第五話『静かな登場』
フレン・ヴィヴァーチェは、ルステラを信頼している。
過言でなく、彼女のおかげでフレンは今ここにいられているし、彼女には返しきれないほどの恩があるのだ。
行動を共にした期間は、フレンの人生の十分の一のさらに十分の一ぐらいだけれども、彼女のことはそれなりに理解した。
だから、信頼しているし、信頼できている。
彼女の選んだ道ならば、フレンは躊躇いなく歩いて行けるだろう。
だけど、それが必ずしも盲目的という意味が付与されるものではない。
フレンだって進みたい道はある。考えていることはある。
━━夢は、ある。
「わたしが言うのもなんだけどさ……本当に良かったの?」
問いかけるルステラに不安や説得という色はない。あるのは疑問だけで、おそらく答えてもこれからの展開は変わらない。
ダイスと離れたフレンに付いてきた時点で、ルステラはある種の同意を示している。
「……たぶん、あいつの言葉に乗っかるのが賢い選択だと思う。きっと、問題は簡単に解消する」
「一応、言ってることはそれなりにまともだったもんね。……やっぱり最後?」
最後の作戦を聞いたときに、フレンはこうすることを即断していた。
元々、フレンはフレンで案はあった。━━否、ある意味では自分で考えたものではないのかもしれない。
とかく、フレンも模索する者の一人であった。
その迷いが断ち切れたのは、やはり理由がある。
「敵対しすぎているって言ってたけど……」
「ああ、私はそこが引っ掛かった」
ダイスの情報は有益で、そこから練られた案は易々と否定できないものだった。
それはとても有益なものだ。フレンたちに必要な代物だ。
それでも━━それでもフレンは、簡単に使ってはいけないと思ってしまった。
「レーアとネイアの処遇を、これで決めてしまいたくなかった」
「━━━━」
「もちろんダイスが嘘をついているとは思っていないし、私が甘いことを言っているのは分かってる。だけど、敵対し倒す以外の道もあるかもしれないから……」
フレンにとって大事なのは、今も一緒に来てくれているルステラやアレキスやフラム、そしてノンダルカス王国のみんなに、ファミルド王国で新しく出会った人たち。その優先順位は確かにある。
反対に、ダイスやレーアやネイアはただの悩みの種で災いだ。
やり方を選ばなければ、フレンならきっと簡単に振り払えるだろう。━━たぶん、だからなのだ。
人間は誰でも間違えるし、それは別に悪いことじゃない。
だけどそれを免罪符に、慎重さを欠いたり思考停止で突き進むなど言語道断である。
つまるところ平たく言えば、少し離れて考える時間が必要だと判断したのだ。
とはいえ根源は甘さに起因するのだと思う。しかし━━、
「それがあってこその、フレンだよね」
ルステラは嘆息を交えつつも、フレンを肯定するように微笑んだ。
「フラムもそれがいいと思う!」
「俺は……なんでもいい。どうせ、することは変わらん」
さらにフラムとアレキスも続く。
フレンには頼れる味方がいて、彼らとならなんでも乗り越えられる気がしてくる。
だからせめて、間違えたとしても期待だけは裏切りたくない。
「ありがとう。━━頼む」
それに、フレンの大切な人たちは、フレンなんかよりよっぽど強い。
信を預けて、背中を任せられる。庇護などせずに、共に戦える。
「まあ、何はともあれ考えることは多くなったよ」
「だから、そのためにも……」
「俺だな」
皆の視線がアレキスに集約される。
先ほども話が出たが、アレキスには単独行動━━第二都市カブルに向かってもらう。
これは本来想定していたルートである。もっともそこへ行くまでの手段は、想定の範囲外ではあったが。
「で、残されたわたしたちはと言うと……フレンにアテがあるんだよね?」
「……一応」
そのアテとやらをルステラたちは知らない。だからと言って意図的に秘匿していたわけでもない。
始まりは、口実の一つだった。
だが口にすると、その言葉がやけに信頼のあるものだと感じられた。
言霊ということではないけれど、確かにそこに信頼はあったのだ。
「だけど、ちょっとここを離れないとダメだと……思う」
「……わかった」
曖昧な雰囲気をルステラは気取っているが、特に言明せず付いていく意思を示した。
「ま、そういうことだから、じゃあねアレキス」
「ああ」
「アレキ、強いけど無理しちゃダメだよっ!」
「ああ」
「あんまり無愛想にしすぎないようにな」
「善処する」
伝わってるのか伝わってないのか分からない返事だが、これでも彼は思ったより受け止めてくれる。
と、油断すると適当だったりもする。
そればっかりは、フレンにも想像がつかないのであった。
○
ダイスの隠れ家から直線的に離れて、おおよそ一時間が経過するといったところだった。
徘徊している森に射し込む光が、次第に薄れてきているのを感じて、フレンはいよいよ焦りを覚え始めた。
「……私の想定が違った……? それとも本当に限界まで……」
口元を右手で覆いながら、フレンはぶつぶつと一人で呟く。
その仕草を左手で手を繋いでいたフラムが捉える。
「フレたんちょっとピンチ?」
「ま、まだ、耐えてる……ます」
「あははっ、だいぶ厳しそうだね?」
言い淀むにしても淀みきれず変な返答をしたフレンを、ルステラは愉快そうに笑う。
とはいえその反応が適切かどうかは微妙なところだ。少なくとも、フレンはわりと気分的には笑えない。ちょっとお腹が痛い。
「大丈夫だよ、フレン。わたしが信じてるから」
薄くなった光を目一杯吸い込んで、ルステラの蒼い瞳が優しく輝く。
「フラムも! フラムも、だいじょぶ思う!」
さらに、繋いだ左手を頬で擦りながらフラムも乗っかってきた。
おかげでお腹の痛みも引いてきた。
「なんとかなるって、胸張って歩けば、なんとかなるんだよ」
「なんとかなるか……。そうだな、悪いのは私のせいじゃない。シュネルが全部悪い」
遠く離れた国にいるシュネルを仮想して、責任を押し付ける。
そうやって腕を引き胸を張ると、静寂に雑音が叩き落ちた。
「━━そりゃ、なかなかな暴論やなぁ」
前方の木から滲み寄るように出てきたのは、鈍色の髪を持った胡散臭そうな男だった。
「久しぶり、フレンちゃん。こんなとこで会うなんて奇遇やわ」
もはや隠す気がないほど、露骨に嘘らしく━━メレブン・ラプソードは軽薄に登場した。




