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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
43/123

第十四話『同じ気持ち』

 現時点で想定を越える最悪を記録してしまっているのだけれど、それは時々刻々と更新される。

 それは━━、


「ハイルがいない!?」


 視界が晴れて目を凝らしてみるが、ハイルと謎の少女の姿はもうそこにはなかった。

 つまり、セーラを戻す手段がいなくなったということである。


「━━━っ!」


 そして追いかけることを許さぬように、鎖の猛攻がルステラを襲う。

 踏んで、掴んで、切り落として、しかし数は減る気配を見せず、むしろ増えてさえいる。

 本当ならば避けてしまいたいが、後ろにアセシアとレクトを庇っているため、それは出来なかった。


「アレキス! 早く動いてっ!」


「……人使いが、荒い」


 この手の相手は、やはりアレキスの方が分がある。

 アレキスは自身の腹を突き破っていた鎖を剣で断ち切り、セーラごとぶん投げた。騎士の格好をさせといて正解だった。


「腹の傷は━━。!?」


 アレキスの治癒術を初めて目に入れたハゼルは驚愕を露にする。その反応はいつ見ても面白いが、生憎と笑ってられる状況じゃない。

 とりあえずアレキスが時間を稼いでくれているので、その間に確認をとる。


「アセシアさん、レクトくん、無事だよね!?」


「ええ」「……うん」


 レクトは尻餅をつき、アセシアは鎖から守るようにそれを抱いていた。

 幸いにも二人とも怪我はしていないようだ。


「今はアレキスが……って、うわっ!?」


 外の通路にセーラを投げて、アレキスもそれを追いかけていったが、十秒としないうちにアレキスは逆さまの状態で帰って来た。


「アレキス……ちょっとマズい感じ……?」


「……まずくはない。だが、底が見えない」


 鎖を打ち払いながら、端的に絶望感を煽ってくる。

 底が見えないというのは単純に強さの限界値のことでもあるのだろうが、おそらくアレキスが言いたいのは活動限界のことだろう。

 正直、あの鎖が魔法によるものならば、魔力切れによってやがて落ち着く。しかし、たぶん無いか、果てしなく遠い。

 つまり、限界まで暴れさせるというプランがとれないのだ。

 だったら━━、


「どうにかして気絶させるしかないね。傷は後でバッチリ治すし治してくれるでしょ?」


「火傷は面倒だ」


「わかってるって!」


 アレキスの後に続いて、ルステラも飛び出していく。しかし、出鼻で挫かれた。何故なら、


「━━それは不可能だわ」


 アセシアがルステラを引き止めたのだ。

 それによりアレキスの一人交戦は続くこととなった。


「『星王の啓示』は対象の意識を無理矢理起こし続ける。使用中は、それこそ睡眠すら取らないわ」


「それって、死ぬまで頑張る的な……?」


 アセシアの言葉から受け取った印象をそのまま聞き返すと、一切の迷いなく頷かれた。

 だとしたら止める手段はもう━━殺すしか。

 正直、それが一番容易である。だけどそんな手段を取りたい人なんていないし、取らせたい人もいない。

 フレンと違ってルステラに枷はないけれど、それは本当に最後の最後の手段だ。

 ━━まだ、何か方法はあるはずで。


「だったら……」


 悩むルステラの隣で、声を上げたのはレクトだ。

 俯いたレクトは、バッと顔をあげると━━その瞳には六芒星の刻印が浮かんでいた。

 それはまさしく、


「『星王の啓示』」


「まさかウィリアムにも、発現するなんて……」


 今このタイミングで発現したというよりは━━レクトはきっと、とっくの昔に発現していたのだろう。

 レクトがセーラの手に渡ったという部分がいまいち腑に落ちなかった。だが、おそらく赤子の時に発現させて、自分を生き残らせたのだろう。

 ともあれ、レクトは所持者だったのだ。


「━━ぼくのこれで、上書きできませんか?」


 刻印ごと目を瞬きながら、レクトはそんな提案を持ちかけてくる。


「はっきり言えば、可能だわ。だけれど、負担は計り知れない。最悪……」


「死ぬ可能性もある」


「━━やっぱり、無茶よ!」


 ルステラが明言して急に実感が伴ったせいか、アセシアは否定的な立場に回る。

 そしてルステラも、どちらかといえば否定的な立場だ。━━発動して即死されたら、ルステラにはどうにもできない。

 だがしかし、


「出来るのなら、ぼくは挑戦したい」


 レクトの決意は、可能だと教えられた時点で揺らがぬものとなっていた。


「さっき、ぼくは動けなかった。足が竦んで動かなかった。━━飛び出していたら、助けられたかもしれないのに」


 レクトが、逃げ出してしまったことをルステラ知っている。立ち向かえなかった弱さを、後悔を知っている。

 だから、


