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暁の史記  作者: 焚火卯
三章
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第四話『信用の境界線』

 ダイスからもたらされた情報は、おおよそ答えと呼べるものだった。

 これまでの計画の想定していた事項。

 しかし━━、


「これを鵜呑みにはしてくれないのだろう?」


「そりゃあね」


 今は入国してきたところから場所を移し、ダイスの隠れ家に身を置いている。

 もちろんそこに行くに当たって揉めたりもしたが、ダイスが指名手配されている裏取りと、家に何かしらの罠がないことを確認できたので、ギリ上がってもいいという判断になった。

 間取りはシンプルなもので、特筆して語るようなものはない。ただ、隠れ家という感じの立地ではあった。


「てか、関与しすぎじゃない?」


「……はっきり言えば、想定外だったのだよ。シュネル・ハークラマーが折れるなど」


 計画の仔細をシュネルは開陳していない。

 利敵行為に当たりそうだが、むしろそれのおかげで変な思い込みを持たないようになっている。反対に考えることは多くなってしまうが、思い込みをしてしまうよりかはましだろう。


「他国もそうだ。ファミルド王国に……『宗教国家』は基本的に中立だからあまり関係はないだろうね。小国では『号国』と『奠国』あたりは衝撃が大きかっただろう」


 国のトップに対するシュネルの影響力は絶大だ。

 利害の一致というのも含めても、やはり与えたショックは大きい。


「これは個人的な予想になるのだがね、『号国』と『奠国』の動向は追っていた方が身のためだと思うのだよ」


「……胸の片隅にでも置いておく」


「それで十分なのだよ」


 満足そうに微笑むダイスを見ると、簡単に信用してしまいそうになる。ただでさえフレンは、あまり懐疑の目を向けていないのに。


「それより自国の話でしょ。━━猶予が一週間って本当?」


「最初に述べた通り推測……見積もりの話なのだ」


 卓を囲み向かい合うフレンたちは、ダイスの方へと意識を向ける。


「今ワタシたちが持っている明確なアドバンテージは、こうして接触していることを悟られていないことだ」


「━━それは、おかしい。あなたはわたしたちがここに来ると読んでいた。それは伝わってるとする方が自然でしょ。それとも意図的に秘匿してた? それだと、シュネルが想定外ってのは変な話じゃない?」


 ダイスがフレンたちに接触したのは偶然じゃない。それは本人が述べていたことだ。

 だからこその矛盾。レーアとネイアが、ダイスの立てた計画を相当になぞっているのならば━━ダイスの思考が共有されているのならば、『魔法国家』で既にフレンたちは、彼女らとかち合っているのだ。

 さらに━━、


「そう言えば、私が『魔法国家』に乗り込んでくる場合のことも考えていたと言ってたな?」


 その想定がある限り、必ず考えていたはずだ。

 故に接触していないと否定することは、レーアたち側から消えている。


「そこは時系列を正しく整理すれば、自ずと答えが導き出せるのだよ」


「時系列って……ああ、そういうことね。一緒くたにしちゃってたね」


「……どういうことだ?」


 会話の流れからフレンも時系列を思い返してみたが、あまり分からなかった。

 フレンが裏切られて、なんやかやで解消し、そのあとファミルド王国で色々とあって今に至る。自ずとなんて、法螺吹きすぎる。


「ダイスがレーアたちと対立したのは、わたしたちがファミルド王国に行く前のこと。すなわち、入国という結果は同じでも手段は共有されていない」


「そういうことなのだよ。とはいえ君たちがファミルド王国を経由するかは、微妙なところだったからね。━━なにせ、ノンダルカス王国に発生した二ヶ所の窪溜まりは『魔法国家』の仕業なのだから」


