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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第六話『暁の山』

「そんなに気になるなら、見に行ってこれば?」


 手持ち無沙汰を紛らすために部屋の片付けをしていたら、背後から声がかる。振り返ると、そこにはルステラが立っていた。


「気になって…………は、いるが、アレキスの言うとおり、私が行っても足手まといになるだけだ」


「別に加勢しに行くってわけじゃないんだし、大丈夫なんじゃないの?」


 ルステラの疑問に、フレンはふるふると頭を振る。

 確かに、彼女の言い分どおり剣を振るだけが戦いじゃない。逃げ回って逃げ回って、回避に専念すればまずフレンならば死ぬことはないだろう。

 だが、それは一般の兵士に対してでしか有効でない。


「レガートとは個人的な面識があってな。……あいつに出会ったら、動けなくなりそうだ」


「……アマン?」


「何故そうなる! 普通に友人だ」


 部隊との直接的な関わりはないが、レガート個人に絞れば、それなりに━━否、とりわけ大切な人だった。

 だからこそ、刃を向けられたとき、自分の行動が予測できなくて恐ろしいのだ。一切の抵抗なく、身を明け渡してしまいそうで。


「だったら、話せばわかってくれそうだけど」


「『影跋』と手を組んでいるやつがか? それは流石に無理がある」


「実は全部ブラフでした、みたいな展開だったりして」


「だとしたら、アレキスと二人きりで話したときに打ち明けるだろう」


「それもそうだね」


 なんにせよ情報が足りていない以上は、迂闊には動けない。それがみんなの共通見解だった。


「でもまあ、敵対がそのまま生存確認みたいな感じだもんね。そこは幸いと言えるのかな」


 フレンも、ルステラと同じ事を思っていた。

 レガートたちは『影跋』と手を組んだ。だからこそ、生存が約束されている。皮肉な話だけれど。


「アレキスの方は、今どんな感じだろ」


 ふと耳を揺らしながらルステラは呟いた。

 アレキスが出て行ってから、一時間は経とうかという時間だ。移動時間を鑑みても、戦闘は終盤に差し掛かっているだろう。

 ━━フレンが挑めなかった、その戦闘は。


「やっぱり、行こうか」


 ルステラの言葉に、フレンは呆気にとられる。意味じゃなく、意図がてんでわからなかったからだ。

 先ほどから行けば足手まといにしかならないと、さんざん言ってきたのだが。


「戦いが終わったら、別に動けなくてもいいじゃん。漁夫の利だよ漁夫の利」


「それはまた意味が違うと思うが。それに……」


 動けなくなるというのは、事実ではあるが少し甘い言い方だ。心情的には、たぶん死にたくなると表現した方が適当である。

 だからフレンは行けない。だってフレンは━━、


「━━安心して、フレンはわたしが守る」


 ルステラの瞳が、フレンの存在を掬い取る。必ず守ると煌めいた瞳から、フレンは目を離せない。

 彼女が、彼女たちとならば、あるいは━━。


「━━わかった。行こう」


 わき上がる感情に突き動かされて、フレンはついに決心するのだった。





 口上とともにポーコは手を前へ突きだし、握る。そして開けば、指の合間に謎の白い包みが挟まっていた。

 ポーコはそれを投げつけると、包みから白い煙が発生した。━━煙幕だ。


「━━━━」


 リゾルートを右手で引き寄せ、奇襲に備える。

 しかし『影跋』の真価は気配繰りにあり、本気で気配を消されたらアレキスにも見つけることはできない。

 けれど、攻撃の位置は予測可能だ。ポーコなら、おそらく、


「首飛ばされたら、流石に死ぬっすよね!」


「死ぬな」


 アレキスの首の位置を短剣が横薙ぎ一閃。それをすんでのところでしゃがみ込み、かわす。

