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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第十話『傲慢』

「……マルティ」


 事態の深刻さがどの程度なのか見えない現状、出来ることも限られる。

 ルステラは、さきほど救出した少女に名を聞いた。

 戸惑いは残っているようだが、しかし、しっかりと答えてくれた。


「マルティちゃん、率直に聞くね。━━どうして、あんなことになったの?」


 駆け引きを行う余裕はない。心を見過ごしたくはないが、踏み込まなくては助けるもなにもないのだ。

 マルティは何拍か呼吸を行って、そして、口を開いた。


「━━わからない」


 言葉は単純で、形になればただそれだけのことだった。

 マルティが悪いわけではない。

 ただ彼女にこだわる理由が薄れただけだ。保護をして、すぐにフラムの捜索にいかなければならない。

 幸いにも、大まかな方向はアメリが見ていてくれたので知っている。流石に、最後に視認したのと真逆に向かっている可能性はほぼないだろう。

 ルステラは進むべき方角に首を向けると、腕のなかでマルティが震えた。


「私には、わからないって。パパも、誰にもわからないって。━━殺さなきゃだめなだけだって……!」


 痛ましさを感じるほどの訴えに、ルステラは意識を引き戻される。

 殺人の理由として真っ先に検討するのは怨恨だろう。

 父親が誰かから何らかの恨みを買って、マルティはそれに巻き込まれた。そんなところが妥当だと考えていた。

 しかしながら彼女の言い分は、それを汲み取れない。恨みつらみではなく、不条理がなるべくしてなった結果と━━、


「━━━━」


 一瞬、過ってしまった考えをルステラは破棄する。魔力を探ればすぐに判明した。

 もしかしてを解消しただけで、スタート地点からは微塵も動いていないが。いや、遠ざかったとも言える。

 彼女が狙われる理由はなんだろうか。あるいはそのアプローチすら間違っているのだろうか。分からないというのは本当にもどかしい。


 ━━しかし、状況は唐突に転じる。


「おねえちゃ……」


 ルステラの行動が一拍遅れたのは、マルティに意識を取られていたからではない。

 ━━認識阻害をかけているという慢心が、ルステラの行動を鈍らせた。


「っ━━」


 慢心のツケは傷をもって払わされる。

 質量をもった風のようなものが、頬を掠めて血飛沫が舞った。


「おねえちゃん……!」


「大丈夫。それとありがとう。あなたがいなければ危ないところだった」


 慢心が致命傷に繋がらなかったのは、マルティのおかげだ。

 もし彼女がいなければ━━頭を砕かれていた。そこまでいくとルステラの治癒魔法じゃ治せない。

 アレキスが近くにいない今、基本的に致命傷は受けられないのだ。

 意外に深く入った傷を押さえて、ルステラは間合いをとった『男』に向き直る。


「顔面なんてひどいね。それも女の子にさ」


「━━女だからなんてのは関係ない。お前が弱いから、傷がつく。自分の顔は自分で守れ」


 男は尊大な態度で指を伸ばし、そう突きつける。


「子どもも同じだ。そもそも女子どももって考え方が変だな。俺が強くて、自分が弱いことを噛み締めるだけでいいんだ」


「なんとも傲慢な考え方だね」


「強者の権利だろ」


 不遜男は、しかし、それを吐けるだけの実力を感じられた。彼はルステラが出会ってきた中でも上位の強さだ。

 さらに場も悪い。

 フレンと戦った時や、セーラにレクトを送り届けた時のように、周囲を巻き込むことができない。

 加えて、今は屋根の上なのだ。衆目から逃れるため移動していたが、裏目に出た。足元がおぼつかない。


「強者は驕る、弱者は虐げられる。━━野暮なことは捨て置こうぜ!」


 互いの目的は互いに理解している。だから確かめ合うなんてことはしない。

 男はマルティを殺し、ルステラはマルティを守る。言葉は不要だった。

 男は後ろ足で屋根を蹴り、距離を一瞬で消す。


「━━マジか、合わせるかよ」


 風すらも置き去りにするような男の上段蹴りに、ルステラも足をかち合わせる。

 力が拮抗し━━均衡はすぐに崩壊した。

 ルステラの体制が崩され、男は再度後ろ足でステップを踏む。そしてルステラの顎に、蹴りをぶちこんだ。

 ━━それがすり抜ける。

 フレンとの戦いの時に一度見せたものだ。


「驕れないぜ、それじゃ」


 男は突き抜けた右足を返して、左足、右足と連撃を叩き込む。空振りし続けるその姿は、マルティから見れば滑稽に見えたかもしれない。

 しかし、男は唯一の弱点を衝いていたのだ。

 瞬きほどの時間で叩き込まれた十連撃。その一つがルステラの掌にヒットした。


「っ━━!」


 手首から先が持っていかれそうな衝撃に、ルステラは悶絶する。

 のけ反る身体じゃ、降り下ろされる脚をガードできない。だから、ここは魔法の出番だ。

 『魔法国家』では可能な限り使いたくなかったが、四の五の言ってられなかった。

 ルステラは弾かれた掌から炎を出し、牽制と距離の確保を同時に行う。


「━━やっぱり、そうだな」


 空いた距離を眺めて、男は不愉快げに足を鳴らした。


「俺のこと、厄介だなとか思ってんだろ?」


「……だったらなに」


 眉をひそめてルステラは返す。

 それが男は気に入らなかったのだろう。腕を広げて声を荒げた。


「もっと傲慢になれよ! 俺の蹴りに合わせておいて、小さくなるなんて……悲しいよ」


「え?」


「悲しい悲しい悲しい悲しいよ、俺」


 両手で顔を覆って、男は本気で嘆き悲しんでいた。内側では涙さえ混じっていたかもしれない。

 かと思えば、恐ろしいほどに冷めた闘争心をルステラに浴びせて、


「驕り高ぶれ、でなきゃ死ね」


 ルステラの返答は待たれない。開戦と同じだ。会話せずとも、理解してしまえる。

 男が地を蹴って跳躍した。何度も見た動作で、ルステラの視力はそのスピードに慣れていた。

 ━━慣れていたのは、男の蹴りに対してだった。

 ルステラの動体視力が捉えた頃にはすでに手遅れだった。━━眼前に迫る拳が、ルステラを深く打ち据えていた。

 身体が舞って、屋根の上を豪快に滑り落ちる。


「お前は強いが、強者に必要なものが欠落している。━━故に弱者だ」


「━━━━」


「ヘボすぎてお話にならん」


 男は不遜に鼻を鳴らし、退屈そうに欠伸をした。

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