 実際、ファミルド王国もある種の被害者だった。ただ、王国の中で加害者と被害者に分裂していると考えた。

 それは半分正解だったが、フレンたちが望んでいることに対する正解ではなかったのだ。

 故に、あとは消去法である。既にファミルド王国で『魔法国家』の仕業だと断定していたため、大した驚きはなかった。


「もちろん指示をしたのはワタシだが、そこは不問という話だ。もちろん奪取するというのなら、協力は惜しまない。変えられているかもしれないが、在処は知っている」


「ああ、それも含めてここまで来たんだ。だけど、まだ後回しだ。だろ?」


「そうだね。まだ済ますべき話が残ってる」


 必要なことが終わっていないと、ルステラは話を戻す。


「どうして、あなたにだけわたしたちの入国手段と時期が予想できたの?」


「なに、単純なことなのだよ。フレン・ヴィヴァーチェの処遇が決定した後、君たちがとれる行動は三つだ。王国に残るか、ファミルドに赴くか、こちらにやって来るか」


「確かに。それ以外の国に行く理由はないもんね」


 強いて挙げるならば『奠国』だろうが、あんなところ百害あって一利無しな魔窟だ。

 強いて挙げられるレベルの理由で行くことは絶対にない。


「後は君の意思と、シュネル・ハークラマーの思惑だ。結果的にどちらの方が比重が大きかったのかなと気になっているのだがね」


「それはまあ……私もわからん」


 ファミルド王国に行くと決めたのは、どちらの国かの確証がなかったかつ、シュネルの言葉による躊躇いが発生したというのもあった。

 しかし、ハゼルという知己の存在も選択の理由であった。

 あとは単純に、『魔法国家』との関連性が限りなく薄かったというのもある。

 故にどちらかというのは難しい。どちらでもあった、割りとちょうど半分くらいだったのかもしれない。


「結果として、君たちの判断は正しかったわけなのだ。本当に結果論ではあるけれど」


「あなたの保険のおかげで道が開かれた。だけど、あなたの保険がわたしたちの命を危ぶめた」


「━━カフ・シェダルと言ったかな? あれを動かすのに手を貸したのはワタシたちだ。無論、そうであるならば……」


「シュネルの方もそうだったってことだよね」


 シュネル・ハークラマーが二人いたトリックは、死んだはずのカフ・シェダルが甦ったのは、『魔法国家』の技術だった。


「あれは何なの? 不愉快極まりない」


「ワタシたちは『再現者』と呼んでいる。魔法技術を貸し出したのはワタシだ。だが、それを編み出したのはワタシではない。魔法連盟が独自にやったことだ。━━という旨も、一度説明したはずなのだ」