 そして、ポーコがいるであろう位置にアレキスは短剣を全力投球した。

 しかし━━、


「━━━っ!」


 投げた短剣が、加速度そのままで剣先を煌めかせながら返ってくる。それを首を傾ける最小の動きで逃れようとすると、短剣は頬を掠めてはるか彼方まで飛んでいった。

 頬の傷は、すでに無い。


「相変わらず、ヤバイっすね」


 煙幕の中から声が聞こえるが、ポーコはおそらくその方向にいない。声と位置が必ずしもイコールで結ばれないが故に、煙幕を張りながらも喋りかけるのだろう。


「━━でも、本当に居たりして」


 声の方向を背中に向けて立っていたアレキスは、不意に呟かれた声に振り向く。が、ポーコの方が一手早かった。

 ポーコの短剣が、アレキスの左脇腹に深々と突き刺さる。


「刺したな」


 深々と突き刺さる短剣にまったく怯むことなく、アレキスはポーコの腕を掴んだ。しかし、袖を抜いて器用に拘束を解かれた。

 同時に煙幕の効果が、ほとんど失われる。


「腕じゃダメか」


「いやいやいや、こちらこそ、脇腹じゃダメかって嘆きたい気分っすよ!」


 短剣が引き抜かれた脇腹からは、もう怪我が存在していなかった。


「袖と短剣一本使って、無傷の男が一人っすか……。でも首チョンパすれば死ぬって情報はいい収穫っすね。ま、もう武器ないんすけど」


「残念だな」


「……あ、首チョンパできる武器がっすよ。武器自体はあります。使いたくないっすが」


 そう言って、ポーコは左の袖から、黒い光沢を放った武器を出す。

 短剣よりもさらに短いそれは━━、


「━━クナイ」


「お、知ってんすね。意外と知名度とか低いんすよね。まあ、こんなのもうジジイしか使ってないんで、妥当っちゃ妥当ですが」


 ポーコはクナイを手で弄びながら、武器の調子を確かめる。それを見ながら、アレキスは危険度が一段階上がったことを肌で受けとる。


「第二ラウンド……最初のも含めたら第三ラウンドっすね。━━次は、広く使おう」


 直後、ポーコの背後にある天幕が、砲弾のようにアレキス目掛けて一直線に襲いかかった。

 天幕は大きいかつ布地で、拳や短剣じゃ分が悪いため、リゾルートを手放し、リゾルート携えていた剣だけを引き抜いて一刀両断する。

 切り裂いた天幕を越えながらリゾルートの安否を確認して、それからポーコの姿を探すが、見当たらない。広く使うと言っていたが━━、


「━━そういうことか」


 野営地を取り囲むように、ポーコの気配が数百にも増殖していた。━━だがしかし、それは分身ではない。

 『影跋』の真価は気配繰り。それでもこれは、簡単にできる芸当じゃないけれど。


「━━っ、天幕」


 今度は飛ぶのでなくスライド移動で天幕が接近してくる。

 奇怪な動きをまた両断しようと剣を構えて━━思いきり、右に飛んだ。

 天幕が風を切り裂きながら移動し、途中で大爆発を引き起こした。


「面倒だな」


 煙と気配消しと奇襲。都合、三回目だろうか。多彩さはないが、これが一番されたら嫌なことなので、選択として間違いはない。

 しかし、何度も繰り返されると困る理由がアレキスにはあるので、この回で決めにいく。


「━━━━」


 砂煙へ一直線に、足並みがバラバラで接近してくる気配がする。その一つへ、剣を握ったままの手で器用に短剣を投げる。が、それが半ばで真っ二つに切断された。

 どうやら、この包囲網は簡単には抜けられないらしい。


「━━━━」


 一度披露したことがあったが、アレキスの技能の中には『影跋』のものも入っている。

 この中の基本的な技である気配消しは、なにも自分だけに限った技じゃない。やろうと思えば、他人にも干渉できる。

 なのでリゾルートはここに一旦置いて、自分を使ってポーコをあぶり出す。

 だがその前に、


「剣は返そう」

 

