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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
62/123

第六話『従妹』

 その男の来訪を、フレンは一人で期待していた。

 まず前提として、シュネルが一切の対策を講じていないというのは考えにくい。

 そこは信頼に値するし、わりと経験則にも基づいている。もちろん身に振りかかるという意味で。

 だとしたら、対策として何を考えているのかを推察する必要がある。

 ━━いや、本当は考える必要なんてなかった。

 フレンが望めば、彼は応えてくれる。どんなに許せないとしても、彼は消えぬ灯火なのだ。


「お互い様の紙一重か……」


「どうした?」


「いや、あんま驚いてくれんかったなぁ思て」


 目の前の男━━メレブンは、想定を外されたと肩をすくめた。


「まあ驚きより、安堵みたいなのが大きかったからな……」


「なんや、ほいじゃもっとはよう出ればよかったなぁ。首魁とべしゃってる時とか」


「そんなところから居たんだ?」


「なに喋ってるかまでは知らんけどな。そこまでは近づけん。やから、道すがら語ってくれや」


 フレンたちもメレブンひをに訊きたいことは幾らかある。何時からいたのかなどは、その筆頭だ。

 しかし一旦は保留にしておき、フレンは現時点の情報を提示する。

 ファミルド王国であったことや、ダイスの動向、『魔法国家』の思惑。複雑さに頭が痛くなるが、ルステラや意外とよく見ているフラムの補足なども合わせて、なんとか説明しきった。


「ほんま、けったいな事態になってもたな……」


 眉間を揉みながら、色んな好悪を噛み潰してメレブンは呟いた。

 おそらくシュネルの指示で来ているだろうメレブンがこの反応なら、やはりレガートの見立て通り想定外が先々に林立していたのは間違いない。


「あなた的には、どう対処するつもりだったの? 全部が全部、初めて知ったわけじゃないでしょ?」


「そこは微妙なラインや。そもそも、フレンちゃんのことは世界の条件やっただけで、正式に同盟やらを結んでたわけやない。互いに秘するとこは多い」


「だが、『再現者』については知っていただろう?」


 ダイスの言ったことという枕詞をつけても、確度が揺らがない情報もあった。例えば今遠回しに挙げた、シュネルが二人いた件についてなどだ。


「知ってた。やけども、さっきの話━━ファミルド王国のことを聞いた感じ、ブラフ張られてたっぽいわ」


「ブラフだと?」


「自分が聞き受けた時点でな。もちろんその時は、フレンちゃんとバチバチやり合おうゆう段階やったから、相手の考えも理解できる。━━だから、厄介なんやけど」


 最後に付け加えたのは、ダイスの一貫性の不備を見つけられるようなものではないからだ。むしろ、さらに一貫性が増している。

 ━━フレンは逆に、それ故に不明瞭だと感じたのだが。


「自分が『再現者』を再現……ってややこいな。まあ、なんや使用したときは、まず土を捏ねてガワを造った」


「泥遊びー?」


「そんな虚しいもんでもないわ。魔法でちゃちゃっと構成したわ。そんでそのガワにシュネルはんの魂を接続させて、遠隔で動かしとってん。そんなわけで、シュネルはんみたいな戦い方ができとったっちゅーわけ。戦ってくれた方は、ここには居らん見たいやけど」


「なるほど……。ルステラ、頼んだ」


「そんな難しいこと、言ってないって。遠隔操作ぐらいでいいよ。まあ魂云々はブラックボックスだから、それを割りきって考えればだけど……。でも、本題はここからだよね?」


