第十四話『Exposition』
都市が変われば、人も変わる。人が変われば、様相が変わる。
ましてやここは第二都市カブル。
魔法連盟の本部がある第一都市とは、まさしく対となるような場所だ。
どの国、どの時代においても、急速的な発展を厭うものたちがいる。
『魔法国家』ティマスクスの魔法技術はここ百年未満に、革命と呼べるほどの開発が進められた。
当然、反発は起きる。
もともと領邦国家だったこともあり、分裂は大きかった。
それを統一したのが━━現在の魔法連盟の骨子。三賢人による政治も同時期に始まった。
ただ、たった一つだけ、抵抗を続けた勢力があった。
「バーゼル侯国」
戦争と呼べるほどの戦いは起きなかったが、各地で小競り合いが繰り広げられた。
だが、それも過去の話である。
小競り合いは悉く調停され、互いに協調を誓い合った。
そのせいで、第二都市カブルは主権国家に近接している。
━━なんにせよ、複雑な事情が絡み合っているということだ。
ダイスが魔法連盟の息が届かないと言ったのはそのためだ。しかしもちろんのこと、目は届く。
よって、目立った行動は控えなければならない。
「お前さん、どうして止められたか分かるか?」
アレキスは検問に引っ掛かっていた。普通に止められて、普通に別室へ連行だ。
「聞かれるまでもない」
「なら、この後の行動は分かるな? 回れ右をして実家に帰りな」
金髪の男は、親指で退出を促す。検問官としてごく当たり前の行動である。
だが、アレキスはそれを突っぱねる。
「それは無理だ」
「……あのなぁ、こっちはだいぶ甘めに見てやってるんだぞ? 黒髪黒瞳の犯罪者が逃走中なんて情報は入ってきてないから、不審でも拘束しないってな。だが、あんまり強情だとそれも考えなければならん」
さしものアレキスも正論パンチを治癒できない。なので、別の方法を用いる。
「━━これは」
アレキスは腰辺りから満杯の袋を取り出す。パンパンに詰められているのは━━金だ。
正論パンチに資本パンチで対抗する。
「魔導車に乗ってるから、良いとこの出だとは思ってはいたが……相当だな」
男のぼやきは的はずれだが、金額に嘘はない。
この金の大部分は、以前フレンが売り飛ばされた剣である。ファミルド王国では使う機会がなかったので、巡り巡って今に至る。
傭兵アレキスの稼ぎで返せるだろうかと現実的な悩みは、考えないようにしよう。
「汚職は勘弁なんだが、こうも見せられると目が眩むな。……そうだな、これのさらに倍。二人分出せるなら見逃してやろう」
そう言って男は隣を指差す。実はこの部屋には二人いたのだ。
もう一人はスキンヘッドの男。口を引き結んで沈黙を貫いている。
外面の印象だが、曲がったことを嫌いそうだ。だが、何も言わない。
つまり金髪の男の言っていることを認めている。金を受けとること━━否、無理を言って素直に帰らせようとしている意図を。
「二人分は出せない」
「そうか、なら……」
「だが、二人分にすることはできる」
袋をさらに押し込み、アレキスはさらに交渉を続ける。
「この都市にはあるだろ? 金を増やせる場所が」
「……『闘賭場』か。それで一番人気に賭けろってか?」
「いや、それじゃ倍にならない。━━だから、その金を全部俺に賭けろ」
想定外の一手を繰り出されて男たちはたじろぐ。
「お前さん……俺の意図を読んだ上での交渉だな?」
「さあな」
「……、何故、そこまでして入ろうとする」
適当に受け流すと、今度は後ろで沈黙していたスキンヘッドの男が口を開いた。
「……、何が目的だ? 何を企んでいる?」
「何も企んでなどいない。平和を脅かすことはしない」
「……、信じられると思うか?」
一触即発の気が高まっていく。
正直、ここでちゃぶ台をひっくり返すことはできる。しかし最終手段とはえてして良い行動にはなり得ない。
人として真っ当な精神は失ってはならないのだ。
「━━まあ、待て待て。あくまで俺の勘だが、こいつは俺たちに利益をもたらしてくれそうだ」
「……、お前の勘がなんだ。……、戯言もほどほどにしろ」
「馬鹿言え。忘れたのか? 俺の勘のおかげで、お前は今生きてるんだぞ?」
一本芯の通った男が、わずかに揺らぐ。
