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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第五話『静かな登場』

 フレン・ヴィヴァーチェは、ルステラを信頼している。

 過言でなく、彼女のおかげでフレンは今ここにいられているし、彼女には返しきれないほどの恩があるのだ。

 行動を共にした期間は、フレンの人生の十分の一のさらに十分の一ぐらいだけれども、彼女のことはそれなりに理解した。

 だから、信頼しているし、信頼できている。

 彼女の選んだ道ならば、フレンは躊躇いなく歩いて行けるだろう。

 だけど、それが必ずしも盲目的という意味が付与されるものではない。

 フレンだって進みたい道はある。考えていることはある。

 ━━夢は、ある。


「わたしが言うのもなんだけどさ……本当に良かったの?」


 問いかけるルステラに不安や説得という色はない。あるのは疑問だけで、おそらく答えてもこれからの展開は変わらない。

 ダイスと離れたフレンに付いてきた時点で、ルステラはある種の同意を示している。


「……たぶん、あいつの言葉に乗っかるのが賢い選択だと思う。きっと、問題は簡単に解消する」


「一応、言ってることはそれなりにまともだったもんね。……やっぱり最後?」


 最後の作戦を聞いたときに、フレンはこうすることを即断していた。

 元々、フレンはフレンで案はあった。━━否、ある意味では自分で考えたものではないのかもしれない。

 とかく、フレンも模索する者の一人であった。

 その迷いが断ち切れたのは、やはり理由がある。


「敵対しすぎているって言ってたけど……」


「ああ、私はそこが引っ掛かった」


 ダイスの情報は有益で、そこから練られた案は易々と否定できないものだった。

 それはとても有益なものだ。フレンたちに必要な代物だ。

 それでも━━それでもフレンは、簡単に使ってはいけないと思ってしまった。


「レーアとネイアの処遇を、これで決めてしまいたくなかった」


「━━━━」


「もちろんダイスが嘘をついているとは思っていないし、私が甘いことを言っているのは分かってる。だけど、敵対し倒す以外の道もあるかもしれないから……」


 フレンにとって大事なのは、今も一緒に来てくれているルステラやアレキスやフラム、そしてノンダルカス王国のみんなに、ファミルド王国で新しく出会った人たち。その優先順位は確かにある。

 反対に、ダイスやレーアやネイアはただの悩みの種で災いだ。

 やり方を選ばなければ、フレンならきっと簡単に振り払えるだろう。━━たぶん、だからなのだ。

 人間は誰でも間違えるし、それは別に悪いことじゃない。

 だけどそれを免罪符に、慎重さを欠いたり思考停止で突き進むなど言語道断である。

 つまるところ平たく言えば、少し離れて考える時間が必要だと判断したのだ。

 とはいえ根源は甘さに起因するのだと思う。しかし━━、


「それがあってこその、フレンだよね」


 ルステラは嘆息を交えつつも、フレンを肯定するように微笑んだ。


「フラムもそれがいいと思う!」


「俺は……なんでもいい。どうせ、することは変わらん」


 さらにフラムとアレキスも続く。

 フレンには頼れる味方がいて、彼らとならなんでも乗り越えられる気がしてくる。

 だからせめて、間違えたとしても期待だけは裏切りたくない。


「ありがとう。━━頼む」


 それに、フレンの大切な人たちは、フレンなんかよりよっぽど強い。

 信を預けて、背中を任せられる。庇護などせずに、共に戦える。


「まあ、何はともあれ考えることは多くなったよ」


「だから、そのためにも……」


「俺だな」


 皆の視線がアレキスに集約される。

 先ほども話が出たが、アレキスには単独行動━━第二都市カブルに向かってもらう。

 これは本来想定していたルートである。もっともそこへ行くまでの手段は、想定の範囲外ではあったが。


「で、残されたわたしたちはと言うと……フレンにアテがあるんだよね?」


「……一応」


 そのアテとやらをルステラたちは知らない。だからと言って意図的に秘匿していたわけでもない。

 始まりは、口実の一つだった。

 だが口にすると、その言葉がやけに信頼のあるものだと感じられた。

 言霊ということではないけれど、確かにそこに信頼はあったのだ。


「だけど、ちょっとここを離れないとダメだと……思う」


「……わかった」


 曖昧な雰囲気をルステラは気取っているが、特に言明せず付いていく意思を示した。


「ま、そういうことだから、じゃあねアレキス」


「ああ」


「アレキ、強いけど無理しちゃダメだよっ!」


「ああ」


「あんまり無愛想にしすぎないようにな」


「善処する」


 伝わってるのか伝わってないのか分からない返事だが、これでも彼は思ったより受け止めてくれる。

 と、油断すると適当だったりもする。

 そればっかりは、フレンにも想像がつかないのであった。





 ダイスの隠れ家から直線的に離れて、おおよそ一時間が経過するといったところだった。

 徘徊している森に射し込む光が、次第に薄れてきているのを感じて、フレンはいよいよ焦りを覚え始めた。


「……私の想定が違った……? それとも本当に限界まで……」


 口元を右手で覆いながら、フレンはぶつぶつと一人で呟く。

 その仕草を左手で手を繋いでいたフラムが捉える。


「フレたんちょっとピンチ?」


「ま、まだ、耐えてる……ます」


「あははっ、だいぶ厳しそうだね?」


 言い淀むにしても淀みきれず変な返答をしたフレンを、ルステラは愉快そうに笑う。

 とはいえその反応が適切かどうかは微妙なところだ。少なくとも、フレンはわりと気分的には笑えない。ちょっとお腹が痛い。


「大丈夫だよ、フレン。わたしが信じてるから」


 薄くなった光を目一杯吸い込んで、ルステラの蒼い瞳が優しく輝く。


「フラムも! フラムも、だいじょぶ思う!」


 さらに、繋いだ左手を頬で擦りながらフラムも乗っかってきた。

 おかげでお腹の痛みも引いてきた。


「なんとかなるって、胸張って歩けば、なんとかなるんだよ」


「なんとかなるか……。そうだな、悪いのは私のせいじゃない。シュネルが全部悪い」


 遠く離れた国にいるシュネルを仮想して、責任を押し付ける。

 そうやって腕を引き胸を張ると、静寂に雑音が叩き落ちた。


「━━そりゃ、なかなかな暴論やなぁ」


 前方の木から滲み寄るように出てきたのは、鈍色の髪を持った胡散臭そうな男だった。


「久しぶり、フレンちゃん。こんなとこで会うなんて奇遇やわ」


 もはや隠す気がないほど、露骨に嘘らしく━━メレブン・ラプソードは軽薄に登場した。

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