 魔法関係に弱いフレンに変わって、ルステラがメレブンの意図を読み取る。

 結構まじめに、フレンも勉強をしなければならないかもしれない。


「━━首なしの騎士に『カフ・シェダル』。どっちも、自分の知ってるモノと微妙にズレてる」


「そもそも『再現者』の本質は、容れ物に魂を接続させることで合ってるよね? それで、そこがズレてるって」


「そうや。ガワと魂があって初めて成立するのに、その二つには魂がない。もちろん中身と外見が一致しとかなアカン理由はないけどやな……」


「『カフ』はともかくとして、騎士の方はそれも難しいね」


「負荷のことも考慮すると、一人で複数ってのもキビいやろ。……『星王の啓示』保持者なら……?」


「━━ううん、それはない」


 メレブンの疑問を、ルステラは力強く否定する。

 それを引き起こせるのは、アセシア、ハイル、レクトの三人だけで、起こす可能性があるのはハイルだけだ。

 そして、あの場面でそれを話さなかったということは、その線は消してしまっていい。


「信用できるんかいな。あっちのお友達は」


「当然」


「あっそ」


 信用信頼は所感によるところで、相対したものにしか委ねられない。

 メレブンがルステラを信用する根拠は乏しい。ただ、一応は納得しているみたいだった。


「じゃあ、命令に基づいて動いてたわけや。とはいえここまでいくと『再現者』と呼べんのか……。むしろ、奇怪なんは『カフ』の方か」


「どうだろ。わりと説明は付く……と思うけど」


 説明は付く。だけど『カフ』の最後に立ち会った身として、フレンは遠隔操作はそぐわないような気がしていた。

 あれはその個体で完結していたようで━━、


「━━とりあえず『再現者』の考察はここらで止めといた方がええやろ。どつぼに嵌まる。むしろ考えるべきは、転移の方や」


 メレブンの一声を受けて、フレンは切り替える。

 目下の問題として『再現者』もそうだが、転移もまた同じかそれ以上に深刻なのだ。


「実例に基づくなら、自分やあんたさんが使うもんとは一線を画してる。規格外や」


「国家を飛び越えてってのは、やっぱり近接してるイメージが湧かないもんね。鳥瞰でほとんど同じ位置ぐらいが現実的……というより、わたしが実際そうだし」


「自分はちょっと違うけどな。あれは単純に制限時間的な問題やし。━━今回は、あんたさんのが参考になるやろなぁ」


 メレブンが口に出したのは、フレンたちを分断させた次元落としというものだ。

 あれは厳密には転移ではなく、適当な言葉を使うならば排出だろうか。


「ま、参考にするのはそっちやけど、実際のとこ比較するまでもない」


「つまり?」


「━━なんで、喉元に刺しに来んのや。技術の考察やなく、結論はそこや」


 手のひらを上下の向きに合わせて、メレブンは音を鳴らす。

 フレンもそのことについては悩んでいた。実際にダイスが言った━━、


「ダイスを殺すために、まだ動いていない……」


「どうや? 改めて口に出してみて」


「んー、微妙に腑に落ちない、か……?」


「なんとなく?」


「なんとなく」


 曖昧な状態を言い切ると、メレブンは嘆息した。

 それを庇うように、ルステラが発言する。


「でも、フレンの勘は馬鹿にできないよ」


「そんなん、わかっとんねん。……わかっとるから、ほんま……」


 耳の裏を掻きながら、メレブンは厄介げに嘆息する。


「ともかく、なんかはある。あっちは全部話しとうつもりなんか、どうかは知らんけども」


 全容が見えてこない時ほど、もどかしいものはない。

 だからこそ、仮定でも暫定でも答えを欲してしまうのだろう。

 ただそれも一時的に中断される。


「━━あ、着いてもたな」


 数時間ほど、森とも林とも言い切れないぐらいの場所を歩いていると、急に視界が開ける。

 軽く髪を払いながら、開けた視界の焦点を合わせる。

 そこには大きな壁━━否、邸宅が聳え立っていた。


「水を差すようで悪いけど、裏手やで」


「いやいや、そういうレベルの話じゃないだろ……」


「うん! フレたんちよりデカい!」


 アトリエ数個、いや数十個の大きさの邸宅。

 メレブンの言うとおり裏手から回ってきたらしいので全容は掴めないが、実感するには十分すぎた。


「ほな、パパっと回るで」


 メレブンがわざとらしく一歩前に出ると、全員の空間が切り替わる。━━一気に玄関前に着いた。

 メレブンは特に何かを気にするでもなく眼前の扉を開けたが、フレンは身を翻し正規の道筋を一望する。


「あんま見てくれるな。手入れなんかされとらんから、雑草とかボーボーやねん」


「それはあんまり気にしないが……単に広さを感じていたんだ」


 邸宅の規模感で言えば、ノンダルカス王国でもそうそうお目にかかれない大きさだ。

 あっちでは、シュヴェール家なんかがこれぐらいの屋敷を抱えていたはずである。


「別に、広けりゃええっちゅーもんちゃうわ」


 呆れまじりにメレブンは「さっさと行くで」と表情を作る。

 底から沸き上がる草刈り衝動を抑えつつ、フレンは素直に従った。

 外の荒れ具合からは一変、中は存外にも手入れが行き届いていた。


「綺麗だな。……お前がこれを?」


「たわけ。そんな暇ないし、定期的に来てるとしたらおかしなるやろ。━━来たで」


 玄関を越えて正面の階段を、メレブンは顎で指し示す。そこからは、スタスタと淑やかな足音が鳴っていた。

 やがて全容が現れると、橙色の髪を三つ編みで束ねたメイド服の少女と判明する。

 おそらく、というより確実にメイドの類いだろうが、どこか力の抜けた雰囲気を醸し出していて━━。


「帰って来たんですか? 今日もてっきり戻ってこないものと」


「いや、伝えたで? たぶん、今日明日ぐらいにはって、しっかり言ったで?」


「はぁ……。そんな曖昧な目測で通用すると思ってたんですか? これだから男の人は……ですよね?」


