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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
63/124

第七話『Confidence』

 フレンがあまり夢を見ないのは、現実で果てしない夢を全力で追いかけているからだろうか。

 故に、睡眠時に夢を見ることはなく、全力で眠るばかりなのであろう。

 わざわざそんなことを思ったということは、つまり、フレンは夢を見たのだ。

 内容は、実はハッキリしない。

 確信があるのは、ノンダルカス王国の━━シュネルやアルト、レガートやメレブンがそこにいたということ。

 中でも印象に残ったのは━━メレブンだった。

 当然、眠る前まで顔を合わせていたのだから出てくるのは不思議じゃないし、存在感が強いのも納得できる。

 だけど、たぶんそれだけじゃない。

 ━━それだけじゃないという感覚だけが、フレンに残り続けていた。



「…………」


 フレンは寝覚めが良い方だし、寝つきもすこぶる良い。わずかに起床時のぼやけは感じるのだが、わりとすぐに掻き消える。

 加えて、体内時計にも自負がある。

 特に外的要因がなくとも、決まった時間に目を覚ますことができるのだ。

 だからこそ、異変にはすぐに気がついた。

 朝に起きるはずだったのが、とっくに昼過ぎになっている。と。


「━━━!」


 フレンはベッドから跳ね起きる。長い肢体が床を捉えて、ちょっと滑った。転けかけた。危ない。


「おっと……」


 体制を持ち直し、すぐさま部屋を出ようとする。すると、扉の真ん中に堂々と紙が貼ってあった。


『フレンちゃん、起きたら食堂まで来てな。なるべくはよ来てくれると助かるわ』


 読み解くまでもなく、考察するまでもなく、メレブンが書いたものだ。

 ただ少しだけ、変な雰囲気はある。食事、というわけではなさそうだ。


「考えすぎも、よくないんだがな……」


 起きる直前か、それよりももっと前だったのかは定かではないが、記憶の一番手前にある夢が、フレンの脳裏を再度掠めた。





 食堂に向かう前にフレンは隣の部屋━━ルステラにあてがわれた部屋を覗いた。

 しかし、そこにルステラの姿はなく、ただの一室以上の情報は置かれていなかった。

 とはいえ、朝起きてフラムの温もりを感じなかった時点で、大方は予想通りといった具合だ。

 やはり真っ直ぐ、指定された食堂まで向かうしかない。

 フレンは扉を両手で押し開けた。


「お、来た来た。おはよーさん」


 食堂の上座に堂々と座ったメレブンは、挨拶をしながら手をヒラヒラと振る。


「おはよう。……ルステラたちは? てっきり居るものと思ってたが」


「ああ、それなぁ。みんなにはちょっと出てってもらったんよ。しばらくは帰ってこんで」


 メレブンは頬杖をつきながら事実を述べる。他意はなさそうだった。


「なるほど。それで、お前はハブられたのか」


「まあ付いてったところで気まずなるだけやからなぁ……って、ちゃうねん。━━フレンちゃんとサシで話そう思ってな」


「私と?」


「そそ。昨日は結局あんま話せんかったし」


 メレブンに促され、フレンは長机を挟んで対極に座る。見合う形になった。

 彼はフレンの瞳をじっと見つめて、嘆息した。


「━━ほんま、呑まれてまうなぁ」


 どこか抗うようにメレブンは片目を伏せた。

 気になる態度ではあるが、それよりも先にメレブンは話を切り出す。


「話し言うても、そんな長うことやろうとは思ってへんで。自分のスタンスを伝えときたくってな」


 いつも軽薄でヒラヒラとした調子のメレブンに、熱が集まっているのをフレンは感じた。


「━━自分はまだ、王国でのこと納得いってへんで」


 告げられたそれは、きっと予想しておかなければならなかったことだ。

 どうして全員がフレンに賛同してくれると疑わなかったのだろうか。

 むしろシュネルにかけていた人ほど━━メレブンはその筆頭だろう。こうなるのは必然だった。


「なにを今更って言われてもしゃーないけど、ここいらできっちりしとかなな。……誠実にいこうや」


 メレブンから誠実という言葉が出てくるとは思わなかった。

 だが、それほどまでに真剣なのだろう。真剣で、死活的なのだろう。


