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暁の史記  作者: 焚火卯
二章
42/124

第十三話『星のお導き』

 つい数週前にはノンダルカス王国の王城へ侵入し、今からはファミルド王国の王城へ入城である。

 望んでこの状況を作ったが、奇妙な緊張感あった。


「お初にお目にかかります、アセシア王妃。わたしはルステラと申します。この度はお招きいただき……」


「━━堅苦しいのは、無しにしましょう」


 丁寧な言葉遣いで挨拶をしたルステラ。それにアセシアは途中で割り込み、見透かしたような視線でルステラを見ると、


「だって、貴方が私を呼んだようなものだもの」


「わたしの意図には気づいてくれたようで」


「ええ。だけど、目的は分からない」


 目的は分からないと首を振ってくれて、ルステラは心底安心した。アセシアは信頼できると。

 もっとも、ここへ来れた時点でルステラは、それが高くはあったが。

 理由はさっき言っていた意図の話だ。

 ━━アセシアと対話する状況を作ること。

 それは無事に叶ったというわけだ。


「ウィリアムが本物だったこと。ハゼルさんがそちらに味方していたこと。━━ウィリアムに刻まれたサインのこと。これでやっとだったわ」


 どうやら水準はギリギリで上回っていたらしい。最後のサインが気づかれていなかったら、危ないところだった。

 そう告げられて少しヒヤッとしていたルステラの傍ら、別の反応を示した者がいた。


「ぼくに、サイン……?」


 今回、一対一で話すのではなく、レクトを連れてきていたのだった。

 とはいえ何かを狙っているとかではなく、単純に引き離すのは忍びないと考えたからである。アセシアにとっても、レクトにとっても。


「正確にはレクトくんの服にだけどね。そんな大それたことじゃないよ。魔力操作の延長ってところかな」


「でも、どこにもなさそうですけど……」


「もう、解いてるよ。あったとしても、見えないかなとは思うよ」


 自身の衣服を観察しているが、そこにはもう印はないし、そもそも見えるかどうかも怪しい。

 何故なら━━、


「『星王の啓示』。その副次的効果は人それぞれだもんね」


「……だとして、気づくと思った根拠はなにかしら?」


 ━━『星王の啓示』。それはファミルド王家の血筋が、稀に発現することのある力である。

 その効果は相手の意識をこちらに向けさせる程度のものだ。しかし、さらに深く干渉し、意識を支配できるほどの力を持つものもいる。

 発動条件は瞳を合わせること。━━そのおかげか、所持者は眼が発達していることが多い。

 それは単純に視力が高くなるとか、そういうものばかりではなくて━━、


「嘘を見抜くという話からだね。じゃあそれは何を見て判断しているのだろうって逆算して、揺らぎにたどり着いた」


「正解だけど、高性能なものではないわ。私がウィリアムを抱きしめなければ気づかなかった。それにそもそも揺らぎを見逃す可能性だってあったわ」


「前者は母親という存在への信頼。後者は、最悪どうにかする手段があった。気づいてしまえば、あなたはそれを拒めない。でしょ?」


 最悪どうにかする手段というのは、付いていかせたアレキスに色々とさせるというものだった。ただの護衛というわけではなかったのだ。

 とはいえそうはならず、ここまで来ることができた。どうやら今のルステラは波に乗っている感じだ。


「━━犯人がまた、何かを企んでいる」


「わたしの示唆している犯人は、わたしたちの目的を生み出した人。またの部分は半分ハッタリだったけど……これは肯定でいいんだよね?」


「━━いいえ、肯定はできないわ」


 しかしアセシアは「だけど」とすぐさま言葉を紡いで、


「否定しようとは、思わないわ」


 アセシアは自身の左腕を抱きながら、静かに瞑目した。

 そうして、ルステラは決定的な一言を口にする。


「━━ハイル・スカイラーク第三王子」


 アセシアとウィリアムを、セーラとレクトを引き離したであろう者の名だった。





 疑念が共通しているだろうこと。それを頼りに、ルステラはアセシアにコンタクトを取ろうと決めたのだ。


「それで、貴方は罰しろとでも言うのかしら?」


「まさか。レクトくんが誘拐されたことは心苦しく思うけど、大事なのはそこじゃない。証拠があって野放しにしてるって言うなら怒るけど……そうじゃないんでしょ?」


「━━━━」


「わたしは探偵でもなんでもないしね。必要なら別にするけど、今はね……」


 ルステラは目配せをしてレクトに合図を送る。こればかりは自分で言わなきゃダメなことだ。

 しかしレクトもそれを思ってたのか、漲る意思が感じられた。


「━━セーラさんを、返してください」


「地下牢を開ける権限、あなたにもあるよね?」


 それはただ純粋に追い求めてきた目的だった。

 だがしかし、アセシアの反応は芳しくない。葛藤を口端に結んで━━、

 


