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暁の史記  作者: 焚火卯
第一章
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第四話『軍部』

 アレキスの衝撃的な宣告。それにフレンは驚きを隠せなかった。

 それは敵になることに対してではなく━━、


「━━流石に気づいてるよ」


 フレンが王国に追われていることを、しっかりと明言はしていない。━━否、わかっているとあえて説明を省いた。

 だけど、ルステラもアレキスも当然のように受け入れていた。それに何か言わなくてはという気持ちになるが、それより早く、


「まず、同意するつもりはないことを明言しておく」


 紙面を指で叩きながら、アレキスは重要な補足を入れた。

 真意のわかりにくい彼だが、その分言い切ってくれたことで安堵が生まれている。


「それは助かるね。首チョンパが冗談じゃなくなっちゃうもん」


「いや、別にそんなことはしないが……」


 頬を掻きながら苦笑するフレンに、ルステラは何とも言えぬ面持ちになった。

 しかし、そのことを問いかけるより早く、アレキスが続きを語り始める。


「俺がこれを持って帰ってきたのは、フレンに訊きたいことがあったからだ」


「私にか?」


「お前にしかわからないことだ」


 神妙な表情に、フレンは思わず息を詰める。これから何が質問されるのか予想は容易いが、アレキスはそこからさらに奥まで見えているようだったから。

 何も語ってくれない彼の言葉を、ただ待ち続ける。


「━━ノンダルカス王国の軍部。その概要を教えてくれ」



 ノンダルカス王国の国防は、王都を守護する近衛騎士と、地方の村や町を守護する軍隊に分けられる。ちなみにフレンが所属している第一部隊はその枠組みにはまらなかったりするのだが、今は関係がないので仔細は割愛させてもらう。