「それは、わかった。だが━━」


「━━自分はな、別にいがみ合いたいって思っとるわけやないんよ。でもな、簡単にはいかん。だから欲しいねん」


「━━━━」


「フレンちゃんにかけたいって思えるほどの納得をな」


 フレンは納得が全てに優先するとは思ったことがない。

 だけどメレブンは、全てとはいかずとも、納得を追い求める。

 フレンの夢の輝きを、認めたいのだ。


「やから━━ここいらでいっちょ、勝負しようや」


「いいよ。━━乗るよ」


「説明もまだやのに、強気やわ」


「強気じゃないと、勝てなくなるからな」


「それは一理あるなぁ」


 フレンの哲学に賛同しながら、メレブンはポケットをまさぐる。そこから取り出されたのは、一枚の硬貨だった。

 メレブンはそれを机にのせると、指で弾く。机をスライドして、フレンの手前に来た。


「これは……ノンダルカス王国の硬貨……」


 もちろんだが、使われている貨幣は国によって様々である。

 光沢のある赤銅色の硬貨はよく見受けられるが、表に小さな花が、裏に人物のレリーフが彫られているのは、ノンダルカス王国のもので間違いない。


「勝負はそれを使ってやろうと思ってな。別にコインなら何でもよかったんやけど、どうせならウチのん使った方がええやろ」


「まあ、そうかもな。……で、何をするんだ?」


 指先でコインを弄くり、弾いて、キャッチする。

 それを見たメレブンが、指を差す。


「それ」


「……コイントス?」


「正解」


 コインに反射した光を親指でなぞり、コイントスという言葉を反芻する。

 フレンはこれを使って何か勝負をしたことはない。何故なら━━、


「正直、見えるんだけど……」


 決める瞬間は隠れていても、打ち上がる軌跡が見えたら、そこから追って表裏を判断できる。はっきり言って勝負にならない。


「言われんでも折り込み済みや。そも簡単に勝たれたところで、納得もクソもあらしまへんがな」


 嘆息をしながら、メレブンは指を鳴らす。そして、フレンの手元をちょいちょいと示した。

 手を開けてみると、そこにコインの感触はあるのに━━コインが見えなかった。


「よかった。見えてへんようやね」


「どういう原理だ?」


「普通に光を屈折させてるだけ。あと、認識阻害もちょこっと乗せとる」


 とはいえ認識阻害はあまり意味がなさそうだった。

 ただ、やりたいことは大方わかった。


「不可視にしてコイントス。やけど、これじゃつまらんやろ」


「まだあるのか?」


「あるよ。でも、フレンちゃんが有利になるやつやで」


 メレブンはコインを返してくれと目で訴える。だから、同じように机をスライドさせた。

 それが調度真ん中辺りで、不自然に打ち上がり、光の屈折とやらで消える。


「今、落ちたんやけども、どっちか分かるか?」


「……立ってるだろ」


「流石やね。もちろん本番ではちゃんとするけど、素直に自然落下はさせへん。つまり五十パーセントの運勝負は免れへん」


「そうだな」


「だから戦って━━フレンちゃんが五分以内に自分に触れられたら、不可視を解く。そうなったら見て確認できるわけやから、確実にフレンちゃんが勝つ」


 メレブンに条件が提示される。これぐらいならば容易に理解ができるが━━、


「私に有利すぎないか?」


「有利すぎるってほどでもないやろ。というか、むしろ自分はフレンちゃんに勝ってほしいねんで?」


「……?」


「いや、自分は納得がほしいって言ってんねん。ほんなら、フレンちゃんに勝ってもらわなアカンやろ。お分かり?」


「う、うん……!」


「ほんまに、大丈夫かいな……」


 呆れまじりにメレブンは頭を掻いた。

 だが、今度こそちゃんと分かった。━━フレン・ヴィヴァーチェは勝てばいいのだ。


「まあ、よろしゅう頼むな、フレンちゃん」


 メレブンはいつになく真剣な表情でコインを弾き出した。

 コインが机を滑り、中央で回転しながら跳ね上がる。


「納得させてな。━━信頼、オールインや」


 跳ね上がったコイン越しに、視線が交錯する。

 『魔法国家』で最初の戦いが始まる━━。





 コインの軌跡が消えると同時に、目の前のテーブルクロスが引き上げられる。

 一面に純白が塗布されて、視界が塞がった。同時に猛然とテーブルクロス越しに迫ってくるものがある。━━椅子を投げたのだ。