「今度は、進みたい。ううん、進まなきゃダメなんだ」


 ルステラは止める言葉を投げかけるのを諦めた。


「行かせてください。━━ぼくがセーラさんを助けます」


「ウィリアム……」


 アセシアの瞳が揺らいで、唇が微かに震えていた。

 送り出す母と、止める母と、その二つの間で葛藤しているようだった。

 レクトの覚悟は揺らがなくとも、次の言葉はアセシアにとって重大な意味を持つ言葉だから、すぐには出てきてはくれない。

 ━━そしてその機会は、唐突に消えた。


「━━ルステラ! アレキスがセーラと共に、落ちていってしまった」


 微力ながら参戦していたハゼルが出戻り告げたのは、最悪の状況を加速させるものだった。

 とはいえアレキスへの情報共有不足が招いた悲劇ではないような口ぶりで━━、


「もうちょっと詳しく!」


「アレキスとセーラが交戦中、セーラが突如何かに引き寄せられるかのように壁を壊して外に出ていった。アレキスはそれに巻き込まれていった」


「ありがと」


 セーラが何やら妙な行動を起こしたらしい。状況としては最悪だ。

 あの状態のセーラが王都に放たれたと考えれば、深刻度がよく分かるだろう。その点では、アレキスが巻き込まれたのはある種幸いとも言えるが。


「とりあえずこんなとこ居てもしょうがない。わたしたちも追いかけるよ」


 一旦考えるのは止めて、セーラとアレキスが出ていった所まで向かう。

 風通しが良くなって、目の前には王都が見えて。

 王都が、見えて━━。


「━━は?」


 表現の方法がこれしかないので、こういうしかないが━━首なしの騎士がそこらじゅうで屹立していた。

 そこへセーラは一心不乱に向かっており、アレキスも巻き込まれる形でそれに付いていっていた。


「急がなきゃ……」


 ルステラは実際に見たことのある場所に転移することができる。

 しかし、距離が遠くなればなるほど術を成立させるのは難しくなるので、見るより行く方が確度は高い。

 だが、今の状況では、それをやるしかないのだ。


「でもこれ、発動に一分ぐらいかかっちゃうからなぁ」


 あらかじめ準備をしておけば良かったと、少しばかりの後悔。ただそんなことをしている暇があったら頭を動かすべきだ。

 どうせ一分は動けない。だったらその間に作戦を組み立てよう。

 セーラと首なしの兵隊。人命救助も必要だ。

 組分けを間違えたら終わってしまう。今ある人員に的確な指示を━━、


「━━━━」


 ━━赤い影の、尋常でないスピードでの遠来を視界の端に捉え、ルステラは僅かに肩の力を抜いた。





「ルスちゃんまだかなぁ……」


「どうだろうな」


 しゃがみこんでぼやくのは、退屈そうにしているフラムだ。

 ルステラが王城の方へ行ってから、大体一時間というところで、ルステラがいた頃から含めれば二時間は待機している。


「上手くやってくれてるならいいんだが……」


 ルステラが確信をもって自信をもって向かったのだから、そこまで酷いことにはならないとは思うが、相手の出方が未知数なことに変わりはないだろう。

 一応は、ルステラの想像通りに進んでいるようだが。


「レーくん、大丈夫だよね」


「━━━━」


 その言葉に対する返答を、フレンは持ち合わせていなかった。

 本当の母親と出会って、レクトは一体どうなるのだろうか。

 セーラを助けるという決意を後押しはしたが、その後のことについて話してはいないのだ。


「でもまあ、このまま何もかも終わりってことにはならないはずだ。ルステラもレクトもそれは分かってる」


「……そうだよねっ!」


 愛らしく癖毛を跳ねさせながら、フラムは元気を出したかのようにぴょこんと立ち上がる。

 そして、手すりに寄りかかるフレンに思いきり抱きついてきた。


「フレたん良いこと言う! いい匂いもするっ!」


「久しぶりだな、それ」


 フラムの髪をいじくりながら、過去を映すように目を細める。

 いい匂いは、二人を繋ぎ止めた小さな奇跡だった。


「母親の匂い、か……」


 フラムは亜人のクオーターで、嗅覚が人並み以上だった。

 それ故に、匂いという部分に強く惹かれたのだろう。

 だがしかし亜人だろうとそうでなかろうと、誰しもが体験し得ることだ。子どもの頃の記憶をたとえ失っていても、自身を形作るものとして確かに残っているのだから。

 匂いだけじゃない。声や心臓の音や━━愛情だって。

 親と子というのは、きっとそうでなくちゃいけないのだ。


「レクト。どうか後悔しないようにな……」


 視界の奥で堂々と佇む王城。その中にいるであろう少年にエールを送る。

 後悔というのは消えるものではない。それこそ、過去に戻ってやり直しでもしない限り。

 だが、後悔を抱えたまま前を向くことも進むことはできる。

 しかしそれは後悔を肯定するものではない。

 だから━━、


「━━━━」


