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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
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第二十五話『Hole』

 この一件を終わらせる、魔法のような言葉は存在しない。

 だけどけじめというのは必要で、一言で済むようなことじゃなくても、誰かがなにか言葉を出さなくてはならない。

 その誰かは、きっと彼女しかいないだろう。


「━━反省、しましょう」


 その言葉はきっとハイルだけに向けられたものではなかった。

 アセシア自身、それを受け取ったセーラやハゼルも同じ事を思っただろう。

 誰も悪くなかったなんてことは決してないが、誰かの間違いを取り上げて責める必要はない。

 ━━きっと、自分でちゃんと分かっているから。



 フレンはどちらかというと、部外者に偏る側の人間だ。

 アセシアやセーラとは簡単に紹介し合ったが、すぐには切り換えられない。つまるところ、肩身が狭いということだ。

 なのでレガートの隣に座り、心の安心を買っておく。後ろにはルステラが立っているので、二倍どころか三倍だ。

 ちなみに、フラム、アレキス、ハゼルはこの場にいない。少し事後処理をこなしてもらっている。


「えーと、とりあえずはわたしが仕切るね」


 手を挙げて端を発するのはルステラだ。相当に関わってきたので適任だろう。

 それに今までも、ルステラは進んで話を回そうとしてくれていた。もはや彼女の気質なのかもしれない。

 これはあまりフレンには無いものなので、互いに得意で補いあっていきたい所存である。


「まず訊きたいのは━━誰が……いや、どこが介入してた?」


 薄々とフレンたちは理解している。

 それでもルステラが質問をしたのは、単純に言質が必要なのと━━、


「━━━━」


「━━ハイル、話しなさい」


 拘束され黙り込んだハイルを、柔和な顔つきが美しいアセシアが語気を強めにして、話すように促す。

 だがしかし、彼は沈黙を継続した。


「……その気になれば、私たちはあなたに無理やり口を割らせられるのよ? だけどそれをしていないわ。━━あなたの口から語ってほしいから」


「俺は……」


 この機会はいずれ必要だった。それを分かってルステラはあんな質問を投げかけた。

 『星王の啓示』というのをフレンはちゃんと理解していない。だが、聞くだに負荷が強い力だろう。

 故に、アセシアもレクトもおそらくはまだ回復していない。どちらかと言えばアセシアの方が深刻だ。立ち方座り方でよく分かる。

 それでも、気持ちを伝えるには十分だった。


「そっちのノンダルカス王国も介入してる……。軍をやったのと、お前の件でな」


 唐突ファミルド王国が侵略してきたわけではなく、計算されての行為だった。そして、ハイルが顎でしゃくったレガートもそうだ。

 シュネルが計画したことだろう。


「大方、僕の存在と引き換えにってところかな」


「ああ、破格だと思った。……こうなったということは、結局利用されてたに過ぎなかったんだが」


 自嘲するようにハイルは鼻を鳴らした。


「でもそれは利用であって介入ではない。あなたの後ろにずっといた勢力があるはず」


 ノンダルカス王国もといシュネルは一方的にファミルド王国を利用したのだ。ずっと裏で指揮していたわけではない。

 だったら残すは━━、


「『魔法国家』ティマスクス」


 その単語はフレンの脳内の一番手前にあった。だってそれはシュネルが残したヒントの一つだったから。

 『魔法国家』に気を付けろ。その言葉の理解度が一段階上がった。

 そして、さらに━━、


「『魔法国家』は━━本気でフレン・ヴィヴァーチェを殺そうとしている」


 全ての淵源。それだけで、当事者にはありとあらゆることが繋がっていく。

 包括する理由としては、これ以上なかった。


「そういうことか」

「なるほどね」

「それで、あたしか」


 三人の声が重なる。だがしかし、三人の納得は微妙に違っている。

 フレンは単純にシュネルの行動の意味を。ルステラは『魔法国家』が、ハイルにアレを与えた理由を。セーラは、ハイルが急に接触してきた真意を。それぞれ理解した。


「シュネルのあれは、臨戦態勢の敵地に突撃するのを防いでいたのか……」


「━━あるいはシュネルさんも読み切れてなかったか」


 フレンの言葉に、横からレガートが付け加える。


「別に全知ってわけじゃないんだ。分からないことぐらいあって当然だと思うよ。━━だから、予想なんだけど、シュネルさんは物事を単純化させようとしたんじゃないかな?」


「単純化?」


 思考を発展させていくレガートに、フレンはなんとか置いていかれないように付いていく。


「『魔法国家』の行動が読めない。だったら無理やり行動を制限すればいい。━━僕を使って、三国三竦みを実現した」


「……レガートがなんで、三竦みのファクターになるんだ?」


「悪いけど、今は疑問を呑み込んでほしい」


 三竦みを生み出して行動を制限するというのは理解できる。

 しかし、レガートという一個人が、どうして一国に影響を与えるのか。確かにレガートは強いが、そういうことではないだろう。━━だが、フレンは言われた通りに疑問を呑み込んだ。