 しかしルステラが食って掛かるのは、あの不条理の権化のような技術を認められないからだろう。

 フレンだって認めたくはない。セーラにあんな悲しげな顔をさせた技術を、ルステラにあんな辛い選択を強いようとした技術を、快く迎えるなんてできない。


「利用に関しての最低限の取り決めは制定しても、破棄はしないと断言しよう。それとも、信用しないという感情に賭けてみるかい?」


「はぁ……水掛け論か」


「同じようなやり取りを、さっきもやったはずなのだけれどね」


 ダイスから初めに色々と聞かされたときも『再現者』を巡って少しの言い争いが繰り広げられた。

 だけど、これは大事な対立だと思う。


「言っとくけど、倫理なき探究は自分を破滅に追い込むよ」


「ワタシが編み出したわけではないと言っているのだが……ならばワタシも一言。探究の先に倫理が生まれるのだよ」


 緊張していく空気に合わせて、フレンは膝の上にいるフラムの手を握る。あまり不安感というのを感じてほしくなかったからだ。

 だけど、フラムは大丈夫と笑みを見せた。強い子だとフレンは頭を撫でる。


「だけど、それのおかげでわたしたちはファミルド王国に行けたと言えば……過言だけど、『再現者』カフ・シェダルがいたからファミルド王国は強気に出れた」


「とどのつまり?」


「許さないし怒ってるけど、この一件に関してだけ言えばわたしは噛みつかない。わたしはね。他の機会があるのかなんてわかんないけどさ」


「それは僥幸。それと他の機会はいずれ作るのだよ。さっき言った通り、ワタシだってやたらめったらに振り回したいわけではないのだ」


 真に正しい話し合いをするのならば、ここにセーラやレクト、アセシアなども含んでいなければならない。

 とはいえその機会が訪れるのは、すべてが終わった後だろうが。


「というわけで、話を戻すのだよ。君たちはファミルド王国に行く選択をした。それは自主的にだ。十中八九あの窪地のことを訪ねに行ったと推測できる。誰のところへもね」


「ハゼル」


「彼と会敵するのは既定路線だったからね」


「さらに、私が勝つということも見越していたか」


 ただ、その後の行動がフレンの運命を劇的に変えた。長くなるので割愛するが。

 ともあれ、フノンダルカス王国から出ることなく一旦事態は収まったが、それはたまたま描かれた一幕でしかない。

 当然、ファミルド王国に行く可能性も『魔法国家』に行く可能性も頭のいいやつらは考えていたはずだ。ポーコのことも考えると『奠国』も候補として入っていたかもしれない。前述した通り、かなり薄いが。━━ちなみに条件が変わっていることも理解している。


「ワタシはファミルド王国に答えがないことを知っている立場が故に、彼の協力は簡単に思い至れる。そしたらこのルートで来ることは一目瞭然だ。……彼がこの場にいないのは、少し想定から外れていたがね」


「━━で、その情報はいつ手に入れたの?」


 フレンが溢していってしまうことをルステラはしっかりと指摘する。


「疑いすぎなのだよ。ハゼルに関して調べたのは数年も前のことなのだ。敵を知り己を知ればと言うだろう? その一環で探りを入れただけのこと。偶然それが使えただけなのだ。一応、入国の手引きをした交易商と繋がりが切れていないことは、対立する前に調べておいたが」


「そんなの放置してて良かったわけ?」


「別に犯罪を犯していたというわけではないのだ。まあ、君たちを入れるまではだが。それも当然不問だ。もっともその権限を有しているかと問われれば困るところだけれどね」


「なるほど。別に問題じゃないから、報告義務もないもんね」


「念のため、三賢人は仲良しこよしの集団じゃないことも付け加えておくのだ」


 『魔法国家』は基本的に三賢人による三頭政治という形をとっている。もちろん代によってその様相は大きく変化するが。

 彼らは政敵なのだから、対立こそがある種自然なのかもしれない。


「━━これで求むるものは揃ったかい?」


「それがあなたの口を通してなければ素直に頷けたんだけどね。だけど、とりあえずそう仮定しておくよ」


 強情なルステラを見て、ダイスは仕方がないと頬を掻く。それから、遠い発言を引っ張り出す。


「猶予が一週間しかないということについてだったね」


「どういう見積もり?」


 なにかしらの理屈理論に基づいているのだろうが、そんな月日で何ができるというのだろうか。

 一週間じゃ、ノンダルカス王国から『魔法国家』に行くことはできない。逆もまた然りだ。


「まず、レーアたちはワタシを殺そうとしている。ワタシを消せば、計画は誰にも洩れないからね」


「それは知ってる。だけど、その目論みは既に破綻していて、彼女らはそれにまだ気づいていない。そもそもわたしたちが来ていることも」


「だが、いずれ気づく。……いや、気づくという表現はそぐわないか」


 ダイスは自身の発言の適切さを擦り合わせていく。


「レーアたちはワタシを脅威だと知っている。故に、ワタシがそちら側に与するとした時点で、情報はいずれ洩れてしまうと考えざるを得ないのだ。理屈とかじゃなく、そういう結果になると判断しているだろう」


「それは、厄介な信頼だね。だけど、それはわたしたちが来る理由にはならないでしょ」


「それが驚き━━ワタシは今、『魔法国家』から出られなくなっている」


「━━━!?」


 ダイスの告白により、全体がざわめき立つ。

 だけど彼がまだ、『魔法国家』に残っている理由としてはこれ以上なかった。


「ワタシが情報を与えるには、君たちから来る他なかったのだ。もちろん文などをノンダルカス王国に送るのも、不可能なのだ。━━情報の出国に当たる」


「魔法……いや、呪い?」


「ワタシはその二つを区別することにあまり意味を感じないが……そうだ、呪われている。ネイアによってね」


「だけどそれなら手っ取り早く、もっと範囲を絞るんじゃない? わたしなら絶対にそうする」


 ただでさえ『魔法国家』は二番目に面積の広い国だ。その全域を対象にするのは、労力がかかりすぎる。

 むしろ捕まえる意思がないと暗に告げていると考えた方が、まだ納得できるだろう。


「君にできても、ネイアにはできないのだよ。彼女は別に呪い……『澱』の適性者じゃないのだ。情報自体にも禁止をかけるというのは高等なことで、さらに範囲まで限定するなど彼女の力量じゃ厳しい。それに咄嗟だったのもあるだろう」