もっとも理屈にはあまり芯が通ってなさそうだが。ただそれでも揺らいだということは、彼にとって重大なことだったのだろう。━━なんにせよ少し機運が巡ってきている。
「もちろん無条件とはいかせないさ。条件は……二つだな」
金髪の男は二つ指を立てて、アレキスの目の前に突き出してくる。スキンヘッドの方も、一旦聞く体勢に入った。
「まず入市許可証だが……普通のものと特殊なものの二枚書いてもらう」
金髪の男は近くの棚からごそごそと二枚の紙を取り出した。普通と特殊と言われたが、一見二つに違いはない。
「一緒に見えるが、実は違う。右の紙は、サインをすると位置情報が分かり、任意で失神するほどの痛みを与えられる」
「……犯罪者用か」
「そうだ。本来の用途は、これに調印させて泳がせて、都市内で捕まえるために使う。とはいえ俺も使うのは初めてだが」
確かに特殊な事案ではある。実際、使い道など皆無に等しいだろう。
だが、今はさらに特殊な事案だ。逆に使用機会に恵まれていると捉えるのは過言。
「もう一つはなんだ?」
「それは単純だ。試金石……つまり、お前さんがどれだけの者かを測るんだ。だから、ここでガンズと戦ってもらう」
金髪の男が指差したのは、スキンヘッドの男もといガンズだ。風格は猛者を漂わせるが、果たして中身は━━、
「ちなみに、ここで負けたら、お前さんは即刻豚箱行きだ。━━それでもやるかい?」
「ああ」
最後通牒まで宣告してくれるとは少し優しすぎるのではと思うが、アレキスにも受け取れない理由がある。先んじて入市書に調印する。
金髪の男は肩をすくめて、
「何がそんなに、お前さんを突き動かすのやら」
アレキスとガンズから距離を取る。そしてだいたい真ん中に移動して、テーブルを引く。
「いいか、物は壊すなよ。音もあまり立てるな。━━それじゃあ、ファイト」
腕を振り上げて開戦を合図する。ガンズとの距離は腕二本分ぐらいだ。
正直に言えばどうとでもできる。だが、アレキスは棒立ちで相手を見据えていた。
ガンズは脱力し、一定の呼吸を刻んでいる。
━━確か、『魔法国家』━━それもこの地域特有の戦闘スタイルだ。昔、教えてもらった。
今でも再現は可能だろうが、あまり使ったことはない。心肺機能に多大な負荷がかかるからだ。
その分の恩恵はあるが、成長したアレキスには少なくなってしまった。
名称は━━、
「━━ふっ」
脱力した身体から、鋭い突きが繰り出される。それが肋骨を打ち据えて━━アレキスは思い出す。
━━『呼怒法』と『怒吸法』。合わせて『怒法呼吸』と呼ばれるものだ。
それを身で体感しながら、アレキスは怯むことなく突きを掴んで、
「悪いが、行かせてもらう」
ガンズを壁にぶつけるギリギリまで投げる。当たれば顔面が潰れていただろう衝撃を予感して、静かにガンズは息を呑んだ。
そして、
「……、俺の負けだ」
潔く負けを認めた。互いの協定通り、アレキスは入市できるだろう。
「悪くない打撃だった」
「……、そうか」
姿勢を戻したガンズと握手を交わす。
実際、彼の打撃はアレキスの肋骨にひびを刻む強さだった。
「いやぁ、まさかここまでとはな。分かった、お前さんを通す。しかし、約束を忘れるのはやめてくれよ?」
「ああ」
「いい返事だ。期待しておくよ」
アレキスは、ようやく解放される。少し誤算もあったが、概ね欲しい結果は得られた。
約束を果たすのもそう難しいことではない。果たせば彼らはアレキスを信用してくれるだろう。
「そうだ、お前さん」
部屋から出る直前、金髪の方に声をかけられる。
「『闘賭場』に出るとき、名前はどうするんだ? ワケアリみたいだし、流石にその名では出ないだろう? お前さんの名前を聞かせてくれよ」
正直、普通に本名で出るつもりだった。だが、どんな目があるかは分からないので、やはり控えた方が良いのだろう。あまり気は進まないが。
パッと思い付いたのは、フラムが呼んでいる『アレキ』という愛称だった。彼女がどうしてスまで言ってくれないのかは知らないが、候補としての一番はこれだった。
しかしそれだと本名と対して変わらない。ならば他には━━、
「━━━━」
名を羅列したとき、それを思い出すのは必然だった。一拍、躊躇いを宿し━━さらに、間を空けるのは良くないとアレキスは制止する。
出してしまえば、それ以上はない。
「━━『フーガ』。それが俺の名だ」




