第二十四話『やらなくちゃいけないこと』
━━時はわずかに遡る。
「なんで避けなかったの?」
ルステラが駆け寄ってくると同時に、疑問符を浮かべた。
なにせフレンは、セーラの顔の鎖を剥がす瞬間、反撃に伸ばされた鎖を避けなかったのである。おかげさまで腹から大出血だ。
「顔を見たら、一声かけてやりたくなってな」
「それはフレンらしいけど……治す身にもなってよね」
「悪い」
「あんま思ってなさそう」
とは言いつつもルステラはフレンの傷を塞いでくれた。
アレキスがずば抜けてはいるが、ルステラも十分化け物じみた治癒魔法の使い手だ。
「レクトとセーラは……」
「まあ概ね大丈夫かな? フレンが心配することはなんにもないよ」
ルステラの診断にフレンは胸を撫で下ろす。
どうやら最悪なケースは訪れず、むしろ最高の結果が手に入った。とはいえ最悪なケースに陥る想定ならば、最後に鎖を避けていたが。
なんにせよレクトはやってくれた。それだけで十分だ。
「あとは事後処理って感じか」
「……いや、そこに至るにはまだ鍵が足りてない」
「鍵?」
大団円を見据えるフレンの先で、ルステラはゆるゆると頭を振った。
「ハイルをまだ捕まえられてない」
今回の騒動の中心人物であるハイル。フレンはあまり知らないが、なんとなく聞かされてはいたので、スムーズに解する。
「私はもう一働きしなければならないのか」
「馬車で王都から離れてたら、フレンしか追いつけないからね」
「仕方がない。……特徴はレクトと同じでいいんだよな?」
「うん」
傷は治ったし疲労もそこまでないので、フレンはとりあえず高所を取ろうとする。見渡せば大体のことは分かる。
ハイル捜索隊、隊員は一名。出動と━━。
「━━その必要はないよ、フレン」
出鼻を挫くその声音に、優しげな男性の声音に、フレンは高揚する。
考えるという思考回路が弾け飛び、フレンは一直線に音の方へ走り出す。
「僕が捕らえて……わぶっ!?」
「こんなところで何してるんだよ! バカぁ!」
フレンの身体を支えながら、男は━━レガートは、満を持して姿を現した。
「偽物の……って無理な話かな。まあどうやら大丈夫そうだけど」
「状況はあまり分かってないけど……一応、どうして?」
「フレンがそうしてるからだよ」
「それは確かに、大きな説得力かもね」
フレンの知らぬところでなにやら説得力だのにされていたが、気にしている隙間は無かった。
レガートがそこにいてくれていることに首ったけだ。
「フレン、久しぶり」
「久しぶり、じゃないだろ! 私が、私たちがどれだけ……」
「はいはい、アルトにも後でちゃんと感謝するから。……それよりも今は」
レガートが顎でしゃくった先には、拘束された二つの影があった。一つはクリーム色の髪を持つ━━ハイル・スカイラーク。
しかし、もう一人の方には見覚えがない。
「僕はこれでよかったのかな? ルステラさん」
「ルステラでいいよ。……ともあれ君は大正解だ」
さらっと名を呼んでいたが、元は同じシストル村にいたのだから互いに知ってはいるだろう。
そういえば、ルステラとレガートのエピソードはあまり掘り下げたことがなかった。あるのかないのかそれこそフレンの知るところではないが。
「鍵は得た。後は動かすタイミングだね」
「タイミングなんかあるのか?」
「あるよ。間違えることはないだろうけど━━積もる話ぐらいあるでしょ? わたしもしたいことあるし」
ルステラの視線を辿ると、レガートと目があった。積もる話も含め、情報のすり合わせをある程度しておけということなのだろう。
実際、わりと今回は国家間の問題で、何かをするのなら国の頭━━おそらくあの女性を交えなければならない。
しかしそのターンが、先に回すことができないもののことぐらいはフレンにも察せれる。彼女はきっと、レクトの本当の母親だ。
なので、とりあえずは各々で━━と理解したところでルステラが「とはいえ」と切り出す。
「その子はどうにかしておかないと」
レガートが捕らえた小さな少女を示しながらルステラは、いつになく真剣な表情で髪を払った。
「いったいその子は誰なんだ?」
「不条理。━━この世に存在してちゃいけない子だよ」
ルステラの言葉は強く、微妙に具体性が欠けていた。
だがしかし、不条理とまで言われた少女の異常性を示すには十分だった。
「━━セーちゃんは? セーちゃんは、どこ……?」
虚ろな表情でセーちゃん━━おそらくセーラを呼び続けている少女。なんとなく関係性が見えた。
だとしたら不条理という言葉にも納得がいく。
「セーちゃんは来ない。『あなた』はきっと求められていないから」
「セーちゃん……」
「でも、あなたとはちゃんと出会いたかったと、本当にそう思うよ」
それを最後通牒に、ルステラは少女を正しい状態に戻そうとする。
否定された条理を、ねじ曲げられた道理を、本来起き得なかったはずの現象を、ルステラの一撃が否定するのだ。
否定して━━、
「━━━━」
ルステラのその背中に現れたのは、躊躇だった。
その瞬間、フレンは借りていたレガートの胸を叩き、剣を抜いて駆け出す。
反射的なものではなく、かといって自分の使命と思っていたわけではない。
ただ、少女とルステラを助けるのが、この方法なのだと半ば理解すれば、行動するしかなくなったのだ。
「━━━━」
銀閃が少女の首に到来し、断ち切った。ドクドクと血を流しながら、少女は抵抗なく倒れる。
━━最後に感謝するように八重歯を見せて微笑んだのを、フレンは見届けた。
「ごめん……」