 自分ができる全てのことを相手もできると決めつけるのは、あまりにも傲慢すぎる。

 とはいえルステラの呪いに対する力量というのを、フレンは把握していないのだが。そもそも魔法と何が違うのかも、あんまり分かってない。


「それとも、そんなものかと嘲るかい?」


 にわかにささくれ立つダイスの心に、フレンは彼の矜持を見つける。

 彼は現在、レーアやネイアと対立している立場だ。だけど━━、


「なんだお前、二人のことを認めているのか」


 ダイスは彼女らのことを、信じているのだろう。

 彼は不当を厭うと、自ら語っていた。

 だからこそダイスは疑わないし、疑わせない。


「━━当然なのだ。故にワタシはこうして策を練り、全霊で立ち向かっている」


「ならば、どうする。猶予の話も含めてな」


 卓を指で叩き、先を促す。

 正直なところフレンは今までの話にさほど興味がない。なにせ、過ぎたことなのだから。

 結果としてフレンに不利になっているのかもしれないが、その時点で感知できないことをぐちぐちと詰めても仕方がない。

 フレンのことは起こったことで、シュネルのことは起こしたことで、断じてこれから起きることではないのだ。


「猶予一週間は、ノンダルカス王国からここまで最速でも到達できない期間だ」


「でもそれは、そっちも同じこと……」


「━━ワタシたちは二つの魔法を新たに開発した。一つは『再現者』。そして、もう一つは……」


 ノンダルカス王国の二ヶ所に発生した窪地。元凶は既に割れている。

 ━━だが、どうやって。

 その答えに、フレンたちはきっと気づけたはずなのだ。


「『転移魔法』なのだよ」


 フレンは知らないが━━二種類だと思っているが、彼女は既に三種類の『転移』を経験している。

 そしてその内の二つは、ルステラが披露したものだった。

 そして新たにまた、フレンは転移魔法を聞くことになった。


「……だから、動かせたのか」


 そのルステラが小さく口の中だけで呟いた。

 しかし、それを追及するよりも早く━━、


「察しの通り、これは人のみに適用されるものではない。だが、弱点もある」


「弱点? 魔力消費が大きいとかか?」


「それもあるけれど、もっと重大なものがある。━━触れなければならない。それが弱点なのだ」


 そう言えば、ルステラは触れていなくても転移させていた。ひとえに転移といっても、少しずつ変わってくる。

 だが、接触が条件なら、そう多くは運べないだろう━━。


「それは術師に? それとも発動する対象も判定される?」


「もちろん。とはいえ世界に触れているから、全員を転移させられるなんて馬鹿げた理屈は通らないのだよ」


 説明の抜けをルステラはしっかりと明言させる。


「それを含めても、大した弱点じゃないように思えるけど?」


「いやいや、複数を転移させる場合、集団でなくてはならない。かといって分割すれば、戦力が足りなくなるかもしれない。思考を強いられるというのは、立派な弱点なのだ」


 交戦したとき単純な殴り合いであれば数の多い方が勝つ。故に数を揃えればいい。

 だがしかし、実際の戦いはそうではない。戦力の多い方が、圧倒的に勝つのだ。

 ことノンダルカス王国と『魔法国家』を考えるのであれば、分断はあまり推奨されない。

 ただし奇襲というのなら、また別だ。これならある程度の戦力差は度外視できる。

 しかし━━、


「かといって、奇襲の目は今この瞬間に潰えた」


「さらに再三述べるが、レーアたちはそれに気がついていないのだ。だが、いつまでもそんなものは続かない」


「それも合わせての一週間ね。まあ、それぐらいが妥当な数字になってくるか」


 レーアたちはダイスを見つけてこそいないが、全く手がかりがないという状態でもないだろう。

 一週間というのは、やはり現実的な数字でルステラの言うとおり妥当だ。

