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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
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第十六話『ハゼル・ルーメイト』

「騎士服などと、侮辱にもほどがある……!」


 憤慨に顔を赤くしながら、ハゼルは見た目に反して軽やかに地を走行する。

 彼がこんなに怒っているのは、首なしの騎士の服装にあった。しかもこの国のものだ。

 これを侮辱と呼ばずして、なんと呼ぶ。


「力は凄まじいが、遅れをとることはない」


 どうしてこのパワーを一般市民には発揮しないのか、騎士が南側にだけ発生し進軍しているのかなど、疑問は山積みである。

 だがしかし、全てを終わらせた後に色々と考えればいい。

 ハゼルは自分の役割を遂行する。━━民に伝播した不安を拭うことが先決だ。


「クソ……っ、何故立ち塞がる……」


 一心不乱に市民を傷つける存在が、ハゼルを前にすると何故かしっかりと剣を構え始める。

 とはいえ、大して障害にはならない。何度も言うが、力があるだけだ。


「右の大振り、そして貴様は足元が疎かだ」


 それに不思議と、相手の手が感覚的に理解できる。そこに合わせて斧撃を叩き込むだけだ。

 一人は腕を落とし、もう一人は足を砕けば、もうまともに戦うことはできない。


「しかし悪趣味なものだ。誰がこんな……」


 戦闘能力を失った二名の胸に、致命的な一撃を与えようとしたとき、とある思考が不意に脳を犯す。

 誰が悪趣味なことをではなく。━━ハゼルが、彼らを生み出したのではないか。


「━━━━」


 彼らに対抗できたのは、よく知っていた相手だったから。そう考えると辻褄がある。

 それに、一度脳内に浮かんでしまえば、あとは感覚で分かる。

 ━━彼らは、あの大敗を喫した時に連れていたハゼルの部下たち。


「━━━━」


 合計で三百名。その内、死を見届けたのが百四十二名。

 ━━ハゼルの大罪が、今目の前にいる。


「ロキウスと、サガナスなのか……?」


 この特徴は、剣技の特徴は、ロキウスとサガナスを想起させるものだった。

 だとしたら彼らの首がないのはフレンが首をはねた━━違う、ハゼルが殺したのだ。

 ロキウスもサガナスも、ここにいる全ての騎士は、ハゼル・ルーメイトが一人残らず殺した。


「━━━━」


 いつの間にか腕と足が再生した二人が、ハゼルの前に立ち塞がる。

 彼らには顔がない。口もないから、声を発すことはない。目線も息づかいも何も感じられない。

 だが、彼らは言っている。一人残らず言っている。

 ━━勝手に、終わった気になるなよ。

 と。


「我は……」


 ハゼルは終わらせることなどしてはいけないのだ。

 ハゼルが終わっていいのは、裁かれたとき。

 それはすなわち━━、


「━━━━」


 身体が宙を舞い、壁を砕きながら地面に強く打ち付けられる。

 誰かが、自分の名を呼んだ気がする。

 だけど届かない。

 あるのは、命を握る大罪だけだ。


「我は、もう、無理だ……」


 ━━大罪だけだ。





 痛みを伴った現実が、ハゼルに追いついてくる。

 どうして、ここまでのうのうと生きていられたのだろうか。

 フレン・ヴィヴァーチェの言葉があったから。

 ファミルド王国に戻り、生き方を改めたから。

 ウィリアム・スカイラークに、出会ったから。

 ━━全部、ただの欺瞞だ。


 ただ、忘れてしまいたかったに過ぎない。

 仕方がないと諦めたかったに過ぎない。

 罪滅ぼしの振りをしていれば、心が楽だった。

 でも、楽になってはいけないのだ。罪滅ぼしなんてできないのだ。

 ━━ハゼルは、裁かれることでしか、終われないのだ。



「━━しゃきっとしてくださいっ!」



 ハゼルの額に固い衝撃と、まだ変声期を迎えていない少年の声が届いた。

 否が応にもそこへ焦点が合う。━━ハゼルへ声をぶつけたのはレクトだった。


「勝手に負けないでください!」


「レクトくん、これは……」


 ルステラが察したようにレクトを諌めるが、彼は止まらない。


「分かってます。だから、言ってるんです!」


 ルステラをはね除けて、レクトはハゼルの胸を強く叩いた。

 そして━━。


「━━心に負けないでください!」


 叩かれた胸は痛くない。かけられた声も、子どもの相応の大声だった。

 ━━だが、心に張り付いて消えなかった。


「へこたれるのは、全部やった後にしてください。ハゼルさんが折れたら、前に立てる人がいなくなります」