 あくまでもアレキスの目的はポーコの捕獲であって殺害ではない。なので捕獲する目処が立った以上、剣はむしろ無い方がよかった。

 なので、リゾルートを静かに地面へ置き、剣を鞘へ戻そうとしゃがんだ瞬間━━刃物が肉を貫く、音がした。


「━━か」


 声にもならない音を奏でて、アレキスは凝然と目を見張る。だってその視線の先には、酷薄な笑みを湛えて、アレキスの喉をクナイで突き刺したリゾルートがいたから。


「味方とて安心するな……とかリゾルートさんは言うんすかね。いや、言わないか」


 引き抜いたクナイを振りながら、リゾルート━━もといポーコは軽い調子でリゾルートの物真似をしていた。

 しかし、力なくうつ伏せに倒れるアレキスの耳には、もはやどうでもいいことだ。

 なにせ━━、


「━━もう、死んだっすかね」


 治癒魔法にはまだ弱点がある。それは即死攻撃には為す術がないというものだ。

 だがアレキスならあるいはと思ったが、どんどんと衰弱して命が潰えた気配に、ポーコは片目を伏せた。

 そして、最後に残ったリゾルートを殺そうと━━、


「━━あ?」


 足首に何か感触が━━と思った瞬間、ポーコの身体は投げ飛ばされていた。

 途中で軌道を変えることもできず、真っ直ぐに奥の天幕の枠組みに激突する。

 すぐに体勢を立て直そうと、身をよじって━━眼前にアレキスが立っていた。


「なんで追いついて……いや、生きて……は?」


 わけがわからないとぼやくポーコに、アレキスは解説をする。


「死んだふりは国で習わなかったか? 基本中の基本だぞ」


 命が希薄になれば、気配も希薄になる。それを気配繰りで演じて死を偽装する。━━もちろんのことながら、今回のようなケースでなければ使い道はない。

 だが、相手が『影跋』なれば、勝手に気配を感じ取って勝手に誤認する。試してみたが、大成功だった。


「喉の方はどういうわけっすか」


「どうもこうも治癒魔法だ」


「はっ、馬鹿げてるっすね」


 力なく肩を上げたポーコには、もう抵抗を諦めている感じだった。

 こちらとしては、まだなにかあると疑ってはいるが━━、


「策士策に溺れたんすよ。もうなにもやりませんって」


 自分の策略に見事はめていたと信じながら、実は相手の手のひらの上で踊り狂う道化だったと理解したらしい。

 そこまで、緻密に組み立てていたわけではないけれど。


「変装術のこと、いつ見破ったんすか」


 ━━変装術。

 その存在を認めれば、不可解だった部分に説明がつく。

 要するに、アレキスに協力の話を持ちかけたのは、レガートではなく変装したポーコだったというわけだ。

 アレキスをここに来させることさえできればなんでもよかったのだから、話も適当で、むしろ適当過ぎるぐらいがちょうどよかった。

 疑問を抱いた時点で、アレキスたちは数手遅れていた。


「━━━━」


 ポーコの問いかけに、アレキスは無言で彼が寄りかかっている天幕を指差した。

 驚くことに臭いが一切しないが、おそらく中身は━━、


「━━死体っすよ」


 ポーコが天幕を開けば、隊員の死体が一人も余すことなくぎゅうぎゅう詰めにされていた。

 野営地に足を運んだとき、隊員は気配を消していたのではなく、みな死んでいたのだ。変装術を見破ったとすれば、気配のなさを疑問に思ったときだ。

 だがもし、レガートが話を持ちかけてきたときに、それがポーコであることを見破れていれば、こんな屍の山を拝むこともなかったのではないか━━。


「不覚だな」


「いや、あんたはよくやったっすよ。リゾルートさんを助けてるんすし」


 謎の励ましに、アレキスは顔をしかめる。

 だが、死体をちゃんと確認すれば、アレキスがどれだけ頑張っても隊員全員を助けるのは不可能だったと最悪だが認めざるを得ない。

 死体の具合から見て、殺されたのはたぶんポーコがフレンを見つけた直後だろう。

 ならばアレキスがする後悔は、あのとき声をかけなければよかった、だ。


「ま、なんにせよ僕は負けたんす。どうぞ、お捕まえてください」


「━━━━」


「そんな訝しむ目をしたって、なにも出ないっすよ」


 アレキスの知っている『影跋』は、もっと狂気的なイメージだ。

 誰かをなんの感情もなく殺害するのは十分狂っているが、その一点に関わらず、『影跋』というのは、根っからの外法集団なのだ。


「出ないはずでしたが……」


 陰惨な笑みを貼りつけて、ポーコの目に黒い光が宿る。その瞬間アレキスは身構え、最大限の注意を払いながらポーコを取り押さえようとするが、先にポーコの大声がアレキスを越えて━━、


「━━シュネル・ハークラマーだッ!」


 呆然と立ち尽くす、フレンの胸を穿った。

 アレキスには聞き覚えのない名前だったが、何の意味もなく発せられた名前でないことはすぐに理解する。


「ルステラ……ぁ!?」


 ルステラにフレンを止めてもらおうと呼びかけようとすると、次の瞬間にはフレンがポーコの胸ぐらを掴んでいた。

 常外のスピードで詰め寄られ、アレキスは呆然とする。


「おい! どういうことだ!」


「…………」


「おい!」


 ポーコの胸ぐらを掴み、ぐらぐらとフレンは揺らす。それを見かねて、アレキスは頭をゆるゆると振った。


「もう死んだ。そういう術式を編まれていたんだろう」


 虚ろな目になったポーコについて説明をする。

 それからフレンの肩を掴もうとすると、強烈に振り払われた。


「やめろ、アレキス。お前は何も悪くない。━━だから、やめてくれ」


 死体の山に痛ましげに目を伏せて、フレンはここを後にしようと身を翻す。

 その背中に、追いついてきたルステラが声をかけた。


「フレン、待って!」


 ルステラの制止に、フレンはゆったりと振り向く。そして厭世的な笑みを浮かべながら、


「二人とも、ありがとう。それと……」


 二人の顔を交互に見て、口元を引き締める。


「私は『暁の戦乙女』だ」


「━━━━」


「全部、終わらせる」


 フレン・ヴィヴァーチェ━━『暁の戦乙女』は、鬱蒼とした森の中へ、吸い込まれていった。

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