「ありがとう。……それで、一つ訊きたいんだけど、フレンたちはなんでこの国に来たの?」


「……そこが連関してたんだ」


「ルステラ?」


「わたしたちが追い求めていたのは『魔法国家』が引き起こしたことだった」


 追い求めていたもの、すなわちノンダルカス王国の二ヶ所で発生した、消失事件のことだ。

 フレンとファミルドの軍がぶつかった地点が含まれていたので、てっきりファミルド王国なのだと思い込んでいた。


「それだけじゃない。『カフ』も首なしの兵隊も、『魔法国家』の技術だよね?」


「……まあな。フレン・ヴィヴァーチェを殺す条件で譲り受けた」


 ハイルの肯定にルステラは指を鳴らす。おそらくは欠けていたピースがどんどんと埋まっていったのだろう。

 ちなみにフレンは付いていくのがそろそろキツくなってきていた。


「『カフ』ちゃんで、あたしを支配。フレンと戦わせる。首なしの兵隊は……ああたしで一掃して、あわよくば市民から支持を得るマッチポンプとかかな」


「まあ、そもそも最初から破綻してたってさっき判明したわけだけど」


「━━━━」


「セーラじゃ、フレンに勝てない」


 ルステラはそう断言した。

 しかし、話の腰を折るのでフレンは言わなかったが、セーラの隙を作れたのは彼女が『星王の啓示』下だったからだ。

 もちろん隙を作るという話で━━殺さずに無力化するという話で、それに拘泥するなら万全の彼女相手ならなかなか難しい。

 殺せという条件なら難しいということはないけれど、フレンは殺せないので実はそこまで破綻していなかった。


「ああ、そうだね。あたしのこれは、護るための力だから」


 今はもう素顔をさらしているセーラ。彼女の顔はとても晴れやかだった。


「というわけで、あなたの計画はおしまい。今度は真っ当に生きてよね」


 ハイルはきっと反省すると思う。その後のことはフレンが関与することではない。


「そしたら、これから━━」


 ルステラの耳が震え、バッと顔を上げた。━━それを異常事態の合図だと、フレンは判断した。

 そしてルステラとは別で反応できたのが後二名いた。セーラとレガートだ。

 フレンはハイルを掴み横っ跳び、セーラはレクトとアセシアに鎖を絡めて後ろ跳び。それで正解だった。


 ━━ハイルがいた場所に、大穴が発生したのだから。


「━━━━」


 そして、レガートとルステラは反撃を試みていた。王都を取り囲む防壁。その上に立っている小さな影へ。


「ダメ、逃げられた」


「損切りが早いね。なんの情報も得られなかった。ただまあ、おそらくは……」


「『魔法国家』の刺客だろうね」


 やれやれとルステラは肩をすくめる。

 速攻、不意打ち、失敗したら瞬時退却。なかなか良い性格をしている。


「でも、これではっきりした。僕が解放され、均衡は崩れ去った。本気で取りに来るよ」


「……何をだ」


「全部、だろうね」


 『魔法国家』はハイルを殺そうとした。それは全面戦争を行う覚悟があったということだ。

 何故このタイミングなのか、意図は完全には紐解けないが、それは事実だろう。


「だから、そのためにもってことだよね。ルステラ」


「戻してくれてありがと」


 ルステラは感謝を述べながら、大穴を挟んで向かいにいるアセシアとハイルに目を合わせて、


「もう色々と事が大きくなってる。だから、協力して。国じゃなくてあなたたち個人で良いから、わたしたちに協力して」


 ノンダルカス王国とファミルド王国の敵対関係の解消━━というより、フレンを殺さない約束ぐらいのものだ。

 そもそも国を持ち出すと、戦力の保持になってしまうので無理なのだが。


「もちろんだわ。もうフレンさんは攻撃しない。━━私が絶対にさせないわ」


 彼女ならそれを実行してくれるはずだ。彼女の目には気丈な信念が宿っているから。