 その言葉はあまりにも残酷だった。相手を間違えれば、それこそ殺されても仕方ないぐらいの言葉だ。

 しかし、それはレクトの言葉が真理だったからでもある。

 ━━ハゼルは裁かれるべき存在だ。

 欺瞞を重ね詭弁を連ね、ぐずぐずな愚図として生き続けてしまった。

 だったら━━、


「━━我は、また間違えるところであった」


 自分の成すべきことをしっかりとやって、自分の大罪と向き合う。


 ━━その後に、しっかりと裁かれよう。


 それまで、膝をつくことはしない。


「レクト、気づかせてくれて感謝する」


「━━━━」


 復活したわけではない。問題が解決したわけじゃない。━━ただ、いま動かない理由がなくなっただけだ。

 その感謝を告げたのだが、レクトはなにやら驚いたような顔をした。


「どうした」


「……ぼくのこと、レクトって呼ぶんだって思って」


「そう言えばそうであるな……」


 前は確証がなかったから、レクトと呼んでいた。だが今は、彼がウィリアムだと判明したのだ。

 何故かと考えていると、レクトの意識がハゼルから別の人に向いた。


「━━レーくん、カッコよかった!」


 アレキスの背から降りたフラムが、レクトに駆け寄り腕を抱いた。


「ち、近いよ、フラムちゃん……」


 フラムにすり寄られたレクトは微かに顔を紅くしていた。

 よもやとは思うが、追及するのも野暮な話である。


「そういうのじゃないよ、ぼくのは」


 たとえ彼が、フラムがしてくれたことと同じでないと否定しても、ハゼルはそれに助けられたのだ。足元じゃなく、もう少し先が見えるようになったのだ。

 そんな事実を確かめていると、ルステラが「おほん」とわざとらしく咳をした。


「それで、出来るの? 出来ないの?」


 ルステラはあの瞬間、完全にハゼルを除外して考えようとしていた。

 しかし、やり直す機会を与えてくれるとは、なんと心優しきことか。

 ハゼルは躊躇いなく、口に出す。


「我にやらせてくれ」


「当然。あなたにしか出来ないことなんだから」


 ルステラは隠すことのやめた耳を二度震わせ、口角を上げた。

 そしてその流れで、レクトを見やると、


「わたしたちも、そろそろ動こうか」


 ルステラは満を持してという具合に指を鳴らして、セーラの居る方向を指し示す。

 ハゼルは『星王の啓示』を用いて強制的に支配を奪い取るとしか聞いていないが、果たしてどうするのだろうか。


「フラム、ほらレクトくん離して」


「はーい」


「アレキス、頼んだよ。首なしはとりあえずゴリ押しで」


 ルステラはフラムを持ち上げると、アレキスに引き渡した。

 そして次にアセシアの方に体を向けると、


「アセシアさんも、アレキスと一緒に行って」


「……私は……」


 そう指示だけして、背を向けたルステラは、アセシアの暗い表情に気づいていなかった。


「それじゃあ、レクトくん以外はすぐにわたしから離れてね」


「……どうして?」


 不意にこぼれてしまったように、質問にしては小さいアセシアの声がルステラに届いた。

 ルステラは答えるかどうか逡巡し、次の言葉が説明だったので、そうすることに決めたのだろう。。


「わたしの魔法の関係でね。周囲を巻き込んじゃうから、離れててほしいの」


「どういう魔法なのかしら?」


「飛行魔法だよ。セーラさんには空から近づく」


 ルステラが空をなぞりながらそう説明した。

 飛行魔法とは驚きだが、確かに空路から攻めるというのは良い手である。

 しかも、地上ではフレンが気を引いてくれているのだ。


「だったら……」


「━━━━」


「私に一つ提案があるわ」





 飛行魔法の説明を受けた後なら、ハゼルの役割がより一層際立つ。

 ルステラの飛行魔法は独自で編み出したもので、あまり完成度が高くないらしい。

 そのせいで、飛び立つ際に大きな音がなるという。

 現在、民草に不安が伝播している状況。大きな音でもなれば大惨事だ。

 だから、その不安を払拭する必要がある。

 そして、それは、


「我にしか出来ない」


 ファミルド王国の騎士団長という肩書きを有するハゼルならば、それも可能だ。

 ハゼルの醜聞は、市井には伝わっていない。━━この状況においてならば、それは幸運だった。


「━━はっ!」


 ガキンと甲高い音を鳴らして、首なしの剣を弾く。その背後にいるのは、勇敢にも立ち向かった民だった。


「勇敢な者よ。その行動に敬意を表する」


「あなたは……」


 今この名前を自認するのに、躊躇いはなかった。

 そうでないと、あの少年に顔向け出来ないから━━。


「我は、ファミルド王国騎士団長。ハゼル・ルーメイトである!」 

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