 フレンは避けようと右足に力を込める。直後、首根っこを掴まれ、身が食堂の外に投げ出されそうになる。


「━━食堂の外に出ても、アウトやで」


「それを……っ」


 恨みごとを吐ききる前に、強制的に後手に回った負債を払う。

 扉を突き破る前に、ドアノブに足を引っ掛け半回転。逆さ向きに部屋を見渡す。

 眼前に机が迫ってきていた。


「━━━っ」


 迫る机の縁に爪先で飛び乗り、軽く力を込めてバク転。部屋の奥まで跳躍する。

 机は扉と壁を粉砕して、廊下も越えて飛び出た。


「━━ここだろ」


「げ」


 右側の方に椅子を投げると、隠れていたメレブンは姿を現し、苦い顔でそれを破砕した。

 その破片がメレブンの背後を抜けると、再構成され、消失━━フレンの死角から飛来して、直撃する。


「━━ぅ」


 同時に高速で噴射された水流が、フレンの脳天を穿とうと猛然と迫る。

 致死の攻撃を、フレンは先ほど食らって壊れた椅子の、一番鋭い破片を掴み先端を合わせる。

 水流が二股に分かれ、フレンを避けて壁を穿った。


「こんなに荒らしていいのか?」


「かまへんかまへん。後でなんとかするわ。━━出ぇへん条件だけ守ってくれや」


「それも後出しだったが、なっ!」


 フレンは踏み込みで破片を浮かすと、それを思いきり蹴り飛ばした。

 一直線に飛ぶ散弾を、メレブンは組んだ両手を広げて、その空間に呑み込ませる。

 消えた散弾はというと━━、


「━━━━」


 フレンの頭上から降り注ぐ。━━想定していた。

 そのために、フレンはその場から動かずにかわせる間隔を用意して、破片を蹴り飛ばしたのだ。

 回避を想定していたメレブンの、一手先を行く。

 そして━━、


「もう少し、右だったか」


 腰辺りに来た降り注ぐ散弾の一欠片を、指で弾き飛ばす。

 この一連の動きまでがフレンの用意していたものだったが、最後の段階でミスった。

 弾き飛ばした破片は、メレブンの左腿を掠めるに終わった。


「躊躇ないやんけ」


「それはお互い様だ」


 互いに言葉を交わし、隆起した地面がそれ以上を拒む。

 後手後手の展開を改善しようと一知恵働かせたのだが、やはり手札の差が致命的だ。

 とりあえず目の前の土壁を殴り壊すが━━、


「━━━━」


 そうあるべき物理法則が働かず、殴った勢いからは想像もできないほど、壁は静かに崩れた。


「━━塵爆」


 土壁の塵がフレンの脚にまとわりついて、急速にエネルギーが膨れ上がる。

 爆発する━━と考えたときには既に、視界が赫炎に包まれていた。


「迂闊に近づいたり、触ったりしたらあきまへんで」


「━━そうだな。善処する」


 扉なき入り口に移動して、フレンは身体を軽くはたく。

 赫炎の中で、爆発をどうにかする方針は刹那の刹那ほどの時間で消えた。故に、フレンは回避に全力を注いだ。

 しかし爆発物は脚にまとわりついていた。━━だから、履き物を脱いで爆発から逃れた。

 かといって現在、あられもない姿になっているのかというと━━そういうわけではない。

 悲しげに床に落ちていたテーブルクロスを引きちぎり、腰に巻くことで難を逃れた。


「私がワンピースだったら死んでたぞ」


「フレンちゃんがワンピースなんか着るわけないやろ」


「━━━━」


「え? マジ? 乙女やん」


 ここで「私はずっと乙女だ!」なんて声を上げるのもなんだか変なので、表情だけで僅かな憤懣をつくる。

 そもそも、フレンに付けられていた異名は『暁の戦乙女』だった。むしろフレン以上の乙女はいないのではないか。

 ━━そんな冗談を考えても、長引かせる余裕はなかった。


「残り一分半……」


 勝負はあくまでもコインの表裏を当てるものだ。それを確実に勝ちに持っていくために、メレブンと戦っている。

 捕まえられなかったからといって負けにはならない。

 それでも━━、


「━━━━」


 互いに時間は承知している。荒れた部屋に風が通り抜けて、凪ぐ。

 示したわけじゃなかった。だが両者それを起点に、動きを再開する。

 床を微かに鳴らすと、フレンはメレブンの視界から消えた。

 常人なら━━否、卓越者でも追えぬフレンの速動。メレブンとて例外じゃない。

 だが、