「これで、後ろから刺される心配はなくなったね。『魔法国家』に集中できる」


「そうだとして、これからどうするんだ?」


 今の状態は簡単にフレンVS『魔法国家』ティマスクスという感じだ。

 だがしかし、万が一フレンが墜ちれば、規模は国同士になり収拾がつかなくなる。それは避けたい。


「……気になるのは、フレンの殺し方だね」


 会話のためにルステラの方へ寄っていくと、ルステラはフレンの額を軽く指で叩いた。

 ハイルはセーラを使ってフレンを殺そうとした。結局それは不可能だったが、『魔法国家』までそうとは思えない。

 なにしろ、殺害に対する情熱が違う。


「……ルステラなら、私をどうやって殺す?」


 ルステラの魔法使いとしての能力はおそらく世界のなかでも上澄みだろう。

 故に、魔法使いが集まる『魔法国家』の考えを読むなら、ありなアプローチな気がする。


「━━初見の技で畳み掛けるかな。まあ、手数勝負だね」


 手数という言葉が出た瞬間、フレンとルステラは顔を突き合わせる。


「あながち間違いではないかもしれないぞ」


「あっちが手数を無限に増やせるなら……。しかも、一体一体が強力ならなおさらだね」


 有象無象を集めてもフレンには届かないが、強者を集めたら現実味を帯びてくる。

 フレンを殺す手立てというのは、今しがた考察したのが可能性として高いだろう。


「だけど無制限ではないと思う。綻びは必ずある」


「時間とか?」


「ありえるね」


 魔法のことはてんでダメだが、なんとなくそういった条件や制限は多いと察せられる。

 現に、ルステラも乗っかってきた。


「だとしたら、私たちは『魔法国家』に乗り込めばいいのか?」


「それは……」


「━━僕は行った方が良いと思うよ」


 ためつすがめつ会話を追っていたレガートは入り込み意見を述べた。


「その代わりに、僕は王国に帰るけどね」


「……再度擬似的に均衡を作るってことかな?」


「そういうこと。こっちが相手を量れないように、相手もこっちを完璧には量れない。もちろん気休め程度にしかならないけど」


 脳がプスプスと音を立てているが、頑張って整理して理解しよう。

 相手の目的が、フレンの殺害とレガートの捕獲? だと、結論が出ている。

 そしてもしフレンが『魔法国家』で殺されたなら、レガートも道ずれにすると暗に示すのだろう。

 みたいな、ことである。


「その間わたしたちは情報収集に徹する形かな」


「だね。幸い、『魔法国家』には噂のよく集まる場所がある。……詳細は後で教えるね」


 詳しい話を後回しにして、ざっくりと全員の指針を立てようと、レガートはセーラたちに視線を向ける。


「セーラと……」


「レクトです。レクト・スカイラーク」


「レクトくんは、僕と一緒に王国に来てほしいんだけど、いいかな?」


 レガートは二人に提案すると、セーラは窺うようにちらとルステラに視線を向けた。


「なんにせよ、説明できる人間は必要だからね。話を進めてるけど、レガートはほとんど把握してないし」


「お恥ずかしい限りで」


「セーラかアレキスか……後はハゼルぐらいかな。ハイル連れてくってのもあるけど……」


 並んでいるアセシアとハイルに視線を流すと、アセシアは一歩前に踏み出して、


「ごめんなさい。少し厳しいわ」


 先の一件で、多寡は置いといて打撃は受けた。それを適当に流すことはできない。

 むしろアセシアとハイルには、この王国を離れられたら困る。実際、一応言ってみただけだ。

 さらに加えて━━、


「━━我も、王国に残るべきだ」


 意味ありげに大穴を眺めて、ハゼルは帰ってきていた。それだけでなく、アレキスとフラムも一緒だ。


「それは公? それとも私?」


