと、容易く力比べに勝ち、槍の持ち手がリニアの鳩尾を突く。

 しばらくは起き上がれない━━勝負ありだ。



 ことに感慨もなく、アレキスは衆目から逃れるように戻っていく。


「フーガ様、治療を━━」


「必要ない。治した」


「━━━!」


 掌には傷どころか名残すらも消え去っていて、癒者は驚く。


「━━おい、終わったなら早く来い!」


「はい! すぐに」


 癒者は応援としてすぐに駆け出していった。前の重傷者が、まだ危険な状態なのだろう。

 アレキス対リニアの前に、ルートと残り二人が戦った。そのルートと当たった二人が、重傷で運び出された。

 アレキスならすぐに完治まで持っていける。だが、治してやる義理はない。

 彼らは自ら戦って負傷したのだ。治せばむしろ、傷つけてしまう。━━それが、しっかりとした決闘であったならば。


「━━おや、フーガ。どこに行くんだい?」


 遅れて癒者を追いかけようとすると、後ろからルートに話しかけられる。朗らかな笑みを浮かべながら、ルートは近づいてきた。


「そっちは治療室だよ。君が行く理由はないと思うが……もしかして先の傷が痛むのかい?」


「いや、ちゃんと治してもらった。だが包帯ぐらいは巻いときたくてな」


「そうかな? 私には必要ないように見えるが……。まあ、気になるのなら行くといいよ。……しかし、『闘賭場』は優秀な癒者を雇ったようだね」


 アレキスの掌をしげしげと眺めながら、ルートは感嘆していた。


「━━━━。前は酷かったのか?」


「酷いというほどでもないさ。ただ、ここまで綺麗に治せる人は居なかったね」


 ルートの勘違いに乗っかって、アレキスは嘘を続ける。

 アレキスは自分が勝ち上がるのと同時に、彼の戦いも観戦していた。

 確かに『百戦無敗』と言えるほどの戦いぶりだった。━━だから少しだけ、彼の情報が欲しかった。


「毎回、来てるわけではないのか」


「はははっ、流石にそこまで闘いに飢えてるわけではないさ。ここへは、小銭稼ぎに来ているんだ」


「金のためか」


「そう要約されては、あまり健全に聞こえないが……ああ、そうだ」


 対戦者は掛け金の総計の数パーセントが、勝ったときに得ることができるのだ。

 ━━朗らかな笑みから一転、ルートは決意めいた表情をアレキスに向ける。


「傭兵稼業は、治安向上や都市部の一極集中などで苦境に立たされている。この私でさえ、大して稼げない時だってある」


 ノンダルカス王国でも、傭兵の需要というのは減ってきている。

 ただ、軍との連携などもあり、まだそこまで困窮するほどのことは少ない。


「もちろんそれが悪いとは言わないさ。治安の向上は素晴らしい。だが、私は見てしまった。そのせいで仕事を失い、自ら治安を乱す傭兵仲間を」


 人は困窮すると力の振るい方を間違えるのだ。どんなに望んでいなくとも。

 アレキスも昔、やさぐれたちを叩き直して真っ当な生き方を示したことがあった。


「だから、個々の傭兵を率いて傭兵団を立ち上げ、もっと国や都市と密着出来たらと思っている。持続可能な傭兵稼業を実現したいんだ。そのためには金というわけだ」


「単純だな」


「でも、真理だ」


 結局、金があれば色んなことが上手くいく。アレキスもさっき入市するとき、金の力に頼ったのだ。


「それで、俺に負けろとでも?」


「いやいや、勝負はあくまで公平だ。でも、君をスカウトしたい。どうだい?」


「断る」


「はははっ、即答か」


 彼の夢は素晴らしいものだ。アレキスも傭兵である以上、他国の人間とはいえ他人事ではないように思える。

 夢だけは、本当に素晴らしい。


「まあ気が変わったら、試合の後にでも来てくれよ。━━お互い、頑張ろう」


「ああ」


 最後にそれだけを告げて、ルートは去っていく。

 アレキスのどこが彼の琴線に触れたのかは分からないが、おそらく同じ傭兵であるが故に感じるところがあったのだろう。

 だが、彼の夢に手は貸せない。━━彼の夢があらぬ破滅をもたらす可能性がある限りは。


「鬼か悪魔か、あいつの背後には誰がいる?」


 通路の奥に消えてったルートに背を向けながら、アレキスは彼を思い出す。次の決勝戦までに考えを纏める必要がある。

 しかしその前に、アレキスは元々の目的を果たすために治療室へ赴く。彼の『不正』の犠牲になった選手を治すためだ。


 ━━そして、決勝戦が開幕する。

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