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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第十四話『Exposition』

 都市が変われば、人も変わる。人が変われば、様相が変わる。

 ましてやここは第二都市カブル。

 魔法連盟の本部がある第一都市とは、まさしく対となるような場所だ。


 どの国、どの時代においても、急速的な発展を厭うものたちがいる。

 『魔法国家』ティマスクスの魔法技術はここ百年未満に、革命と呼べるほどの開発が進められた。

 当然、反発は起きる。

 もともと領邦国家だったこともあり、分裂は大きかった。

 それを統一したのが━━現在の魔法連盟の骨子。三賢人による政治も同時期に始まった。

 ただ、たった一つだけ、抵抗を続けた勢力があった。


「バーゼル侯国」


 戦争と呼べるほどの戦いは起きなかったが、各地で小競り合いが繰り広げられた。

 だが、それも過去の話である。

 小競り合いは悉く調停され、互いに協調を誓い合った。

 そのせいで、第二都市カブルは主権国家に近接している。

 ━━なんにせよ、複雑な事情が絡み合っているということだ。


 ダイスが魔法連盟の息が届かないと言ったのはそのためだ。しかしもちろんのこと、目は届く。

 よって、目立った行動は控えなければならない。


「お前さん、どうして止められたか分かるか?」


 アレキスは検問に引っ掛かっていた。普通に止められて、普通に別室へ連行だ。


「聞かれるまでもない」


「なら、この後の行動は分かるな? 回れ右をして実家に帰りな」


 金髪の男は、親指で退出を促す。検問官としてごく当たり前の行動である。

 だが、アレキスはそれを突っぱねる。


「それは無理だ」


「……あのなぁ、こっちはだいぶ甘めに見てやってるんだぞ? 黒髪黒瞳の犯罪者が逃走中なんて情報は入ってきてないから、不審でも拘束しないってな。だが、あんまり強情だとそれも考えなければならん」