 三つ編みのメイドは、フレンたち女性組に同意を求める。

 咄嗟のことでフレンは対応できず、目をぱちくりとさせていると、隣でルステラが弾けるように乗っかった。


「わかる! うちにもそんなのが居てね。たぶんとか言ってる間はまだマシで、一切連絡を寄越さないことなんかザラにあるよ」


「あー、それは大変ですね。ほら、メレブン、謝ってください」


「謝らんわ! 自分だって別に責めたわけやあらへんし。ちょこっと聞いただけやん」


「それがご法度なんですよ。女の子は繊細なんですから」


「……あー、もう、すまんな。すまんかった!」


 メレブンは鈍色の髪を掻いて、渋々と謝った。

 橙色の髪の少女は満足とばかりに指を立てて、ルステラに向ける。そして、首を傾げた。


「やりましたね。━━ところで、あなたたちはどちら様ですか?」





「アメリ・チアーズ。自分の、従妹ってとこやな」


 端的に説明されると、橙色の髪のメイド━━アメリ・チアーズは恭しく礼をした。

 端々から滲み出る所作は、洗練された完璧なものだ。

 ただそれに感銘を受けてられないほどに、情報が慌ただしく脳内で踊る。

 邸宅を目に入れた時はなんとか持ちこたえたが、いよいよ耐えられない。

 メレブン・ラプソードの出自とは━━、


「━━フレン様、お言葉ですが、あまり考えすぎない方が良いかと」


「それって……?」


 アメリがフレンの思考を制止する。

 それはそのまま受け止めると詮索を拒むような言葉で━━、


「いえいえ、身構える必要はありませんから。単純に複雑で面倒ってだけです。家系図がというより、背景事情が」


「そこは同感。説明なんてかったるくてやってられんわ。こいつとは血縁はあっても、戸籍上繋がりがあるわけやない。……なんてつらつら語ったところでやしな」


「いや、それは重要ですね。私は『魔法国家』の人間ですから、変なことしたらしょっぴきますよ」


「変なこと?」


「それはまあ、寝込みを襲われたりとかですかね。あ、でもフレン様って最強なんでしたっけ? ……諦めます」


「するわけないだろ! ……ったくフラムも居るんだからな」


 勝手に例えを出して勝手に諦められても困る。身体を抱いて目を伏せるのもやめてほしい。


「そう言えば、可愛らしいお嬢さんですね。……えっと、フラムちゃん?」


「うん、フラムはフラム。フレたんの……」


「子ども、ですか。話は聞いていましたが、まさか子持ちとは。驚きです」


「ううん、違うよ」


 感心と驚きを交えながらアメリは納得していたが、まったくの的はずれである。

 かといってこれもまた説明が難しい事項なので、どうするものかと考えていると、フラムがすかさず訂正する。


「フレたんお母さんの匂いするけど、お母さんじゃない。お母さん、もういない」


「……そう、でしたか。━━申し訳ございません。配慮の行き届かぬ発言をしてしまい」


「いいよ。フラム、フレたんもルスちゃんもいるから、ちゃんと元気!」


 フラムは全身で、自分が健やかであることを表現する。

 フレンは彼女の母親━━ミネリアについて、彼女自身からなにかを聞いたことはない。

 単純に記憶が薄いというのもあるだろうが、彼女は母親を正しく認識できているから、特別話したりはしないのだろう。

 フレンやルステラが、彼女の手を握ってあげられているのなら、それで十分なのだ。

 フレンはそんなことを思いながらフラムの頭を撫でて、アメリにもそれを促す。フラムは嬉しそうに喉を鳴らした。


「よかったです。……メレブンはいなかったですね。所詮はその程度の人間ということですか」


「そうやな。殺そうとしたさかい、フレンちゃんとかルステラはんと同じってわけにはいかんやろ」


「……殺す?」


「あっちで色々あってな。あ、せや、一つ言っとこ思てたんやけど、フラムちゃん殺そうとしてたんは自分の独断な。むしろシュネルはんは阻止した側やで。機会があったら、なんか言ったってもええとちゃう。知らんけど」


 アメリへの対応は適当で、最後に衝撃事実をメレブンは投下する。

 庇っているわけでも、掻き乱したいわけでもなく、彼はただ純粋にそれを伝えた。


「メレブン」


「あ?」


「最低ですね」


 端的にそう言って、バッサリと切り捨てる。

 それからアメリは、半ば大げさに手を叩いて、


「メレブンは置いておいて、折角ですし食事でも作りましょうか。ね、フラムちゃん」


「一緒にいいの?」


「もちろん。フラムちゃんがしたいのでしたら。それとお二人も是非」


「アメりん、それはやめた方がいいよ。フレたんもルスちゃんも、りょーりできないから大変なことになる。フラム一回見た!」


 一度試しで作ってみたが、てんでダメだった。だが、大変というほどではなかったはずだ。

 繊細な調整が必要な、菓子類とかではなければ、流石に殺人兵器みたいなものは生み出さない。


「そこまでじゃなかったはずだ。ルステラはともかく」


「さすがにそこまでじゃないって。フレンはともかく」


 互いに言い分が重なって、にらみ合いが発生する。まさかルステラが名誉毀損をしてくるとは思わなかった。


「私はちゃんと……それなりに、まともだっただろ!」


「まともなら、包丁でアトリエ割ったりなんかしないでしょ」


「割ってない! ちょっと傷ついただけだ! あと、それはあんまり関係ないし……」


 その後もワーワーと言い合いながら、論点や事実はうやむやになっていく。

 ただ、あえて客観的な意見を述べるとするのなら、おそらくフラムの言ってるいることが正しい可能性が高いだろう。

 もちろん、客観的な意見だけれども。


 ━━この日は、それから何事もなく夜を越した。

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