「読んでたで」


 声より一拍遅れて、メレブンの視線がフレンの━━照明の方に向く。

 天井から吊り下げられた照明に、フレンは飛び乗っていた。

 読まれていた手で、フレンが乗った直後には、既に照明は自然落下の体勢に入っていた。


「まだだ」


 みすみす隙を晒しに行ったわけじゃない。

 照明に乗ったのは、次の行動を成功させるためだ。


「はぁぁっ!」


 照明から天井に触れて、腕を押し込む。そしてそこから天井を、引き剥がした。 

 天井を抜き、上階のものも含めた━━災害がメレブンに炸裂する。

 照明を経由したのは、メレブンに読みを的中させたと植え付けるためだった。

 結果は━━、


「━━そんなアホなことあるかいや……!」


 メレブンの驚嘆が、虚しく崩落する瓦礫に呑み込まれる。

 だがフレンは自分の身を守るのに夢中で、それに拘っていられない。

 自爆技にならないように瓦礫を掻い潜り━━、


「━━━━」


 崩落させた天井の下、フレンは瓦礫の上に舞い降りる。

 巻き込まれたメレブンを探し当てようと手を伸ばすと━━背中にトンと感触があった。


「……これで、五分や」


 背中合わせに、メレブンはそう言い放った。彼は最後の攻撃も凌いでいたのだ。

 フレンは五分かけて、彼に触れられなかった。彼はフレンを上回った。

 悔しさはあるが、だがそれ以上にフレンは少しだけ嬉しさを感じていたのである。


「自信、あったんだがな」


「いや、フレンちゃんはようやったと思うで。━━最後のやつは、タイミングが悪かったな」


 合わさっていた背中を離して、フレンはメレブンに向き直る。

 メレブンの設定した五分は、きっと彼の自信だったのだろう。しかし、フレンはそれを分かっていてなお越えられると思ったのだ。


「次の手に使お思て、ちょうどぶっ飛ばした机を引き戻しとったんや。それが上手い具合にかみ合って……なんとか凌げたわ」


 理由を聞けば、なんとも間抜けな話だ。

 とはいえ彼がフレンの攻撃を避けきった事実が薄れるわけじゃない。


「てか、勝負はまだ終わってへんで。むしろここからや」


「ああ」


 コインの表か裏か、花か人か。それを当てるのがこのゲームの主旨である。

 ━━だが、戦っている間に言いたいことが見つかった。


「なあ、メレブン」


「なんや」


「……私は、お前を納得させられるほど強い言葉は言えない。だけど……」


「━━━━」


「シュネルの夢にも負けないぐらい、最高の夢を私が見せると約束する。だから、その夢の後先をお前にも見ててほしい」


 シュネルのように根拠があるわけじゃない。何かに基づいているわけでもない。

 だから行動で示すしかなくて、だから見ていてほしくて━━。


「せやったらここで、魅せてくれ」


「━━━━」


「表か裏か? ━━ショーダウン!」


 逆手で差された指に、フレンは目を伏せる。瞼の裏には、今日の夢が━━メレブンがいた。

 それ以上はないし、解きほぐすこともない。

 そこに彼がいた。だからフレンはこう言った。


「━━表だ」





「フレンちゃんは……」


 もうそこにはいない乙女の名前を、メレブンは呟く。

 目の前には空中で固定されたコインがある。そのコインは『表』を、こちらに向けていた。

 表で華やぐ小さな花弁が集まった花を、そっとなぞる。


「相変わらず何も気づかんし━━せやのに、最適解を打ってくる」


 彼女は、理由がなくても走り出すことができるのだ。

 場当たり的とも言えるが、ある種それこそが最も真摯な物事の向き合い方なのかもしれない。

 ━━正道を歩むのではなく、正道を創る。

 理由は後から追い付いてくるのだ。

 だからこそ、シュネルは━━、


「シュネルはんはとっくに━━」


 その先を綴ることを、メレブンは許さない。

 自分は、フレン・ヴィヴァーチェとの勝負に負けたのだ。

 差し出した信頼を、彼女は裏切ることなく総取りしてくれた。チップの価値を自ら貶める恥は、いくらなんでも晒せない。

 理由は与えられた。他でもない、フレンに貰ったのだ。

 もう一度、しっかりと言っておこう。

 ━━この勝負、フレン・ヴィヴァーチェの勝ちである。

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