 ━━王城から鎖を纏ったなにかとアレキスが飛び出していくのを視界に捉え、フレンは一瞬で非常事態だと判断した。


「フラム、ちょっと我慢してくれよ」


「ぇ……うん!」


 突然お姫様だっこをされたフラムは口をポカンと開けるが、視界が上がって状況が見えたのか、すぐに頷いた。

 フレンは手すりを飛び越え、一番近くの建物の屋根に降り立つ。

 そこを始点にして、建物を乗り継ぎ、どんどん通りを越えていって━━三十秒にも満たない時間で、アレキスと鎖のなにかが落ちていった区画にたどり着く。

 だが━━、


「近くで見ても、そのまんまか……。違っててくれたら良かったんだが」


 首なしの騎士のようなものが、ざっと目測で百体近く地面やら建物の上やらに屹立していた。

 わけのわからない状況だが、幸いにも首なしの騎士は動き出す気配がなかった。


「やっ! たっ! うおっと!」


 荒れ狂う鎖が、フレンとフラムを攻撃してくる。

 避けて、弾いて、叩き落として。

 しかしながら、鎖の数があまり多くない。それは、もしかしたら━━、


「フラム、振り落とされるなよ!」


「……頑張るっ!」


 お姫様だっこスタイルではなく、フラムを背負うスタイルに切り替えて、フレンは自身の脚に力を込める。

 地面が抉れるほどに力を溜めて━━解放した。


「最速で倒す」


 今はまだ注意を引いてくれている者のおかげで被害は大きくないが、しかし、建物などへの攻撃はいっている。

 このまま行くと、未曾有の大災害へとなり得てしまう。だからそれをさせないために、鎖を掻き分けて━━、


「━━━━」


 フレンは鎖という部分に引っ掛かりを覚えた。鎖とは最近、どこかで聞いたことがある。

 それはレクトの近くで━━、


「━━セーラ?」


 その一瞬の疑問が、鎖を暴れさせている張本人への攻撃を躊躇わせた。

 そして、その一瞬の疑問が、本来届かなかったはずの鎖撃をフレンに到達させてしまう。


「━━だっ!」


「フレたん!」


 拳を象った鎖に、下から思いきり打ち上げられる。

 フレンは咄嗟に腕を差し込んで威力を抑えた。そして、フラムは━━、


「アレキっ!」


 アレキスに投げ飛ばして、なんとか攻撃から遠ざけた。

 目を合わせたのは刹那のことだったが、上手く受け止めてくれて助かった。


「流石に、追撃するよな……」


 ビリビリと痺れる右腕を抱きながら、無事に着地する方法を模索する。

 高く打ち上げられてしまったので、使えるものはあまりない。最悪、アレキスがいるので、そこに駆け込んでもいいが━━、


「━━これを使え!」


 あまり聞くことのないアレキスの大声と共に、鎖の間に一本の刃が飛んでくる。

 それが顔を過ぎ去った辺りで、柄を掴まえる。そして、そのまま左の手で振るった。


「これなら……っ!」


 迫り来る鎖を切り落としながら、フレンは難なく着地を決める。

 剣を投げてくれるファインプレーがなければ、腕やら脚やらを抱えてアレキスに駆け込む羽目になってたかもしれない。

 ともあれ━━、


「ありがとう、助かった!」


 剣を渡したせいで回避一方になってしまったアレキスの前に割り込み、当たりそうな鎖を片っ端から払う。


「回復するか?」


「いや、響きはしたが折れてはない。大丈夫だ」


 右手を開閉しながらアレキスに見せて、調子を報告する。

 フレンもフラムもアレキスも無事なのは良いが、それはそれとして状況はあまり良くない。


「騒がしくなってきたな」


「……民が逃げ始めている。だが……」


「全員がそうではない」


 まだ建物に取り残されている者も大勢いるだろう。さらに、逃げる市民が二次災害を引き起こさないとも限らない。

 避難誘導と、救助と━━、


「━━フレたん! あれっ!」


 アレキスの背中で、フラムが指を前に出す。その指の先に居たのは━━、


「……最悪だな」


 さきほどまで沈黙を貫いていた首なしの騎士が、全員一斉に動き出したのである。

 そしてあろうことか、その首なしの騎士は無辜の民たちを襲いだした。

 悲鳴と、建物の倒壊音と、鎖が擦れる不快な音。すべてが状況を好転させるものではなかった。

 だがそれでも、立ち止まっている暇はない。

 フレンとフラムとアレキスで、これを乗りきって━━、


「━━遅れて、ごめんね」


 その白水のような声音が耳朶を打った瞬間、フレンは心が落ち着いた。だって、その声は━━、


「ルステラ! それと……」


「レーくんっ!」


 他にも、ハゼルや知らない女性もルステラの後ろに立っていた。

 だがそれはひとまず置いといて、


「状況は依然として最悪だ。ルステラ、どうする?」


「そんなの決まってるでしょ」


 ルステラは大きく息を吸い込んで、言い放った。


「全員助けるよ! わたしたちで!」

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