 さしものアレキスも正論パンチを治癒できない。なので、別の方法を用いる。


「━━これは」


 アレキスは腰辺りから満杯の袋を取り出す。パンパンに詰められているのは━━金だ。

 正論パンチに資本パンチで対抗する。


「魔導車に乗ってるから、良いとこの出だとは思ってはいたが……相当だな」


 男のぼやきは的はずれだが、金額に嘘はない。

 この金の大部分は、以前フレンが売り飛ばされた剣である。ファミルド王国では使う機会がなかったので、巡り巡って今に至る。

 傭兵アレキスの稼ぎで返せるだろうかと現実的な悩みは、考えないようにしよう。


「汚職は勘弁なんだが、こうも見せられると目が眩むな。……そうだな、これのさらに倍。二人分出せるなら見逃してやろう」


 そう言って男は隣を指差す。実はこの部屋には二人いたのだ。

 もう一人はスキンヘッドの男。口を引き結んで沈黙を貫いている。

 外面の印象だが、曲がったことを嫌いそうだ。だが、何も言わない。

 つまり金髪の男の言っていることを認めている。金を受けとること━━否、無理を言って素直に帰らせようとしている意図を。


「二人分は出せない」


「そうか、なら……」


「だが、二人分にすることはできる」


 袋をさらに押し込み、アレキスはさらに交渉を続ける。


「この都市にはあるだろ? 金を増やせる場所が」


「……『闘賭場』か。それで一番人気に賭けろってか?」


「いや、それじゃ倍にならない。━━だから、その金を全部俺に賭けろ」


 想定外の一手を繰り出されて男たちはたじろぐ。


「お前さん……俺の意図を読んだ上での交渉だな?」


「さあな」


「……、何故、そこまでして入ろうとする」


 適当に受け流すと、今度は後ろで沈黙していたスキンヘッドの男が口を開いた。


「……、何が目的だ? 何を企んでいる?」


「何も企んでなどいない。平和を脅かすことはしない」


「……、信じられると思うか?」


 一触即発の気が高まっていく。

 正直、ここでちゃぶ台をひっくり返すことはできる。しかし最終手段とはえてして良い行動にはなり得ない。

 人として真っ当な精神は失ってはならないのだ。


「━━まあ、待て待て。あくまで俺の勘だが、こいつは俺たちに利益をもたらしてくれそうだ」


「……、お前の勘がなんだ。……、戯言もほどほどにしろ」


「馬鹿言え。忘れたのか? 俺の勘のおかげで、お前は今生きてるんだぞ?」


 一本芯の通った男が、わずかに揺らぐ。

 もっとも理屈にはあまり芯が通ってなさそうだが。ただそれでも揺らいだということは、彼にとって重大なことだったのだろう。━━なんにせよ少し機運が巡ってきている。


「もちろん無条件とはいかせないさ。条件は……二つだな」


 金髪の男は二つ指を立てて、アレキスの目の前に突き出してくる。スキンヘッドの方も、一旦聞く体勢に入った。


「まず入市許可証だが……普通のものと特殊なものの二枚書いてもらう」


 金髪の男は近くの棚からごそごそと二枚の紙を取り出した。普通と特殊と言われたが、一見二つに違いはない。


「一緒に見えるが、実は違う。右の紙は、サインをすると位置情報が分かり、任意で失神するほどの痛みを与えられる」


「……犯罪者用か」


「そうだ。本来の用途は、これに調印させて泳がせて、都市内で捕まえるために使う。とはいえ俺も使うのは初めてだが」


 確かに特殊な事案ではある。実際、使い道など皆無に等しいだろう。

 だが、今はさらに特殊な事案だ。逆に使用機会に恵まれていると捉えるのは過言。


「もう一つはなんだ?」


「それは単純だ。試金石……つまり、お前さんがどれだけの者かを測るんだ。だから、ここでガンズと戦ってもらう」


 金髪の男が指差したのは、スキンヘッドの男もといガンズだ。風格は猛者を漂わせるが、果たして中身は━━、


「ちなみに、ここで負けたら、お前さんは即刻豚箱行きだ。━━それでもやるかい?」


「ああ」


 最後通牒まで宣告してくれるとは少し優しすぎるのではと思うが、アレキスにも受け取れない理由がある。先んじて入市書に調印する。

 金髪の男は肩をすくめて、


「何がそんなに、お前さんを突き動かすのやら」


 アレキスとガンズから距離を取る。そしてだいたい真ん中に移動して、テーブルを引く。


「いいか、物は壊すなよ。音もあまり立てるな。━━それじゃあ、ファイト」


 腕を振り上げて開戦を合図する。ガンズとの距離は腕二本分ぐらいだ。

 正直に言えばどうとでもできる。だが、アレキスは棒立ちで相手を見据えていた。

 ガンズは脱力し、一定の呼吸を刻んでいる。


 ━━確か、『魔法国家』━━それもこの地域特有の戦闘スタイルだ。昔、教えてもらった。

 今でも再現は可能だろうが、あまり使ったことはない。心肺機能に多大な負荷がかかるからだ。

 その分の恩恵はあるが、成長したアレキスには少なくなってしまった。

 名称は━━、


「━━ふっ」


 脱力した身体から、鋭い突きが繰り出される。それが肋骨を打ち据えて━━アレキスは思い出す。

 ━━『呼怒法』と『怒吸法』。合わせて『怒法呼吸』と呼ばれるものだ。

 それを身で体感しながら、アレキスは怯むことなく突きを掴んで、


「悪いが、行かせてもらう」


 ガンズを壁にぶつけるギリギリまで投げる。当たれば顔面が潰れていただろう衝撃を予感して、静かにガンズは息を呑んだ。

 そして、


「……、俺の負けだ」


 潔く負けを認めた。互いの協定通り、アレキスは入市できるだろう。


「悪くない打撃だった」


「……、そうか」


 姿勢を戻したガンズと握手を交わす。

 実際、彼の打撃はアレキスの肋骨にひびを刻む強さだった。


「いやぁ、まさかここまでとはな。分かった、お前さんを通す。しかし、約束を忘れるのはやめてくれよ?」


「ああ」


「いい返事だ。期待しておくよ」


 アレキスは、ようやく解放される。少し誤算もあったが、概ね欲しい結果は得られた。

 約束を果たすのもそう難しいことではない。果たせば彼らはアレキスを信用してくれるだろう。


「そうだ、お前さん」


 部屋から出る直前、金髪の方に声をかけられる。


「『闘賭場』に出るとき、名前はどうするんだ? ワケアリみたいだし、流石にその名では出ないだろう? お前さんの名前を聞かせてくれよ」


 正直、普通に本名で出るつもりだった。だが、どんな目があるかは分からないので、やはり控えた方が良いのだろう。あまり気は進まないが。

 パッと思い付いたのは、フラムが呼んでいる『アレキ』という愛称だった。彼女がどうしてスまで言ってくれないのかは知らないが、候補としての一番はこれだった。

 しかしそれだと本名と対して変わらない。ならば他には━━、


「━━━━」


 名を羅列したとき、それを思い出すのは必然だった。一拍、躊躇いを宿し━━さらに、間を空けるのは良くないとアレキスは制止する。

 出してしまえば、それ以上はない。


「━━『フーガ』。それが俺の名だ」 

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