「━━これをして、ウィリアムはどうなるの?」


 今までの気丈さは掻き消えて、それは縋るような姿だった。

 だけど、それをとやかく言うようなことはできない。だって、アセシアの姿は当然のことだから。


「ぼく、は……」


 レクトがそれを直視してしまいたじろぐ。

 実感は乏しくても母親という認識をしてしまった以上、無視することは不可能だ。


「セーラさんに、会って……」


 レクトは一音一音探るように、言葉を繰り出していく。

 ルステラは、それを見守ることしかできなかった。

 言えることはあった、手助けも可能だった、だけどルステラは隣でレクトの言葉を待ち続けていた。

 たぶん、らしくない行動ではあったのだと思う。フレンに指摘されたのとはまた違うらしくなさ。

 だけども、ルステラは待ち続けて━━、


「━━ごめんなさい。困らせてしまったわ。……分かりきっていたことよね」


 諦念交じりに微笑んだアセシアを捉えてしまい、レクトがか細く息を漏らす。

 瞬間、ルステラは声をかけていた。


「あのっ! レクトくんは……」


「助けたい人を助けて、終わりにしましょう」


 それ以上踏み込むのも食い下がるのも、許さないという態度だった。

 だってそれは、覚悟を踏みにじるということだから。でも、そんな覚悟なんて━━、


「━━『星王の啓示』は王家の血筋にしか発現しない。貴方は気づいていただろうけれど……」


「━━━━」


「私の夫は外戚なの」


 つまるところ、スカイラーク家の正統な血筋は一度アセシアの代で、一人にまで減ってしまったということらしい。


「両親が子供に恵まれなくてね。苦しい思いをしたと言っていたわ」


 それはルステラに聞かせるには場違いな語りだった。━━違う。それ以上にレクトに送っているのだ。


「その反面、私は四人も子宝に恵まれて。━━幸せだった。四人もの子を愛せて」


「━━━━」


「忘れないでね。親はいつだって子を愛しているということを」


 その言葉を最後に、アセシアは出ていってしまう。

 それから数十分後にセーラを連れて戻って来た。

 ━━これで、目的は達成された。





「レクト……!」


「セーラさん……」


 聞いていた通り、セーラの風体は異様そのものだった。

 起伏の激しい肉感的な身体に鎖を締め上げるように巻き付けており、顔は鎖のフルフェイス。手を後ろで縛っているというのも合わさって、想像以上の驚きを与えられた。

 しかしそれが理由ではなかった。━━二人の再会に、いまいち心が晴れなかったのは。


「何かあったか」


「……別に、何もなくは、なかったけど……」


 外で待機してくれていたアレキスも、セーラが連れてこられたタイミングで部屋に入ってきていた。

 ただ、こうやって察しの良さを発揮されるとルステラもちょっと困るので、やっぱり一人外に出しとけば良かったと後悔。


「いいでしょ、何でも」


 アレキスの言葉には真剣に取り組まず、遠巻きにレクトとセーラとアセシアとハゼルがぎこちなく会話しているのを眺める。

 ━━胸をモヤモヤとさせながら。


「ふん、好きにしろ」


「言われなくても……って、うわぁ、すごいな……」


 ぎこちないフォーマンセルにずけずけとアレキスが入っていくのを見て、思わず感嘆と絶句半々の声を出してしまう。

 ただそれが良い感じに緩衝材になってくれたようで━━、


「あ、この人はアレキスさんで……強い……?」


「なんで疑問形なのさ……。でもまあ、レクトが世話になったみたいで」


「俺は何もしていない。動いたのは全部そこのやつだ」


 アレキスが顎をしゃくってルステラを指し示してきたので、それにあやかってルステラも控えめに輪に交ざる。


「この人はルステラさんで……」


 レクトの紹介の傍ら、セーラはじろじろとルステラの顔を見ていた。

 どんどんと鎖が近づいてきて、尋常じゃない圧迫感を抱いていると━━、


「━━亜人なんて、珍しいな」


「━━━!?」


 当然だが、ルステラはずっと耳を隠していた。レクトには言ったが、アセシアにもハゼルにさえも明かしていなかった。