 どちらが優れていて、どちらが強いかなどはナンセンスなので言及しないが、互いにそれなりの水準を保っている。

 ノンダルカス王国は、決してフレンのワンマンチームなどではない。それが皮肉にも、自分の身に返ってきているわけだが。

 しかし、フレンはノンダルカス王国の軍部において、それなりの地位にいる。

 ━━総帥。

 戦における最高位の称号━━と言えば聞こえがいいが、総帥になったからといって特に何かが変わったわけではない。

 ただ戦場に赴いて剣を振る。変わったことと言えば、少し皆の前で話すことが多くなったぐらいのものだろう。

 だから、私がいなくなっても瓦解はしないが、不可解は生まれる。

 アレキスが聞きたいのは、まさにそこの部分だろう。

 軍が民間と協定するためには、契約書の作成が必要なのは既に述べたことだが、いくつかのルールというか、手順の部分はまだだった。

 契約書というのだから、もちろん双方の合意を記す必要がある。そして、最後に━━総帥の許可をもらわなければならない。

 フレンはよっぽどのことがない限りは申請を通してはいるが、今回に至っては、そもそも許可を出す人物がいないのである。


「この話を持ちかけたのは、レガートなんだな?」


「ああ、金髪で琥珀色の瞳のやつが、そうなのならば」


「じゃあレガートだな」


 レガートはシストル村━━つまりはすぐそこの村を警護する軍の隊長だ。なので、事情を知らされていないというのは些か納得しがたい。


「━━━━」


 彼が━━フレンと対立する側の人間なのは間違いないだろう。


「前提として、この契約書は永遠に承認されない。最後に統帥の━━私の許可が必要だからだ」


「騎士側で代理とかは、できないのだな?」


「無理だ。だが、今の情勢的に偽造される可能性は大いにある。でも……」


 フレンは考え込んで情報を整理する。

 軍が通報している危険人物の出現というのは、フレンの存在を秘匿させる嘘だ。そして、真実を把握しているのはレガートのみ。これはポーコやリゾルートの言よりわかる。

 つまりは公にはしないという意思が働いていているのだ。━━だから、おかしいのだ。

 傭兵ならば『暁の戦乙女』を知っていないと判断したのならば、杜撰にもほどがある。狭い可能性に縋るなど正気じゃない。

 フレンならば、申請が必要な傭兵より、他の隊に頼むだろう。


「明らかにリスクとリターンが釣り合わない。というか、支離滅裂だ」


「……そうでもないんじゃない?」


 馬鹿な話だと結論付けたフレンを、ルステラが否定する。


「フレンの事情は知らないし、それこそアレキスとかの方がちゃんと分かってるんだと思うけど、なんにせよフレンは王国に追われてるんでしょ?」


「━━━━」


「捕まえるのか殺すのか、どっちにしろそれができたら、リスクをいくら払っても大黒字になるとわたしは思うけどね」


 大黒字という語にフレンは、燃え盛る戦場で戦った男の言葉を、思い出す。

 ルステラにそんな気はなかっただろうが、フレンの認識を大きく修正する一助となった。

 ノンダルカス王国は確かにフレンを狙っているが、だからといってフレンの敵は王国じゃない。━━否、王国だが王国じゃないのだ。


「大方、アレキスを働かせるだけ働かして、最後は隊長さんがバッサリってところかな。まあ、フレンを……」


「━━違う」


 前提の認識を正せば、考察はいとも容易く覆る。

 フレンは確かに狙われているが、こっちが相手側をちゃんと把握していないように、相手もこっち側を把握していない。

 なのに何故、ピンポイントでアレキスへたどり着いたのか。考えうる可能性は三つある。

 まず一つはまったくの偶然という線だ。シストル村の傭兵事情について詳しくはないが、そう数は多くないだろう。ならばアレキスに巡ってくる可能性は決して低くない。

 二つ目に考えられるのが、アレキス以外にも話を持ちかけているという線だ。

 しかし、先ほどから述べている通り、これを大多数に触れ回るというのは得策とは言えない。後で大黒字になるかもしれないことを鑑みてもだ。

 最後に三つ目。たぶんこれが一番、正解に近しい。まだ突飛と言えば突飛な発想ではあるけれど。

 思い出せ、フレンの敵は王国だが王国じゃないのだ。


「なあ、ポーコに警戒しろと言った理由を教えてくれるか?」


「━━━。あいつはおそらく認識阻害を突破していた」


「なるほどな……」


 若干の躊躇いの後に、アレキスは真相を開陳する。

 それを素直に吸収し、フレンは抜けのあるピースを埋めにいく。


「認識阻害を見破れる人の特徴は思いつくか?」


 ルステラの方に目を向け、質問を投げかける。それを受けてルステラはしばし思案し、二本の指を立てた。


「魔力の流れに敏感な人。そして、五感が鋭い人、かな。体臭とかまでは誤魔化せないし」


 ルステラの返答。主に後者を反芻しつつ、予想の説得力を高める。


「あのとき、ポーコの姿をアレキスは見ていた。合ってるな?」