「━━━━」
「ごめん、つらいことできなくて……」
「いいよ。きっとやらなくちゃいけないことで、だけど、誰がということはない。私ができたんだ。それでいい」
謝るルステラに慰めになるか分からないが言葉をかける。
少女の首からはいまだにサラサラと血が流れていた。それを見て、フレンは心から嫌な気持ちと嫌な予感を感じた。━━だから、首をはねたのが自分でよかった。
「私たちは正しいことをした。これがきっと、真実の世界だ」
不条理を断ち切って、フレンは正義と一緒に剣を鞘に戻した。
○
ルステラは一言二言並べて、セーラのところへ向かった。
気を使ってくれたのだろうが、先ほどのこともありなんだか空気がぎこちない。━━否、フレン側のばつが悪いというのが本音だ。
故にそれはアルトと仲直りした時と似ていて━━、
「━━ふ」
フレンは思い出し笑いをしてしまう。それを見て、レガートは眉をひそめた。
「すまん、ちょっと思い出し笑いをしてしまった。━━アルトとギクシャクしたときのな」
「それは……僕の知らないエピソードだね」
「ああ、お前は呑気にこんなところにいたからな」
レガートがいなかったことを皮肉めいた言い回しで表現する。
だが実際、レガートがいれば全ては大きく変わっていたのだ。フレンがあんなに思い詰める必要はなかったぐらいに。
「それは本当に悪いね。だいぶ油断してしまっていた」
「シュネルが相手じゃ仕方ない。私だって同じだった」
シュネルの行動力には本当に戦慄する。
一体いつから根回ししてしたのだろうか。どこまで見据えていたのだろうか。
本来今の状況は、シュネルが考えるあるべき姿ではないことは分かっているけれど。
しかし、今のシュネルならば、この姿も思い描いていたに違いない。
行動力、実行力、先見力。どれをとっても敵わないと改めて実感する。
「━━何があったか聞いても?」
レガートの問いかけにフレンはコクりと頷く。しかし、フレンは話し出さなかった。
何故なら、先に━━、
「それは、どういう意味?」
丁寧に腰を折ったフレンに、レガートは困惑する。当然だ。急に謝罪の構えをとられたのだから。
さらにレガートにはその謝罪の理由にたどり着くことができない。
だってこれは、フレンの一方的な贖罪だから。
「……私は、お前のことを信頼できなかった」
「━━━━」
「アルトに突き離されて、わけもわからず戦って、だけどレガートだけはそんなことないって━━私は思えなかった」
心の弱さなんて言い訳だ。それでも揺らがないのが、きっと信頼というものだから。
それを疑ったフレンは、もうレガートに顔向けできない。━━それは、嫌だ。
我が儘だ。
しかし顔向けできなくなったのなら、またできるように努力すればいい。
これは、その一欠片。
「だから、本当にごめん!」
全力で腰を折り、垂れる髪が視界の端で動く。その間はまだレガートから返答がないということだ。
何かあれば顔を上げて、何があっても目を背けない。
「……僕はフレンがどうしていたのか分からない。大変な目にあってたなんて簡単に言っちゃダメなんだろうね」
レガートの声に顔を上げると、音もなく至近距離まで近づいてきていた。
それに瞠目すると、レガートはさらにフレンを驚かせる行為を行った。
━━頬をつかんで、グニグニと伸ばしてきたのだ。
「ひゃにを……!」
「いやぁ、楽しいなって思って」
フレンの頬をふにふにと揉みながら、レガートは微笑む。
心の底から愉快げで、子供みたいに無邪気だった。
「やっぱり、フレンと一緒にいたら楽しいよ」
「だかりゃ、わたひは」
「聞いたよ。分かってる。だから、その上で言うよ」
レガートはフレンの頬から手を離すと、優しく頭を撫でる。
心が受け取れないと主張していても、心はただひたすらに安らいでいく。
「こういうのは許すとか許さないとかって問題じゃない。━━そんな日もある。たったそれだけのことだよ」
これは全部レガートが思っていることだ。疑う余地もなく、レガートの気持ちだ。
フレンだってアルトに大好きと告げた。許すとか許さないとかじゃなく、大好きが不変であることを告げた。
フレンとアルトはそうだった。そして、レガートも同じだった。
━━私たち三人は、きっとこのために集まったのだ。
「だからまた、僕たちと一緒に居てほしい」
「……卑怯者」
「フレンがそこに居てくれるなら、卑怯者でもやむなしかな」
レガートの胸をポフッと叩く。
フレンとアルトとレガートと、また三人で━━、
━━また三人で、笑い合える日を。
「そのためにも━━」
後ろを振り返れば、よく見知った顔と申し訳ないがあまり知らない顔とが、フレンを中心に集まってきていた。
ルステラは普通にセーラの方が終わったからだろうから良いが、アレキスのタイミング調整がバッチリなところには、少し複雑な気持ちを抱かずにはいられない。
ともあれ━━、
「レガート。今度またゆっくり話そうな。━━アルトも交えて、三人で」
アルトがいるから怖くない。レガートがいるから立ち向かえる。
それを再認識したし、させてくれて感謝しかない。
少しずつ、少しずつ、広い集めていこう。そしたらきっと、フレンの夢も叶うだろう。
その後、戻ってきたルステラに何の情報共有をしていないことを告げると、普通に呆れられた。
だけど、それとは別に好奇のようなものを向けていたのはなんだったのだろうか。特にレガートと変なことでもしてたわけでもないし。
真相は分からずじまいである。
次で二章終わります。