 それを、想像だにしないタイミングで開示されたである。動揺が隠せなかった。


「亜人などと、何を急に言い出しておる……」


「……あー、ごめん。あたしの見間違えだった」


 ハゼルの一言で察したのか、セーラが言い分を百八十度回転させる。正直無理がある。

 だが、今はそれで乗り切るしかなく━━、


「━━いえ、本当だと思うわ。揺らぎがあるもの」


 魔力の揺らぎを捉えられるアセシアに、意識させたらもう誤魔化すことはできない。

 ルステラが亜人であることが全員にバレた。場が緊張に包まれて━━、


「る、ルステラさんは、優しくて賢くて、それで……っ」


 レクトがルステラの前に躍り出て、庇ってくれたのだ。

 彼は亜人を取り巻く問題を知らないが、並々ならぬ雰囲気を感じ取って動いてくれたのだろう。

 その姿を見て、ルステラはすでに魔法を解いていた。


「言い訳はなし。隠してて、悪かったね」


 たとえこの行いで、つま弾きにされようとも、ルステラは後悔しない。レクトが前に立ってくれているから。


「……すぐに全てを呑み込むのは難しい。だが、ルステラの助力なくしてはここまで来れなかったのは事実であろう。━━我の意見はそれだけだ」


「私は……ウィリアムにそこまで言ってもらえる貴方が、少し羨ましく見えるわ」


 ハゼルはこれまでのことを振り返り、アセシアはレクトを信じ、とかく最悪の結果は免れたようだ。

 そして最後にセーラは申し訳なさそうに鎖を鳴らして、


「ルステラって言ったよね。謝罪する。疎いじゃ済まされないことだったよね……? 少なくとも隠してたわけだしさ……」


「他意も悪意もなかったなら別に咎めたりしないよ。……てか、どんな生活を送ってきたの……」


「やっははっ! まあレクトがいい子に育ったんだしさ、堪忍ってことで」


 鎖を鳴らしながら笑うセーラを見て、ルステラは嘆息する。呆れと同感と、二つの意味で。

 いい子に育ったというのは皆に伝わっただろう。━━それは、アセシアにも例外なく。


「セーラさん」


 アセシアはセーラの名前を呼ぶと、一歩にじり寄った。そして深くお辞儀をすると、


「ウィリアムをここまで育ててくださって、本当に感謝いたします」


「い、いいって、そんなことしなくてもさ。あたしに与えられてももて余すだけだって」


 ジャラジャラと鎖を踊らせながらリアクションを取るセーラ。あんまり見られない光景である。


「そんなことよりさ、あたしたち色々と話さなくちゃいけないことがあるはずだからさ、そういうことにしよう」


 そういえば、とルステラは思い至る。レクトやアセシアの意思はある程度知ったけれど、セーラの思いは聞いたことがなかった。

 そもそもセーラは、レクトが王城に来るように仕向けていたのだ。

 ━━だったら、それは何のために。

 セーラはレクト一人じゃ辿り着けないヒントを残した。つまり期待したのは、レクトのパトロンになる。

 十一年前は疑惑だった。━━否、そこへ至ったかどうかはさしたる問題ではない。

 問題は、セーラが拐われる際にハイル・スカイラークが姿を表したということだ。

 目的はセーラでも、レクトの存在を認知させてしまった。

 つまり━━、


「━━レクトの身の安全について、ちゃんと話し合っておきたい」


 奇しくも、王妃、騎士団長、パトロンが一堂に会したのだ。ここまで狙っていたとは流石に考えにくいが、セーラは期待を持たないことはしていなかったと思う。

 何故なら、レクトが大切だから。


「それなら私に……」


 先に続く言葉はきっと「提案がある」だっただろう。アセシアならばそうするとルステラは思っていた。

 だがしかし━━、


「━━面白い話してんなぁ」


 想定外の闖入者によってそれが掻き消される。

 クリーム色の髪に、灰褐色の瞳。見紛うはずがない。

 ━━ハイル・スカイラークだった。


「━━━!?」


 皆が衝撃に包まれるなか、アセシアだけは冷静だった。全員を抑えるように前に出て、


「━━入っていいだなんて、許可を出した覚えはないわ」


