第十六話『ハゼル・ルーメイト』
「騎士服などと、侮辱にもほどがある……!」
憤慨に顔を赤くしながら、ハゼルは見た目に反して軽やかに地を走行する。
彼がこんなに怒っているのは、首なしの騎士の服装にあった。しかもこの国のものだ。
これを侮辱と呼ばずして、なんと呼ぶ。
「力は凄まじいが、遅れをとることはない」
どうしてこのパワーを一般市民には発揮しないのか、騎士が南側にだけ発生し進軍しているのかなど、疑問は山積みである。
だがしかし、全てを終わらせた後に色々と考えればいい。
ハゼルは自分の役割を遂行する。━━民に伝播した不安を拭うことが先決だ。
「クソ……っ、何故立ち塞がる……」
一心不乱に市民を傷つける存在が、ハゼルを前にすると何故かしっかりと剣を構え始める。
とはいえ、大して障害にはならない。何度も言うが、力があるだけだ。
「右の大振り、そして貴様は足元が疎かだ」
それに不思議と、相手の手が感覚的に理解できる。そこに合わせて斧撃を叩き込むだけだ。
一人は腕を落とし、もう一人は足を砕けば、もうまともに戦うことはできない。
「しかし悪趣味なものだ。誰がこんな……」
戦闘能力を失った二名の胸に、致命的な一撃を与えようとしたとき、とある思考が不意に脳を犯す。
誰が悪趣味なことをではなく。━━ハゼルが、彼らを生み出したのではないか。
「━━━━」
彼らに対抗できたのは、よく知っていた相手だったから。そう考えると辻褄がある。
それに、一度脳内に浮かんでしまえば、あとは感覚で分かる。
━━彼らは、あの大敗を喫した時に連れていたハゼルの部下たち。
「━━━━」
合計で三百名。その内、死を見届けたのが百四十二名。
━━ハゼルの大罪が、今目の前にいる。
「ロキウスと、サガナスなのか……?」
この特徴は、剣技の特徴は、ロキウスとサガナスを想起させるものだった。
だとしたら彼らの首がないのはフレンが首をはねた━━違う、ハゼルが殺したのだ。
ロキウスもサガナスも、ここにいる全ての騎士は、ハゼル・ルーメイトが一人残らず殺した。
「━━━━」
いつの間にか腕と足が再生した二人が、ハゼルの前に立ち塞がる。
彼らには顔がない。口もないから、声を発すことはない。目線も息づかいも何も感じられない。
だが、彼らは言っている。一人残らず言っている。
━━勝手に、終わった気になるなよ。
と。
「我は……」
ハゼルは終わらせることなどしてはいけないのだ。
ハゼルが終わっていいのは、裁かれたとき。
それはすなわち━━、
「━━━━」
身体が宙を舞い、壁を砕きながら地面に強く打ち付けられる。
誰かが、自分の名を呼んだ気がする。
だけど届かない。
あるのは、命を握る大罪だけだ。
「我は、もう、無理だ……」
━━大罪だけだ。
○
痛みを伴った現実が、ハゼルに追いついてくる。
どうして、ここまでのうのうと生きていられたのだろうか。
フレン・ヴィヴァーチェの言葉があったから。
ファミルド王国に戻り、生き方を改めたから。
ウィリアム・スカイラークに、出会ったから。
━━全部、ただの欺瞞だ。
ただ、忘れてしまいたかったに過ぎない。
仕方がないと諦めたかったに過ぎない。
罪滅ぼしの振りをしていれば、心が楽だった。
でも、楽になってはいけないのだ。罪滅ぼしなんてできないのだ。
━━ハゼルは、裁かれることでしか、終われないのだ。
「━━しゃきっとしてくださいっ!」
ハゼルの額に固い衝撃と、まだ変声期を迎えていない少年の声が届いた。
否が応にもそこへ焦点が合う。━━ハゼルへ声をぶつけたのはレクトだった。
「勝手に負けないでください!」
「レクトくん、これは……」
ルステラが察したようにレクトを諌めるが、彼は止まらない。
「分かってます。だから、言ってるんです!」
ルステラをはね除けて、レクトはハゼルの胸を強く叩いた。
そして━━。
「━━心に負けないでください!」
叩かれた胸は痛くない。かけられた声も、子どもの相応の大声だった。
━━だが、心に張り付いて消えなかった。
「へこたれるのは、全部やった後にしてください。ハゼルさんが折れたら、前に立てる人がいなくなります」
その言葉はあまりにも残酷だった。相手を間違えれば、それこそ殺されても仕方ないぐらいの言葉だ。
しかし、それはレクトの言葉が真理だったからでもある。