 さらに、今この瞬間にノンダルカス王国からフレンたちの方へ誰かが来ていたら、それはもう戦力として機能しない。

 これに関しては、相手も真剣に作戦として組み込んでいるわけではないだろうから、あまり深く考えなくともいいだろうが。

 なのて、フレンたちが取るべき行動は━━、


「━━お前が、私たちをノンダルカス王国に送れ。私があっちで、止めてやる」


「……ふむ」


 フレンの言葉に、ダイスは考え込む仕草を取る。

 彼だけじゃなく、ルステラもよく表情が読めないがアレキスもなにやら考え込んでいた。

 そして最初に口を開いたのは━━否、開かざるを得なかったのはダイスだった。


「ワタシは転移魔法を使えない。本当に申し訳ないのだがね」


「……やっぱりね」


「やっぱりって……気づいてたのか!?」


「気づいてたというより、訊こうとしてた。それより先にフレンがあんなこと口走ったから」


「それは、悪かった……」


「別に責めてないって……。フレンのおかげで気づいたこともあるしね」


 苦笑しながらそうは言ってくれるが、恥ずかしさは紛れない。とはいえそれで、意見することに臆するフレンでもないが。

 次だ次と切り替える。


「あなたは転移魔法を使えない。じゃなきゃ呪いを受けるなんて不覚は取らない。……そもそも説得に走ったのを咎めたいけどね」


「それは自分本意がすぎるのだよ。ワタシにも感情がある」


「だから目を瞑る。その、失態はね」


 片目を瞑ったルステラは、なんらかの責任をダイスに追及していた。

 説得の失敗ではなく━━、


「転移の魔法書……あるいはそれに準ずるものを回収できなかった」


「その通りなのだよ」


 ルステラの確信に、ダイスは苦い顔をしてそれを認めた。

 おそらく持ち出そうとはしたのだろう。だがしかし、レーアたちに奪い返されてしまった。という感じだろう。


「魔法連盟の監視下で安易に複製はできない。そんな時間もないのだしね。━━本当に、大失態だ」


 拳を作り、後悔の景色をダイスは思い返していた。


「━━そうだね。でも、そんなことはどうでもいいの」


 それをルステラは一蹴する。確かに失態をなかったことにはできない。

 だけど、それが理由で一蹴したのではなかった。


「大方、その魔法書でわたしに『転移魔法』を使わせようとした。だけど、それを想定していたのは、わたしたちがファミルド王国向かっているぐらいの時。━━わたしの情報を、あなたは持っていた」


 ルステラが魔法に深く精通しているというのが露出したのは、フレンに協力したからで相違ない。

 そして、それを明らかにさせたのは━━フレンとルステラが戦ったときだ。

 その戦いを見ていたのが、もしも四人でなかったとしたら。アレキス、リゾルート、フラム、『再現者』シュネルの四人だけでなかったとすれば━━。


「━━あなた、もしかして『影跋』にも命を狙われてるんじゃないの?」


 『奠国』グテンの外法集団『影跋』。彼らの真価は、諜報活動にある。

 ポーコの一件もあり、彼らの介入があったのは確実だったのだ。その影響は見えなくても。


「さっき『奠国』を持ち出したのは、それの原因をフレンに求めるため? 悪いけど、それに関しては自業自得だよ」


「……そうだね。そうあるべきなのだよ」


 ダイスは肯定とも否定ともつかぬ返事をした。だが、誤魔化そうとしたのではないのだろう。

 おそらくルステラが言ったほど極端ではないが、意図は少なからず含んでいたからだ。あるいは、発言してから気づいた可能性もある。


「『奠国』は不透明で塗られている。利害の一致こそあったが、芯なる部分では分かりあえない。だが、所詮は小国だ。この混然とした問題に強くは入ってこないだろう。━━後のワタシの命は、なんとでもするのだよ」