「……まさか」


「え? なになに? なんの話?」


 通じあっている二人に挟まれて、ルステラは大いに混乱していた。

 説明の大部分を端折っているので当然だが、フレンもアレキスも平常ではなかったので許してほしい。

 ルステラには後で丁寧に説明するとして、今は結論だけを飲み込んでほしい。

 そうしてフレンとアレキスが導きだした結論は━━。


「━━狙われているのは、この俺だ」





 この世界は、四つの大国と、六つの小国の計十国がある。ノンダルカス王国は大国の一つだ。

 しかしその中でも、とりわけ異質な国がある。

 ━━『奠国』グテン。

 小国の一つだが、異質と呼ばれる所以は、『奠国』グテンが抱えるとある集団にあった。

 諜報を生業とする外法集団━━『影跋』だ。

 『影跋』は、度々大国へスパイとして潜入している、らしい。

 あくまでも噂で、フレンも実際に発見したことはないので実情は図りかねるが、今回においてだけ分かることがある。

 ━━『影跋』もまた、フレンの敵なのだ。



「えっと……つまりポーコって人は『影跋』で、アレキスとフレンの正体に気づいたから、まずはアレキスを誘きだして殺すなり人質にするなりしようとしてる?」


「そんな感じだ」


「なに言ってんの?」


 ざっくりと要約したルステラに頷いてやると、心底わけのわからないという顔をされた。

 自分でも荒唐無稽は承知しているが、片っ端から削ぎ落としたら、これが残るのだから仕方ない。


「ポーコって人が気づいてたとして、それが『影跋』となんの繋がりがあるの?」


「『影跋』は気配繰りに精通していて、五感を伸ばされている。……そもそも、ルステラの認識阻害を突破できる存在が少ないという話だ」


「それに、すぐに動かせるのはそこぐらいしかないからな。王国と『影跋』の夢の共闘ってやつだろう。私にとっては悪夢だが」


 暫定スパイが転じて役に立つとは、とんだ笑い話だ。

 しかしそうなった以上は、逃避せずに受け止めなければならない。


「うーん、納得できるようなできないような……。結局のところ、アレキスが狙われてるで異存はないんだよね?」


「ああ」


「だったら、引っかかった振りをして、倒しにいくの? アレキスならできるだろうしね」


 ひとまず、ルステラはふわっと理解してくれたみたいだ。

 この話は正直、フレンみたいな立場にいなければ理解しにくい部分ではある。なので、理解もふわっとでいい。

 重要なのはアレキスが狙われている事実。そこは、たぶん、揺るがない。


「……いや、私がケリをつける。アレキスを危険には晒せない」


 故に、アレキスの代わりとしてフレンが名乗りを上げた。

 そもそも相手の大目標はフレン・ヴィヴァーチェなのだ。そのために色々と策を弄しているというわけで。

 ルステラの言うとおり、アレキスならば大丈夫なのかもしれない。

 だがしかし、そんな先送りはもうおしまいにしなければならないだろう。

 終わりが想定より早く迫ってきた、ただそれだけのこと。

 アレキスが危険になるのならば、フレンはそれを許容できない。だから、フレンが往くのだ。


「━━ダメだ」


 アレキスの重い声がフレンを一閃する。

 それは、覚悟も決意もなにもかも認められないという確固たるものだった。


「私は往くぞ」


「あの世にか? 命は大切にしろ」


 アレキスの皮肉に、フレンは唇を噛んだ。

 憤慨してではなく、それはたぶん無意識の制止だったのだろう。

 フレンはこれ以上、食い下がってはいけない。どうしようもなく、突きつけられるから━━。


「私は死なん!」


「いいや、お前は死ぬ」


 淡々と言い返すアレキスの、その見透かしたような双眸に絡みとられ、フレンは息を詰める。

 その果てしなく黒い瞳はフレンだけを見つめながら「だって」と一言添えて、


「━━お前はもう、剣を振れない」


 冷えた刃を突き立てるみたいに、アレキスは宣告した。

 刃とは言い得て妙で、この言葉を聞いたとき、フレンはもう言葉を出せなかったのだ。


「来ても……足手まといになるだけだ」


 何も言えないフレンを背に、アレキスはアトリエを出ていく。

 待ってくれと引き止めたい。剣が振れると否定したい。━━ノンダルカス王国のみんなは、もうフレンの仲間でないと割り切りたい。

 そしたら、切れるから。王も仲間も民も、全部全部全部━━。


「ダメだよ、フレン」


 わかってる。全部、自分のせいなんだってことぐらい、とっくに知ってる。

 フレンが死ねば、誰も死なない。━━誰も苦労せずに、誰も死なない。

 だからアレキスが苦労して軍を取り押さえて、フレンは見事に延命だ。

 誰も死なない。だけど、誰も幸せになってない。

 誰かが死ぬのは絶対に嫌だ。そのためには、フレンが死ねばいい。

 

 ━━ただ、それだけなのに。

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