「両方だ」


「それじゃあ仕方ない」


 この辺の感覚は、ルステラよりフレンの方が優れているだろう。上に立つというのは大変である。フレンはもはや名前だけだった感はあったのだが。


「そしたら残すは……」


「━━あたしたちレガートと行くよ」


 ルステラの裏で話し合ったのか、セーラとレクトが同時に頷いた。

 これで振り分けは固まった。

 ノンダルカス王国へは、レガート、セーラ、レクト。

 ファミルド王国は、アセシア、ハゼル、ハイル。

 『魔法国家』へは、フレン、ルステラ、アレキス、フラムだ。

 なかなか顔ぶれが変わらない。


「だけど、大変になったらすぐ呼んで。あたしたちならすぐたどり着けると思うから」


「うん」


 実際、セーラの機動力はなかなかのものだろう。鎖を使えば、半分空を飛ぶようなこともできる。もしかしたら、上手いことすれば揚力なんかも生み出せるかもしれない。机上の空論だけれど。


「我も落ち着き次第、至急そちらに向かう」


「ああ、助かる」


 死体が消えたという件については、まだ解決していない。ハゼルにも大きな因縁が『魔法国家』にはあるのだ。


「よし、決定。━━いいね、ようやく終わりが見えてきた」


 フレンに着けられた強固なくびき。それを断ち切らねばならない。

 『魔法国家』ティマスクス。

 どうか、平穏無事に終わりますように。


 ━━そんな祈りを、目の前の大穴を塞ぐように投げ入れた。





「なあ、やっぱり訊いてもいいか?」


「それは……僕のことだね?」


「ああ」


 一度は飲み込んだことだが、やはり消化はしてしまえない。どうしても、そこには残り続ける。


「別に隠していたわけじゃないんだ。だけど、言っちゃうとフレンとアルトに身構えさせちゃうかなって」


「そんなことはない……と思う」


「あはは、断言できないとこがフレンらしいよね。嘘をつけないって言うかさ」


「ちなみにアルトなら『知らないわよ。無理なときは無理よ』って言うな」


「言いそう。あとちょっと似てる」


 許容できないことはある。受容できないこともある。どうしても無理な場合なんていくらでもある。

 だからこの問いかけは、しない方がよかったのだろう。

 そしたら、少なくとも現状は保たれるから。

 でも━━、


「━━レガートのことを知っていたいんだ」


 友情という力がどれだけカバーしてくれるのかは分からない。だけど、信じる大切さを『私たち』は知っている。


「僕には……」


「━━━━」


「━━大昔、絶滅した種族の血が流れてる」


 つまりは希少性ということだろう。それだけでレガートは重要視されているのだ。


「所謂、先祖返りってやつでね」


「それで、つけ狙われていると」


「はた迷惑な話だよ」


「だけど……安心した。お前のことをちゃんと知れて。━━アルトにも、もう言うんだろ?」


「まあ、言うしかないよね」


 レイシズムなんて思想は持ち合わせていない。彼は彼だ。

 先祖返りだの、大した問題ではない。


「不安だったら、私が付いていこうか?」


「三人で会うという点に限ればやぶさかではないけどね。……もう少し、落ち着いたらね。もちろん状況次第では、『魔法国家』に赴くけど」


「そうだな。そうなるといいな」


 状況というのは良いに越したことはない。だけど、何もせずに事態が解決していくなんてことはないのだ。

 だから、求めるのだろう。


「次は、三人で」


「そうだね」


 一つ約束を積み上げて、フレンは次なる場所へと向かう。



二章、終了です。話数は一章と同じですが、文字数的にはだいぶ劣ると思います。たぶん。

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