「それは分かってます、お母様。しかし、お客人が来てまして。そこのセーラさんに」


 アセシアが視線だけでセーラに問いかけるが、首を振って否定した。このタイミングで自分を訪問する人など、一人もいないと━━、


「━━それならそれで、勝手に入れますけど」


 このときルステラは死に物狂いで、ハイルの行動を止めるべきだった。

 方法は予想不可能でも、ハイルを危険視していたのなら、行動を片っ端から潰すべきだった。

 しかし後悔は先に立たない。━━これは後の話だ。


「セーちゃん」


 その言葉を呟いたのは、見覚えのない少女だった。

 星の光を写したような銀髪は短く散髪されていて、ちらりと覗く八重歯が活発な印象を与えている。

 しかし、ルステラがその情報を処理し終わるよりも早く、セーラが先頭に飛び出てハイルと謎の少女を鎖で掴んでいた。


「あんた……っ! これは、なんなの!?」


 まるで絞め殺さんとばかりの気迫でセーラは言葉をぶつける。それに小さく苦鳴を漏らしつつも、ハイルは涼しい顔を保って、


「何って見た通りだ。お前が一番知ってるはずだ」


「━━違うっ! カフちゃんなわけない! カフちゃんは……」


「セーちゃん、アタシのこと忘れちゃったの……?」


 謎の少女━━カフと呼ばれたその少女の言葉が、確実にセーラを蝕んでいた。

 これ以上はまずいとルステラの頭の中で警鐘が鳴り止まない。

 取りあえず引き離して━━、


「━━その手で、アタシを殺したくせに」


 直後、セーラの何かがプツリと切れたみたいに、少女とハイルの鎖での拘束を解いていた。

 解放されたということは、少女はセーラに近づけるという事で━━、


「させないっ!」


 ルステラは火球を放って二人を強引に遠ざけようとするが、到達する直前で軌道を逸らされてしまう。


「そんな無粋なこと、やったら駄目だろ」


 最小のダメージで済むように威力を抑えたせいで、ハイルによって妨害されてしまった。

 しかしこれ以上すると、少女が死にかねない。━━いや、今はアレキスと一緒にいる。

 多少無茶をしても問題ない。


「なんなの……。あたしに何を……」


「━━お顔、見せて」


「え……?」


 ルステラが引き離そうと画策している間も、少女はセーラに話しかけている。

 ━━いや、一体なにをしているのだ。


「アレキス、ハゼル、待って」


 今にもセーラへと向かっていきそうな二人を、一旦止まらせる。

 初めから順を追って考えろ。━━ハイルはセーラを捕らえて、何をしたかったのだ。


「違う……」


 何をしたかったではない。何かはするのだ。じゃあ━━セーラにどうやって、させるつもりだったのか。

 ━━あるではないか、たった一つの方法が。


「『星王の啓示』だ!」


 この辺りはアセシアと話す時間の関係で質問できなかったが、ハイルも所持者だと断定していい。

 今のセーラは下手に刺激しない方がいいので、狙うべくはハイルである。

 ハイルを捕らえて、その後は━━、


「セーラさん……っ」


 半ば放心状態でいるレクト。ハイルを捕らえた後は、彼が少女と引き剥がせばいい。


「セーちゃん、お願い」


 ━━ルステラの唯一の誤算は、少女がセーラの前に姿を表した時点で、心がほとんど崩壊してしまっていたということである。

 もはや自分が何をしているのかさえも、分かっていなかったのだ。

 だから━━、


「━━ぐっ」


「アレキス!」


 アレキスはハゼルを庇い、鎖に腹を貫かれ壁に縫い止められる。━━一拍、二人の行動が止まる。

 それが致命の一拍だった。


「セーちゃん」


「━━━━」


「変わらないね」


 セーラの頭を包む鎖が音を立てながら地に落ちて、艶やかな黒褐色の髪が露になった。

 瞬間、ルステラは後先考えずにハイルの顔面を潰しにかかっていた。

 しかし━━、


「━━俺に従え。今度こそな」


 ━━荒れ狂う鎖の蹂躙に、一人残らず巻き込まれた。



謎の少女カフの髪色を、藍色から銀髪に修正しました。

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