 彼の言うとおり、大国と小国の埋めがたき差というのはある。故に、小国に対して遅れをとるというのはまずないと言える。

 だが、今の問題が無事に終わった後、彼が望むのならフレンは協力を辞さないだろう。


「━━と言ったところで、ワタシからの提案なのだ」


 あらかた疑問は解消したと、ダイスは手を広げ全体を見回す。

 そして━━、


「ワタシは、魔法連盟本部の急襲を提案する」





 魔法連盟本部は、厳密には都市ではない。だが、『魔法国家』の心臓部だ。ここで魔法研究の大部分を担っている。

 あえて言うのなら、頭脳の部分が『魔法国家』の首都ガンダラと言えようか。

 絶対的な君主が存在しないその国は、やはり様相も変わってくる。

 ともあれ、魔法使いの多くはそこを拠点に活動しているのだ。

 ただそれでも━━、


「そこに相手を留め置くなんてどうするの。今の状況ならなおさら無理でしょ」


「……そのための策はもちろんある」


 もちろん当然のことだが、今までの情報を参照しても、その方法は推察できない。

 しかし、それもそのはずだった。


「まず、レーアたちの『ダイスが転移魔法を使える』という勘違いを利用するのだ。彼女たちもワタシを早く始末したいだろうしね。そこで宣戦布告をし、無理やり対面する機会を作る。このとき君たちが悟られる可能性もあるだろうが、彼女たちは必ず確かめる。何故ならそれからでも間に合うからだ。そこをワタシが衝く。転移魔法を妨害する結界を張るのだ。━━これがワタシの作戦なのだよ」


 このときみんなの脳内は同じだっただろう。

 ━━都合が良すぎる。

 もちろん、彼が何から何まで嘘を話しているとは思わない。そもそも嘘なんて吐いていないのかもしれない。

 だとしたら、疑ってかかる自分達は間抜けものだ。

 だけど、本当と嘘と隠し事。その境界線を、信じることができなかった。

 すなわち━━、


「お前が私たちの味方をしてくれたら、とても助かる。それは確かだ。だけど、今のお前は『魔法国家』に敵対しすぎている。━━レーアとネイアを止めたいという言葉を、すまないが純粋に信じられなくなってしまった」


 ルステラは話を聞かせてからと言った。それも大事だが、フレンは彼のレーアとネイアを止めたいという心持ちに惹かれたのだ。

 その感情は、おそらくフレンがシュネルに抱いていたものと類似しているだろう。

 フレンは、それだけは本当のことなのだろうと信じていた。魔に誓うと宣誓していたのもある。

 今だって嘘をついているなんて思ってはいない。だが、嘘と本当の境界線がフレンのなかでぼやけてしまった。

 敵対や対立が真実だとしても、理由までも真実と断言できない。

 その時点で、フレンのスタンスは決まった。


「だったら、どうするのだ?」


「まず、発言の信憑性を確かめたい。そのために……」


「第二都市カブルだろう? あそこは情報が集まるのだ。しかも魔法連盟の息が届かない」


 言い当てられるが、特段動揺もしない。

 そもそもカブルの件を最初に持ちかけたのはレガートだ。彼が知っているのならば、ダイスが知っていないはずもない。


「ああ。だが、行くのはアレキスだけだ」


「まあ分散させるというのは、アリなのだ。だが君たちはどうする? もちろんここに残るというのなら、場所は貸すのだよ」


 ダイスを監視するという意味合いも兼ねて、残るという選択も悪くはない。

 それでなくとも、フレンたちは行く場所もないのだ。

 ただ━━、


「━━いいや、他の当てがある」


 フレンの断言にルステラが瞠目するが、気にせずダイスの提案を突っぱねる。


「それなら、特に言うこともないのだよ。君たちの行く末を縛る権利は、誰にもないのだ。━━困ったら、いつでも頼りにおいで」


「ああ、そうできるようになることを信じるよ」


 協力できるのなら、それが一番いいのだ。

 だけどそれをするには、まだ信頼が足りていない。ダイスからすれば勝手なことをしていると思われそうだが、フレンから言わせてみれば勝手で何が悪い。

 自分の命のことなのだ。大切な人たちの命のことなのだ。

 ダイスを置いて勝手にして救えるのなら、それが正しい。

 死を悲しんでくれる人がいるから死なないし、死を哀しみたくないからフレンは戦うのだ。

 ━━より良い世界を望むのだ。

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