━━ハゼルは裁かれるべき存在だ。
欺瞞を重ね詭弁を連ね、ぐずぐずな愚図として生き続けてしまった。
だったら━━、
「━━我は、また間違えるところであった」
自分の成すべきことをしっかりとやって、自分の大罪と向き合う。
━━その後に、しっかりと裁かれよう。
それまで、膝をつくことはしない。
「レクト、気づかせてくれて感謝する」
「━━━━」
復活したわけではない。問題が解決したわけじゃない。━━ただ、いま動かない理由がなくなっただけだ。
その感謝を告げたのだが、レクトはなにやら驚いたような顔をした。
「どうした」
「……ぼくのこと、レクトって呼ぶんだって思って」
「そう言えばそうであるな……」
前は確証がなかったから、レクトと呼んでいた。だが今は、彼がウィリアムだと判明したのだ。
何故かと考えていると、レクトの意識がハゼルから別の人に向いた。
「━━レーくん、カッコよかった!」
アレキスの背から降りたフラムが、レクトに駆け寄り腕を抱いた。
「ち、近いよ、フラムちゃん……」
フラムにすり寄られたレクトは微かに顔を紅くしていた。
よもやとは思うが、追及するのも野暮な話である。
「そういうのじゃないよ、ぼくのは」
たとえ彼が、フラムがしてくれたことと同じでないと否定しても、ハゼルはそれに助けられたのだ。足元じゃなく、もう少し先が見えるようになったのだ。
そんな事実を確かめていると、ルステラが「おほん」とわざとらしく咳をした。
「それで、出来るの? 出来ないの?」
ルステラはあの瞬間、完全にハゼルを除外して考えようとしていた。
しかし、やり直す機会を与えてくれるとは、なんと心優しきことか。
ハゼルは躊躇いなく、口に出す。
「我にやらせてくれ」
「当然。あなたにしか出来ないことなんだから」
ルステラは隠すことのやめた耳を二度震わせ、口角を上げた。
そしてその流れで、レクトを見やると、
「わたしたちも、そろそろ動こうか」
ルステラは満を持してという具合に指を鳴らして、セーラの居る方向を指し示す。
ハゼルは『星王の啓示』を用いて強制的に支配を奪い取るとしか聞いていないが、果たしてどうするのだろうか。
「フラム、ほらレクトくん離して」
「はーい」
「アレキス、頼んだよ。首なしはとりあえずゴリ押しで」
ルステラはフラムを持ち上げると、アレキスに引き渡した。
そして次にアセシアの方に体を向けると、
「アセシアさんも、アレキスと一緒に行って」
「……私は……」
そう指示だけして、背を向けたルステラは、アセシアの暗い表情に気づいていなかった。
「それじゃあ、レクトくん以外はすぐにわたしから離れてね」
「……どうして?」
不意にこぼれてしまったように、質問にしては小さいアセシアの声がルステラに届いた。
ルステラは答えるかどうか逡巡し、次の言葉が説明だったので、そうすることに決めたのだろう。。
「わたしの魔法の関係でね。周囲を巻き込んじゃうから、離れててほしいの」
「どういう魔法なのかしら?」
「飛行魔法だよ。セーラさんには空から近づく」
ルステラが空をなぞりながらそう説明した。
飛行魔法とは驚きだが、確かに空路から攻めるというのは良い手である。
しかも、地上ではフレンが気を引いてくれているのだ。
「だったら……」
「━━━━」
「私に一つ提案があるわ」
○
飛行魔法の説明を受けた後なら、ハゼルの役割がより一層際立つ。
ルステラの飛行魔法は独自で編み出したもので、あまり完成度が高くないらしい。
そのせいで、飛び立つ際に大きな音がなるという。
現在、民草に不安が伝播している状況。大きな音でもなれば大惨事だ。
だから、その不安を払拭する必要がある。
そして、それは、
「我にしか出来ない」
ファミルド王国の騎士団長という肩書きを有するハゼルならば、それも可能だ。
ハゼルの醜聞は、市井には伝わっていない。━━この状況においてならば、それは幸運だった。
「━━はっ!」
ガキンと甲高い音を鳴らして、首なしの剣を弾く。その背後にいるのは、勇敢にも立ち向かった民だった。
「勇敢な者よ。その行動に敬意を表する」
「あなたは……」
今この名前を自認するのに、躊躇いはなかった。
そうでないと、あの少年に顔向け出来ないから━━。
「我は、ファミルド王国騎士団長。ハゼル・ルーメイトである!」




